第101話 「白竜の逆鱗」
全ては、計画通りだ。遺跡に誘い込み、美しいショーに参加をしてもらう。本来ならもっと容易に捕獲できるが、白竜という希少な種族の性質が噂通りなのか、是非とも確認してみたい。
「生を持て余して、暇つぶしに人を使って遊ぶ。白竜というのはそういう生き物だと聞いたんだが、本当にそうなのかい? 何百年、何千年と生きて、一体何をするって言うんだい?」
イクセントは、遺跡の中で佇んでいる小さな白竜に呼びかけた。
小さな白竜は、哀れな少年を泣かせている。愉快なものだ。
「君は、ここに居る者達を対処できるのかい?」
イクセントは、小さな白竜を煽った。
白竜が、人々に対して友好的な関係を保とうとし、慈悲を与えるという情報は、仕入れている。もし、人に対して友好的な関係を保とうとするのなら、人を殺めたりはしないはずである。しかし、こんな、他人を助けるのが無意味な世界で、情けをかけるなんて、なんて健気で尊い生き物なのだろうか? 是非とも、絶望の淵へ叩き落としてあげたい。
このショーは、そのためのものである。
イクセントは指を鳴らした。これが、開始の合図である。
採掘作業の荒くれ共が、小さな白竜を取り囲むように動き出した。イクセントはその間、後方に座らせている魔獣の元へ向かった。
「白い小さな生物を狩れば、街で暮らせるって俺達は約束されてるんだ。何者なのか知らね
ぇが、踏み台になってもらうぜ!」
つるはしを持った筋骨隆々の馬鹿が凄みを利かせている。
彼らには、哀れな男の子もまとめて始末してもいいと伝えてある。小さな白竜が人を庇うのか見ものだ。
荒くれ共は、子供が座り込んでいるのをお構いなしに小さな白竜に向かって突撃し始めた。
幅を利かせた筋骨隆々の馬鹿が、初めにつるはしを小さな白竜に振う。近くに子供がいるからか、小さな白竜は、手で掴んで、弾き飛ばしていた。しかし、殺す勢いじゃない。遠ざけるだけの攻撃だった。さらに、荒くれ共が小さな白竜に襲い掛かる。小さな白竜は、子供を巻き込まないようにする為か、中央広場の方へ移動した。荒くれ共は、スコップなどで応戦するが、相手にならず、倒され、無力化されている。
あっという間に、二十人程いた荒くれ共が全員戦闘不能になってしまった。それも、一人も殺さないで。
「素晴らしい慈悲の心だ。それなら、此奴はどうだ? 飼いならしているが、村をいくつか襲い、何十人、いや数百人という人を食い殺している本当の怪物だ。こんな魔獣でも君は、殺さないのかい? それとも、食い殺されるのかい? ははっ」
イクセントは、魅了のペンダントを手に持ち、座っている魔獣の背中に乗った。魔獣も火のマナリスを限界まで摂取している身体のため、高温の溶解液は平気だ。いや、むしろ、魔法の攻撃手段として必要なくらいである。
全ての生き物は火を恐れる。
恐れないのは、火に選ばれた、火を自在に操れるものだけだ。私の力はその火をさらに凌駕する灼熱の炎。
私を恐れない者はいない。
そして、私が持つこの魅了のペンダント。洗脳の眼は、恐怖心に侵された者が見ると術に嵌めることができ、記憶の一部を改竄できる。
希少な白竜と言えど、この恐怖には耐えられまい。
そして、何があろうとこの状況から逃れることも、逆転されることもない。
そこら辺で伸びている馬鹿どもと少年もろとも蹴散らし、人を助けるという下らないプライドをへし折る。そして、美しいショーのフィナーレと共に私の麗しいコレクションの一部としてやろう。
「焼却しろ」
魔獣は、足元に広がっている高温の溶解液を豪快に高波のように持ち上げ、倒れている馬鹿共もろとも焼き殺そうとする。
ギャウッ!
魔獣は怯んだ。小さな白竜が懐に入り込み、ずつきをしたようだ。馬鹿だな、今、扱っている溶解液は、さっきの遊びの時と違う。温度を十倍に上げた、並の生物なら一瞬で溶ける灼熱の金属溶解液だ。
その溶解液に囲まれたところに入り込むのは、ただの自殺行為であり、もはや飛んで火にいる夏の虫同然。全身に浴びてもらっては困るが、少し触れさせてやろう。その焼けるような痛みで、恐怖を味わえ。
ウギャア!!!
「!!?」
魔獣は打ち飛ばされた。ひっくり返る魔獣から降りて地面に着地するイクセント。魔獣は、後方の遺跡の壁にぶち当たり、気絶している。魔獣の腹に窪んだ後が残っていた。ただの殴りであそこまで、火の魔獣が飛ばされるとは思えない。いったい何をされた?
小さな白竜は、既に溶解液の外に立っている。
イクセントは、不可解に思っていると、小さな白竜は、躊躇なく突進してきた。目が、完全に獲物を狙う竜の眼。全ての生物を蹂躙しようとする殺意が込められている。
イクセントは、すぐさま身体の前に盾のように高温の金属小板を並べた。
さらに、自分の周囲に溶解液を溜めて、まともに近づけないようにする。この最強の防御で、私に攻撃できる者はいない。そして、攻撃も、溜まった溶解液を使えば、相手に成す術なんてない。
少し、意表を付かれたが、イクセントは、勝ち誇った笑みを浮かべた。
いつでも攻撃できるように、溜まった溶解液を蔓のように伸ばした。
しかし、小さな白竜は止まらない。
恐怖は無いのか? 馬鹿なのか?
イクセントは、蔓状にした溶解液を小さな白竜に向かって伸ばした。小さな白竜は、飛んでイクセントの元に突っ込んでくる気だった。イクセントは、蔓で掴むように動かした。
翼もないような竜が、空中でこの攻撃をかわせるはずがない。
しかし、小さな白竜は、空中で急に鋭く曲がり、高温の蔓をかわした。
イクセントは、前に浮かせている高熱の小板を小さな白竜に集中するように飛ばした。
小さな白竜は、さらに小板を避ける為に、右に鋭く曲がり、イクセントまで近づいて来た。
あり得ない!
イクセントは、寸前の所で、後ろに飛退いた。小さな白竜がイクセントに届く前に、見えない衝撃が左手を掠めた。
「!!?」
まだ終わらない。イクセントは、目を見開いた。小さな白竜は、地面に広がった高温の溶解液に足をつけなければ、方向転換なんて不可能なはず。なのに、空中を蹴っているかのように、方向を修正して、イクセントの元に向かってくる。
高熱の小板を操るのが間に合わず、イクセントは、右手で小さな白竜を焼き溶かそうとした。しかし、強い痛みと共に、横に弾き飛ばされた。遺跡の瓦礫にぶち当たり、態勢を立て直そうとするが、上手くいかない。
よく見ると右腕が肩から無く、溶けて折れ曲がった腕が地面に落ちていた。
小さな白竜の方を見ると、獲物を仕留めようとする眼光でゆっくりと近づいて来る。
「に、人間達がどうなってもいいのか!?」
イクセントは、地面に溜まっていた高温の溶解液を動かして、倒れた採掘者達を焼き殺そうとした。
しかし、イクセントの脅しは意に介さず、小さな白竜が迫ってくる。
「狂ってやがる!!」
イクセントは、溶解液の前に落ちている高温の小板を操り、炎熱弾として、小さな白竜に向かって飛ばした。
小さな白竜は、今度は上に飛び上がるように避けて、空中を蹴って、一気に迫って来た。
「……お前、うざいよ」
目の前まで来た、小さな白竜は、凍り付くような声で一言、呟いた。
イクセントは、残った左腕で虫を払う仕草で小さな白竜を攻撃しようとした。
そんな攻撃、虚しく、イクセントは、横っ腹に強力な一撃を食らった。
遺跡の広場まで、地面を打ちながら転がり、へばりつくように倒れる。
イクセントは内臓がいくつか潰れた。地面に血反吐を吐いて、咳をする。
ゲホっ、ゲホっ、ゲホっ! わけがわからない。何が起きてる? 苦しい……痛い……痛い! ……助けて……。誰か……誰か……痛い。
「だれか……たずけて……いだい……たずけて……殺される……」
イクセントは、白い小さい化け物が近づいて来る足音を聞いて、戦慄し、全身を震わせた。
「たずけて!! たずけて!!」
涙を流しながら、白い小さな化け物を見た。
潰れた右脇を押さえ、必死に後ずさりしようと足を動かす。
けれど、白い小さな化け物は、下等生物を見下すかのような冷たい眼で迫って来る。
そして、化け物が手を振り上げた。
「ぎゃあああああ~~~~~!!!!!」
イクセントは、ひどい断末魔を上げた。




