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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第3章1節 屍を食べる街 上

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第86話 「下僕達をまとめる現場監督」

 街の入り口付近では、相変わらず、人々が街の中から外へ、外から内へ、と行き交っている。水を売っている店が多くて、まだまだ大きな樽が段々に積まれているのが見える。並べられている水は、鉱石の作業をしている広場の作業員からしたら、高価なのだろうか? セロンは、もしできるなら水を買ってあげられないだろうか、と考えながら商業通りを通り過ぎて行った。


 街に来た時に渡った橋まで再び来ると、セロンは、銅で出来たパラペットによじ登り、崖の様子を確認してみた。崖の底は変わらず、白い霧のようなモクモクに覆われている。崖の途中には、錆びてボロボロになり、いつ落ちてもおかしくないような小さな橋が、一定間隔で架かっていた。街の端側で見た、リフトの降りた先と繋がっていて、採掘した鉱石が採掘場から直通しているとセロンは分かった。


 採掘場は壁に沿うようにある。険しい崖と隣り合わせで、確かに危険が一杯だとセロンは思った。何処が入口なのだろうか、と採掘場の細い崖道を目で辿ると、崖の縁に繋がる道を見つけた。


「あった。あそこが入口かな?」


 今いる橋から少し離れた位置だった。近くには素朴な建物が見える。


 セロンは、パラペットから飛び降りて、街の外へ向かおうとした。そのタイミングで、肩にかけている巾着袋がもぞもぞと動き出す。中からスクミ―が顔を出した。顔を(しか)めている。


「全く、この街は臭いが臭過ぎで、参りましゅわ。できれば外になんて出たくないでしゅ」


「それならどうして出てきたの?」


 セロンは、行動と言っている内容が噛み合ってない、と思った。


「セロンちゃん。また、いかがわしいことに顔を突っ込もうとしていましゅよね?」


 スクミ―はムスッとして、腕を組んでいた。


「ずっと僕の行動を監視してたの?」


 今、スクミ―が顔を出すのは、それが理由だと感じて、セロンは目を細めて訊いた。


「貴方に何かあったら、ミーの報酬が減らされるんでしゅよ」


「大丈夫だよ。今回は、そんな危険な目になんて逢わないから」


「駄目でしゅ。今回ばかりは言いくるめられませんでしゅ」


 スクミ―は、首を強く振って険しい表情をしている。セロンは目を瞑って、少し考えた。


「スクミ―、けど本当にいいの? 僕を止めたら後悔すると思うよ」


 セロンはスクミ―に言い聞かせるように言った。


「なんでしゅか? またミーを惑わす気でしゅか?」


 スクミ―は警戒している。セロンはニンマリとした。


「これから採掘場に行って見ようと思ってるんだけど、スクミ―にとってはこの上ないチャンスだと思うよ」


「なにがでしゅか?」


 スクミ―は、よくわからないという表情だ。


「分からない? 採掘場では、金銀銅の鉱石やマナリスが掘られているんだよ」


「それは、巾着袋の中で訊いてましゅよ」


 スクミ―は、話の筋が読めないという仕草だ。


「もし仮に、採掘場に一人のネズミが迷い込んで、鉱石をいくつか採ったところで、誰も気づかないと、僕は思うんだよね」


 セロンの発言を聞いたスクミ―の表情は唖然としていた。それから、みるみるニッコリと笑みを漏らし始めた。


「採掘場になんて脅威は無いでしゅね! ミーには、どんな施設なのか興味がありましゅ。早く行きましゅよ~!」


 スクミ―は調子のいいことを言い始めて、橋の出口の方へ向かって指をさしている。セロンは、自分ながら、悪知恵を働かせているのに少し驚いていた。白竜の住処から出る前なら、こんな考え、思いつきもしなかった。それでも、スクミ―を説得するには、こうするしかなかったという思いから、セロンの気持ちは、直ぐに採掘場へ向いた。


 橋を渡り、採掘場がある方へ向かう途中、来た時に見た泥沼の傍を通った。前に会った時と変わらず、ミステールが大きな泥沼の前に居て、沼の方を見ていた。変わっているのは、カルレン族の人が数人、その泥沼の縁に立って、謎の粉を振りまいている状況だった。粉は、ミステールが準備していた白い袋を開けて流している。その粉と泥沼が混ざった部分では、沼が固まるように土に変わり、表面がキラキラと輝いていた。


「下僕達~。もっと、満遍なく振りまきなさい。一か所にばかり撒いていては、何時まで経っても終わらないですよ」


 ミステールが、当然のように、人々に指示を出していた。セロンはいったい何処から連れて来たんだろう? と首を傾げた。聞いてみよう。


「ミステールお姉ちゃん。あの人達、何処から連れて来たの?」


 セロンは、ミステールの傍まで行って、訊いてみた。


「あ~、セロン」


 ミステールは、セロンの方をご機嫌そうに見る。


「あの下僕達は、そこら辺にある不浄の沼を掘り進めている者達を捕まえたのです。丁度良かったのですが、まだ人数が足りないですね」


 ミステールはやれやれと言った仕草をした。


「あの人達は、納得してるの?」


 セロンは、ミステールが人を優しく誘ったのか、疑わしかったので訊いてみた。


「もちろん、わたくしに仕えることが出来ると、喜んで引き受けてくれましたよ」


 ミステールは自信満々に答えた。セロンはそれなら良かったと胸を撫で下ろした。そんなセロン達の近くを避けるように、二人組の作業者が通る。


「何で俺たちがこんな訳の分からない作業をしなければいけないんだ」


「あのでかい生物は何なんだ? いきなり脅して、やれと言ってきやがって……。自分でやれよな……」


 袋から謎の粉を蒔き終えて、新たに袋を獲りにいく二人組が、小言を言うのが聞こえて来る。セロンは、何て言ったらいいのか反応に困った。直前に聞いた話がこんなあっさりと否定されるなんて。二人組は、ミステールに聞こえないように言ってるつもりらしいけど、耳の良い白竜には駄々洩れで聞こえて来る。セロンは、新しい白い袋を(だる)そうに手に取る二人組とミステールを交互に見た。ミステールは、爪をカチカチと流れるように鳴らして、二人組を静かに見ていた。酷い目に合わなきゃいいけど、とセロンは二人の身を心配した。


「貴方達、わたくしの元に来なさい」


 二人組はギクリと身を固めていた。しかし、すぐに動く気配はない。少しの沈黙が流れた。


「……二度は言わせないでくれますか?」


 透き通った綺麗な声だけど、優しい響きがない。二人組は、身を震わせながらミステールの元まで来た。セロンは、さらに心配になってきた。


「下僕の分際で、わたくしの指示に不満があるのですか? わたくしが何か間違っていると言うのですか?」


 二人組は、すぐにでもこの場から立ち去りたいという表情だ。


「い、い、いいえ。な、なんの不満もございません」


「ももも、もっと監督様のお役に立てるように、つ、努めます」


 頭が膝につくくらい頭を下げている。気の毒だとセロンは思った。


「そうですか……。しっかりと働いてもらわなければ、わたくしが来た意味が無いですからね」


 二人組は安堵の表情を浮かべた。


「それはそうと、貴方達、わたくしを侮辱しましたね」


 ミステールは、一層、声のトーンを落とした。二人組は、安堵したのは束の間、焦った表情に様変わりした。


「お二人には罰を与えねばなりません」


 ミステールはそう言うと、傍にあるクリーム色の大きな荷物袋を、指先だけで開けて、中から古ぼけた棒状のものを取り出した。器用に布を間に巻いて持っている。


「この何十年にも渡って家に放置されていた小汚い棒で叩いてあげましょう」


 ミステールは、二人組をじっと捉えた。セロンは、流石に止めた方がいいかなと思い始めた。


「お姉ちゃん……」


セロンが止めようと口を開いたと同時に、二人組が、身の危険を感じて逃げ出した。みすみす逃すはずもないミステールは、翼と跳躍で素早く追いつき、二人を叩きだした。


「あああああ~!!」


 二人組が倒れ込んで、土まみれになっている。ミステールは容赦なく二人のお尻を叩いている。それでもセロンは、ミステールがかなり手加減をしていると分かり、胸を撫で下ろす。


 しかし、姉の懲罰は効果てきめんだった。ミステールが、他の作業員の見える所で、罰を与えることで、誰も逆らおうとはできなくなっていた。その裏付けに、泥沼で作業している者達が先程よりも、テキパキと集中して粉を蒔き始めていた。


 ミステールが二人組を叩き終えて、敷物のある持ち場に戻ってくる。


「汚れたくないから下僕にしたのに、まったく、下等生物は、(しつけ)が大変ですね」


 ミステールはやれやれとため息を漏らした。


「休みはあげてるの?」


 セロンは訊いた。


「そう言えば、まだ休息を与えていませんでしたね」


 ミステールはそう答えると、泥沼の浄化作業をしている者達に呼びかけ始めた。


「下僕達! 慈悲深いわたくしが、休息を与えましょう。早くこちらに来なさい!」


 作業員達が急ぎ足で集まって来た。お尻を叩かれていた二人も、ヨレヨレと走って来る。


「魔法の粉袋の隣に、水と食料を用意してあります。各自勝手に食べなさい。ただし、十日間は、新しく調達する気はありませんからね。配分を考えて消費しなさい」


 作業員達は、物資の方に歩き始めた。セロンが、白い袋の山の後ろ側をのぞき込むと、人の子供くらいの高さの樽と木箱が、白い袋の山と同じくらいの山になって置いてあった。セロンはいつ用意したんだろうと驚いた。そして、もしかしてあの水は、街の端の広場で聞いた、買い占められた水なんじゃないかと考え、ソワソワしてきた。


「ミステールお姉ちゃん……」


 セロンは、弱弱しく聞いた。


「何でしょうか? セロン?」


「えっと……」


 セロンは、ミステールを疑うような発言をする勇気が持てなくて、口籠った。


「セロン。言いたいことがあるなら、はっきりと言わないとダメですよ」


 ミステールは諭すように告げた。


「うん……、いや、なんでもないよ」


 それでも言い出せなかった。


「そうですか?」


 ミステールは、セロンの優柔不断を気にすることなく、作業員達の方を見た。


「下僕達~。腹を満たしたら、さっさと作業に戻りなさい。穢れた毒沼はまだ沢山ありますからね。急いでもらわないと終わりませんよ」


 作業員達は、急いで食事を済まして、泥沼の方へ戻って行った。


「やはり、もっと多くの下僕を捕まえなければ、何時まで経っても終わりませんね」


 ミステールは、しげしげと作業者達の様子をみて呟いた。どうやら、まだミステールの餌食になる犠牲者が出て来るみたいだ。セロンは、彼らを気の毒に思いつつ、そっとしておくようにした。ミステールに別れを告げて、兼ねての目的である採掘場の方へ向かった。水の問題は、やっぱりプヨルお兄ちゃんに訊いてみるか、あっくんに助けを求めてみようと思った。



 それから街を取り囲む崖に沿うように、少しばかり歩くと、人の生活感のある場所に辿り着いた。セロンは、街の中よりも酷くみすぼらしいと感じた。横長に素朴な家畜小屋みたいな建物が並んでいる。その小屋を取り囲むように丸裸な木の棒が、満遍なく乱雑に、地面に刺さっていた。猛獣除けなのか、ただの柵代わりなのか?


 セロンは、小屋を回り込んで、反対側の様子を見た。小屋は、後ろにも連なっていた。小屋の間は狭く、密集して建てられている。さらにその向こう側に歩みを進めてみる。しかし、小屋の影から出た時、セロンは、足をピタッと止めて、息を潜めた。


 小屋の先には、大きな魔獣が寝そべっていたのだ。小屋が取り囲んでいる大きな広場の真ん中に、角の生えた赤毛の魔獣が、我が物顔で身を丸めているのである。雑音交じりのいびきが聞こえて来る。荒々しい息と猛々(たけだけ)しい気配に、セロンは明らかに友好的な魔獣ではないと悟った。


 けどどうして、こんな人が利用していそうな施設の真ん中に、魔獣が居座っているのか。小屋の外側に立てられた木の棒も、外敵からの防護なのだとしたら意味をなしてない。セロンは疑問に思った。状況的に嫌な予感を勘繰ってしまう。どういう事情なのか知らなければいけないと思い、人を探した。しかし、この一帯の施設、小屋には人の気配はしなかった。少し中に入って調べてみたいけど、魔獣に気付かれるのは、絶対に得策じゃないと思い、どうしようか悩んだ。


「ミーに任せるでしゅ」


 突如、スクミ―が巾着から顔を出し、小声で(ささや)いた。


「何かいい方法があるの?」


 セロンも声を潜めて訊いた。


「ミーには、こういう時の為に、とっておきの作戦があるのでしゅ」


 そう答えたスクミ―の顔は、今までで一番自信満々な表情だった。


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