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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第3章 屍を食べる街 上

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第94話 「水不足問題と街の心臓」

 薄暗く窓の無い部屋の中、セロンは、室内に入り込んでくる汚泥の酷い臭いで目を覚ました。意識がはっきりするとセロンは急いで支度を済まし、部屋を出ようとした。しかし、あっくんが外から鍵を閉めているので、そのままでは出られなかった。


 ガンガン。扉を意味もなく揺らしてみる。壊すわけにもいかないし……。セロンは、肩に掛けている巾着袋に呼びかけた。


「スクミ―、スクミ―」


 モコモコっと巾着袋が蠢き、ぴょこっとスクミ―が顔を出す。


「ふぁあっ……セロンちゃん、何でしゅか?」


「部屋の鍵を開けてほしい」


「部屋のカギ?」


 スクミ―に事情を説明すると、スクミ―は得意顔で、ほんの少しの隙間に布を差し込み、魔法を使って出ると、鍵を外してくれた。ほんの少しの隙間があれば、小さな穴でも空間拡張魔法で大きなトンネルのようにでき、出来た穴に入り込めれば、通れるのである。


「流石、スクミ―。頼りになるよ」


「えっへん。こんなの朝飯前でしゅわ」


 スクミ―は腕を組み、どや顔をする。セロンは、錆び錆の扉を出て、再び鍵を閉め直し、階段を降りようとした。


「あ、そういえば、今日はデートするんでしゅよね?」


 スクミ―は、ふと思い立ったように訊いた。


「デートって何?」


 セロンは首を傾げて訊き返した。


「まあ、知らないんでしゅね。誰かと二人だけで好きな場所に行くことでしゅよ」


「へ~、なるほど」


 セロンはまた一つ新しい言葉を知って、充実した気分になった。


「ミーは、金の精錬と賭場に行きたいでしゅわ。穏やかな予定の今日は、一緒に居なくてもいいでしゅね?」


 スクミ―はムフフとした悪そうな笑みを浮かべた。


「うん、いいよ。今日は、休暇だからね。休もう」


 セロンが答えると早速、スクミ―は飛び跳ねて、鼻歌を歌いながら階段を降りて行った。


「僕もマールに会いに行かないと」


 セロンも軽い足取りで階段を降りて、街の中へと向かった。


 行き方は大体把握している。この街は、かなり入り組んだ街並みで、同じような銅の壁やパイプや床が敷き詰められているため、分かりにくい。だけど、覚えた道に出られれば、迷わなくなった。


セロンは、マールを迎えに行く為に、街の出入り口の大通りから、街の端の脇道に入った。しばらく進んだ先に、広場があって、その奥にマールが新たに住み始めた大きな宿舎がある。


 セロンは、相変わらず汚泥で汚れた地面を歩き、ヘドロと油と鉄臭いにおいを出来るだけ嗅がないようにした。そこら中にある排管や排水溝からは、ドロドロとした音がして、時々、汚泥が跳ねているのが見える。


 街の外側の広場までくると、前来た時との様子の違いにセロンは首を傾げた。前回の日中に来た時は、もっと賑やかで、多くの作業員が鉱石を運んだり、選別していた気がしたけど、明らかに人数が少ない。


 採掘場からリフトで上がってきた、鉱石が入ったコンテナは、明らかに前よりも多く並んでいて、コンテナ内は、山盛りになっている。数少ない作業員は、監視の女性にかなり厳しく見られ、せわしなく手を動かしていた。


 広場の端で見覚えのあるカルレン族の大人と女の子を見つけた。セロンは、スクミ―に狩りてる魔法の布を被って、目立たないように隠れ、近くに寄ってみた。


「だから、安価な取引のできる水が全て買い占められているんだって言ってるだろ!」


 ふくよかな男の人が女の子に大きな声で訴えていた。


「けど、このままだと脱水で倒れてしまう作業員が続出してしまいます」


 女の子は真面目に意見していた。


「作業員も減っていることだし、各自、貰った硬貨で買えばいいだろ!」


「高すぎて貰った硬貨でも足りなくなるって聞きましたよ」


 女の子は引き下がらない。


「買えないものは買えないんだ! しょうがないだろ!」


「どうして、採掘場の方では、足りてるのにここでは足りてないんですか? こういう時の為に備蓄している水はないんですか?」


「そんなの知らねぇよ! 自分で上に訊けよ! こっちだって言われた通りの業務をギリギリの資金でやりくりしてんだ!」


「街の偉い人なら水の供給不足にも対応してくれるんじゃないんですか?」


「それはない! この街では、水は命だ! 上流層がそんな貴重な水を俺達に恵むわけがないだろう! それに、安定した水の取引は、ほぼ全て上流層が独占してるんだ! 俺達の取引していた分の水がない今、水を運んで稼ぎに来た行商人から高価な水を買うしかないんだよ!」


 ふくよかな男性は、これでもかとまくし立てた。女の子は、流石に引き下がらざるを得なかった。セロンは、衝撃を受けていた。完全に水の問題のことを忘れていたのである。犯人は分かっている。恐らく、作業員が全然いないのも同じ理由。どうにかしないといけない。


 マールは、納得がいかないという素振りで、宿舎の方へ、とほとほと歩いていた。セロンは、マールの後を追う。


マールが宿舎の扉を開けて中に入ろうとしていた。


「マールさん、おはよう」


 セロンは、魔法の布を取り、隣から挨拶をした。


「あ、セロンさん、おはよう。待ってましたよ」


「うん……お待たせ」


 セロンが答えると、少し間が開いた。セロンは水問題の話を言わないと、と思った。


「……えっと、街を歩きますか?」


 マールは気遣うように訊いた。


「その前に、僕についてきてくれる? 話さなきゃいけないことがあるんだ」


「えっと、はい」


 マールは、よく分かっていなかったけど、何も言わずについてきてくれた。セロンは、目的地に向かう途中で、水問題の元凶について話した。良くわからない作業をやらせていたり、勝手に人を使っているという内容である。


 街の外に出て、大きな沼がいくつかある場所までやってくる。また沼がいくつかキラキラ光る地面に変わっていた。作業員もさらに増えている気がする。しかし、街から通っている排管から流れる汚泥の量は、変わっておらず、絶えず汚泥が流れ続けていた。姉が、前と同じところで偉そうに作業現場を眺め回している。


「あれが僕の姉で、水不足の問題を引き起こしている張本人だよ……」


 セロンは、遠くから指をさして言いずらそうに説明した。近くには、大量に山積みされた水や食料、白っぽい色の袋があった。


「ちょっとだけ、話を聞いてみてもいいですか?」


 マールはミステールの方を見ながら訊いた。


「うーん、お姉ちゃんは、人のこと…‥‥その……軽く見てるから、取り合ってもらえないと思うけど……」


「それでも、話を聞いてみたい」


 マールはそう答えると、ミステールの元まで向かった。


「話を聞いてくれるかどうか……」


 セロンは、ミステールの話をマールにしないほうが良かったかな、と後ろめたさをおぼえて、マールの後を、気の進まない足取りでついて行った。


 二人はミステールの元まで来て、マールが声をかける。


「あのー、セロンさんのお姉さん?」


 マールは恐る恐る聞いた。ミステールは振り向く。


「まぁ、セロン、また来てくれたのですね」


 ミステールはマールを無視して、セロンの方を見て言った。


「うん……おつかれ、お姉ちゃん」


 セロンは躊躇(ためら)いがちに答えた。


「あの、私、マールって言います。お話聞いてもよろしいですか?」


 マールは気にせずに訊いた。


「セロン、わたくしの為に、新しい作業員を連れて来てくれたんですか? 姉思いの優しい弟ですね。この作業員は、ひ弱そうですが、数がいるに越したことはないですからね」


「えっと、その……」


 セロンは口籠った。


「違います。私は、あなたのために働きにきたわけじゃありません。水を買い占めるのを止めてもらいたいんです」


 マールは臆することなく言った。


「この人の子は、少し調教してあげなければなりませんね」


「真面目に言っています。水を買い占めないでください!」


 マールは引き下がらなかった。ミステールはマールを蔑(さげす)むような態度でみた。


「わたくしに意見するきですか? 人間の分際で……」


「多くの人が死んでしまいます」


 マールは目を逸らさなかった。ミステールも睨みつけている。


「…………浅はかな言い分ですこと。所詮、人間ですね。狭いところで生きて、取るに足らない知恵をもって、くだらない文句を垂れる。滑稽だこと」


 ミステールは、滑らかに侮辱した。


「聡明で、慈悲深い白竜様なのかもしれませんが、私は、目に見える苦しむ人々の為に……」


 セロンはマールの手を引っ張った。


「ミステールお姉ちゃん、邪魔してごめんね。使命頑張って」


 セロンは、そう言うとマールを連れて、そそくさとその場を離れた。


 街の入り口まで戻って来て、息を整えると、セロンは謝った。


「ごめんね、僕のお姉ちゃんが。悪い白竜じゃないんだけど……その……プライドが高いというか……」


「気にしてないよ。逞(たくま)しいお姉さんだね」


 マールは微笑みながら答えた。


「そう言ってくれると、気が楽だよ」


 セロンは胸を撫で下ろした。


「セロンさんのお姉さんよりも、この街の偉い人が誰も解決してくれない方が酷いと思う」


 マールは真剣な表情で呟(つぶや)く。セロンは無言で首を傾げていた。


「それでね、水不足を解決してくれそうな人と兄がいるんだけど……」


 セロンは切り出した。


「兄もいるの?」


 マールは反応した。


「うん、兄弟は沢山いるんだよ」


「会ってみないな~」


「いつか時間がある時に紹介するよ」


「うん、気を長くして楽しみに待ってるよ」


 マールが穏やかに笑った。セロンは照れ臭い気持ちになった。


 セロンは丁度よかったので、入り口の通りで、残りの貯金を全て使って高価な水を買った。自分の分とマールにあげる分を確保して、残りは水に困っている作業員に提供した。


「二人を探そう。力になってくれると思うから。兄は、二日前くらいに街の中で見たから、もしかしたらまだ街にいるかもしれないし」


 セロンがマールに提案をすると、マールは、頷(うなず)いて了解してくれた。



 それから街の中をマールに案内して、プヨルとあっくんを探して回った。街の匂いがきつくて鼻が利かないので、歩き回って見つけるしかない。


 しばらく街を彷徨い続けて、多くの店が立ち並ぶ比較的大きな通りに来ると、セロンには見覚えのある風景であると気づいた。


「あ、ここら辺で兄のプヨルと会ったはずだよ。だけど、流石に二日前くらいのことだから、いないかな?」


 セロンは、何気ない口調で呟いた。


「探してみようよ」


 マールは穏やかに答えた。


通りを歩いて、店を眺めながら、プヨルとあっくんを探した。マールは、銀細工の店の品物が目に留まり、じっくりと眺めていた。


「何かの役に立つわけじゃないけど、見入っちゃうよね。僕も別の店で、欲しくて同じようなのを買っちゃったよ」


 セロンがマールの様子を見て話した。


「うん、見てるだけでも面白い。けど、私は硬貨持ってないから」


「僕が買ってあげるよ。あっくんから貰った分のお小遣いがあるから買えるよ」


「あっくん?」


「あっくんは一緒に旅してる人だよ。頼りになる人なんだ。今回の水問題もきっと助けてくれると思うよ」


「セロンさんは、頼りになる方が沢山いるんだね」


「うん、みんな優しいんだ」


 セロンは嬉しそうに答えた。マールは羨ましそうな目でセロンを見た。


「じゃあ、これ買って欲しい」


 マールは、無邪気に小さな竜のような銀細工を指した。


「いいね。白竜みたい」


 セロンは、快くその銀細工を買って、マールに渡した。


「お守りにするよ。これでセロンさんをいつでも思い出せそうだしね」


 マールは、銀細工を手の平に乗せて、満面の笑みを浮かべた。セロンは、心温まる気持ちになった。おぼえていてくれようとする人がいるのは、嬉しい限りだった。


 次に、マールはマナリスを売っている店に目を留めた。


「私たちが掘り出したマナリスってあんな感じで売られてるんだね」


 マールは呟いた。


「欲しいの?」


「いや、掘り出したマナリスがどうなっているのか興味があっただけだよ」


 他にもマールが関心を示す店が立ち並んでいて、マールは興味深そうに見て歩いていた。


 そして、道角の方の店を見て回ろうとしているところだった。セロンは、路地に入る道をチラリと見た時、会いたくない人と目があった。


「あ……」


 セロンは、目を見開き、思わず声が漏れた。それから、マールの手を掴んで逃げるように走り出した。マールは、引っ張られて驚き、転びそうになりながらも、歩幅を合わせるように走り出した。


「どうしたの?」


「黒塗りにしようとしてくる変な人がいるの」


「黒塗り?」


 マールは後ろを振り返った。後ろから、黒染めチュニックを着ているヨーティ族が、張(は)毛(け)と容器を持って走ってきていた。


 状況を理解したマールは何も聞かずに、セロンについて行った。黒塗りの店主は、口が裂けるような笑みを浮かべて追いかけて来る。


 路地裏を何度も曲がり、出来るだけ入り組んだ道を走っていく。大きな通りに出ると、人の波に隠れて抜け出し、さらに路地に入って行方をくらませる。しばらく、走り続けてると、マールが流石に息苦しそうに、胸を抑えていた。


 セロンは、追ってきていないのを確認すると、大きなゴミ箱の物陰に隠れて、マールが休めるようにした。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、もうだめ、走れない」


 マールは座り込んで、くたびれていた。


「ごめんね。僕、変なのに目をつけられてるみたいで。一緒に逃げる必要は無かったかもしれないけど、はぐれるのは良くないかなって……」


 セロンも息を整えながら言った。


「はぁ、はぁ、はぁ、大丈夫。少し休めば、また走れるから」


 そう言って、マールは水を飲んで息を整えていた。


「もう追ってきてないから大丈夫だよ」


 セロンは、もう一度来た道を確かめながら言った。


「それにしても、来たことも無い場所に来たね」


 セロンは、周りを眺め回しながら呟いた。銅で出来た建物が道に沿って並んでいるのは変わらないが、厚みのある壁になっている。熱さも増している。


「あっちに行ってみよう」


 マールが息を整えた後、セロンは、好奇心をそそられる音と雰囲気の方を手で示して提案した。マールは何も言わずについて来てくれる。一緒に歩いて、道の終わりまで向かうにつれて、どんどんと空気の熱が盛り上がっている気がした。こっちの方向を選んだのは間違いだったのだろうかと少し迷いが生まれたけど、逃げて来た方に戻るのも気が進まないし、今更引き返すほどでもないので、そのまま進んだ。


「何だろうこれ?」


 道の端に辿り着くと、セロンは、目を細めて訝しげに見上げた。


 歩いている途中から見えていたけど、目の前まで来てみると、大きな怪物の卵のようで、威圧感が強かった。それは、道を抜けた先の開けた一角の中央に堂々と存在し、背の高い柵で囲まれて、ゆっくりと重厚な金属の鳴き声を出して回っていた。周りには取り囲むように道が敷かれ、建物が建っていた。大きな柱が卵の中央に刺さっていて、上下の歯車が連動して回っている。上を見上げると、髪の毛のように無数の銅線が放射状に広がっていて、植物の根みたいだった。


「街の心臓……」


 マールは呟いた。


 暑いせいか、周りの円状の道に人はいないし、響き渡る金属音で声がよく聞こえない。けれど、思わぬ幸運にも恵まれた。まさか、まだ街にいるとは思わなかった。柵の前に、煤けた茶褐色の卵を観賞している兄の存在を見つけたのである。


「プヨルお兄ちゃん!」


 セロンは、駆け足でプヨルの元まで向かった。枯草色の布を被って身を隠しているようだけど、鼻が見えているし、白い尻尾もはみ出している。


 傍までいくと、プヨルは気づいて、セロンの方を向く。


「また会いましたね、セロン。この街は堪能できましたか?」


 プヨルは眼鏡の位置を片手で直して訊いた。


「うん、たっくさん面白いことがあったよ」


 セロンは充実した気持ちを目一杯、手で表現した。


「それは素晴らしいですね。今度、ゆっくりと時間が取れたら、是非とも私に詳しい内容を教えて下さいね」


 プヨルは、穏やかな笑顔で言った。


「うん」


 マールが恐る恐るセロンの後を追って、今、傍に辿り着いた。


「……セロンさんのお知り合いのマールと言います。えっと、よろしくお願いします」


 マールは、緊張した面持ちでプヨルに挨拶した。


「これはどうも。私は、セロンの兄のプヨルと言います。よろしくお願いします」


 プヨルも丁寧に挨拶した。


「マールさんは優しいんだよ。怪しい僕と仲良くしてくれたし、助けてくれたんだ」


 セロンは、魅力を伝えるように、弾むように付け加えた。


「いいお友達が出来たんですね。弟のセロンをよろしくお願いしますね」


 プヨルはマールの方に顔を向けて柔らかく伝えた。


「いいえ、いや、えっと……はい、むしろ助けて貰ってばかりで、どれだけ感謝したらいいか……」


 マールは、戸惑った様子で答えた。


「そうだ! お兄ちゃん、助けてほしいの」


 セロンは思い出したように切実に懇願した。


「何ですか?」


「街の鉱石の作業している人達の水がないの。このままだと乾いて死んじゃうって」


「え……? あ……、あ~…………何とかするよ。少し時間かかるかもしれないけど……ごめん……」


 プヨルは、何の話か悟り、訳ありげに謝った。


「ほんと? 良かった」


 セロンはマールの方を見て、安心した表情をした。マールも安堵の笑みを浮かべている。


「真っ白! 早く黒く染めてあげる!」


 擦れた高い喜声が細い通りの方から聞こえて来た。セロンは、体がピクッと反応し、素早く後ろに走り出した。


「セロン?」


 プヨルは状況を理解していない。


 マールの表情が言葉を失ったような表情になった。


「ん? どうしたんですか?」


 プヨルは、マールの向いている方を振り向いた。プヨルの目の前に、黒塗りの店主が立っていた。顔中に広がるような笑みを浮かべている。


「また、あなたで……」


黒塗りの店主は、手に持っていた容器の液をプヨルの顔に向かってぶっかけた。プヨルは全く動かなかったので、もろに顔に命中し、顔から体にかけて真っ黒になった。満足そうな黒塗りの店主は、何も言わずに、俊敏に道の向こうに去った。マールは、口に手を当てて、どうしてよいか分からない様子である。


「どうして……どうして……」


 プヨルは、籠った呟きを漏らしつつ、顔についた黒い液体を手で落としていた。マールは、手伝おうとする。


 黒塗りの店主が居なくなって安全を確認したセロンが、戻って来た。


「……プヨルお兄ちゃん……大丈夫?……」


 セロンは気づかわしげに訊いた。


「私が……何をしたって…………」


 プヨルは、嘆くように答えた。セロンは何とか汚れを落とせないか考えた。けど、思いつく手段がない。


「ここで何しているんだ、セロン?」


 セロンは、呼ばれた方を振り向いた。


「あっくん!」


 セロンは、落ち着きが無い中に、驚いたような表情が合わさった。偶然か、あっくんが来たのである。


「お兄ちゃんが、その……黒く塗られて……」


 セロンは、うまく説明できなかった。


「は?」


 あっくんは、何を言っているんだと怪訝そうな表情をした。それから、プヨルの様子を見て、状況を汲み取った。


 プヨルに近づき、ポケットから、短いパイプと四角が組み合わさったものを取り出した。さらに、反対の腰に下げているボトルの口を緩めている。セロンがじっと視線を送っていると、手に持った謎の物体の横のハンドルを回し始めた。


 すると、短いパイプ口から白い霧のような物が噴出されて、プヨルの体全身を包み込んだ。徐々に、白い靄(もや)が晴れて来ると、プヨルの姿が見えて来る。


 セロンは、口をポカンと開けた。黒くこびりついていた汚れが、プヨルの顔や全身、着ている布や眼鏡まで、全て綺麗に無くなっていた。マールも口を塞いで驚いた表情をしていた。


 プヨルは、恐る恐る目を開けて、自分の身体を確認した。


「わ~お」


 プヨルは、感嘆の声を漏らし、あっくんの方を見た。


「そのアイテムですね!?」


 プヨルは、食い入るようにあっくんの持っている謎のアイテムを眺め回した。あっくんは体をのけぞる。


「蛇口のような形、美しい銀色の光沢、掴みやすいハンドルで、コンパクトな手のひらサイズ。素晴らしい! 水の魔法アイテムですね」


 プヨルは、眼鏡を通してあらゆる角度から魔法アイテムを観察して、言葉を漏らした。あっくんは変な生物を見るような目でプヨルを見ていた。


「あっくん、そんなの持ってたんだ」


 セロンが反応した。


「旅をしていると当然、汚れるからな」


 あっくんは、一言で答えた。


「それで? ここで何をしていたんだ?」


 あっくんは、話を進めようと続けた。


「あ、申し遅れました。私は、セロンの兄のプヨルと言います。先ほどは助けていただきどうもありがとうございました。弟がお世話になっています」


 プヨルが頭を下げて、挨拶した。


「それはどうもご丁寧に」


「わ、私は、セロンのお友達のマールです」


 つかさず、マールも自己紹介した。


「そうか……セロンが何かやらかしてないか?」


 あっくんは、さらりと訊いた。


「ちょっと、あっくん! 僕がトラブルメーカーみたいに……」


「いいえ、むしろセロンさんに沢山助けて貰っていて、感謝しきれないくらいです」


 マールが慌てて話した。


「そうなのか……」


 あっくんは疑わし気な表情をしていた。セロンは、抗議するけど、全て無視された。


「俺は、セロンと旅をして街を巡っている者だ。名前はトウシ」


あっくんは、簡潔に自己紹介し、改めて全員に視線を向けた。


「何もないなら俺はいくぞ。まだ、半分くらいは残っているからな」


 あっくんはその場から立ち去ろうとした。


「あ、あっくん。待って」


 セロンは呼び止めた。


「何だ?」


「あっくんは、すぐに水って用意できる?」


「何の話だ?」


 セロンは、あっくんにこれまでの経緯と水不足の問題について説明した。



「兄弟なら、はっきりと言って、水を返してもらえばいいじゃないか?」


 あっくんは面倒くさそうに訊いた。


「だから言ったでしょ。ミステールお姉ちゃんは、聞く耳持ってくれないって」


 セロンが反論した。


「お前の兄弟なのにか?」


「えっと……ミステールお姉さんは……その……自分が決めたことは、兄弟が反対しても曲げない性格で……ペースを乱されるとイライラしちゃう感じで……」


 プヨルは、言いずらそうに答えた。


「……まったく、白竜っていうのは、変な奴や問題児が多いのか?」


 あっくんは呆れたように言い放った。


「そんなことないよ。みんな優しいんだよ」


 セロンは、兄弟を擁護するように言った。プヨルは、落ち着かない様子で視線を下に向けていた。あっくんは小さくため息をついた。


「分かった。水は直ぐに用意できるように手配する」


「あっくん、ありがとう!」


 セロンは飛び跳ねて喜んだ。マールもお礼を何度も言っていた。


「ただし、その前に、お前の姉に一言文句言いに行くぞ」


「「え!?」」


 セロンとプヨルは、驚いていた。


「誰も何も言わないなら、俺が言ってやるよ」


 あっくんは、不敵な笑みを浮かべて宣言した。





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