第79話 「アルマの本当の望み」
「どうしてそんな酷い言い方するの?」
セロンは、動揺しつつもアルマに訊いた。
「貴方の考えが、いかに破綻しているか分かってないからよ」
セロンはピンと来てない顔をして、黙ったままだった。
「貴方は、貴族の平民を所有して使役したいっていう望みを叶えてあげられるわけ? 貴方は、平民の貴族を排除したいという望みを叶えてあげられるわけ?」
「そんなの無理だよ」
「ええ、無理でしょうね。けど、優しいっていうのはね、その人の欲求を叶えることなのよ。しかも、いま挙げたような、そんなに分かりやすい区別なんかじゃない。もっと複雑に入り乱れてるの。貴方が、いくら自分の理想の優しさを押し付けようとも、それを望まない人は幾らでもいるのよ」
「……けど、みんなが望んでいる優しさもあるでしょ」
セロンは自信なさげに視線を落としながら訊いた。
「まだ分かってないのね、貴方は。私がどうして、こんな過激な作戦に出たと思ってるの?」
セロンは答えられない。
「血族、そして同族の為よ。魔法使える使えない関係なく、嫌みな目で見られ、酷い仕打ちも受けた血族、世界の情勢に太刀打ちできず、僻地でひっそりと暮らすことしかできない同族。グロウ族の皆の為よ。
この街を支配し、全ての主導権を握って、グロウ族の立場を確立する。それが私の役目であり、それを実現するためなら、他の人々がいくら犠牲になっても構わない。貴方は、そんな私、私達の望みを叶えて来る? 優しくしてくれるわけ?」
セロンは身じろいだ。アルマの言葉に自分の浅はかさを痛感した。アルマの言いたいことが分かった。
「……グロウ族の立場なんて考えてなかった。ごめんなさい」
「分かった? それなら私を止めるような真似はしないでよね」
アルマは背を向けて、自分の目的を果たす為に足を踏み出そうとした。セロンは慌てた。
「それなら、どうしてロウさんと仲良くしていたの? どうして子供を助けてたの? グロウ族でもないのに」
セロンは、アルマがロウや子供達のようなカルレン族を助けた事実と今言っていた話が合わないので、腑に落ちなかった。本当にグロウ族の為だけなのだろうかと訝しんだ。
アルマは立ち止まった。何か考えているように見えた。
「……哀れに思ったからよ」
アルマは静かに小さく答えた。
「なら、アルマさんが貴族を皆殺しにする役割を担っているのはどうして? グロウ族の為なら、他のグロウ族が実行してもいいでしょ? 子供も助けてくれるアルマさんがどうして過激なことを?」
なんでグロウ族の中でも優しそうなアルマさんが、残虐な役割を担っているのか分からなかった。
アルマは何か思いを巡らせている様だった。やがて、振り向いて、辛そうな顔をして答えた。
「それが私の欲求だからよ。私の価値の証明。誰にも理解してもらえない、私自身の望みなの」
「だけど……」
アルマは右手に付けた手袋を外し、セロンに示した。
「血族は皆、魔法を使えるけど、私は、風の魔法を使えないの。これに頼るしかないのよ」
アルマの声は、沈んだような悲しい響きが籠っていた。セロンはハッとする。
「……そうだったんだ。それじゃあ、アルマさんだけ仮面を付けてないのもそれが理由なの?」
「そうよ。私だけ、他と兄弟とは違う立場だからよ。なのに、グロウ族は皆貴族みたいに思われてる。当然のように魔法が使えるってね。酷く居心地が悪かったし、何とか貴族らしく振る舞わなければいけなかったわ。惨めだったのよ。だから、私にだって価値があると示したかった。私が爆破の実行役を進んで受けたのよ」
セロンは、アルマさんの気持ちが良く分かった。兄弟とは違う、それは、セロンも同じ。自分と同じ立場なんだと共感した。
「それなのに……。しっかりと役目を全うしたはずなのに……、満たされないのよ。いい気もしないし、虚しさが込み上げてくる……」
アルマは、俯いて、首を横に振り、悲壮感を漂わせていた。
「後悔しているの?」
「違うわ」
アルマはきっぱりと否定した。
「血族とは違うっていう私の運命は、何をしても変えられない。どうしようも無いものなんだって思い知ったのよ」
アルマは涙目を浮かべていた。セロンも同情して、沈んだ気持ちになって来た。僕が何をしたところで、他の白竜の兄弟とは違うから、孤独で虚しくなるのかなと悲観的な気持ちになった。
「そんなに難しく考えなくてもいいのに」
突然、聞き覚えのある軽快な語り口が後ろから聞こえて来た。セロンが振り向くと、ぬっと路地の角から顔を出す兄、シェルクの姿がそこにあった。含み笑いのような笑みを浮かべている。
「シェルクお兄ちゃん! どうしてこんな所に?」
全然、音もせずに現れたシェルクにセロンは驚きを隠せなかった。
「どうやらね~、おいらが街に入っても咎める人が居なくなったみたいだからね。簡単に入れたよ」
シェルクは呑気な声で答える。
「白竜……」
アルマは小さく呟くように声を漏らした。
「そうそう、それでさ~、君、難しく考えすぎじゃない?」
シェルクはアルマを指して言った。
「な、何が難しいわけ?」
アルマはシェルクに指摘されて、動揺を隠せずとも訊いた。
「いや~、おいらは白竜だけど、そんな運命とか使命とか考えないで、自由に生きてるからさ~、君はもう少し羽根を伸ばした方がいいんじゃないと思ってね~」
シェルクは、クククっと笑いながら言った。
「貴方のようには私は……」
アルマは弱った表情になる。セロンの巾着からスクミ―が顔を出した。
「ミーも、外れ者でしゅが、何も気にしてないでしゅし、むしろ気楽で楽しいでしゅね」
二人がアルマさんを励まそうとしている。セロンは、嬉しい気持ちになって来た。
アルマは、困ったような苦い表情をしている。
「自分だけ魔法が使えないなんて惨めでしょ」
苦しい言い訳のような言い方だった。
「そうかな~、魔法を使えないけど、魔法を使えるヘタレよりも、大事なものを立派にずっと守っていて、優しいことに、そんな罪深いヘタレを許してくれた人を、おいらは知ってるよ~」
シェルクは続ける。
「それにね~、魔法が使えない人の方が、ずっとまともな人が多いし、優しい人が多いね~。おいらは、そういう人の方がいいな~」
アルマは気圧されたように押し黙っている。思い悩んでいる表情だった。
「あ~、あと、魔法が使えなかった者もそうだね~」
シェルクはセロンの方を見てウィンクをした。セロンは、あっと思い、アルマさんに自分が言える言葉を紡いだ。
「ぼくも魔法適正が無いと思ってたけど、実は特殊なマナリスに適性があるって最近分かったんだ。だから、アルマさんももしかしたら、そうかもしれないよ」
アルマは、黙って聞いてるようだった。何か物思いに耽っているようで、葛藤しているようだった。
それから、黙ってよれよれと背を向けて、歩き出して行った。セロンは呼び止めようと前のめりになると、シェルクがセロンを止めた。セロンはシェルクの方を見ると、首を横に振っている。
セロンは、へッと口を半開きにして、アルマの方を向いた。アルマが大きな通りに差し掛かった時、いきなり子供の声が聞えて来た。
「あ、アルマお姉さんだ!」
アルマが左の方を向いて驚いている。左側から、子供達が十人程、団子になってやって来た。アルマを取り囲むようにしている。スティアの保護施設の子供達だ。
「あなた達、どうしてこんな所に? 上町の方は危険だって言われていなかったの?」
「もう、そんな危険でもないよ」
一人の子供があどけなく答えた。
「アルマさん。ロウさん、何処に行ったか知ってる? 出かけていから戻って来てないんだよ」
子供が無邪気に問いかけていた。セロンは胸が苦しくなった。子供達はまだロウさんが生きてると思ってるんだ。
「ロウさんは……、彼は、もう自分の故郷に帰っちゃったみたいよ」
アルマは曖昧な答えを告げた。
「えっ、そうなの? お別れも言えてないのに……」
「ロウさんは、僕たちの為に色々としてくれたから、きっと疲れたんだよ」
「それじゃあ、アルマさんにお願いしよう。私たち、夕飯の支度が分からないから、来て手伝って欲しいんだよ」
「あなた達ね~、私は、いい人なんかじゃないのよ。むしろ、悪い人なのよ」
アルマは、必死に子供達から逃れようと、口実を述べている。しかし、子供達は、彼女の手を引っ張って連れて行こうとしていた。
「ちょっ、ちょっと待って。待ちなさいって!」
アルマが少し語気を強めても、子供達は怯みもしない。
「ちょっ、セロンさん!」
アルマが急にセロンの名前を大きく呼んだ。セロンは、路地から姿を現す。
「これ、受け取ってくれる?」
アルマは、子供達の手に届かない位置に、白銀色の球体を上げて、セロンの方へ投げた。セロンはそれをキャッチする。セロンはその球体が爆弾だと気づいていた。以前、アルマがセロンを助けてくれた時、麻袋の中で嗅いだのと同じ匂いで、現場でも同じ匂いがしたから。それに、中に物質Pが入っているのが感じ取れた。
「部隊に渡して処分してもらえる?」
「えっ、けど……」
「もう、いいのよ。私の負けだわ」
「それなら……、分かった」
セロンは頷いた。
「あっ! 白いふわふわだ!」
子供達の何人かセロンに気づいて、手を振り始めた。セロンはニコリと笑って手を振り返した。シェルクも横に立っていて、愛おしそうな目で手を振っている。セロンはシェルクの方を見ると、シェルクは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あ、それと」
アルマが少し離れた所から振り向いた。
「子供達の世話が済んだら、自白しに行くから、安心して」
アルマはすでに穏やかな表情になっていた。
「え、アルマさん、好きな人に告白するの?」
子供の一人が冗談ぽっく言う。
「違うわよ! も~、貴方たち私を何だと思ってるわけ?」
アルマはムキになってやんわりと怒ったが、すぐに表情が崩れた。子供達の笑い声とアルマの弾んだ声が聞こえて来る。
セロンは、遠くからアルマと子供達の姿を見送っていた。やっぱり、アルマさんは本来、真面目で優しい人なんだなと確信が持てた。そして、これがアルマさんの本当の望みなんじゃないかなと思った。
前、会った時よりもずっと、楽しそうだし、自然と笑っているんだから。
仲慎ましく、まるで、やさしい先生と活発な生徒のような関係で、平和な日常に見える。セロンにとっては、眩しくて微笑ましい光景だった。




