第92話 「特別待遇措置と宴」
採掘場の坑道内、子供達が割り当てられた鉱脈ポイント。子供達は、マールを前に集まって呆気にとられた顔をしていた。セロンも、状況が掴めていない。
「ここの脇に置いてあった私の水筒にマナリスが混入してたみたいなの……」
「なに!?」
子供達は一斉に反応した。
「大丈夫なのか?」
「混入って、置いてある水筒に勝手にマナリスが入る訳ないだろう」
「あいつらの仕業だろ! 棘肩ブラザーズ。俺達の誰かを中毒にしようだなんて許せね~。規則違反だろ!」
「あいつら、監視と繋がってるから言っても無駄かもしれないよ」
「くっそきたねぇ野郎どもが」
子供達は、棘肩ブラザーズに対してありったけの悪態をついていた。マールは、彼らにマナリスを水筒に仕込まれて、気づかずに飲んでしまったというわけだ。不幸中の幸いにして、マールはマナリス適性があり、摂取してしまったマナリスは、マールに適合するマナリスだった。けれど、結果無事だったものの、棘肩の大人達の悪事には、怒りをおぼえるものだ。
「私は、大丈夫だから、早く新しい採掘道具持ってきて、再開しよう。早くしないと上位に入れないよ」
マールは自ら事態の収拾をつけようとする。
「確かに、マールも無事だったみたいだし、他に被害もないみたいだから再開しようぜ」
リーゼントくせ毛の男の子がマールの意見に乗った。ツンツン頭の少年は、不服そうな表情をしていたが、他のみんな賛成し、従うしかなかった。
採掘が再開し、子供達は、作業に励み始めた。
「それにしても、マールはいったい何のマナリスに適性があったんだ?」
リーゼントくせ毛の男の子は訊いた。
「それが分からないの。見ずに飲んじゃったから」
マールが鉱石の入った岩をつるはしで砕きながら答えた。
「マナリス適性調べられればいんだけどな~……」
どんぐり頭の男の子がシャベルで小岩を除けながら呟いた。
「勝手にマナリス拝借してるのバレたら厳罰をくらうだろうから、無理だな」
くせ毛の男の子が両手でつるはしを持ちながら言った。
「それで……本当に分けて運ばなくてもいいのか?」
つんつん頭の男の子が話を変えた。
「うん、みんなで出来るだけ掘って、最後に運び出せばいいよ」
「けど、俺たちだけじゃ運べないんじゃないか?」
「大丈夫よ。とっておきの策があるからね」
「「「とっておきの策?」」」
子供達の声がハモった。
「うん、詳しくは言えないけど私を信じて」
何の根拠もないし、普通なら子供達だけでは絶対に運べないのにも関わらず、マールの仲間達は疑わなかった。
それから順調に採掘が進み、鉱車の七割を埋めるくらいの鉱石が積み上げられる。
「もうそろ運び出さないと終業の鐘が鳴るな」
くせ毛の男の子が仲間に声をかけた。
「そうだね。それじゃあ、みんなで鉱車を押そう」
マールが賛同する。子供達は、鉱車の前に集まり、試しに押そうとしていた。けれど、平地で全力で押してるのに、ちっとも動く気配はしなかった。マールが鉱車の元に遅れてやって来る。
「なあ、本当に運べるのか? これ運べなかったら……」
「今とっておきを見せるから待ってて」
マールが得意そうに、ボロボロの黒い皮の手袋を作業服から取り出した。同時に、地面に同化した布に隠れるセロンに目配せをした。セロンは、ここが事前に訊いたマールの作戦だと理解し、気づかれないように鉱車の下に入り込んだ。
「それがとっておきなのか?」
くせ毛の男の子は、開いた口が塞がらないという風な顔である。
「まあ、みてて」
マールが黒い皮の手袋をつけ、鉱車の持ち手を掴み、ぐっと力を入れて鉱車を押した。同時に、セロンは鉱車の下から底を支えて前に力をかける。鉱車は、ゆっくりと前進し始めた。
「マジか」
「どういう仕組みだよ」
「凄い。まるで魔法みたい」
子供達が一人一人感嘆の声を漏らした。
「早く! みんなも手伝って! 一人じゃキツイんだから」
マールが鉱車を押しながら仲間を鼓舞した。子供達は、鉱車を取り囲んで力一杯、前に押す。セロンは、早くなり過ぎないように調整しながら、布に隠れつつ前に押して、手伝ってあげる。そうしてあげると、みんなで力を合わせたから前に進んでいるようにみえる。仲間は誰もセロンの存在に気付いていない。マールの作戦通りである。
子供達みんなで運んだ鉱車は、セロンのおかげで一度も止まらずに坑道を出た。取り囲まれた崖の中央、街のリフトに繋がる橋の手前まで、鉱車を持っていき、納品が完了する。監視小屋の監視員も睨むような目つきで、子供達を見たが、変な疑いは持たなかった。納品が終わると、子供達は、急いで、片づけをする為に坑道の方へ戻って行った。セロンは、見つからないようにその場で隠れてやり過ごす。
カーンカーンと終業の鐘が響き渡る。
ぞろぞろと採掘者達が坑道から出て来て、崖沿いの坂道を登っていく。セロンは、魔法の布に隠れたまま、坑道の入り口で待っていた。
少しして、子供達が坑道の入り口から出て来て、セロンは近くを気づかれないようについて行った。どうやら楽しく雑談をしているらしい。
「マール、今回の結果次第で、特別待遇措置の得点に届くんじゃないか?」
リーゼントくせ毛の男の子が訊いた。
「今日の結果が上位だったらね」
マールが何気ない口調で言った。
「今日は絶対に上位に入るよ。だって、鉱車一回で運べたんだから」
「また貯金が出来た……。安心だわ……」
つんつん頭の男の子だけが黙って複雑な表情を浮かべていた。
「マールが街に行ったら、ユートピアにまた少し近づけるな」
くせ毛の男の子が言う。セロンはユートピアという言葉に反応した。また、出て来た。人々にとってユートピアというのは心のよりどころなのだろうか? けれど、セロンはユートピアに対してそこまでいい印象は持てていなかった。
「そうだね。僕たちの目標はユートピアに行くことだからね」
「……そうだったな」
「なんだ? リュカ、忘れてたのか?」
「忘れてねーよ。だた……どんなところなんだろうなって……」
「なんだよ。それも散々マールに聞かされたじゃねぇか」
子供達はユートピアについて語り始めた。概ね、セロンが今まで聞いてきた内容と同じだった。確かな情報はなく、曖昧で、掴みどころがない偶像のようなものである。
崖に沿った荒く狭い坂道を登り、採掘場から生還する。本来なら恐ろしく危ない道なのに、採掘者達は当然のように登り、セロンもだいぶ慣れて来た気がした。
広場に戻ると昨日と同じように採掘者達がぞろぞろと集まって来て、賑やかになってきた。魔獣の姿は何処にも見当たらない。棘肩の大人達が、子供達の方を見て酷く驚いているのが見えた。広場の崖側の方には、ステージが設けられていて、まだ人はいない。セロンは、夕暮れになって来て、若干眠くなって来たけれど、じっくりと今日の結果っというものが分かるまで待つようにした。
採掘者達が全員広場に戻って来て、ざわめきが広場一帯に満たされ始めた頃、監視の女性がステージに上がって来た。一気に、広場のざわめきが収まり、監視が言葉を発するのを待っているのかと思ったら、またざわつきが起こった。今度は、驚きや興味というようなざわめきである。シュリンシュリンと高い金属音が聞こえて来る。セロンは、何事なんだろうかと地面にピッタリと広がった布の中で、意味も無く背伸びをしながらステージの方を注視した。
すると、昨日はいなかった男性がステージに上がっているのがチラリと見えた。監視の人達よりも頭一つ高く、螺旋状に広がった服に極彩色の金属板が散りばめられたものを着ている。金属音の正体はその奇妙な服から出ているものだった。
「清く麗しい働きを見せる諸君、こんにちは。本日の発表は私、ネイザーグが務めさせていただくよ。よろしく」
奇妙な服を着たネイザーグという男が、ステージの中央に立って話し始めた。ざわめきはまだ消えていない。
「誰?」
どんぐり頭の男の子が小声で訊いた。
「確か、ここの管理人だ。噂では、街の長でもあるらしい……」
くせ毛の男の子が囁くように答えた。
「早速、発表していこう。可憐な仕事ぶりで晴れある第一に輝いたのは……」
一瞬、広場が静まり返った。
「三十四班!」
大きな歓喜が前の方から起きる。
「チッ」
ツンツン頭の男の子が舌打ちをした。
「おめでとう」
ネイザーグが滑らかな声で祝福した。
「続いて、艶麗な力を示したものの惜しくも二位になったのは……二十七班!」
再び歓声が前方で上がる。
「その調子で美しく励むように」
しっとりとした声でネイザーグは労った。
「どんどんいこう。美しさの片鱗を見せ、大健闘を収めた第三位は……三十四班!」
「よっしッ」
子供達が拳を固めて嬉しそうにした。セロンも良かったと頷いた。
「日々、美しさを磨いておくれ」
ネイザーグが一言付け加えた。
「次に第四位から九位まで発表する。この順位の者達は、美しさという至高の理念をもっと勉強したまえ。」
ネイザーグは高い順位から発表し始めた。喜びの雄叫びが響き渡る。
「それ以外は、美しさのカケラも無い。論外だ」
ネイザーグは冷たくキッパリと言った。その冷徹さに採掘者達が静まり返る。
「本題に入ろうか」
ネイザーグが話を切り出した。採掘者達を眺め回している。
「本日、私がこの数多くの美しさとは無縁の者達の前に立った理由は、一万点に達した者がまた一人現れたからだ」
広場にどよめきが起こった。
「静粛に。表彰をするから、呼ばれたら前に出て来てもらおう。それでは発表する。煌びやかな活躍を積み重ね、今回、輝かしい特別処置に到達したのは……」
会場の採掘者達は息を飲んだ。
「登録番号三百七十番、マール・フロウサー!」
周りが一気にざわざわとする。
「やったなマール」
「採掘者の憧れだよ」
「うん……そうだね」
マールは注目される状況に恥ずかしさを感じてるようだった。周りの採掘者に注目されながら、自然と割れた人垣の間を歩いてステージまで向かう。セロンは静かに見守った。
マールはステージを登り、ネイザーグの横に立つと照れ臭そうにした。
「おめでとう。君は非常に美しい。君のような清純な少女は、この穢れ多き荒れ地よりも街に行くのがふさわしい」
ネイザーグは滑らかな声で称賛した。
「あ、えっと……はい、ありがとうございます」
全身煤けて、頬も真っ黒にして、美しさとは無縁のマールは、戸惑った声を漏らした。
「ここに居る諸君も自らの美の探求を怠らず、彼女のように純真なる存在を目指しておくれ」
表彰が終わるとマールは、ステージから脇に降りて裏の方に消えて行った。どうやら、このあとすぐに街に案内されるのかな?
「マール……」
近くにいたツンツン頭の男の子が囁いたような気がした。
「俺達もすぐに行くからな」
くせ毛の男の子が強く言った。
「そうだね」
どんぐり頭の男の子が頷いた。
「パンより美味しいもの……食べたい」
もっさり傘頭の女の子が呟いた。
ネイザーグが片手を上げるポーズを見せる。
「宴にしよう。今日は喜ばしい日だ。水とパンをありったけ用意した。点数は一切いらない。思う存分堪能しておくれ」
今日一番の歓喜の地鳴りが広場に鳴り響いた。広場がパーティー会場のように採掘者達は、踊り狂い始める。
「特別にスープも用意した。これも無くなるまで好きに賞味していい。では楽しんでおくれ」
ネイザーグはステージを華麗にシュリンシュリンと金属が擦れ合う音を鳴らして去って行った。続いて監視の者達も居なくなっていく。
昨日と同じように広場の端の建物の前に積荷が並び、パンと水が山積みになっているのが見える。その隣には、スープの釜もある。嫌なにおいが辺りに充満しているのに変わりないが、眺めているだけでそそられるものがあった。
「ラッキー、持てるだけ持って来ようぜ」
くせ毛の男の子が言って走り出した。他の子供達もそれについて行く。遅れて、ツンツン頭の男の子もついて行った。セロンは、ご馳走に殺到する採掘者に踏まれないように広場の端の方へ避難した。
宴の夜の採掘者達は、昨日以上にそれぞれが好き勝手話し、踊り狂っている。セロンは広場の端で、こっそりと魔法の布に包まって見ているだけにした。眠気が迫って来ているのもあるし、眺めているだけで、心が温まる気持ちになるからだ。けれど、もう暗くなってきたし部屋に帰ろうかな。
セロンが、ウトウトと動き出そうとすると、隣に誰かが座る。
「美味しいかどう分からないけど、これどうぞ」
マールがパンをセロンの方に差し出していた。セロンは、鈍い動作で布から手を出してそれを受け取った。
「ありがとう」
早速、セロンはパンをかじってみる。素朴な味がした。柔らかくはない。パサパサしていて、水分が持ってかれる。それでも甘味はあるし、腹持ちはよさそうだった。
「えっと、街にはいつ行くの?」
セロンはとっくに街に行ったのかと思っていたので、何気なく訊いた。
「さっき、管理人と話したんだけど、色々とお願いして、この休憩時間は居させてもらうようにしたんだ」
マールは照れ臭そうに話した。広場の奥の方にマールの仲間の子供達が集まっているのが見える。パンと水を沢山集めた山を中心に作って、一人を除いて楽しく会話しているみたいだった。
「仲間のところには行かないの?」
セロンは、素朴に思ったので訊いてみた。
「まだリュカ達には言ってないんだけど、実は、街で暮らせるようになってからも採掘場でリュカ達と採掘できるように、お願いしたんだ。だから今日はいいの」
「あっ、そっか……」
セロンの眠気は少し醒めた。街に行くということは、本来なら採掘の作業はもうしなくていいって意味なんだ。だから、本来、子供達はマールと会えなくなるんだ。他の子供達は、そこまで気にしてないけど、あの男の子が元気ないのはそういうことなのかな。
「離ればなれにならずに済むんだね」
「うん、それに、みんなのこと放って置けないからね」
「仲間思いだね……あと、彼も喜びそうだね」
セロンは一人浮かない顔をしている男の子を見た。
「リュカのこと?」
「いま元気無さそうな表情になってる男の子だよ」
セロンはぼんやりとその男の子を見ていた。マールも仲間たちの方を確認する。
「リュカは……私が心配なんだと思うよ。いつも心配してくれるから」
「優しい子なんだね」
「うん、彼は優しいよ」
セロンは、貰ったパンをあっという間に平らげた。用意の良いマールは水もくれた。
「セロンさん」
「ん? 何?」
「……少し街に慣れるまで、ついて来て貰ってもいいですか?」
マールは遠慮がちに言った。
「いいよ」
セロンは断る理由も無かった。
「ありがとう。少し心細くて……」
「うん、新しい場所に行くのって緊張するよね」
セロンは、山から出た時の初々しさを思い出した。
「うん……みんなには言えないけど、私、弱音を吐きそうになる時があるの……」
「弱音くらい、いくらでも吐いていいと思うけど」
「……うん、そうだよね……変なこと言ってごめんね」
マールは静かに言った。セロンは変なことなのかな、と首を傾げていた。少しの沈黙が流れる。
「ここを離れるのは寂しいって思ってる?」
「うん、少しだけね。みんなと一緒に宿舎で寝てたからね」
「宿舎ってあの長い建物?」
セロンは、広場に向かって建っている、列になっている長い建物を指して訊いた。
「そうだよ。スティアの宿舎っていうんだよ」
「スティア?」
セロンの声が思わず大きくなる。また少し眠気が何処かに飛んでいった。
「そうスティア。知ってるの?」
マールは首を傾げた。
「う~ん……いや、知らないよ」
セロンは嘘をついた。いきなり聞いたことのある名前が出て来て、驚いたけど、だから何なんだと思った。セロンもあんまりよく分かっていないし、伝わるような話でもない。よく見たら、スティアの宿舎と呼ばれた長い建物には、前も見た黒く細長い針と板が屋根についているのが分かった。スティアの保護施設の屋根にもついていたものである。スティアの名前がつく建物には全て備え付けられているのだろうか?
「宿舎は三年前くらいに新しく立て直されたらしいよ」
マールが何気なく言った。
「へー、三年前くらい……」
セロンは曖昧に答えた。頭がぼんやりとする。
それから、ゆっくりと時間が経過していき、宴の時が終わりを迎える。広場を囲うように置かれた松明の灯りが弱くなっていた。マールは静かに立ち上がった。
「案内人が来る時間だから行くね。私の後を隠れて追って来てね」
「ん? うん、分かったよ」
セロンは短く答えた。もう一度、気をしっかりと持つように頭を振る。
マールは、ステージ裏の方へ向かった。マールの仲間の子供達はマールがまだ広場にいるのに気づいていない。採掘者達は、お腹が満たされ、幸せそうな顔をして宿舎に戻って行っている。その集団から少し離れたところで棘肩の兄弟を目撃した。
「それにしても、絶対に上手く行く計画だったのによ~。どういうわけだと思う? 兄者」
棘肩の一人が声を潜めて言った。
「ちっとマナリスが大きすぎて、気づかれたんじゃねぇか? あれ一つしか無かったとはいえ、やはり、手堅く砂くらい細かいマナリスを仕込むべきだったか?」
「そうだ、それだ。そうにちげいねぇ」
二人は肩を寄せ合って、棘をくっつけながら話している。
「だが、流石に同じ手は警戒されるな。それに、先を越されたのは癪だが、あのメスガキがいなくなるなら、あの呑気な遠足班は、もう狙わなくていいか?」
「それがよう、あのガキ、街から採掘場にまだ掘りに来るそうで」
「はぁ? まじか?」
「まじだぜ。運営側とガキが話しているのを近くにいた採掘仲間が聞いたんだぜ」
「どんなもの好きだよ。頭おかしいんじゃねぇのか? 俺達は街に上がった後の為にコネを作ってるっていうのに」
「他のガキ達も街に上げる気じゃないか?」
「それは勘弁だ。街の生活がガキ臭くなっちまう」
「標的は変わらず、ガキどもにするか? 兄者」
「ああ、そうしよう。隙があればあの……」
また良くないことを考えてる。後で、マールに気をつけるように教えておこう。セロンは、ふくよかな案内人と対面しているマールの元に魔法の布を被って、フラフラと向かった。




