第97話 「採掘場の異変」
部屋で目を覚ましても誰もいなかった。ここに帰って来た時も誰もいなかった。だから、セロンは扉に取り付けられたダイアル式の鍵を開けて、一人で眠りについていた。鍵はしていなかったから、誰でも入れる。だけど、誰かが入って来た痕跡は無い。あっくんもスクミ―もずっと外で忙しくしていて、帰って来られなかったということになる。
珍しいことではなく、あり得るので、セロンは、そんなに気には留めなかった。二人とも忙しい理由は分かっている。
セロンのやることと言えば、特に差し迫った用事はない。しかし、行きたい場所、会いたい人は定まっていた。この街にいる間は、マールとの親交を深めたい。セロンの気持ちはそれだけだった。だから今日は、マールの仲間の子供達にも自分を紹介してもらって、仲良くなろうと思った。
晴れた気持ちで部屋から出ると、変わらず視界の悪い靄と不快な臭いが満たされている。街の住民達は、いつもと変わらず入り乱れた階段を、マイペースに上ったり下ったりしている。水を飲んでいる人、汚泥を工房に向かって投げつけている人、それに応戦する人。いつもと変わらない日常な気がした。
マールはもう採掘場の方へ行ってしまっている気がするけど、宿舎の方にまだいるかもしれないので、採掘場に行く前に街の端にある鉱物作業員の宿舎に向かった。
宿舎の前まで道に迷いもせずに辿り着いて、セロンは宿舎内に忍び込む為に、スクミ―から借りている魔法の布を被った。セロンが意識することで、布の中の空間が広がり、セロンが十分に入れるほどの広さになる。外から見たら、布が地面に落ちているだけにしか見えない程、地面との隙間の小さな空間である。
セロンは扉を開けて中に入ると、エントランスには誰もいなかった。奥の工具が沢山掛っていた部屋の中から硬いものを打ち付ける音が聞こえて来る。マールの部屋がある廊下の方へ進み、急な階段を滑るように降りた。誰ともすれ違わないのは、もう作業員達は、仕事を開始しているからなのだろうかと思った。
マールの部屋に辿り着いても案の定、彼女は部屋には居なかった。これで採掘場にいるとはっきりしたので、セロンはすぐさま宿舎を出た。
街の出入り口に行く途中、鉱物関係の作業をしている広場では、作業員の元気が戻っていた。水が支給され、心配も消えたようだった。ただ、作業員不足は解消されたわけではないらしく、作業は滞っており、採掘場から上がって来た鉱物は、山積みになっていた。
街の門から出て、橋を渡る。人々の波は、緩やかに目の前を過ぎていった。谷の方からは突き抜けるような風が吹き、谷の底は、白い煙で覆われている。何も変わらない街の外側の状況である。
セロンは、橋を渡った後、採掘者の広場に行くために、荒野の方に道を逸れて行った。ミステールが、いつもの場所に居た。見える範囲にはもう汚泥の沼は見当たらない。順調に進んでいるようだった。だけど、ミステールの様子は、静かで重たい空気を纏っているようだった。
あの感じだと、とても話しかけにはいけない。昨日のことが原因だと思うし、セロンが近づいただけで、怒られそうだった。
セロンは、気に留めないようにして、採掘者達の広場に向かった。
広場の周りには、細長い素朴な宿舎がある。黒っぽい板と尖った棒みたいのが乗っかったスティアの宿舎である。その外側にはつるつるとした裸の木の棒がいくつも立っている。なんのための棒なのか分からない。内側は、広々と開いていて、広場になっている。そして、その中心には魔獣が眠っていると思ったが、魔獣の姿は見当たらなかった。採掘者達が不在の時は、いつも中央で寝そべっているのに、今日は居なかった。採掘者達がまだ宿舎にいるような気配もないので、今日は居ない日なのかもしれない。二日三日通ったからって、何が普段通りなのか分かるわけがない。居ないときもあるのが平常通りという場合もある。
セロンは、特に気にすることなく、採掘場の方へ向かった。
採掘場の中は、一見いつもと変わらぬ様子だった。スクミ―から借りている魔法の布を被って坑道内に入っても、前と同じように、ザクザクとつるはしを振るう音がしていて、騒がしい怒鳴り声が響いている。おばあさんは、暴れていたし、鞭で打たれているおじさんもいた。
セロンは、早速マールや子供達を探そうとした。けれど、中々見つけられなかった。かなりあちこち探し回ったけど、いない。階層が違うのかもしれないと考え、セロンは一度坑道から出た。
坂を下っていき、一つ下の階層へ入る。階層を下っても特に大きく変わるような箇所は無い。監視の小さな小屋や線路、街の下リフトに繋がる橋があり、坑道の入り口がある。その下の階層も同じようになっている。
セロンは、鼻も利かないので、どこに子供達がいるのか分からない。一つの階層毎にしらみつぶしに見ていくしかない。
セロンは、現在いる階層の坑道内に入って行った。この坑道内も同じように、採掘者がせっせと鉱石やマナリスを掘り出していた。十字路の分かれ道や二股に分かれた道、下って行く坂や上がっていく坂、坑道内は、迷路のようである。薄暗さや同じような景色も相俟って迷子になりそうだったが、やっと子供達の姿を見つけた。
リーゼントくせ毛の男の子とどんぐり頭の男の子、そして傘を被ったような頭の女の子の三人の姿を見つけた。近くには、見慣れない二人の大人がいたけれど、間違いなくマールの仲間の子供達だった。
セロンは、会話が聞こえて、様子が分かるように出来るだけ側まで近づいた。
カキンカキンと子供達と大人一人がつるはしを岩に叩きつけていた。しかし、くせ毛の男の子は、力が抜けるようにつるはしを落とし、座り込んだ。
「はぁ、はぁ、……疲れた。ちょっと休憩しようぜ」
「ダメだ。子供が班にいたとしても今日のノルマを達成しないと報酬が減らされる」
一人の髭面のおじさんがくせ毛の男の子を諭した。
「おじさん、酒が飲めなくなるのが嫌なだけだろ。昨日だって、酒が品切れってだけで喚いていたし」
「酒は燃料であり、生きがいなんだよ。この仕事の良い所は、酒が毎日飲めるっていうところなんだよ」
髭面のおじさんは、熱弁した。セロンは違和感を覚えた。
「どうせ、ノルマを達成したところで、監視官の気が良くなければ街に行けないんだし、頑張るだけ無駄だろ」
「監視官の印象が大事なんだぜ、坊主。いかに監視官に媚びを売るかで街の方へ昇格できるか決まる」
もう一人の顎が割れたおじさんがスコップで、鉱石をかき集めながら助言した。
「確かにそれが一番大事だよね」
どんぐり頭の男の子が一生懸命岩を砕きながら同調する。
「……水とパンがどれだけ大切か……」
傘を被った頭の女の子は、鉱石だけを容器に移しながらぼそりと呟いた。
「は~ぁ、誰か街の方に知り合いがいればいいのにな~。そしたら、監視官に賄賂でも用意できるのに」
くせ毛の男の子がやる気無さそうに立ち上がりつつ、嘆いた。
「それ、棘肩ブラザーズのやり方だろ。知り合いのいない僕達にはどうしようもないよ」
どんぐり頭の男の子が反応した。
おかしい。どう考えてもおかしい。子供達は、マールがまるでいない風に話している。まるで、いままでも、はなから存在していなかったかのように会話している。
セロンは、いったいどういうわけなのだろうかと戸惑いを感じた。マールの姿は一向に見当たらない。そういえば、ツンツン頭の男の子の姿も見えない。何が起きているのだろうか?
「棘肩ブラザーズと言えば、俺達のことを狙っているって聞いたぜ。鉱石を横取りして、ノルマ達成できないように嫌がらせする気だ」
くせ毛の男の子が再びつるはしを重たそうに持って、煩わしそうに呟いた。
「そうなのか? 今朝は姿見てねぇけど。狙うなら同じ坑道じゃないとダメだろ?」
ひげ面のおじさんが手を止めて言った。
「確か、最近、再び地下を掘る作業が再開したらしいな」
顎が割れたおじさんが鉱石を鉱車に入れながら呟いた。
「それで、いくつかの班が駆り立てられているって噂だ」
「まじか? あのくそ固い岩盤を叩く作業だよな?」
「そうだ、その作業だ。地下は暗い岩盤の層になっているからな」
「棘肩ブラザーズは、不運にも、その岩盤掘りに割り当てられたってことだね」
どんぐり頭の男の子は、口元にほのかな笑みを浮かべて言った。
「けど、今更、そんなところ掘る必要あるのか? 遺跡だって入り口が見つかったから掘り進めたわけで、宝が無いなら、無駄だろ」
くせ毛の男の子が鈍くつるはしを振って、疑問を呈した。
「お宝が見つかったんじゃねぇか?」
ひげ面のおじさんは、強くつるはしを打ち付けながら、適当に答えた。岩が砕け散って、足元に散らばっていた。
セロンはたじろいだ。何かがおかしい。まるで、時間がずっと別の日に飛んだ気分だ。僕が変な夢を見ているのかな。もし夢なら早く目覚めて、マールの元に行かないと。
けれど、意識は現実で、全ての感覚がしっかりと伝わって来る。
頭がこんがらがって来たので、セロンは、取りあえずマールを探し出す決断をした。採掘場にいないなら、他の何処かにはいるはずである。
セロンは来た道を戻るように坑道を走った。足音が響くけど、気にしていられない。
途中、道を塞ぐように一つの集団が前方に現れた。鉱車を持って来ようとしている最中の三人組だった。
「お二方は、いったいどういう経緯でここに来たんですか?」
若そうな面長の男性がベテランに見える二人に訊いていた。
「まだ言ってなかったか? 魔獣に村が襲われて、拾われたんだよ」
立ち止まって、一人が答えた。
「俺も同じだ。魔獣に襲われたところを助けられた」
もう一人も続いた。
「えっ!? そうなんすか!? 俺も同じなんですよ。魔獣に襲われて……」
面長の男性が驚きの表情で、さらに続いた。
「お前もか!?」
「どんな魔獣に襲われたんだ?」
「俺は、丸い虎のような……」
「俺は、黒い大きな鳥……いや、大きな蛸だったか……」
「あんまり覚えてないんすか? 俺はしっかりと見て…………」
「お前も覚えてないんじゃないか!」
「そりゃ、第一、逃げるのに必死なのに、魔獣の姿なんて見る余裕ないだろ」
「それもそうか……」
ヅタヅタと道の先の方から足音が聞こえて来た。
「お前ら、さぼっているんじゃねぇだろうな!?」
監視の女の人だ。蟹股で腰に手を当てて偉そうにしている。
「ち、違いますよ。ただ、トロッコが重くて進むのが遅いだけですよ」
ベテランの一人がへりくだって答えた。
「本当か?」
監視は、じっと睨みつけている。
「俺の利益のために働いてもらわないと困るからな」
監視は、疑い深そうに見回した。
「上の人からそう言われてるんですか?」
面長の男性がいきなり訊いた。
「上の人!? 俺達の上に立つ者なんていねぇよ!」
監視の女性はだみ声で吠えた。三人は、後ずさりした。セロンは、ここでもおかしいと思った。確か、前はネイザーグ様がどうとか言っていた気がした。監視の人が、そんな上に立つ者を蔑ろにするとは考えられなかった。
ドーン! ガラガラ、ゴロゴロゴロ!!
セロンは、ぼーっと考え込んでいると、いきなり大きな崩れる音がした。
「崩落だ!」
監視を含む四人は驚き固まった。
真っ先に動いたのは、監視の女性だった。音がした方へ、走り出して行った。採掘者の三人は呆然としている。
「新入り、これがここの恐ろしさだ。大抵、坑木をしっかり設置しないから起こる。まあ、それでも起きる時は起きるがな」
ベテランの一人が口を開いた。
「それにな、他にもちっとした不注意でお陀仏になる危険もあるからな」
もう一人が続いた。若い面長の男性の顔は、真っ青になった。
セロンは、息を飲んだ。そうだったんだ。この採掘場は、常に危険との隣り合わせで、いつ事故が起きてもおかしくない場所だったんだ。今まで、誰かが死ぬのを目撃しなかったから、危機感は感じなかった。
ずっと立ち止まっていてもらちが明かないので、セロンは、三人組をギリギリ端にへばりついて避けると、坑道を疾走した。音があった場所まで向かってみた。いくつかの曲がり角を曲がって、坑道を奥の方まで行った。
すると、坑道の途中で完全に埋まったような跡があった。先に監視の女性が来ていて、天井の方を眺めていた。
「めんどくせぇ。後で、誰かに掘らせて、確認と回収させるか……」
そう呟くと、こちらの方へ向きを変えて、向かって来た。セロンは、端の壁に密着して、誰かが落とした、ただの汚い布のふりをした。
監視は、まったくセロンの隠れた布に見向きもせずに通り過ぎていく。セロンは、監視が去った後、埋まった坑道の方へ寄ってみた。
大きな岩や重そうな土、ゴロゴロとした石で埋め尽くされている。セロンが耳を澄ましても、何の音も声も聞こえて来なかった。
「誰かいるの?」
セロンは試しに声をかけてみる。しかし、全く返事がない。
セロンは迷った。それから、掘れるところを掘ってみた。爪を使って、一気に掘り進める。すると、人の手のような物が見えた。急いで掘り進むと、岩の下敷きになった人がいた。もう潰れてしまっていた。
セロンは、衝撃をうけて後ずさりした。たとえ他に人が居たとしても誰も助からない。みんな一瞬で潰れてしまっている。
ショックを隠せずにセロンは、坑道の出口まで歩いた。やっぱり人って簡単に死んでしまうんだ……。
坑道を出ると、自然と採掘者の広場まで戻る足取りになる。マールを探す目的を忘れたわけではない。採掘場で人の死を見たのはショックだったけど、立ち止まってはいられない。早く見つけないとマールが心配だ。きっと子供達と一緒にいないということは、採掘場とは別の場所にいるに違いない。だって、子供達の様子が……。
セロンは、内心焦りをおぼえながら、採掘者達の広場まで来た。魔獣の姿はない。焦って街の方に行こうとしたが、一つの建物に目が留まった。昼間でも寝息や唸り声が聞えて来た小屋である。
スタスタと小屋の扉まで走り、扉を開ける。鍵は掛かっていなかった。ドアの軋む音と共に中から人の苦しそうな声が聞こえて来る。
中は、人が何人も横たわったり、うずくまったりしていた。
「う~、あ~……」「はぁ……はぁ……」「く……うぅ……」
セロンは一番近くにいる、うずくまった人に声を掛けた。
「大丈夫?」
うずくまって、目をギュッと閉めている。
「体が痛い……頭が痛い……熱い……」
とても大丈夫な訳がない。
セロンは、部屋を見回したが、マールは居なかった。
「……処分されるんだ。もうおしまいだ……」
消え入るような声が聞えた。
「使い物にならなくなった者はゴミのように捨てられるのさ」
この小屋の中では一番はっきりとしている低い声が聞えた。セロンは、声の方を振り向く。ひとりだけ、壁に寄りかかってぐったりしているお爺さんがいた。
「ゴミのように捨てられるってどういうこと?」
セロンは、近くによって、訊いてみた。
「そのままの意味さ。ゴミ。資源ごみだ」
おじさんは、低く重たい声で答えた。セロンはあまりピンと来なかった。




