第99話 「街の地下施設」
見上げてもほんの少ししか上空は見えない。空は、土色に濁っていて、外だと思えない。薄暗く誰も来ないような細い裏の道。セロンはその行き止まりに立っていた。
目の前には、厚く冷たい人が通れるような扉がある。窓もなく、何のための扉かも分からない。嫌な気配がするけど、セロンには、進む以外の選択肢は無かった。マールに会いたいし、何か問題に巻き込まれているなら、助けてあげたいから。
セロンが背伸びをして、突き出たドア取っ手を引くと、低い軋み音を鳴らしてドアはゆっくりと開いた。鍵を掛けるような穴と鎖を取り付ける金具があったけど、鍵は掛かっておらず、鎖は地面に落ちていた。
中からもわっとした熱い風と鼻を刺すような油と鉄、血の臭いが溢れ出てきて、顔を直撃する。セロンは、顔を顰めて不快な表情をした。
ますます、気が進まない。けれど、セロンは、勇気を出して、扉の中に入った。
中はすぐに階段になっていた。鈍色の階段を一直線に降りて行く。すると今度は、長い直線の通路がずっと先まで続いていた。一定間隔で、丸い灯りが天井から、やんわりと通路を照らしている。そのおかげで、灯りをつけなくてもセロンは、走って駆け抜けることができた。
先へ進む度に、どんどんと熱気と臭いが強くなってくる。それに、鈍い金属音に雑音が混じった音が聞こえてき始めた。
ついに直線が終わると、曲がり角になっていて、その先もさらに曲がり角になっていた。何回も綺麗な直角の曲がり角を曲がり、躊躇なく先を進んでいく。分かれ道は無く、本当にただの長い地下通路だった。
かなりの距離を駆け抜けていくと、やっと通路の終わりが訪れた。割と広い空間が広がっている。そして、聞き覚えのある重く響き渡る金属音がした。セロンは、今いるここが何処なのか、見当がついていた。
大きな歯車が連動するように中央で回っている。その歯車の集合体が柱のように上と下に続いていて、その周りを囲うように階段が遥か下に螺旋状になっていた。周囲を見ると、他にも通路があるらしく、この構造だと、同じように街の裏道に繋がってそうである。
セロンは、グレーチング階段に足をのばした。横には、リフトのようなものを吊り上げるロープと入り口があるが、リフトは来ていない。底が見えないほどの階段を下るしか選択肢はなかった。
中央の柱には、歯車だけでなく、いくつもの銅管が張り巡るように伸びていて、貼り付けて固めたような板も沢山くっついていた。湯気が管の間から漏れている。永遠と続くような階段を降りる度に、気温が高くなるので、セロンは汗を拭い、水を摂取しながら下った。
何処までも続く階段の終わりが見えると、セロンは安堵の表情を浮かべた。ずっとここにいると熱くて、焼き肉になりそうなので、早くマールを見つけて、ここから抜け出したいという思いが強かった。
階段降りた横には、簡素な昇降機があった。大人二人だけが乗れるほど小さい。酷く不快な血と焦げた臭いがする。セロンは、急いて、先に続いている通路に入ると最初にあった扉に入った。やけに整った施設で、つい最近まで手入れがあったと分かる。
扉の中には、天井まである棚が綺麗に並んでいて、広々としている部屋だった。瑠璃色のカーペットがきっちりと床に敷かれていて、棚には、数多の小物が並べられていた。籠に雑に入った小物もあり、山積みになっていた。
好奇心が刺激されたセロンは近くにある、羽の付いた歪な小物を手にとった。手元についたボタンを押してみると羽が生きているように動き出した。セロンの顔に向かって、微かな涼風が渦状に吹いてくる。この熱い場所では、心地のよい不思議な風だった。
セロンは、ここにある小物が何なのかを悟り、大きく息を飲み込んだ。元あった棚に羽の小物を戻し、奥の方へ足が動く。奥の棚には、形が複雑で洗練されたものがあった。透明なガラスケースに入って、展示品のごとく並べられている。
やはり、そうだ。数えきれないくらいあるここの物は、全て魔法アイテムだ。魔具店とは比べ物にならない数の魔法アイテムがこの部屋一帯に敷き詰められている。誰が何の為にここに魔法アイテムを集めているのかは分からない。けれど、これだけの数の魔法アイテムを集める力があるのは、相当な権力の持ち主だと考えられた。
ガラスケースの中には、ひと際豪華に装飾され、独立して置かれた展示ケースがあった。中を覗こうと、ジャンプしてみたけど、何も入っていない。他にも中が空の棚はいくつかあるので、誰かが取って行ったのか、まだ展示するアイテムが決まっていないのか、そのどちらかなのだろうと勝手に想像した。
好奇心がくすぐられて、ついじっくりと見てしまったけど、今は、マールを早く探さないといけない。セロンは、鼻を覆っている布を取って臭いを嗅いだ。微かにマールの匂いがするけど、他の悪臭のせいで、何処にいるのか全然分からない。手当たり次第探さないといけない。
セロンは、すぐ隣の部屋に入った。入ってすぐに、ここの施設があまりいい所ではないと察した。
部屋の半分が鉄格子で囲われていて、中に鎖のついた枷が転がっていた。明らかに誰かを閉じ込めておくための檻である。中にはさらに見覚えのある棘の装備品が転がっていた。折れているけど、この棘は、採掘場で嫌がらせをしていた棘肩ブラザーズのものだと判断できる。しかし、棘肩ブラザーズはいない。彼らもここで何をしていたのだろうか?
マールの匂いも手掛かりも無いので、セロンはその牢屋の部屋を後にして、隣の大きな厚い扉の中に入ろうと手を掛けた。しかし、今までの扉と違って、扉が重く、軽く引いただけでは開かなかった。セロンはちょっとだけ力を入れて引っ張ってみると、ガポッという音を立てて、扉が開いた。
セロンは、心地よく、全身に染みわたるような感覚を味わった。扉から冷たい冷気が噴き出してきたのである。もわっと熱いこの場所で、この冷気は、オアシスだと思った。
中は、あらゆる物が凍って白い霜が出来ていた。広い部屋の中に、天井から鎖で吊るされた、大きな塊がいくつかあった。麻布に覆われているその塊は、完全にカチコチに凍っている。マールの姿は見えないので、体を十分に冷やした後、すぐにその冷凍庫から出た。
次の部屋は、今までの部屋とは違い、廊下の内側の方に扉があった。長い螺旋状の階段の中央にあった、大きな機械仕掛けの柱にぶつかっていそうな部屋である。
躊躇いもなく扉を開けると、焼けるような熱が全身に当たった。セロンは、顔を顰めて、中に入るのを躊躇した。恐らくここの施設が熱い原因はこの部屋のせいだとすぐに理解した。
あまり長くは居れそうにないけど、中に何があるのか確認しておきたいので、セロンは、意を決して中に入った。中は灼熱地獄のような暑さだった。部屋は今までに入った中で一番大きく、背の高い大きな四角い容器からは、揺らめくような光が天井に向かって伸びていた。大袈裟な機械が存在感を出していて、轟々(ごうごう)と音を立てている。無数のスイッチがついているけど、どういうボタンなのかは見当もつかない。プヨルならどうやって操作するのか知っていそうだった。
いずれにしても、ここにマールは居るはずもなく、セロンには耐えられる暑さじゃないので、さっさと逃げるように部屋を飛び出た。もう一度、冷凍庫の部屋に入って体を冷やした後、マールの捜索を開始する。
廊下を歩いて気付いたが、この施設は、螺旋階段の中心にある柱を囲う構造になっていた。
廊下には分かれ道があった。施設から遠ざかる通路である。かなり奥まで続いているけど、見える限りでは、突き当りに扉があった。施設の方の通路は、まだ続いている。
セロンは少し迷ったが、先に施設の方を確認しようと思った。廊下を進んで調べた様子だと、残りの部屋は、三つだけ。一番生臭いにおいがしているけど、手前から部屋を確認していく。
扉を開けると、すぐにもう一つの扉があった。二つ目も開けたところ、中はおぞましい光景だった。
血の生臭いにおいと酷い腐敗臭、鼻を突くような刺激臭がする。床や壁、天井には、多量の赤い血が飛び散っていて、ダークグレーの内観を汚していた。横長な木製の作業台があり、刃渡りが異常に長いのこぎりやハンマーなど、非常に恐ろしい工具が壁に立てかけられていた。中央には、人が寝そべれるコンパクトな寝台があり、手と足を拘束する金具がついている。黒い袋が床に転がっていた。マールの匂いは今までで一番強い気がした。けれど、他の強烈な臭いで、息もしたくなかった。
セロンは、良くない考えを必死に振り払った。そんなのあってはならないと自分に言い聞かせた。
吐き気を催すような臭いで、気分も悪いので、すぐさま部屋を出て、隣の見てない部屋に入った。
この部屋も室温が異常に高い。手前にある丸い釜から橙色の光と熱気が漏れていた。今も稼働していて、誰かが使っている痕跡がある。この部屋は、細々(こまごま)とした機械や鍛冶屋にあるような設備、そして、道具が取り揃えてあった。
見覚えのあるマークが壁に赤で描かれていた。砕けた星と剣のマーク。初めて訪れた街で、カレンさんの店についていたマークと同じだった。
奥の鈍い銀色の台の上には、ディスプレイのように、片手で持てる短い杖が、金色の受け台に置かれている。
傷一つなく、美麗な白銀の杖にセロンは、目を引いた。もう少し近くで見てみたいと思い、部屋の奥までいくと、後ろから足音とシュリンシュリンと高い金属音がした。
開いた扉から見知った人物が姿を現す。
「遅くなってごめんね。本当は、出迎えて案内するつもりだったんだけど。準備に時間がかかってしまってね」
ドアから現れたのは、採掘者達の広場で宴を開いたネイザーグだった。螺旋状に広がった服に極彩色の金属板が散りばめられたものを着ている。
「マールは何処にいるの?」
セロンは、食い気味に訊いた。
「そう焦らなくてもすぐに教えてあげるさ。是非とも君にはね……。だけどその前に、施設を案内してあげるよ。その後も美しいショーを用意しているから、君には楽しんでほしい」
ネイザーグは、もてなす仕草で語った。
「もうここは、殆ど見たよ。だから、マールのいるところへ……」
セロンは、冷たく断ろうとしたが、ネイザーグが勝手に話を進めた。
「施設の詳しい紹介はしていないだろう? 希少で優美な君には是非とも知って欲しいんだ」
ネイザーグは廊下に出て、勝手に螺旋階段の方へ歩き出していた。セロンは、付き合うつもりは無いけど、マールの居場所を知っているらしいので、それまで話を聞いてあげることにした。
ネイザーグは、螺旋階段に一番近い、手前の部屋ではなく、その次の部屋で立ち止まった。
「まず、この部屋を紹介してあげよう」
ネイザーグは妙な張り切りを見せていた。
「牢屋でしょ?」
セロンは素っ気ない態度で言った。
「牢屋じゃない。鑑賞室だ。新鮮な素材の様子を理解し、楽しむ部屋だ」
そう答えるとネイザーグは中に招き入れるような手振りをした。中での説明は、悪趣味で退屈なものだった。
次に案内されたのは、冷凍庫だった。
「ここでは、美しくない不出来な品を凍結させておくんだよ。丁度、昨日、凍結したばかりのものがあるから見て欲しい」
ネイザーグは、天井からぶらさがっている大きな塊の麻布を取り外した。
白い霜に覆われて殆ど見えなくなっているが、中から棘肩ブラザーズの一人が出て来た。もう、息はしていない。
「縛って、水に晒してこの冷凍庫に入れるのさ。時々、水を吹きかけてあげると綺麗に凍ってくれる」
霜の僅かな隙間から見える棘肩ブラザーズの顔は、怪物にでも襲われたかのような表情で固まっていた。きっと、魔法か何かで一瞬で凍らされてしまったのかもしれない。
気分は悪くなる一方だが、そんなセロンの気持ちも気にせず、ネイザーグは次の部屋を案内した。
長居すると、こんがり焼けてしまいそうなこの施設で最も暑い部屋である。
「ここは、街に恩恵をもたらす重要な部屋だ。街の皆もこの装置のおかげで快適な暮らしが出来ているんだ」
ネイザーグは、この暑さにもろともせずに語り出した。
「要らないものは、何でも食べてくれて、エネルギーに変えてくれる。街にあるゴミ箱に捨てられたものは、全てここで溶かして有用なエネルギーに変えるんだ」
セロンは、つまらなそうな顔をした。
「あまり、実感していなさそうだね。丁度いい、見せてあげよう」
ネイザーグは、部屋から出ていくと、さっきの冷凍庫に吊るしてあった棘肩ブラザーズの身体を脇に抱えて持って来た。
「これが、一番いいエネルギー源になるんだよ」
背の高い大きな容器に取り付けられた梯子を上ると、その身体を容器の中に投げ入れた。赤橙色の光った溶融物が波立って跳ねる。ジュ―ッという焼ける音と共に白い煙が噴き出した。
「人の屍を入れるのが一番、温度を上げられるんだ。生きたまま放って入れることも多々あるけどね……」
重たい金属音が一段と大きくなった。ガシャガシャとした歯車が擦れる音が早くなっている。セロンは、ムカムカとしてきた。
「採掘場の倒れた人達もここに捨ててるの?」
「そう! 良く気づいたね。使い物にならなくなった生ごみもここに捨ててるんだ」
セロンはこの男がとても嫌いだった。
ネイザーグは満足すると、再び部屋を出て、螺旋階段の一番手前の部屋に向かった。気分がいいのか、動きが喜々としていて、身につけている金属板の耳障りな音が一層大きくなっていた。
「さあ、ここは私が自慢したい、麗しい美術品が保管してあるところだ」
ネイザーグは、紹介したくてうずうずとしていた。
中は、一番初めに見た魔法アイテムの保管庫である。
「ここにある美術品は、私の趣味であり、生きがいなんだ! 失敗作も沢山あるけど、失敗は成功への糧っていうだろう? 小粒な素材で練習すれば、優良な素材の時に失敗は少なくなる。ここにある失敗作は、私の努力の結晶といってもいい」
ネイザーグは、手前の籠に入ったアイテムを手に取り、ひと撫ですると籠に投げ入れた。
「君に見て欲しい傑作達は、この奥にある」
ネイザーグは足を弾ませながら、棚の間を通り、奥まで向かった。セロンは、不機嫌そうな顔をして、ついていった。
ガラスケースに入った魔法アイテムが展示品のように並んでいる。
「どうだい? 美しいだろう!? 全て私の作品だ!」
一度見た時は、感嘆したけど、今は、嫌悪感が湧いて来る。
「触らせるわけにはいかないが、見るだけならじっくり眺めていってくれ」
セロンは、中央にある空になった展示ケースを何の意図も無くずっと眺めていた。展示品を眺める気は無かった。セロンの視線に勘違いしたのか、ネイザーグは、その展示ケースについて説明し始めた。
「その空のケースが気になるのかい? 無理もない。ここに入っていた作品は、私の中で史上最高傑作の逸品だったからね。まあ、誰かさんが持って行ってしまったのだけれど……」
ネイザーグは残念そうに肩を落としていた。
「ねぇ、マールは何処にいるの?」
セロンは静かに訊いた。
「ああ、そうだね。そろそろマールのところに案内してあげようか」
ネイザーグは、気を取り直した様子で、部屋を後にした。
「ここはね。元々、先代の街長が作った施設だったんだ。今は、居なくなって私が管理しているけどね」
ネイザーグは、廊下を歩きながら語っている。セロンは、信じたくない現実が待っている気がした。まだ、確証を得られたわけじゃないので、微かな希望にすがった。
「私は、いつも奥の部屋で休んでいるんだ。元は、先代の街長が使っていた部屋だけど、広いし、気に入っている」
ネイザーグは、途中の扉の前で立ち止まり、二つある扉の中を覗き込んだ。
「本来ならここも紹介しておきたかったんだけど、いま部屋が汚れていてね。見せられない状況なんだ」
その部屋は、血まみれの部屋のことだった。セロンは取り乱しそうになっていた。
そんなセロンを無視して、初めにいた部屋に戻って来ると、ネイザーグはセロンの方を振り向いた。
「これで、施設案内は終了だ」
「マールは……?」
セロンは消え入りそうな声で訊いた。
「安心してくれ。美しい姿になって、すぐそこにいるよ」
ネイザーグは、部屋の奥を指した。
セロンは、おぼつかない足取りで部屋の奥まで向かう。マールなんてどこにもいない。いる隙間もない。
「いないよ……」
セロンは、呟くように声を漏らした。
「そこにいる。台の上で、磨き上げられた美しい姿をしている」
ネイザーグは、金色の受け台に乗った短い杖を指していた。




