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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第3章1節 屍を食べる街 上

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第87話 「不便な採掘者達」

 スクミ―がニンマリとして、自信満々に取り出したのは、お世辞でも綺麗とは言えない、くすんだ地面色の布だった。セロンは、何処(どこ)にそんな自分の体の何倍もある布を隠し持っていたのか不思議に思うし、その布を使って何をするのか全然分からなかった。


「何処から取り出したの?」


 セロンは、横長の小屋の向こうで寝そべっている魔獣に聞こえないように、小声で訊いた。


「ミーのマルチポーチでしゅ」


 スクミ―も声を落として答えた。スクミ―は、無数のポケットがあるネズミ特注サイズのウエストポーチを身に着けている。


「ミーの魔法は、空間を大きくする魔法でしゅ。とても希少で、ミー以外に同じ魔法を使える者は、会った事がありませんわ」


 スクミ―は自慢げだった。


「それって、スクミ―は、無属性マナリスに適性があったってこと?」


「ええ、そうでしゅわ」


「その小さなポーチの、さらに小さなポケットの中に、その……その独特な色の布が入っていたの?」


 セロンは信じがたく、問いただした。なんせ、セロンの小指しか入らなそうなポケットなんだから。


「ミーの魔法は、どんなに小さくても、ミーが空間と認識できれば、発動できるのでしゅよ。セロンちゃんの巾着袋にもかけてましゅのよ」


 セロンは、今までの巾着袋に起きた不思議な出来事がどういう仕組みだったのか、やっと納得できた。


「けど、その布を使ってどうやって魔獣に見つからないようにするの?」


「頭から被るだけでしゅよ」


「ん?」


「ミーとセロンちゃんで頭から被るだけでしゅ」



 セロンは、詳しく説明されないまま、スクミ―に頭から布を被せられた。初めは、布を被っただけで、足元が丸見えの、出来の悪いかくれんぼでしかなかった。けれど、スクミ―が中に入り込んでから、奇妙な現象が起こった。とてもセロンの全身なんて覆えないくらいの布だったのに、今は、すっぽりとまるまる収まるどころか、余裕が出来る程しっかりと隠れている。もっと不思議なのは、自分が石ころにでもなったのかと錯覚するくらい目線が低いことだった。キョロキョロと周りを見回しても、地面が平行に見える。


「ミー達は、地面と同化したのでしゅ。これで、あの魔獣ちゃんが起きたとしても、ミー達に気付きません。布の色も地面そっくりなのでしゅから」


 セロンは何となく、状況を理解した。スクミ―は、布を被せて、その中に出来た隙間に魔法をかけたんだと思った。ほんの少しの空間だけでも拡張できるなら、布と地面に出来たほんの小さな隙間でも、セロンとスクミ―が入ってくつろげるだけの空間を作れるに違いないと、セロンは解釈した。


 だけど、本当にこの作戦は上手く行くのだろうか? セロンは少しだけ頼りないように感じた。


 そんなセロンの不安は直ぐに的中してしまった。これから、魔獣のいる広場に侵入するというタイミングで、一吹きの風が起きた。その風がセロン達を直撃して、ただ被っているだけでしかない布が吹き飛ばされてしまった。当然魔法も解除される。


「あ~、待って!」


 スクミ―が慌てて、布を獲りに走り出した。今まで声を潜めていたのに、突然のトラブルで声が大きくなってしまったスクミ―。セロンは、危機を感じて魔獣の方に視線を向けた。


 魔獣は、瞼をピクッと動かして、体の体勢を変えた。セロンは釘になったように止まっていると、再び動かなくなって、荒い寝息を漏らし始めた。セロンは小さく息を漏らす。スクミ―が、布を捕まえられたらしく、戻って来た。


「ただの布なんでしゅから、セロンちゃんは、しっかりと掴んで風に飛ばされないようにしてほしいでしゅわ」


(めく)れたら魔法は解除されるの?」


「ミーが空間と認識できなくなったら、解けちゃうのでしゅ」


 気を取り直して、布を被り直し、地面に擬態化作戦を開始した。セロンが布を掴んで飛ばないようにしながら、魔獣のいる広場に侵入する。魔獣からは出来るだけ距離を置いて、小屋の様子や他の掘っ立て小屋の様子などを確認した。確認すると言っても、布を被っていると近寄るくらいしか出来なかった。スクミ―が用意した布は、荒く外の様子が透けて見えるのだけれど、地面から小屋を見ても何も見えないのである。なので、音や臭いくらいでしか情報は得られなかった。


 他の横に長い小屋の群から離れた、一つの小屋から静かな寝息や唸り声のようなものが聞えて来た。人が中にいる気がした。けれど、静かで今にも消え入りそうな弱弱しい音だった。一体、中の状況はどうなってるんだろう、とセロンは、気になったけど、魔獣が広場に居て、布の中から出られなかった。少し前だったら、布から出ることも出来たのかもしれないけど、今、魔獣は目を開けて動いていた。落ち着かない様子でうろうろとしている。


「スクミ―、本当に気づかれてないのかな?」


 セロンの不安は募るばかりだった。


「視覚的には、絶対にバレないと思いましゅよ」


 スクミ―は、コソコソと答えた。視覚的には……。セロンの不安は大きくなってきた。


「早く、この場から離れよう」


「採掘場に行かないのでしゅか?」


 スクミ―は気がかりそうに訊いた。セロンは周りを見渡して、この建物に囲まれた広場の崖側に、木の看板が立っているのを見つける。〈第一採掘現場〉と荒く書かれていた。


「あそこが採掘場への入り口みたいだよ」


「早く行きましゅよ~」


 セロン達は、採掘場の入り口の方へ歩みを進めた。途中、魔獣の顔の近くを通らなければいけなかった。鼻の先を通り過ぎる時、魔獣は鼻を激しくクンクン嗅ぎ始めた。セロン達が隠れている布を凝視している。セロンは、心臓がドキドキとして動けなかった。


 しばらく一枚の布越しに睨み合いが続いた。セロンはもう気づかれていると諦めかけていた。しかし、少しすると、魔獣は、興味を失くしたかのように見当違いの場所をうろうろし始めた。セロンはピンと立っていた尻尾を下した。


 やっとのことで、採掘場の入り口に辿り着いた。もう魔獣は気にしなくてもいい。看板の先にある崖の縁まで行くと、下に向かって荒々しく掘っただけの狭い階段があった。その階段の入り口まで入り、セロン達は布から出る。スクミーはどや顔をしていた。全てが自分のおかげで上手くいったのだと、言い出したい表情だった。セロンは、そんなスクミ―を無視して階段の先を見た。


 気を抜いたら、真っ逆さまに崖に落ちて行ってしまいそうなくらい粗削りの階段道だった。崖は底に向かって、無限に続くのではと思うほど深い。こんな危険な道を人は歩いて採掘しにいくのかと考えると、過酷な環境に同情してしまう。


 セロンは、崖に落ちないように、壁際を歩いて、荒い斜めの階段を降りた。慎重に足を進めてやっと、広めの足場に着く。壁の方に向かって穴が掘られていたが、まだ人気は無かった。さらに荒く作られた階段を降りていき、広めの平地に辿り着いた。街の入り口の橋から見たボロボロの橋が街の方へ向かって、崖をまたいで伸びている。錆び錆びのレールが敷かれていて、簡素なリフトの機械仕掛けが、街の下の岩壁に設けられていた。崖の縁に簡素に建てられた四角の小屋があり、やっと人が一人、中でくつろいでいるのを発見する。けれど、赤黒い鞭のような道具を手に持っていて、しきりに眼を鋭く光らせていた。友好的な人には見えなかった。


 その平地の壁際には、数か所の穴が開いていて、内側から人の声と金属の音が籠って聞こえて来る。中に採掘している人がいるのは明らかだったので、セロン達は、また地面色の布を被り、擬態化作戦を決行する。


セロン達は、一つの坑道を選んで、中に入る。人が通るのに十分な穴が開いていて、道は、裸の木の柱で、点々と支えられている。レールが中央にあって、何処までも道の先に続いている。一定間隔にランタンが備え付けられていて、薄暗さはあるけど、気にならないくらいには、明るかった。


坑道の中は、複雑に入り組んでいた。ある程度、道は真っすぐに作られているのだけれど、分かれ道が多く、分かれ道の先にまた分かれ道があって、しっかりと来た道を覚えていないと、出られなくなりそうだと思った。


セロンが聞こえて来る声を頼りに、坑道の中を進んでいると、やっと声の主である採掘者達を発見する。採掘者達は、坑道の行き止まりでつるはしを打ち付けて、岩を砕き、シャベルを使って、掘り出された鉱石を鉱車に投げるように入れている。そんなにザクザクと取れているようには見えないけど、必死に掘り進めていた。


「ちっくしょー、はずれだ。ここの鉱脈、銅しかでねーじゃないか」


 おじさんが恨みを晴らすかのようにつるはしを岩に打ち付けていた。


「この成果なら、今日は八位、九位あたりを狙うしかないね~」


 おばさんが言った。


「もっと下の層が当たれば、良かったな~」


 もう一人の男の人が続いた。


「こればっかりは運だから仕方ないね。また、明日になれば、いい鉱脈が当たるさ」


 小刻みに壁を叩いているやせ気味の男が明るく言った。


 セロンは、街に居た人達が話していたほど、採掘場の者達は、絶望しているわけじゃないと感じてホッとした。皆、首に黒っぽい金属の枷をつけているのは気になるけど、悲惨な目に遭っているようには見えない。


「あっ、おい! ただの岩をトロッコの中に入れるな! 点数下げられるだろう!」


 おじさんが(わめ)いた。


「ははは、ほんとだ。岩入ってる。……けどよ~、今日は頑張ったところで、高順位なんて狙えないんだし、よくね~か?」


「ノルマがあるんだ! ノルマが! 達成できなかったらゼロ点なんだよ! 今日の飯分すら稼げないんだよ!」


 おじさんが、強く叫んだせいか、坑道の分かれ道から女の人が来た。服装が緑色で採掘者と比べたら一目瞭然と言えるほど、きっちりとした制服を着ている。腰には、赤黒い鞭を下げていた。セロンが隠れている地面のすぐ横と通り過ぎたので、危うくセロンは踏み潰されそうになった。


「お前達、何言い争っている! 真面目に掘らないと点数を引くぞ!」


「すみません!!!」


 採掘者はみんな、急いで持ち場に戻り、一生懸命に手を動かし始めた。セロンは、手厳しいと感じた。監視役の女性は、わざとなのか、威嚇なのか、鞭をぺしぺしと地面に打ち付けている。テキトーに叩いているからセロンの方にも飛んできて、声が出そうになった。この場からは早く離れよう。


 セロンは、坑道の奥の方からも人の声と作業の音が聞こえて来るので、行ってみようと思った。


 好奇心で、特に理由もなく進んだ奥の方でも、多くの採掘者達がグループ毎にせっせと鉱石を掘り出していた。人やグループによって、作業の仕方が独特で、どうにか多くの成果を上げようと、もがいている様子だった。大きな鉄のハンマーで、狂ったように頭を振りながら岩壁を砕いている人や、逆に針のように細い(きり)で、綺麗に岩を削ぎ落している人もいた。


「うぉー! マナリスがまた出て来たぜ! 当たりの鉱脈だ!」


 のっぽのおじさんが興奮している。


「俺達の一位確定だな!」


 丸めの男の人がノリノリである。よれよれのおばさんが、覚束ない手元で、マナリスを平たい格子で区切られた容器に入れている。


「ばばあ! マナリスくっつけるんじゃねぇぞ!」


「わかっとるわい。黙っとれ! マッチ棒!」


 おばさんは、男性達が汗水たらして掘られたマナリスを、容器の元まで持ってきて、一つ一つ、くっつかないように置いていた。しかし、手元が覚束ない。足場が不安定なせいか、マナリスを並べている容器が、ガタガタしている。おばあさんの手元が震えていて、容器が余計にがくがく激しくなる。おばあさんが、ついにマナリスを手から落としてしまい、既に容器に収めているマナリスにくっつけてしまった。するとマナリスは合体し、一つの塊になった。おばあさんは、癇癪を起して、容器をひっくり返す。


「ふぅえーい! やってられるか! ぼけがー!」


 おばあさんが暴れだして、鉱石が入っているトロッコもひっくり返しってしまった。同じ属性のマナリスはくっつくと一つにまとまり、地面に散らばる。鉱石は、細かく飛び散って、地面の隙間に挟まって、取りづらくなってしまった。


「ばばあー!! やめろー! やめてくれー!」


 おばあさんの暴走は止まらない。地面に転がったマナリスや鉱石を蹴り飛ばしている。男達が慌てて止めようとしても、なかなか止まらない。監視の女性が走って来た。


「またお前ら暴れてるのか! 老人特権でゼロポイントを免除されてるからって、遊ぶな!」


 監視の女性は、鞭を取り出して、しばこうとしている。おばあさんは、急に物凄い速度で距離をとった。男達が叩かれて、悲鳴を上げた。セロンは、お気の毒に思いながら、その場を後にした。むやみやたらに手伝おうとすると、ややこしいトラブルに巻き込まれてしまうだろうから。


 セロンは、坑道が何処まで続いているのか確かめたくなり、奥まで行ってみようと思った。奥の方に進むにつれて、人の気配が薄くなってきたので、割と大胆に行動できるようになった。道が荒くなり、レールが整備されてない道が多くなった。ランプの間隔も広くなり、薄暗さも増していく。セロンは、もうこれ以上先に行っても何も無さそうだと感じて、引き返そうとすると、さらに奥の方から幼い声が聞えて来た。こんな不便で大変そうな場所で、女の子の声がすることに、セロンはただただ驚いて立ち止まっていた。


 


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