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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第3章 屍を食べる街 上

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第98話 「居住区の重たい扉」

 苦しんで寝込んだり、うずくまっている人がいる小屋で、セロンは、一人の比較的軽症な老人と対話をしていた。そのお爺さんは、ここにいる苦しむ者達は、いずれ捨てられる存在だという。


「ここの外側に丸い木の棒が立っていただろう?」


 セロンは、採掘者達の広場に来る前に見た、宿舎の外側にいくつも立っていた裸の木の棒を思い出した。


「あれは、墓だよ。ここで死んだ採掘者達の。もちろん、墓なんて立てられていない者もいるだろうがね」


 お爺さんは、静かにゆっくりと説明した。


「お爺さんも捨てられるの?」


 セロンは、気を遣うように訊いた。


「ここに押し込まれた者は例外なく、捨てられる。わしももう少ししたら、迎えがくるだろう、ゲホッ」


 おじさんは、咳をして、血を吐いた。手の甲に血がかかっている。


「おじいさんは、どこか病気なの?」


「もう、体がいうこときかんのじゃ。歳じゃよ」


 お爺さんは、冷静に答えた。


「わしよりも、そこら辺に転がっている若造達の方が、運の無い者達じゃよ」


 お爺さんは、顎をしゃくって、倒れている者達を指した。


「どうして?」


 セロンは、部屋に沢山いる弱った人々を見る。


「自分の体に合わないマナリスをとり込んでしまった。それだけじゃ。だか、たったそれだけで、絶え間なく苦しんでしまう。頭や内臓、体中のあちこちが痛み、吐き気や目眩に苛まれてしまう。意識がある限りずっとじゃ。彼らの多くは、いっそのこと早く楽にしてほしいと思っているだろう」


 お爺さんは、憐れむような目で、うずくまる者達を見ていた。


「何とかならないの?」


「治療する術は、生きていて、一度も聞いたことがない。不治の病じゃよ」


 お爺さんは、きっぱりと答えた。セロンは、視線を落とし沈黙した。


 けど、本当にそうなのうだろうか? 白竜の兄弟か、あっくんなら治し方を知っているんじゃないだろうか? セロンは、微かな希望を抱きながら、口を開いた。


「助けを呼んでおくよ。何かしらの方法があるかもしれないから」


「……それはありがたいことじゃな」


 老人は穏やかに答えた。



 小屋を後にして、セロンは街の方へ走り始めた。マールの手がかりは、採掘場になかった。街に手掛かりがあるのかは、分からないけど、探していない場所の方がいいと思った。


 街へ戻る途中の荒れ地で、またミステールの姿が目に入った。どうも沈んだような、機嫌が悪いような雰囲気を醸し出している。近寄りがたい様子だった。


 けれど、セロンは、ミステールの元へ足が進んで行った。もし、手がかりがあるなら聞いておきたいと思ったからだ。ずっとここにいるミステールお姉ちゃんなら何か見ているかもしれないから。


 近づくにつれてどんどんと足取りが重くなり、慎重になった。ミステールは、セロンが近づいているのに、見向きもしていない。


 十分に声が届く距離まで近づくと少し躊躇(ためら)いの気持ちが強くなった。一つ深呼吸をして、勇気を振り絞って声を出した。


「あの~……お姉ちゃん……」


 ミステールは反応せずに黙って真っすぐ向いていた。


「昨日、マールっていう子がいたでしょ……?」


 ミステールは一切、答えない。


「今日って、そのマールっていう子、見てないかな? ……いま見当たらなくて探しているんだけど……」


 それからずっと沈黙が続いた。


 やっぱり、答えてくれないよねと思い、セロンは訊くのを諦めた。


「えっと……邪魔してごめんね、お姉ちゃん」


怒られないように早く立ち去ろうと踵(きびす)を返した。マールを探す為に、街の方へ走って戻ろうとした。


「わたくしは、知りませんし、見ていません」


 後ろから、透き通った姉の声が聞えた。セロンは、ハッとして立ち止まった。いつも通りの姉の声を聞けて、自分の質問に答えてくれたことが堪らなく嬉しくなった。


「教えてくれてありがとう。ミステールお姉ちゃん」


 そう明るくお礼をするとセロンは街の方まで走って戻った。


 ミステールが見ていないのであれば、本当にマールは採掘場には行っていないと考えられる。だとしたら、街の中の何処かで歩いているかもしれない。


 セロンは希望が高まっていくのを感じながら、街の入り口の水販売が盛んな通りまで来た。


「おい、白ナマズ! 今日という今日は、逃がしはしないからな」


 ミステールが従えていた二人組の男が、またセロンに迫って来た。見る限り暇そうである。


「今度こそ、ぶちのめしてやる。こっちこいや!」


 一人がセロンの腕を掴もうとした。セロンは、掴まれる前に相手の手を掴んだ。男は、面食らったように固まった。


「……痛っ! 痛い、痛てぇ、あああああ~!!!」


 セロンが掴んだ手を強く握りしめ始めた。


「放せっ! 離せよ!!」


 セロンは手を放してあげた。男は、強く握られた手を押さえて痛そうにしている。もう一人は、仲間の状態に戸惑っていた。セロンは、二人組に構っている暇はないと少し鬱陶(うっとう)しく感じていた。


「ねぇ、マールっていう小さな女の子見かけてない?」


 あまり当てにはしていないが、一応聞いてみた。


「ああん!? マールだ!? そんな奴知らねぇよ。ゴミ箱にでも捨てられているんじゃねぇか!?」


 訊いた自分が悪かったと思い、セロンはその場を立ち去った。


「あ、おい! 待てよ!」


 後ろから威圧した声が聞えてくる。けれど、セロンは無視をした。街中を歩き回ってマールを探さないといけない。



 セロンは街中を奔走(ほんそう)した。一度は行った大きな通り、路地裏、マールと行ったお茶屋や魔法アイテム屋、大きな丸い球体のある場所、変な人から逃げ回った細い支道、坂になっているエリア、静かな住居エリア、思い当たる場所を手当たり次第探し回った。


 けれど、マールの姿は何処にも見当たらなかった。



 街中にいくつも設置してある四角いゴミ箱を一人の住民が荷台に乗せて、引いていた。作業用の服を着ている姿から、清掃員か何かなのだと思う。


「すみません、マールって言う女の子知りませんか? ブロンドの髪の黒く汚れた女の子なんだけど……」


 セロンは、横から訊いてみた。


「マール? ブロンドの髪の子? 見た覚えはないな~」


 そう答えると、カルレン族の清掃員は、脇道の方へゴミ箱を引いて入って行った。


 セロンは、気を落として、何気なく近くにあったゴミ箱を開いた。中身は、少なく、腐った臭いがした。前に、ごみ箱を開けた時に人の指らしきものを見たのが脳裏に浮かんだ。そして、お爺さんが、ゴミみたいに捨てられると言っていたのが頭に浮かんできた。


 ……そんなわけがない。つい昨日までマールは元気にしていたんだから。ゴミのように捨てられるなんて……。


「あっ、セロンちゃん! ここで何してるんでしゅか? ン、ヒック」


 スクミ―がヨレヨレになって、顔を赤くしながら現れた。


「スクミ―! マールが居なくなってしまったんだ! ほら、デートの女の子。何処にいるか知ってる?」


 セロンは急き立てて訊いた。


「マール? デート? ……まーるいデザートでも食べたいでしゅね。ヒック」


 スクミ―は、にやけていた。


 これは訊いても無駄だと分かった。何があったのか知らないけど、泥酔状態だ。


「それなら、スクミ―。マールを探しに行ってくれる?」


「ヒック……はい! ミーに任せてちょうだい! ヒック……まーるいデザートを見つけて参りましゅわ! ヒック……」


 スクミ―は、ヨレヨレと壁にぶつかり、箱にぶつかりながら、細い道に消えて行った。


 ぜんぜん当てにならない……。


 セロンは、どうやってマールを見つければいいのか考え込んだ。顔の布を取って、匂いを嗅いでみても汚泥と金属と腐った臭いしかしない。鼻はまったく使い物にならない。



 セロンは、またマールの住んでいる、作業員の宿舎に来ていた。広場では鉱石やマナリスの選別、運搬を忙しくこなしていたが、マールの姿は無い。


 宿舎の錆びた扉を開けて、中に入る。もう布には隠れずに、姿を晒したままである。


 入ったエントランスの正面には、カウンターがあり、この前、マールを案内したふくよかな案内人がいた。


「あら、見かけない顔ね。なんの用かしら?」


 案内人は、頬杖をついて、セロンをしげしげと眺めた。


「マールが何処に行ったのか知りませんか? 最近、ここに来た女の子です」


 セロンは単刀直入に訊いた。


「ああ、あの女の子は、今、採掘場にいると思うわ。変わった子で、せっかく街に上がって来れたのに、仲間がいるからとかいう理由で、採掘場で引き続き働くらしいから」


 案内人は、セロンに興味を無くし、煙管(きせる)を引き出しから取り出した。


「ここから出るのを見かけたの?」


 セロンは、続けて訊いた。


「いいえ、見てないわ」


 案内人は、刻み煙草を火皿に詰め始めた。あんまり関心がないみたいだ。


 セロンは、黙って宿舎から出た。後ろで、扉が軋んで閉まる音がする。


 途方に暮れて、当てもなく、歩く。細い道や人通りが多い道を目的もなく彷徨って、とほとほと歩いていた。


 気持ちは沈んでいた。床下の編み目からは、ごぼごぼとした汚泥の鈍い音が聞こえる。道に落ちている汚泥の塊は、靴の裏にガムのようにくっついて、重たく纏(まと)わりついてくる。


「また、プヨル兄さんかあっくんに助けてもらおうかな……」


 そう独り言を呟くと、セロンは、顔を上げた。


 気づいたら、賑やかな通りに立っているのが分かった。左右には、渋い赤褐色の店が立ち並んでいる。行き交う人は、カルレン族やヨーティー族で、セロンの気持ちなんて気にも留めず、買い物を楽しんでいた。


「マールの居場所が知りたいかい?」


 突然、艶めかしい青年の声が後ろから聞こえた。


 セロンはハッとし、振り向こうとする。


「振り向かない。そのまま聞くんだ」


 すぐ後ろに声の主はいる。声は、初めて聴くのに、嗅ぎ取れる臭いは、微かに嗅いだ記憶のある臭いだった。


「マールは、この街の下で待っている。行き方は簡単。いくつかの居住地の中にある鎖で封鎖された裏道さ」


 そう謎の者が告げると、後ろに気配が無くなった。セロンは、ゆっくりと後ろを振り返った。もう、その者の姿は無く、通りを歩く人がちらほらといるだけだった。


誰? それにどうして、そんな情報を知っているのか? どうして、僕のことを知っているのか?


思い当たる人物はおらず、謎が深まるばかりだった。


いずれにしても、有力な情報を得られた。居住地の中にある鎖で閉鎖された裏道……。覚えのある道は一つしか無かった。


セロンは、走り出して、記憶にある道を辿った。


そして、辿り着いた。この場所は、異様に覚えている。住居と思われる建物が道を圧迫するように聳(そび)え立っているのに、やけに静かな場所。積み上げられた建物と汚れた空気が、陽の光を遮って、薄暗くなった道。四角いゴミ箱と、からまるような階段や梯子の森の中。マールと迷い込んだ住居区である。


「ここだ……」


 セロンは、小さく呟いた。


 目の前にあるのは、住居区の道よりもさらに狭い道。その道の入り口は、人が入るのを禁じるように、鎖が何重にも掛かっている。灯りが必要なほど薄暗く、洞窟のような存在感で、入ってはいけないような不気味さを感じる。


 こんな場所にどうしてマールが行ったのだろうか? 本人もあまりいい印象に感じていなかったのに……。


この街の下で待っている……。


セロンは、妙な胸騒ぎがした。


鎖に足を掛け、飛び越えて、道の中に入る。黒い建物の壁と、錆びた排管が横から圧迫してくる。風も入ってこないし、汚泥が流れる音も小さい。上の方からぽたぽたと液が落ちて、床の銅板を黒く汚していた。


セロンは、真っすぐ、突き当りの暗い壁まで進んだ。道は、左に折れ曲がっていて、その先は、すぐに行き止まりだった。その道の終わりに重厚であまり使われて無さそうな扉があった。


誰が使うのかも分からないけど、この扉の先は街の下に繋がっている。そして、その先にマールが待っていて…………、待っていて……いったい何をしているのだろうか……?


セロンは扉の前に立ち止まった。


扉は、セロンが進もうとするのとは裏腹に、入るなと冷たく拒絶している気がした。



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