第80話 「街長の末路」
セロンはシェルクに訊きたい話があったのに、「ちょっとトウシ? とセロンに見せたいものがあるんだ」とシェルクは告げて、飛び去ってしまった。セロンは、仕方なく、あっくんと合流するのを優先する。街の中心付近に射していた光はもう既に消えていたので、あっくんの作業は終わっていると思った。
上町の階段を降りて、下町の広場に戻ってみると、光が刺していた以前よりもずっとひとだかりが出来ていた。以前は、銀色のオブジェがあった所に、大きな穴がぽっかりと開いていて、人が落ちないように柵で覆われている。あっくんの姿は無かった。
セロンが、宿屋に向かう方の道に目を向けてみると、あっくんが静かに歩いて来る。
「あっくん、もう作業は終わったの?」
「ああ、まだ穴は塞いでないが、後は部隊に任せてもいいだろう」
あっくんは大したこと無いような口ぶりで言った。
「どうやって消したの?」
「魔法アイテムを使ったんだ。それより、セロン。お前の為のpマナリスを確保したぞ。だから、来てくれ」
「ほんと? 何処にあったの?」
「無意味な螺旋の塔の上だ」
セロンはその場所が何となく分かった。すんなりと納得できた。
少し経って、セロンは、あっくんについて行って、宿屋の前まで戻っていた。あっくんが、建物の裏の方に行ったと思ったら、今度は、片手で肩に担ぎあげるように大きなPマナリスを持って姿を現した。セロンは前貰ったのと比べると、大きさに歴然たる差があって、度肝を抜かれていた。一人の大人くらいの高さがある。
ドシンッと音を立てて地面に置くと、あっくんは、セロンに吸収するように促した。
セロンは、大きなPマナリスに手を触れて、目を瞑り、吸収するイメージを作った。マナリスは眩い光を放ち、セロンの身体に吸収されていく。セロンは目を開けた。
自分の目線が少し高くなったような気がした。地面を見ても、前より少し遠く見えた。セロンは顔を上げて、あっくんに疑問を投げ掛けた。
「マナリスを摂取すると成長できるの?」
「ああ、自然な成長とは違った仕組みでな」
セロンは、嬉しい気持ちが込み上がって来た。マナリスを摂取し続ければ、いずれ僕も兄弟のような立派な白竜になれるんだと思うと、明るい希望が持てて来た。
空から大きな影が陽の光に当たって、地面に淡い影を作り始めた。セロンは見上げると、シェルクが飛んで、ゆったりと降りて来た。傍らに着地するのと同時に、手に抱えた物体を投げ出す。その細長い物体はドテッと鈍い音を立てて地面に横たわった。セロンは面食らったように固まる。
「おいらが、友達を助けに行ったときに邪魔してきたから、遊んであげたけど、この人誰だか分かるかい?」
体中がズタズタに引き裂かれ、手足があらぬ方向に折れ曲がってる。泥と血にまみれて、元の色がなんだか分からない程、汚れている。それでも、この人がグロウ族だというのは分かった。
「死んではいないと思うよ。かなり魔法に自信があるみたいだったからね~、このくらい潰しても回復力はあるはずだよ」
グロウ族は、強く握られたみたいで、やけに小さく纏まっているように見えた。あっくんはそのひしゃげた体をまじまじと見るようにしゃがみ込んだ。シェルクはけたけたと笑っている。
「何処にいたの?」
セロンは、目の前の哀れな人物を気にかけながらも訊いた。
「ああ、そうそう、あっちの方の入り口……って言っても、もうないけど、その奥の森の中に面白いものがあるよ。こいつはそこに居たんだ」
シェルクは、にやけ笑いを浮かべて言った。
「森の中?」
セロンは声が大きくなった。
「うん、『この天候で私は無敵だ』とか言って、鬱陶しいくらい雨風を集めるからさ~、びしょびしょでげんなりしたよ。こいつが気を失ったら、雲と一緒に流れて、穏やかになったみたいだけどね~」
シェルクはやれやれと言わんばかりだった。
「そうか、こいつはランデール、いやゲイルか」
あっくんが納得したように呟いた。セロンに衝撃が走る。
「ランデール!」
セロンは思わず声が張り上がった。
「あれ、なんかダメな人、やっちゃった?」
シェルクはとぼけるよう訊く。
「いや、そんなことはない。むしろ手間が省けて助かったよ」
あっくんがシェルクに向かって答えた。
「え~、ほんと? それらな、ご褒美貰わないと~」
シェルクはせがむような視線をあっくんに向けた。
「金貨百枚でどうだ?」
「そんなものじゃなくてさ~、今度何かあったら、おいらに手を貸してくれない?」
「貸しってことか……」
あっくんとシェルクが他愛も無さそうな会話をしている時、セロンは、ぼろきれのような姿になったランデールをしげしげと観察した。
仮面が取れたランデールの素顔は、アルマさんと同じで猛禽類だった。尖ったくちばしはだらりと開かれ、目は白目を向いている。あれだけ、恐ろしかったランデールが、くしゃくしゃに横たわっているのを見ると、心の奥で憐れみが生まれて来る。
グロウ族の救世主だった彼は、一人の白竜によって、あっさりと野望を捻りつぶされてしまった。あっけない。実にあっけない。セロンは、しみじみと感じていた。
ランデールを引き取った後、セロンとあっくんは、治安維持部隊のフィルズの元へ向かった。シェルクは、また何処かに忙しそうに飛んで行ってしまった。
「なるほどな、こいつがゲイルか」
フィルズは、くたびれて横たわっているランデールをしげしげと眺めて、低く呟いた。
「森の中で、惨たらしい悪行をしていたそうだ」
あっくんが淡々と述べた。
「それについては、部隊の者を森に向かわせよう。しかし、これで竜の名を持つ殺戮者『轟嵐の竜ゲイル』は片付いたわけだ。『OC』の言っていた通り、順調だな」
フィルズは、感心したような目をあっくんに向けた。あっくんは、しっくりと来ていないようだった。
「それで? 貴族爆破の方はどうなったんだ?」
「そのことでだな、新たに分かったんだが、被害者の血族も巻き沿いになってほぼ全滅したと言ったろ? それが、その時偶然、子供や一定数の大人は、少し離れた施設に居たみたいで、難を逃れていたんだ。別の催しを開いていたらしいんだが、奇妙なことに、わざわざ分かれる必要があったのか聞いても、理由がはっきりしないんだ。まあ、不幸中の幸いだというわけだが」
セロンは、フィルズの話を聞いて、偶然ではないような気がした。アルマさんは、子供や見逃してもいいと思った大人を、安全な場所に避難させたのかもしれない。根は優しい彼女なら、きっとそうするだろうと思った。
「ねえ、人を殺めた人は、捕まったらどうなるの?」
突如、疑問が湧いてきてセロンは、フィルズに訊いた。
「監獄に送られるな。そこで、罰を受け、悔い改めてもらう」
「みんなそうなの?」
「いや、厳密に言うと、治安を乱す極悪な思想や精神を持つ者がその対象だな。それ以外は、事情徴収し、保護観察や公正な処置を行う。でなければ、こんな争いが日常茶飯事な世界だと、きりが無いし、我々は自分を捕まえなきゃいけないことになる」
だとしたら、アルマさんは、そこまで酷い罰を受けるわけじゃないのかもしれない。セロンはホッとした。人を殺めるのは、ダメだと思うけど、相手が極悪人で、打ち倒すしかないなら、そうせざるおえない場合もあるんじゃないかなと思った。力の強い者であれば、何してもいい世界なら、なおさらそうだと思った。
「だが、どうして強い魔力を持つ貴族達が爆発だけで、あっさり殺られたのかは分からずじまいだ」
フィルズはお手上げだと言うように両手を上げた。セロンは、その言葉に反応する。
「原因かどうか分からないけど、爆発した場所の辺りに沢山物質Pの破片が落ちてたよ。見えないから誰も気づいてないけど」
「本当か!?」
フィルズとあっくんは食いつくように驚いた。セロンは、予想以上の反応に尻尾を跳ね上げた。
「うん、感じ取れたし、実際に手に取ってみたから間違いないよ」
「なるほどな、どうりで、魔法に熟達した者があっさりと葬られるわけだ」
「死体がずたずたになっていたのも、それで説明がつくな」
あっくんとフィルズは意気投合して納得しているようだった。セロンにはいまいち理解が出来ない。
「しかし、そうなると、物質Pを知り、扱える者が関与していることになるな」
「ああ」
フィルズが険しい顔つきをしていた。あっくんもただ事では無さそうな深刻な表情をしている。セロンは、アルマから受け取った丸い爆弾を思い出した。巾着袋に入っているので、取り出して見せる。
「これ、爆破に使われたアイテムだと思うけど、処分してもらえる?」
セロンはフィルズに差し出した。フィルズは目を丸くする。
「何処で手に入れたんだ?」
「アルマさんっていうグロウ族の人が処分してほしいっていうから受け取ったの」
白銀色の爆弾を受け取ったフィルズは、じっと観察していた。あっくんは、疑念の籠った目をセロンに向ける。セロンはあっくんと目を合わせなかった。
「こちらも後で、分析してみよう」
そう言って、フィルズはその場を後にした。
「セロン、話がある。重要な話だ」
フィルズが去った後、あっくんは、いつになく真剣な表情をセロンに向けて、そう切り出した。セロンは何を言われるんだろうと、どぎまぎした。




