表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大嫌いな後輩女に脅されて付き合うフリをするハメになった話  作者: 鳩見紫音
傘折密季は私の心を

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/15

10

 シャワーから私を通して流れる水滴を眺める。

 いろんな感情が排水溝へ抜け落ちていくようだ。


 薄い体のおかげか、よく足元が見える。


「ねぇ燕ちゃん、燕ちゃん? 聞いてもいいですか?」

「……ダメ」


 わざわざ距離を置いて頭をリフレッシュしようと思ったのに話しかけられた。


「なんで聞いちゃダメなんですか?」


「……シャワー浴びてるから」


 そのタイミングで私はシャワー止めた。

 シャワー中に話しかけるな。


 心にも侵入しようとする傘折がいつ侵入してくるか警戒しかない。


「お風呂貯めないんですね」

「夏は別にシャワーでいいから。そんなことより何?」


「あぁうん。なんで苦学生してまでうちの高校に来たんですか?」

「……どういう意味?」


「ウチって特待の学費免除は毎回テストでいい点取らなきゃ打ち切りだし、もっと経済的な折り合いがつく高校あったんじゃないかなって」


 彼女は「今も特待の燕ちゃんなら選び放題ですよね」と付け加えた。


「バカにしてる……? 貧乏なのにいい高校に通って」

「違いますよ、燕ちゃんのことをもっと知りたいんです」


 分かってる。今更そんな嫌味言うような人間じゃない。

 ただそれも絆されてるだけなのかもしれない。


「復讐のため」


 私は小さく呟く。


「えっ?」

「……傘折に復讐するため」


 そして私はお湯を止めて、ドア越しに語りかける。


 一言じゃ抑えられなかった。


 言えば心が軽くなるかなと、少しだけ溢した心の重みが私の中でボロボロと崩れ落ちる。


「銀行員でしょ? あんたの父親」

「は、はい」


「だから私も銀行員になろうと思ったんだよ。そのために高校も大学もいいところに行って、傘折の働いてる銀行に必ず就職して……あいつをハメてやるつもりだった」


 別に娘の方に話しても意味がないのに、私は口が止まらない。


「不祥事を押し付けるでもセクハラをでっち上げるでも、なんでもいいからあいつの人生を壊してやりたかった。私のお父さんの人生を終わらせて、私の人生に残した負債を払わせる。みたいな気分でね」


 何かを懺悔してるつもりなのだろうか。

 自分でも分からない。


「だけど、全部ご破産……」


 相手が傘折だとわかっていたけど、口が止まらなかった。


 ただ、きっと聞いて欲しかったんだと思う。


 どうしようもなく助けて欲しくて、肯定でも否定でも何か反応が欲しくて、反応をもらうことでずっと抱えていたものを降ろしたかった。


 ただそんな思いで縋る相手が、その復讐相手の娘なのが虚しくて仕方がない。


「ごめんなさい……」


 しかしそんな私の気持ちを察したのか、声色を落として傘折はボソりと謝罪の言葉を口にする。


 同情をしていたと、私には分かった。


「お父さんが……本当にごめんなさい。燕ちゃんのお父さんのことを聞いて……ずっと謝りたくて……」


 なんでこんなことをしているんだと思っていた。

 私なんかと恋人のフリをしてなにがしたいのかと考えていた。


 けどその謝罪で分かった。


 復讐をして怒りに任せた私を、傘折はずっと哀れんでいたのだ。

 自分の父親がしたことの罰を受けるように、彼女は暴力を受け入れた。


 そして、恋人という建前で私をまだ繋ぎ止めようとしてくれていたんだと思う。


 関係を繋いで、関係を築いて、私のことを知って……


 父親の罪を背負うつもりで私と向き合おうとしていたんだ。

 傘折を見ていると自分の小ささが嫌になってくる。


「いいよ別に、2度も謝んなくたって」

「でも私は……」


「あんたは娘なだけでしょ」

「ただ、お父さんが燕ちゃん達の家族を」


「だからあなたは関係ないって」

「でも……っ!」


 吐き捨てて、距離を置こうとしても……。

 それでも、傘折の言葉に込められている感情は常にこちらを向いている。


「もう……じゃあさ」


 だから私は不毛な言い合いを強制的に打ち切り、ドアを開けた。

 制服で佇んでいた彼女の腕を掴みバスルームまで引き込む。


「えっ……ちょっ……!」


 髪も体も濡れたまま傘折の腰に手を回し密着する。


 そして、私は彼女の作り物のように綺麗な瞳を見つめながらシャワーを出す。


 2人で頭から水をかぶり、5秒くらい浴びて止めた。


 時が止まったように静かな2人の間を、足元のタイルに水が垂れる音だけが繋ぎ止める。


 そして、私は口を開く。


「これで……復讐は終わり、最終的にあなたを水浸しにして私は満足した。そっちが謝る必要はもうないよ。ただあなたにしたことは重すぎるから、私はいくらでも贖罪する。けどもう親の復讐とかは……これで終わり」


 少しでも父親同士のことでわだかまりがあったなら、これでチャラ。


 これで残るのは、汚い罪が全身にこびりついた私だけだ。


 拗らせて、独りよがりな私だけ。


 どうしようもない憎しみを関係のないただの女の子にぶつけた私だけ。


「謝れとか、埋め合わせをしろって言うならするからいつでも言って。ただ、もし傘折が私に対してなにか共感とか、同情とか、それは間違った感情だから持たなくていい」


「何を、言ってるんですか……?」


 ポタリポタリと、私の髪から滴る水滴を彼女の顔が受け止める。

 美しく整った顔と吸い込まれるような瞳がこちらを見つめている。


「……録音って、嘘でしょ?」

「っ!」


 そう言うと傘折の鈍色の瞳は震え、私の視線から逃げる。


 薄々感じていた。


 殺人未遂の録音という必殺のカードをチラつかせてはいても、結局切らないと分かったら意味はない。


 そのカードを切っていいと伝えても切らなかったんだ。


 録音を提出して私を終わらせればいいのにそれをしなかった。

 なら「提出できない」ということになる。


 録音自体が嘘で、私を縛り付けるために脅しとして存在しているように見せかけた。


 その推測の答えは彼女の沈黙で明らかだった。


「傘折はさ、いい奴だよ。こんな私にも同情して、殺されかけたのに誰にも言わなかった」


「同情……?」


 傘折は濡れた髪の毛の間から私を見つめている。


 こちらの言葉の真意を推し量るように目を丸くして。


 私は少しだけ寂しくなって、彼女の柔らかい体を濡れたシャツ越しに更に強く力を入れて抱きしめる。


 体を濡らしている水が体温のように温まり、生ぬるくなる。


「もうあなたを嫌いとは思わない。だから私になにか同情をかけても意味はないよ。全部過ぎたことだから……もう時間の無駄。恋人のフリなんかしなくても私は大丈夫だよ」


 そして力を抜いて彼女を離す。

 ゆっくりと、全ての絡まりを解くように私は伝える。


「けどやったことは変わらないからさ、なにかお願いがあれば言って。それで償うから。そしてそれが終わったら……勝手な言い草だけど私の前から消えて、私はあなたの前には現れないから」


 シャワールームの鏡に映った私は少しやつれている。目つきもよくない。


 復讐だなんだって神経をすり減らしていたら、それが見た目にも出てしまっている。


 そんな人間は……醜い。


 こんな良い人の心に私を映すべきじゃない。


「良い人を汚すことは、何よりも重い罪だって……あなたといて実感したから」


 何も言えない彼女に、精一杯の懺悔を込めて……そう言葉にした。


 私はシャワーを止め、バスルームを出た。

 傘折はただ困惑の表情を浮かべて口を開けている。


「制服、ごめん。クリーニング代は出す」


 これで、終われる。


 一方的だけど、始まりこそ一方的だったのだから自分勝手に一方的に終わらせるくらいがちょうどいい。


 機械的な関係に戻す。そうすれば狂ってしまった傘折の心の歯車は多少正常に戻るはずだ。


 あなたのことを知らなければよかった。

 そしたら頭の憎悪はそのままで、もう少し罪の意識が軽かったかもしれない。


 でも何も知らなかった頃には戻れない。


 髪と体を軽く拭いて私は部屋着に着替える。


「着替えとか適当に使っていいし、布団も空けとくから。明日は朝からバイトだし好きな時に出ていって。鍵も別にかけなくていい」


 人をビショビショにしておいて我ながら勝手だけど、もう終わりだから。

 私の瞼を通過して水滴が頬から首筋に流れるのを感じる。


 泣いてるんだろうか、まぁどうでもいいか。

 これで複雑な気分にならないで済む。


 楽になれる。


 こういうきっかけを求めていたのかもしれない。


 自分で作った因縁や怨嗟みたいな鎖を千切るようなきっかけを。


 恨みたくて恨んでる人なんてこの世にいないように、私だって穏やかな心で生きたかったんだ。


 なのに傘折は私を穏やかにしようとする。


 復讐のために恨みを募らせて、それを原動力に生きてきたからそんな彼女の存在が、私には不可解で不快だった。


 シリアスな胸中に優しい風を送ってきた。


 でも、もういい。


 そもそも彼女に手をかけ、失敗した時点で私の復讐は終わってたんだから。


「夏休み、連絡していいですか」


 傘折は静かにこちらに投げかける。

 お願い……ということだろう。


「うん」


 私は連絡しないでくれと思いながら、悪意や嫌悪を捨てた素直な返事を返した。


「では贖罪のお願いです……夏休みも遊んでください。付き合ってるフリも続けてください。私が友達を作るまで……」


 1人は寂しいので。と傘折は付け足した。

 悲しくも切なげで、親を探す迷子のような視線でこちらを見ている。


「私がいると、友達できないかもよ」

「いいです。ゼロに戻るよりそっちの方がいいです」


「……うん、わかったよ」


 そんなに言うのならと、私はそれを静かに受け入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ