第84話 「銅の街には危険がいっぱい」
あっくんに言われた通り、部屋を出るときはダイヤル式の鍵をドアに取り付けた。何かしらの突起や穴があれば、どこでも取り付けられるので、これだけ乱雑な作りをしている建造物の街では、苦労せず取り付けられる。
部屋を出ると、セロンは首を動かして、改めて、外の景色を眺めた。全ての建物が団子のように一体になっていて、不規則に積み上げられている。なのに、不安定には見えなかった。
斜め向かいの部屋から住民が出てきた。カツカツと音を立てて、階段を下り、手すりを跨いだと思ったら、錆びた銅パイプを滑るよう降りていった。その向こうの方では、屋根の上を伝って歩いている人がいる。住民たちは、階段関係なく自由に歩ける場所は、通っているみたいだった。
住民たちは、二階以上の上に住んでいるらしく、一階は、工房などの物作り施設だった。金槌で強く打ち付ける音が街の至る所から聞こえてくる。セロンは、書いている内容に隔たりがある〈観光ガイドブック〉を開くのはもうやめた。自分の目で確かめるのがいいと思った。
セロンは、まだ行ったことのない方の階段を選んで進んだ。行き当たりばったり、上ったり下ったりした。どこまでも行き止まりがなく、造りも多種多様なので、巨大なアスレチックで遊んでいる気分だった。
何も考えずに進んでいても、下に降りることはできるので、セロンは、下を漠然と目指すだけで、一階に降りられた。
道に出て、近くの賑わっている声のする方へ引き寄せられると、また行った事のない商業通りだった。店で売っている人も通りを歩いている人もヨーティー族(背が低く、鼻が大きい、年齢が分かりにくい種族)の割合が多く、この街の人口の殆どはヨーティー族だと窺えた。通りに紛れ込むようにセロンが歩いても、彼らは全く興味を示さない。それぞれが自分のペースで自分のやりたいように動いているらしく、感心の無いものには存在しないとみなしているようだ。
セロンは、キョロキョロと店を見渡した。色々な店があるが、金属類の加工品を扱っている店が基本的に多く並んでいた。魔法アイテムの店も所々にある。ヨーティー族の客が数人、当たり前に魔法アイテムを品定めしたり、購入している様子から、魔法は日常的に扱われて、珍しくないのかもしれない。
セロンは、銅で区切られた店内に入って品揃えをじっくりと眺めては、近くの店に入ってを繰り返していた。
数十件巡っていた時だった。セロンは初めての光景に目が惹かれた。
色とりどりのマナリスが並べられている店があったのである。火、水、風、土、光や闇のマナリスもある。大小、大きさも様々で、豊富だった。小さい火のマナリスを買っているヨーティー族がいる。店主が布に火のマナリスを包んで渡していた。
「旦那、どんな用途に使うんだい?」
「炉で銅を打ってるとマナリスが癒着してしまうもんだから、どんどん火の火力が弱くなって困るんじゃよ」
「癒着はどうにもならんな~。おかげで、こちとら商売繁盛しているってもんだがな。はっはっはっは」
「…しゃあないの~」
ヨーティー族のお爺さん? がセロンの横を通り過ぎ、人ごみの中に消えて行った。
「じゃまじゃ。どけ」
セロンが入口で佇んでいると、また新たにヨーティー族の客がやって来た。
「ごめんなさい」
セロンが横に避けるとヨーティー族がずかずかと店の中に入って行く。
「旦那~、風のマナリス、なるたけでかいのくれや」
「攻撃用かい?」
「向かいのヤーコンの奴が店を泥まみれにしてきやがったんだ!」
「はっはっはっ。そりゃあ、とびっきりの物が必要になるな~」
「笑い事じゃねぇぜ。早く出してくれ!」
店主は店の裏にいくと、両手で抱えるくらいの風のマナリスを持って来た。エメラルド色にキラキラしている。
「お~、いいのがあるじゃね~か。それをくれよ」
客のヨーティー族はカウンターに金貨を手でお豪快に押し付けた。布で包んでもらった風のマナリスを背負って、ご機嫌に店から出ていく。
「何かお買い求めの品があるのかい?」
店主がずっと入り口で突っ立っているセロンに話しかけて来た。
「あっ、いいえ」
セロンは慌てて店から出た。
他にも店を巡った。金銀銅を鉱石のまま売っている店もあった。セロンは、通りの端の方にある金細工の店に寄り、弾くとクルクル、リズムよく回る金細工を買った。なんの役に立つものじゃないけど、この街に来た記念品として、セロンは満足していた。
ご機嫌で店を出たセロンは、次は何処へ行こうかと考えながら、トコトコ歩いた。
「君、お願いがあるんだけど聞いてくれないかな?」
突然、カルレン族(一般的な人族)の怪しい恰好をしたおじさんが話しかけて来た。
「ん? 何?」
「これ買ってくれない」
おじさんは、ドロッと汚れたただの鉄の塊を見せて来た。セロンはたじろぐ。
「一生のお願いだ。俺を助けると思って買ってくれ」
セロンは弱った。何だか困ってるみたいだし、買ってあげようかなと心が動いた。物自体は触りたくないから一旦地面に置いて欲しいと言おうとした。すると突然、おじさんがセロンの手首を掴んできて、手のひらに鉄の塊を押し付けて来た。ねちょっと不快な感触が手に伝わってきて、ブルっと体が震えた。
「さあ、金貨十枚くれ。受け取ってくれただろう?」
セロンは急激に買ってあげる気が失せた。おじさんに鉄の塊を返そうと突きつける。
「いらない……」
セロンがおじさんの胸に汚い鉄の塊を押し付けようとすると、触りたくないと言うように避けた。セロンは、ムカッとして、近くにある排水用パイプに鉄の塊を置いた。
「お金は払わないからね」
「はっ? 受け取ったくせに払わないとか、泥棒だ!」
おじさんは喚きだした。セロンはその場から逃げるように離れる。一目散に入り組んだ道を走って逃げて、追って来てないか振り向いた。どうやら追ってきている気配はない。セロンは、強引な人もいるもんだと呆れて、汚れた手の平を見た。
うぇ~、汚い。セロンは堪らず、貴重な飲み水を使って手を洗った。まだヌメヌメしているけど、見かけ上は、泥が付いてないからこれで我慢しようと思った。
セロンは顔を上げて、ここは何処なのか周囲を窺った。賑やかな商業通りとは違って、湿って静かな雰囲気の物作り工房が立ち並んでいた。その中でも斜め向かいの店は強く気を引くものだった。
「真っ黒……」
錆びた銅で出来ている建物群の中に、さらに暗く塗り染められている店があった。店の前に黒染めのチュニックを着ているヨーティー族が、すでに黒い店を、さらに謎の黒い液体で塗っている。
「黒で塗り染めなければ、汚れが目立ってしまう……。汚れてるのは見栄えが悪い……。誰かが見たら不快に思う……。目立つのは良くない……。目立つのは悪い……」
ブツブツと独り言を呟きながら、塗りたくっている。
セロンは関わりたくなかったので、そっとその場を離れようと後ずさりした。しかし、運悪く地面のべちょべちょとした汚泥の塊を踏んづけてしまう。ガムのようにしつこくくっつき、べちゃっと大きな音がたってしまった。
黒塗りの店主がセロンの方を向く。セロンと目が合った。
「真っ白! なんて眩しいの。黒く染めてあげないと」
黒塗りの店主が急に走ってきた。満面の笑みを浮かべている。セロンは、慌ててふらつきながら逃げ出す。
「まちなさい! 黒く染めてあげるから」
「頼んでない! 勝手に染めようとしないで!」
セロンは必死に逃げる。後ろをふと見ると全速力で追ってきている。セロンは、恐怖を感じて尻尾の毛が逆立った。息を荒くしながら、道行く人の合間を縫って、全力で逃げる。何度も道を曲がって、何とかまこうとする。後ろの足音から、しつこく追いかけて来ているのが分かる。
このままだと息が続かない。つかさず次の路地を曲がり、セロンは入り組んだパイプ束の影に隠れた。息を潜めて、見つからないようにする。耳をそばだてると、走って近づいて来る足音がする。セロンの心臓の鼓動がどんどん速くなった。
すぐそばまで来た足音は、気配を察知する気なのか、急に歩きだした。ゆっくりと歩いて、セロンの方へ近づいて来る。セロンは見つからないようにと強く祈った。
足音が傍まで来た。セロンのすぐ近くで止まって動かない。セロンは黒塗りなんて嫌だと強く体を壁に押し付けた。
一瞬のひと時が、これでもかと長く感じる。セロンは止めていた息がもう続かないと限界だった。
その時、足音が遠ざかって行くのを聞いた。汚泥を踏む音と金属の響く音を鳴らしながら何処かに消えていく。セロンは、ホッと息を吐いた。
恐る恐る通りを見渡して見る。黒塗りの店主の姿は見当たらなかった。セロンは気を取り直して、足音が向かった方とは反対側を選んで路地から抜け出した。すると、また見たことない通りに出た。店はあまり変わり映えしてないけど、微妙な違いがあって、まだまだ散策の余地がありそうだった。
セロンは通りの奥に見覚えのある白い尻尾を見つける。
「あれ? あの尻尾は……」
見覚えのある尻尾に向かって近づいていく。
「プヨルお兄ちゃん?」
「ん? ああ、セロン! こんな場所で奇遇ですね」
やっぱりプヨルお兄ちゃんだった。汚れないようにするためか、枯草色のレインコートみたいな上着を着て、フードを被っている。
「何か用事でこの街に来てるの?」
「工作用の部品を買いに来てるんですよ。金属系の部品や材料はこの街で仕入れるのが一番なんです。もちろん、観光も兼ねてます」
プヨルは眼鏡のズレを直して、目の前の店の店頭に並んだ金属のガラクタを真剣に眺めていた。
「セロンもどうですか? 旅を楽しんでいますか?」
セロンは俯いて少し考えてから答えた。
「……もちろん。楽しんでるよ。僕が想像していたのとは、全然違って、驚きの連続なんだ。本当に旅に出られてよかったよ!」
セロンは笑顔をプヨルに投げかけて答えた。
「安心しました。私の教えが為になってくれているといいのですが……。そうでなくても、それだけ世界は……」
セロンは目を大きく見開いた。セロンの見ている方向、プヨルの反対側面に黒塗りの店主が見える。こちらに向かってきている。
「……ですから、私は嬉しいのです。もっと深く、趣向を凝らした……」
「プヨルお兄ちゃん、もう僕行くね。何だか分からないけど頑張ってね」
「ん? そうですか? それでは……」
セロンは慌てて気配を消しながら走り出した。出来るだけ早く、角を曲がり、視界に入らないようにする。
後ろの方でべちょっという音がした。
「うわぁあああああ!!!」
プヨルの悲鳴が大きく耳に響いて来る。ごめん、お兄ちゃん。セロンは、兄に心の内で謝って、出来る限り遠くに離れようと全力疾走する。
セロンは息が切れて、足がふらつく程長時間走った。こんなにも必死に走ったのは、いつ以来だろうか? いや、もしかしたら初めてかもしれない。
走り続けたセロンは、もう足が上がらなくなり、ゆっくりと立ち止まった。ゼイゼイと膝に手を置いて息を整える。後ろを確認しても、追ってきている気配はないようだ。セロンは、安心して息を整え、顔を上げた。
驚いてビクッと尻尾を震わせる。
また、あの不気味な花だった。いままで訪れた街で、繁茂していた薄青色の花。呪いの話を聞いて以降、気味が悪くてしかたない。ただの花にしか見えないのに、全てを見透かされている気がしてならない。
「うそじゃないよ! 花が喋ったんだから」
小さなヨーティー族の女の子? が親にムキになって甲高い声を上げている。
「おかしなこと言わないの。私だってあの花はずっと見て来てるけど、そんなこと一度もなかったのよ」
「お話ししたんだもん。私が泣いている時に、優しい言葉をかけてくれたんだから」
「頭の中で妄想していたのね。私が子供の頃、遊びでそういうイマジナリーフレンドを作った時期があったわ」
親の方は女の子の言う話をまるで信じていない。女の子の手を掴んで、そのまま階段を上がって行った。女の子は、分かってないと文句を言って、わざとらしく足で強く踏板を叩いていた。
セロンは、どうも女の子の言っている話が嘘に思えないので、試しに花に向かって話しかけてみる。
「ええっと、こんにちは。貴方は何者ですか?」
しかし、一向に返事がない。
セロンは、首を傾げて、しばらくじっと見つめてみたが、ただの花にしか見えない。ずっと観察している訳にもいかないので、セロンは興味を他に移した。花と似たように街に蔓延るものとして、黒く滑らかな丸みを帯びた物体がある。建物の上の方に視線を移したセロンは、早速、その物体を発見する。住居の屋根にひっそりとくっついていた。まだ近くでまじまじと見たことは無かったので、階段を登って調べてみようと思った。
近くでジロジロと見てみると、中にカメラのレンズがあると分かる。次に手でベタベタと触ってみた。ガラスだった。セロンは、一つ前に訪れた街で、治安維持部隊と関りのある組織が設置していると聞いていた。この装置で何を監視しているのかなとセロンは訝しんだ。けど、部隊が把握しているってことは、そんな怪しい機器ではないのかもしれない。取りあえず、セロンはこの丸い物体を『監視機器』と勝手に呼ぼうと思った。
しかし、汚れた手で触ってしまったのは、良くなかったかもしれない。手の汚れがガラスについて汚くなってしまった。拭いた方がいいのかなと巾着袋を探った。突然、微細な電子音がした。セロンは顔を監視機器に向けると、ガラスについた汚れがみるみる飛んで綺麗になった。
「魔法だ」
セロンは感心して、声を上げた。機器が魔法で自らを綺麗にした。中のカメラが滑るように周りを確認している。ずっと機器の前にいると邪魔になると感じたので、セロンはもうその場を離れることにした。
階段を降りて一階に向かう。この場所は今まで散策していた通りと比べて、落ち着いた雰囲気だった。一番下の階は、店ではなく、工房でもない。住居と同じように錆びた銅の壁と素朴な扉だった。
街の住民が四角の箱を開いて中を確認している。その後、荷台に乗せて、引くように運び出した。どこか入り組んだ狭い道に入っていく。箱は街の至る所に置かれていた。セロンは、その中の一つを開けてみた。もわっと腐った食べ物と血生臭い匂いが、布の間から鼻に入ってくる。中は、ごちゃ混ぜにゴミが詰まっていた。セロンは、ウェッと顔を顰めて直ぐに閉める。
近くの扉から出てきた住民が箱の蓋を開けて無造作にゴミを捨てていた。どうやら住民達のゴミ箱らしい。
セロンは道の床も気になった。地面には、ところどころに網目の柵が埋まっていて、中には汚泥が、のろのろと流れている。大きなパイプがずっと続いて、そこを流れている。セロンはどこまで続いているんだろうと汚泥の流れを追ってみた。
網目の下を覗きながら、辿ってみると道に沿うように分かれていたり、建物の下を通っている分岐点もあった。途中で、深く広めのパイプに合流していたので、その先を追っていく。すると、セロンは街の端にたどり着いた。流れの先は、大きく長い工場のみたいな建物がある。その向こうは崖で、大きなパイプが街の外に向かって真っ直ぐに伸びていた。セロンは、街に入る前に見た泥の沼は、ここから出てたんだと納得した。
街の端に沿って少し進んでみると、ここの街では珍しく、広々とした平地が見えてくる。何やら大掛かりな機械が街の縁に立っている。広場全体で、大人数の人々が険しい表情で作業していた。カルレン族が大半で、セロンはこの場所が街の源なのだと、何となく理解した。




