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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第3章 屍を食べる街 下

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第100話 「狂気のネイザーグ」

<<<<*注意:グロテスクな表現が含まれます>>>>>

  部屋の入口近くある釜から細長い煙とゆらゆらと揺れる光が漏れていた。室内は暑く、酷い環境になっている。


セロンは頭が真っ白になっていた。目の前にいる男が何を言っているのか分からない。


「どこに……いるの……?」


 言葉だけが口を突いて出て来た。


「おや、知らないのかい? なら教えてあげよう」


 ネイザーグは、自分勝手に語り始めた。


「まずは……そうだな~……マールと私が運命的な出会いをしたところから話そう」


 ネイザーグは部屋の壁に寄りかかった。


「始まりは、マナリスを呑み込んでも、体調に異常がない対象が現れた、という情報が私の耳に入ったところからだ。私は、以前からマナリスに暴露された対象のうち、運よく適合した『素材』を使って、日々修練に励んでいてね。今回も部下の報告から、その『素材』を回収しにいこうと思ったんだよ」


 釜から漏れる揺らめきがリズムを取って踊り始めた。


「珍妙な飾りを肩につけている情報提供者に事情を窺ったら、盗まれたとか、隠し持っているはずだとか、訳の分からないことを話し始めてね……。それなら当事者に詳しい内容を訊こうと、彼女と同じ班だった子供達の元を訪れたんだ。彼らは、快く説明してくれたよ。『マールの所持していた水筒にマナリスが仕込まれていて、マールが誤って飲んでしまった』 とね」


 ネイザーグは、語りながら移動し、壁に赤く描かれたマークを指でなぞり始めた。なぞっていた指が震えたかと思うと、肩を震わせ始めた。


「分かるかい!? 私の喜びが!」


 ネイザーグが急に大きな声を出してセロンに訴えかけ始めた。


「私はその時、喜悦で身が震えたんだ! 分かるかい!? マールが呑み込んだマナリスが貴重で、それに適合するマールがさらに貴重だということが!! 分かるかい!? この奇跡が! この巡り合わせが! この上なく私を興奮させるということが!!」


 ネイザーグは情熱的に語る。


「居てもたってもいられなかった! 私は、すぐにでも『素材』を手に入れたいと考えた! しかし、焦るな! まだ、動くのは早い! 物事には順序ってものがある! 私は冷静だ! 冷静だった! まだ、確定したわけじゃない! 次は、呼び出して、マナリス適正の検査をした方がいい!」


 ネイザーグは、息を切らして、興奮した表情だった。しかし、急に不気味と冷静になった。


「そして、私は、昨日の夜中に『素材』に会いに行き、検査をさせてもらったんだ。簡単な接触検査さ。『素材』が摂取したと思われるマナリスと同じマナリスを触れさせるだけのね……」


「けど、それで私は確証したんだ!!」


 また、ネイザーグの声が突然大きくなった。


「『素材』に『君は特別な力があるから私について来て欲しい』と頼んだ。『素材』は、最初はおどおどとしていたけど、すぐに承諾してくれたよ」


「私は、すぐにこの施設まで『素材』を連れてきた。そして、あの部屋に案内したんだ。今は、汚れているあの部屋にね。流石に、あの部屋まで来ると『素材』は、『帰りたい』っていうから、拘束して、寝台に括(くく)りつけてあげたよ」


 セロンは、尻尾を震わせた。


「それからの『素材』の泣きようは可哀そうだったな。直ぐにでも美しい姿に変えさせてあげたかったよ。助けてみんな! とか、助けてセロンさん! とか何度も叫んでいた。早く綺麗にしてあげないと手遅れになる。私は必死だったよ」


 セロンは、身体を震わせた。


「次は、いよいよ、創作の時間だ!」


 ネイザーグは興奮気味に早口でしゃべり始めた。


「出来るだけ鮮度を保つ為に血抜きをして、肉と内臓と骨とに分けるんだ。ここが私のこだわりでね。素人は、全て纏めてミンチにしてしまうのだけど、私は違う。肉と内臓と骨を分けて、すり潰すんだ。それから、一つずつ銀と混ぜて溶かしていく。この下ごしらえが後々の完成度に影響してくるからね」


 この狂人の話は、セロンの耳に一切入ってこなくなった。


「叩いて伸ばして叩いて伸ばして、イメージ通りの美しい形を作っていく。私は、ロスが出るのが嫌だからね。使った素材は全て余さず、削りも最小限に抑えるんだ。形が決まったら、熱を加えて急冷し、硬くする。仕上げに磨いて、加飾をしたら、完成だ」


 ネイザーグは、部屋の奥に歩いて行き、金色の受け台に乗った短い杖を手に取った。


「どうだい!? この光沢と曲線美! 私のお気に入りのコレクションに追加しようと思うのだけど、どうかな?」


 セロンは今までに感じたことのない感情が体の底からフツフツと湧き上がって来た。内臓が熱を持ったようだった。ネイザーグは、そんなセロンの様子をまじまじと観察する。


「……まだ、分かってくれないのかい? ……仕方ない。あんまり触りたくないけど、見せてあげようか」


 ネイザーグは、杖を受け台に戻して、部屋から出て行った。それから、少しもしない内に、黒い袋を持って現れた。


「これを見せれば分かってくれるかい?」


 ネイザーグは、黒い袋を開けて、中から何かを取り出して、見せて来た。血が滴っている黒く汚れた布だった。ブロンド色の汚れた髪が布について、淡い光沢を放っている。


 認めたくなかった。だけど、狂気の男が持っている服からはっきりとマールの匂いがする……。


「……何が……したいの?」


 吹き飛びそうな理性を辛(かろ)うじて保って、セロンは問いただした。


「慈善活動であり、優しさだよ! 放って置いたら美しさが失われて行く者達を、新鮮な内に、いっそう美しく! 永久的に形に残るように!! 加工してあげるんだ!!! むしろ、感謝してほしいくらいだ」


 ネイザーグは、服を黒い袋に戻して、ドサッと床に落とし、手を滑らかに動かした。自分に酔いしれている。


「……マールはそうして欲しいって言ったの?」


 もう、爆発寸前の所まできていた。


「彼女の体、『素材』は私を求めてるから……」


 セロンの怒りは爆発した。殴り飛ばした。気づいたらネイザーグを殴り飛ばしていた。ネイザーグは、口から血を噴き出しながら、壁に激突する。ガンッという鈍い金属音が響き渡り、部屋を揺らす振動が起きる。器具が倒れ、壁が凹む程の勢いだった。


 セロンの怒りはそれで済まなかった。


「あんなに優しい子をっ!」


 さらに力を入れて殴り飛ばした。血が壁に飛び散る。工具が音を立てて落ちた。


「あんなに仲間思いの子をっ!」


 力の限り殴り飛ばした。部屋の奥の方まで血を噴き出しながら吹っ飛び、壁に激突する。セロンの気持ちはまだ収まらない。


「どうしてお前みたいな頭のおかしい奴に!」


 セロンは怒りに任せて殺す気で殴った。ネイザーグと共に壁が大きく凹む。大きな振動と共に、何かが割れる音がした。


 セロンは怒りで、肩から息をして、ネイザーグを睨みつけた。ネイザーグは壁に貼り付いてぐったりとしている。


 部屋の温度が急に上がった気がした。特に後ろの方から、熱風が迫って来る感覚だった。


 セロンは、直感で横に飛退いた。寸前のところで、赤(せき)橙(とう)色に光った溶解液が後ろから通り抜ける。丸い釜が倒れていた。セロンが避けた粘度の高い高温の液体は、真っすぐネイザーグにかかり、周囲を溶かした。


「噂に聞いていたし、事前に聞いていたけど……、白竜という生物は、恐ろしいね。こんなに小さいのに……」


 ネイザーグがゆっくりと立ち上がった。顔の凹みが、直るどころか、頬から溶岩状の物質が溶け出している。さらには、身体の一部が解けだして変形し、どろどろの溶岩状の高温物質になっていた。ネイザーグの周囲から、かつて感じたことのないほどの熱が広がり、どんどんと温度が上がり続けている。


「こんな殴られて、魔法を使おうと思ったのは久々だ……。……マナリスを取り込み過ぎてね……体を完全に元に戻すのは、大変なんだ……。だからあまり魔法は、使いたく無かったんだけどね……。素晴らしい素材が相手なら仕方ない……。またとない機会だ。是非とも、私の作品の一つになっておくれ……」


 部屋の壁や床が溶けて、炎色(えんしょく)に光始めた。鈍い銀色の台は、変形し、工具や機械が曲がり、落ちて、倒れていく。空気が揺れて、熱い炉の中のようになる。


 セロンは本能で動いた。


 身体が高温にさらされて焼けていても、感じなかった。溶けかけている受け台に置かれた、白銀の杖を手で掴み、出口まで向かった。手が焦げても気にならない。


 ドアを突き破り、通路を駆けだした。


 通路の壁も既に高温で溶けていた。炎色(えんしょく)に燃え、空気が揺れている。分かれ道の階段側が壁の変形によって、完全に塞がれていた。もやは、ドロドロとした溶岩状の液体になっていて通れそうもない。


 セロンは、迷わず、外側に続く長い通路に入り込み、一気に駆け抜けた。突き当りにある扉を勢いよく突き破り、抜け出す。



 出た先は広い見覚えのある場所だった。半分崩壊していて、瓦礫が散らばっている。遥か昔に人が暮らしていた痕跡があり、小さな街のように広がっていた。深く濃い霧が立ち込めていて、深い崖の下にある場所。


 そこは、一度、採掘場から下りて来た謎の遺跡だった。


「この遺跡には、価値のあるものなんて何も無くてね。ただ、哀れな惨状を教訓として学べるだけなんだよね。君も一度は、来たことがあるかい?」


 ネイザーグが、扉から高温のドロドロした液体を引き連れ、出て来た。溶岩状の液体は、暗い岩の地面に染み広がっていく。


「遺跡の中央に竜の骨があっただろう? この地下の遺跡は、元々小さな街で、その竜が人々を奴隷とし、働かせて、好き放題やっていたんだ。歯向かう人間や気に入らない人間は、殺して食べてしまう。こんな地下の街ならやりたい放題だ」


 ネイザーグは、得意そうに語った。


 セロンは、ネイザーグを許したわけではない。一気に踏み込んで、距離を縮めていく。


「まだ来るのかい? 確かに、ここの岩は、私には扱えないし、溶かせないけどねっ!」


 ネイザーグは、自身が身につけている金属板を手に持ち、弾き飛ばした。


 炎色の光を帯び、弾丸の如く、セロンに向かって飛んでいく。セロンは、ネイザーグが投げると同時に、ワンステップで、避け、さらに距離を詰めた。


 ネイザーグはさらに金属板を手に取り、次々に弾き飛ばしてくる。セロンは、飛んでくる炎熱弾(えんねつだん)をものともせず、掠(かす)りながら、ネイザーグの懐に飛び込んだ。地面に高熱の溶解液が溜まっているが、気にしない。ネイザーグは、溶岩状に溶けた手でセロンを触ろうとする。セロンは、走った勢いを利用して、溶けた腕ごと、ネイザーグの体に尻尾を叩きつけた。


 見た目とは裏腹に、激しい衝撃がネイザーグを襲い、払い飛ばされる。粗削りの暗い岩にぶち当たり、溶解液を散らした。


 セロンは止まらない。


 もう追撃の為に走り出していた。しかし、背後から何かが足を撃った。炎熱弾(えんねつだん)が足を撃ったのである。セロンは、バランスを崩した。炎熱弾は、さらに飛んでくる。セロンは、炎熱弾を避けるために、遺跡の影に飛び込んだ。


「板は飛ばせば終わりというわけではない。私の魔法を侮らないで欲しい」


 ネイザーグがまた悠々と話し始めた。


 セロンは、瓦礫の影から覗いた。ネイザーグは既に立ち上がっていて、周りには、高熱を帯びた小さな板が浮いていた。


「君には美しいショーを体験して欲しいんだ。だから、私に向かってくるのは止めるんだ。君がいくら私に攻撃をしたところで、私には効かない」


 ネイザーグは、遺跡の崖側の方を手で指していた。


 多くの気配がした。崩壊した遺跡の間、崩れた建物の間の道から、セロンの方へ向かって、人の姿がぞろぞろと現れた。採掘場の採掘者達である。皆、つるはしやスコップ、荷車などを持って、薄笑いを浮かべている。


 さらに、遺跡の崖側、大きな暗い洞窟から大型の魔獣が姿をみせた。角の生えた赤毛の魔獣。採掘者達の広場の真ん中で寝そべっていた魔獣である。


 脇の方から、監視の女の人がスタスタと歩いて来る。手には、不気味な闇色のペンダントを持っていた。ネイザーグの元まで歩いて行くと、恭(うやうや)しくそのペンダントを渡した。


 ネイザーグはそれを華麗(かれい)に受け取ると、鎖の部分を手に掛けてぶら下げた。


「これはね、この街にはなくてはならない代物なんだ。これが無ければ、採掘者達は集められないし、採掘者達を動かすのは面倒になる。それに、従わせるのも苦労するんだよね。まあ、彼らだけじゃないけどね」


 ネイザーグはペンダントを持ち上げてじっくりと見た。


「知ってる? 魅了のペンダント。この街の採掘事業で前から使われていたらしいよ。こんな恐ろしいアイテムがあるなんてね……便利だよね」


 ネイザーグはこちらに向き直った。


「本題に戻ろうか。このショーにはスペシャルゲストがいるんだ。その方に、登場してもらおう」


 ネイザーグが指を鳴らすと、また壊れた遺跡の陰から人が現れた。監視官と背中を押されている子供。マールの仲間、ツンツン頭の男の子だった。


 監視は、遺跡の広場の前まで男の子を連れて来ると、速やかに崖の方へ消えて行った。


 残された男の子は、セロンを見つけると、憎々しげに睨みつけた。


「お前か! マールを食べて殺したっていう怪物は!!」


 男の子は鬼の形相で殴り掛かってきた。


「ふざけんな! マールを返せよ!! あいつは、お前が食べていい奴なんかじゃないんだよ!! 誰よりも思いやりのある奴なんだよ!!!」


 男の子は、セロンを本気で殴って、蹴り飛ばして、踏みつけて、殴りつけた。


 セロンは、避けもせず、男の子の攻撃を受けとめていた。


「みんなでユートピアに行くって約束したんだよ!! マールが希望を持たせてくれたんだよ!! なのに、なんで……なんで……なんでだよ!!」


 男の子は攻撃が弱く遅くなっていった。それと同時に涙を流していた。


「返せよ…‥。返してよ……。返して……くれよ………………」


 男の子は、膝をついて力なく泣き始めた。


 鳴き声は虚しく白く深い霧の中に溶けていく。


「ごめんなさい……」


 セロンは、それしか言えなかった。


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