第96話 「マールとのデート?」
ミステールに追い払われて、セロン達は街の入り口まで戻ってきた。相変わらず、人通りは多いし、高い水を売っている行商人が呼び込みをしていた。
「俺は、水を手配してから、Pマナリス探しに戻るぞ」
あっくんは、何事も無かったかのように、そう告げると足早に去って行った。
「私も用事があるので、行きますね。……姉のことは気にせず、街を楽しんでください」
プヨルも街の中の方へ、消えて行った。
残ったセロンとマールは、少し落ち着かない気分で立ち尽くしていた。
「変な喧嘩に巻きこんじゃってごめんね」
セロンはマールに謝った。
「全然平気だよ。みんな真剣に考えてるのが分かるよ」
マールは穏やかに言った。まだ子供なのに大人の対応だった。
「……水不足問題も大丈夫そうだし、気を取り直して、街を散策する?」
セロンは、取りあえず当初の目的を提案した。ミステール姉さんについては、僕がどうこう考えるべきじゃないし、何も言える立場でもない。ただ、邪魔しないようにするぐらいしかない。
「うん、散策しよう。まだゆっくり街を見れてないからね」
マールは微笑みながら頷いた。
セロン達は、ぶらぶらとまだ行っていない通りの方を選んで、ゆっくりと歩いた。
工房が立ち並んでいるような通りに入ると、ヨーティー族が円になって集まっているのを見かけた。それぞれが多種多様な形の容器を片手に持っている。
「熱気ある休憩と喉を潤す水に乾杯」
「「「乾杯!」」」
一人のヨーティー族の掛け声と共に、周りのヨーティー族は、容器を高々と上げて、水を飲んでいた。
「最高!」
「このひと時が至福なんじゃ」
ワイワイと楽しそうである。
横を通り抜けると、再び大きな通りに出た。セロン達は、上り坂になっている道を見つける。見上げると、建物が段々に奥に行くほど高くなっていて、その一番上には、スクラップの山のような建物があり、透明な丸いガラスが頂上から突き出ていた。
「あの一番高い所にある建物だけ、他と比べても歪な形だし、ガラス? か何かついていて、特別そうだね」
セロンは、目で見た印象を口に出した。見えると言っても、モクモクと濁った煙で視界が悪いので、確かかどうかは分からない。
「たぶん、街長の家じゃないかな?」
マールは、目を凝らしながら言った。
「行ってみる?」
セロンは、流れで提案してみた。街長らしい人は、前に採掘者達の広場で見ているので、大胆に言えた。
「うーん……、せっかく水不足をトウシさんとプヨルさんがどうにかしてくれるのに、今会いに行ったらややこしくなりそうだし、本当に街長の家かも分からないし、時間かかるだろうから、今日は止めよう……」
マールは、少し考えた素振りをして、答えた。
「それじゃあ……」
セロンは、今いる大きな通りに目をむけた。ちょうど、セロンは、見覚えのある名前の看板を見つけたので口を開いた。
「あの店に行ってみよう。丁度喉も乾いたし」
セロンはマールを連れて、錆びた銅の壁に無数に看板が打ち付けられている店の中に入った。
中は、外の不快な臭いに混じって、多種多様な匂いが広がっていた。色とりどりの乾燥した葉っぱが、銀色のケースの中に詰まっていた。
「何を飲みたい気分だい?」
店主のヨーティー族が聞いて来た。正直、知っているのは一つしか無かった。一人だったら、色々なのを適当に買うけど、今日は二人なので、絶対に失敗しないものを選びたい。
「ハイリーフティー、ください」
セロンは迷わず店主に告げる。店主は、赤色の乾燥した葉を一掴みして、沢山の丸い容器が積み重なった木の台まで運んだ。しばらくすると、二つの金属カップを持ってセロン達の前まで戻ってくる。
「あいよ」
セロンとマールは、カップを受け取った。セロンは、銀貨を支払った。
「飲んだことある?」
セロンはマールに訊いた。マールは首を振る。
「飲んでみて。美味しいよ」
セロンは、ニッコリとして勧めた。マールは、じっと自分が受け取った液を見た後、すするように飲んだ。
「甘い……少し酸っぱい」
「そうでしょ、甘酸っぱいでしょ?」
マールはごくごく飲みほした。セロンも一気に喉を潤すようにぐびぐび飲んだ。
「美味しい」
マールはぽつりと呟いた。セロンも頷いて、共感し、満足した後、空になった容器を店主に渡して店を出た。
「他にも面白いところがあるから、僕が案内してもいい?」
「うん、いいよ。セロンさんに任せる」
セロンは、通りに並ぶ店を確認しながら、マールを連れて歩いた。加工品や道具屋が多く立ち並ぶ中で、お目当ての店は、飾りが派手に施された外観だった。紫色のギザギザした葉っぱを付けた蔓が柱に巻き付いていて、看板は、金や銀で縁取られ、大きく入り口の上に掛かっている。青と赤とピンクの光を放ったライトが店頭のガラスから踊るように光っていた。
「ここは何の店なの?」
店の入り口の前でマールはセロンに訊いた。
「魔法アイテム屋さんだよ」
セロンは得意げに答えた。
「へー、魔法アイテム……」
「さあ、中に入って見てみようよ。面白いものが沢山あるよ」
セロンはこの街では珍しいガラスの扉を開けて入ろうとした。
「大丈夫かな? 勧められても買えないよ」
マールは急き込んで訊いた。
「大丈夫。見るだけだから」
セロンは、落ち着いた表情で答えて、中に入った。マールも恐る恐る中に入り、セロンの傍を離れないようにした。
中は少し薄暗く、橙色の光が店全体を照らしていた。店の中は、別の街にいるような異様な雰囲気が漂っていた。床は、緑っぽいひび割れ模様の絨毯が敷かれていて、魔法アイテムが並んでいる棚は、全て木製の歪な形をしていた。
「いらっしゃい……。何をご所望で?」
三角で、先が三回、輪を描いた帽子をかぶっている、いかにも怪しい恰好のヨーティー族の店主が、かき消えるような声で訊いてきた。
「見させてもらいに来ただけだよ」
セロンは、明るめの声で答えた。
「それは、それは……どうぞご自由にご覧ください」
店の奥のカンターの中で、長―い椅子に座っている店主は静かに答えた。
「いいんですか?」
マールは、確認するように訊いた。
「そういう客人は珍しくない。私が取り揃えた品々をじっくりと見物してくれるのなら、構わない」
銀色の小さな鈴のようなものを手に持って眺めている店主は、含み笑いを浮かべていた。
セロンは、ヨーティー族とほぼ同じくらいの背の高さで、下に置いてあるものは見えるけど、高い所に置いてあるのは良く見えなかった。マールもセロンより頭一つ高いくらいなので、棚の高い所に置いてある品は見えなかった。
店主もヨーティー族で、ヨーティー族が多い街だけど、この魔具店に並んだ品は、天井に届きそうなくらい高い所まで置かれていた。その代わり、大きな階段状の踏み台が置かれていて、それを使わせてもらい、高い所のも見せてもらった。
ランタンのような形をしたものや、何かの鱗のような形のもの、ただの鉄の塊みたいなものまで、豊富な品揃えだった。ショーケースの中に入っているものには、骸型の怖いアイテムや、花のような皮に覆われた実のようなものまであった。
「これ全て、魔法が使えるんだよね?」
マールは、不思議そうに眺めながらセロンに訊いた。
「そうだよ。魔法アイテムなら誰でも使えるんだよ」
「セロンさんが持っている不思議な布も魔法アイテム?」
「うん、あれはスクミ―が作って貸してくれている布だよ」
セロンは、じっと靴下みたいな魔法アイテムを見て答えた。
「スクミ―?」
マールは知らない名前を訊いた。
「僕の頼れる協力者で、桃色のネズミだよ。今はいないから紹介できないけど、また後で紹介するよ」
セロンは、ただの変なベルトにしか見えない魔法アイテムに夢中になりながら答えた。
店内のカウンターの正面には、意味深で汚れたポスターが沢山貼られていた。一通り見終わった二人は、店を出る前に、その張り紙が目に入ったので、二人で見てみた。
白っぽい張り紙には、〈聖剣〉と書かれていた。
〈聖剣 この世にある全てのものを切り裂くことが出来る剣。存在未確認〉
黄ばんだ紙には、〈生きた鎧〉と書かれていた。
〈生きた鎧 装備すると外せなくなる。身体を破壊するほど力を得られる。存在未確認〉
暗い色の紙には、〈魅了のペンダント〉と書かれていた。
〈魅了のペンダント 生き物に催眠を掛けて洗脳し、幻惑させる。存在未確認〉
どれも本当に存在するのか奇妙なものだった。
「全て、実在する魔法アイテム。個の限界を越えられる超越した魔具だ」
輪がいくつも繋がったものを手に持って振っている店主が、上から言った。
「見た事あるの?」
セロンは、ついでだから訊いた。
「一つだけある。魅惑的で美しかったな~……」
店主は思い出すような表情をして答えた。しかし、何を見たのかは教えてくれなかった。
大体、満足したセロン達は、店主に挨拶をして、店の外に出た。店の外に出て、目の前に広がる、汚れてごちゃごちゃした景色を見て、ここが殆ど銅で出来て、汚泥が流れる街だったと思い出した。
「次は、何処に行きたい?」
セロンは、マールに訊いた。
「セロンさんについて行くよ」
マールは、親しみのある表情を向けて答えた。
「それなら……」
「見つけた!」
不意に横の方から、必死な声が聞えた。セロンは振り向いた。
「おじさん、また……」
前に街の中でセロンに汚い鉄の塊を押し売りしようとして来たカルレン族の怪しいおじさんだった。
「前会った時は、買ってくれなかったよな? 俺を救ってくれなかったよな?」
カルレン族のおじさんは、ドロドロと相変わらず汚れた鉄の塊を手に持って、迫って来た。
「そんな汚くてゴミみたいなもの買えないよ!」
セロンは、手を出さないようにして強く拒絶した。
「金持ってるんだろ!? 買ってくれよ!」
「行こう!」
セロンは、マールの手を掴んで、走って細い脇道の方へ走って行った。
「待てや! 一度でも触れたんだから買い取れよ!」
おじさんは、手に持っていた汚れた鉄をセロンに向かって投げつけて来た。セロンは、触れないように上に飛んで避けた。
「マールさん大丈夫?」
「うん」
セロンは、マールを連れて、曲がり角で直ぐに曲がり、行方が分からなくなるように逃げた。出来るだけ遠くに、マールが走れるだけ走った。
店があるような大きくて人通りがある道とはかけ離れた静かな雰囲気の道に入った所で、走るのを止めた。もう追ってきているような足音は聞こえないし、ここら辺は、積み重ねたような大きな住居の塔が、連なって聳え立っているのに、人の気配もしなかった。
「やけに静かだね」
セロンは、建物を見上げながら呟いた。マールは、息を整えている最中で、膝に手をついていた。
四角い箱が狭い道の端に一定間隔で置かれていて、床の下には、ドロドロと汚泥が流れている音が聞こえていた。前にも歩いたことのある住民の住居区に似ている。けど、また別の場所だった。
セロンは、前に覗いた時と何か違う物が入っていないかと期待して、四角い住民用のゴミ箱の蓋を開けた。以前開けた時と同じように、生臭い臭いがした。さらに、人の指のような物がゴミに紛れて見えてしまった。セロンは、慌てて蓋をした。何も見なかったことにしよう。
「ねえ、セロンさん、あそこの道、何かあるのかな?」
マールは、すでに息を整えていて、不安が入り混じった声で、指をさしていた。マールの視線の先には、錆びた鎖が何重にも掛けられていて、通れなくなっている脇道の入り口があった。
「何だろう?」
セロンが興味を持って、道の入り口まで行って見ると、これまでの道よりもさらに狭い、人が一人通れるくらいの建物に囲まれた裏道だった。建物は裏側らしく、窓のような穴が一切見当たらない。ただでさえ、薄暗くなった場所なのに、さらに暗さが増した洞窟のような道だった。
「誰がこんな道通るんだろうね?」
道の先は、曲がり角になっているのか、建物が立ち塞がっているように見えた。異様な不気味さも感じる。
「セロンさん、あんまりここに居るのは良くないと思うの。早く行こう」
マールは、落ち着かない様子でセロンを呼んだ。セロンは、先がどうなっているのか気になったが、マールが離れたそうにしているので、マールの気持ちを優先した。
それからもセロンは、マールを連れて、街を散策し回った。この街は、一日中歩き回っても同じ景色がなく、楽しめた。
だいぶ日か傾いてきて、セロンは、眠くなってくる時間帯になってきた。
「そろそろ、私、宿舎に戻るね。明日の為にもう寝ないと」
住居用の長く荒い階段を下っている時にマールが切り出した。
「そうだね。僕も眠たくなって来たから、部屋に戻るよ」
セロンは、欠伸をして答えた。
「今日はありがとう。面白いことだらけで、沢山驚かされたよ」
マールは名残惜しそうに言った。
「うん、ぼくも楽しかったよ。一緒についてきてくれてありがとう」
セロンとマールは、充実した微笑みで別れを告げた。
今日という一日はセロンにとって、今まででも一番充実していて、濃い一日だと思った。これほど、心地よい眠りにつける日なんてそうそうなかった。




