第82話 「シェルクの答え」
セロンは、死んだと思っていた女の子、ティールが生きていて、しかもシェルクと親しい仲になっているのに、頭が付いてこなかった。兄は五人の子供達とじゃれて遊んでる。子供達は、兄の尻尾にしがみついたり、背中によじ登ったり、足に絡みついたり楽しそうだった。保護施設の中から、子供達が飛び出し、何の警戒心も無く、兄を取り囲んだ。
「でかふわふわくんだ」
「確か、シェルクちゃんだよ」
「また、遊びに来てくれたんだ」
セロンは、兄が施設の子供達とも親しいのに、ポカンと口を開けて佇んでいた。いったい、いつ仲良くなったんだろう? 揉みくちゃにされるのは嫌だったけど、シェルクに話を訊きたいと思い、傍に行ってみた。
「シェルクお兄ちゃん。何してるの?」
シェルクは、子供達に群がられながら、首をこちらに向け、ニヤッと笑った。
「やあ、セロン。どうだい? おいら、子供達に好かれてるだろ~?」
「うん、人気者だね」
セロンが答えていると、子供達がセロンに気づいた。
「あ、ふわふわくんだ」
「あれ、少し大きくなってる?」
セロンに数人の子供達が近寄って来る。セロンはたじろいだ。
「握手しよう」
「え? う、うん、いいよ」
予想していた行動と違って、セロンは、キョトンとした。子供達が手を差し出すので、代わり替わり、握手する。以前より、子供達が行儀良くなっているのにセロンは感嘆した。
大きい通りに繋がる方の道から一人の老人がゆっくりとやって来た。セロンは、広場の近くの公園で、上を見上げて誰かを待っていたお爺さんだと気づいた。まさか……。お爺さんは、シェルクの傍まで腰を曲げて歩いて来た。
「やあ、ルーク。調子はどうだい?」
シェルクは気兼ねなく話しかけた。
「……おかげさまじゃ」
お爺さんは少し遅れて答えた。
「ルーク……、まだ怒ってる?」
シェルクは、様子を窺うように訊いていた。
「……どうじゃろうな」
お爺さんはゆっくりと表情を動かさず答えた。
「……もしよかったら~、おいらと……あの時出来なかった、キングベリーのケーキ作り……しない?」
シェルクは緊張気味でかなり気を使っている様子だった。セロンは、初めて見る兄の表情に、意外感を覚え、興味が惹かれた。
「……キングベリーか……見つかるかのう」
お爺さんは、平板に答えた。
「勘違いで拗ねて帰ったきり、六十年以上もへそ曲げていたあんたとなんて、何も作りたかないさ」
フィルゲートおばさんが何処からともなくやって来た。他にも、おじさんおばさんを三人連れている。セロンは、立て続けに驚かされた。シェクルと親しい仲だったんだ。フィルゲートおばさんが、僕に贔屓してくれたのは、兄を知っていたからか。
「あんな状況、勘違いもするよ。それに、おいらは、邪竜を倒して街を救ってあげたじゃないか」
シェルクは頬を少し赤くして、ムキになったように答えた。セロンは、邪竜から街を救ったという言葉に反応した。祭壇の崖下で骸になっていた竜は、もしかして兄がやっつけたんじゃないだろうかと思った。
「まったく、けつの穴の小さい奴ださ」
「君達よりは大きいと思うけど~」
シェルクとフィルゲートおばさんが軽口を叩き合っている。そこに一緒に来たおじさんおばさんが加わった。セロンは、兄が人と談笑しているのを見るのが斬新で、見入っていた。
「シェルク、赤くなってない?」
女の子がシェルクを指さして言った。
「何言ってるんだい、日差して赤く見えるだけだね~」
シェルクの声はいつもより上ずっているように聞こえた。
「絶対、赤くなってるよ」
子供達がはやし立てている。
セロンは、子供達と自然と話している姿を見て、唐突に、過去の兄との会話を思い出した。
***
白竜の住処の近く、川を渡った先の山の茂みで、セロンは兄のシェルクに遊んでもらったことがあった。兄は軽い調子で、何でも面白く振る舞ってくれた。セロンに合わせて、遊んでくれた。そんな驚くような遊びじゃなかったけど、楽しかった。
疲れるくらい遊んだ後、兄と少し話をした。他愛もない話だったけど、今思えば、どこかシェルクは、寂しそうだった。
「シェルクお兄ちゃんって何が好きなの?」
横に並んで座り、セロンはシェルクを見上げて訊いた。
「うーん……、好きだったけど嫌いになったものならあるよ~」
シェルクは茂みの先を見て、何気なく答えた。
「何?」
「人間の子供だよ。好きだったけど、嫌いになっちゃった」
シェルクは、ククッと笑いながら答えた。
「どうして嫌いになったの?」
「……なんでだろうね~」
シェルクは、気軽な調子で答えていたけど、思い悩んでいる風にも見えた。
「僕も好きだったのに嫌いになっちゃうものが、この先でてくるのかな?」
セロンは兄のはっきりしない様子に不安を感じ、俯いて呟いた。その感覚が分からなかった。それを見たシェルクは、何か言おうとした。
「たとえばね~…………」
けれど、口を開きかけた所で、後は続かず、声を落とし、そっぽ向いた。
「いや、何でもないや」
*
あの時、シェルクが何を話そうとしていたのかは分からない。けど、今沢山の人の子供達と触れ合っているのを見ると、答えははっきりと出たんだと思った。
嫌いになったと言っていたけれど、本当は嫌いになり切れていなかった。シェルクがこの街に来たのは、それをはっきりさせる為だったんだとセロンは、今、分かった気がした。
シェルクお兄ちゃんは、やっぱり、尊敬する兄だとセロンは、改めて感じた。
正午近くなった。セロンは、しばらくの間、部隊の指示の元、街の復興の手伝いをしていた。自分もグロウ族との争いに参加して、街を破壊した当事者になってしまい、街の人々に何か気遣うような声掛けを出来る立場ではないけれど、せめて償いとして出来る限りの力は尽くさないといけないと思った。
もうすぐ、出発という時間帯になると、配り忘れていた友情の証を知り合った人々に配った。保護施設の子供達やフィルゲートおばさん、少しでも会話した人達に渡して回った。結構な数渡したので、これから行く街での分が足りるか心配になって来た。何処かで追加で作らなきゃいけなくなると思った。
宿舎で旅の支度をして、正面口から出たところ、今までずっと不在だった宿の主と鉢合わせた。小さな女の子と一緒にいる。
「今まで何処に行ってたんだ?」
あっくんが最初に口を開いた。
「実は、娘が貴族に連れ去られて、どうにか助け出そうと奮闘してたんで」
宿主が、やつれた顔で答えた。
「言ってくれれば力になったのに」
セロンは、宿主のことを時折気にしていたので、力になりたかった。
「そんな余裕は、なかったんだ。娘を失ったらどうしようかと、必死で、必死で……。けど、何とか無事、娘が助けられて、はぁ~、安心したよ」
宿主は、疲れ切っていた。手で額の汗を絶えずぬぐっている。
「宿代は払わなくてもいいのか?」
「構わねぇ。今はゆっくり休みたいんだ。宿も無事みたいだし、それだけでよしとするよ」
宿主はとぼとぼと宿の中に入って行った。〈宿屋アルティメット・コンフォート〉という看板は少し曲がっている。セロンは、宿主の娘と軽く挨拶をして、二人に別れを告げた。
街は壁が崩壊していて、何処からでも出られる状態だった。けど、セロン達は、出口があったと思われる大きな通りの道から発つようにした。出口の先に馬車と兄のシェルクが待っている。セロンは、馬車と御者を今まで完全に忘れていた。だけど、あっくんが被害にあわないように取り計らっていたみたいだった。
「もう行くんだね?」
シェルクがにやけ顔で訊いて来た。
「ああ、そうだ」
あっくんが答えた。
「セロン、おいらに訊きたいことがあったんじゃないの?」
セロンはハッと思い出した。そうだった。あの『会議』のこと訊いておかないと。怖いけど、今訊かないと次いつ聞けるか分からない。
シェルクお兄ちゃんは何に賛成したんだろう? 確か、『セロン自身に決めてもらう』が三人で、『小さな町で暮らす』が二人、『多くの犠牲を引き換えにする』が一人、『何もしない』が一人、『セロンに犠牲になってもらう』が三人……だった。
「……シェルクお兄ちゃんが会議で何に賛成したのか知りたいんだ」
セロンは緊張して尻尾を振るわせながら訊いた。あっくんは見守っている。
「ん~? 何の会議?」
「……僕を……セロンをどうするか多数決を取るって言っていたの。白竜の住処の後ろにある集会所で会議しているのを立聞きしちゃったんだ……」
シェルクは、目を瞑り、頭を傾けて、思い出そうとする素振りをしていた。セロンは、身を固め、静かに待った。風が一吹きした頃、シェルクは、「あ~」と声を上げて、セロンの方を見た。セロンは、息を飲む。
「思い出したよ。皆で集まって会議したね~。欠席もいたけど。それで、おいらが何に賛成したかだったね~」
「うん」
シェルクは、頬を吊り上げて不敵な笑みを浮かべた。セロンは瞬きを何度もした。
「おいらは、小さな街で皆で暮らしたいって思ったよ。だって、街を造って暮らすなんて楽しそうでしょ~」
シェルクは軽い口調で答えた。セロンは、ほっとすると同時に、シェルクお兄ちゃんならそう思ってくれるよねと納得した。
「どう? 納得のいく答えだった?」
「うん、教えてくれてありがとう。シェルクお兄ちゃん」
セロンは微笑んで答えた。シェルクも頷いてくれている。
「用は済んだな。出発するぞ」
あっくんが待ちくたびれたように腰に手を当てて言った。
「シェルクお兄ちゃんはこの後どうするの?」
「おいらは、少しばかり街に残って、世話役がいない子供達の世話をするかな~」
「また近いうちに会える?」
「きっと会えるよ~」
シェルクはニコニコして答えてくれた。セロンは、強い味方を得た気分で、心強かった。
それから、セロン達は、シェルクに別れを告げて、馬車に乗り込み街から出発した。
シェルクは、セロンが見えなくなるまで手を振ってくれていた。徐々に街が見えなくなってくる。セロンは、日記帳を取り出し、竜の爪のような形のペンで、街での出来事を書き綴った。
この「安らぎを渇望する街」では、白竜を知っている人が少し居た。シェルクが街に来て遊んでいたみたいだった。白竜を知っていてくれれば、僕が誰かを助けた時に認知してくれて、白竜は優しいと知ってくれると思う。けど、僕は結局この街でそれほど誰かの役に立てなかった。むしろ、助けられない人の方が多く、自分の力の無さを痛感した。
それに、世界一優しい竜になりたいって目標を掲げて、躍起になっていたけど、アルマさんの話を聞いて、そんなに簡単じゃないと、しみじみ感じた。誰にとって優しいのか。アルマさんはそう言っていた。誰かに優しくしたら、それ以外の誰かには優しくない可能性がある。誰でも考え無しに助ければいいって訳じゃない。これからは、優しさの影響についても考慮していこう。
二つ目の街を旅し終えた。まだまだ、旅は始まったばかり。どうやら人が争いで死ぬのは珍しくない世界みたいだけど、僕が手の届く範囲に人がいるなら、出来る限り助けたい。
セロンは、馬車に揺られながら、街のあった方を眺め、そう決意を固めていた。
第2章終了です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
まだまだ、不足してる所が沢山ありますが、こつこつと上手くなって行けたらなと思います。
ありがとうございました。




