第75話 「大爆発」
街の様子が一望できる、一番高い塔の上でトウシは、取り外し作業をしていた。そこは、螺旋状の塔で、目の前には、透明な宝石に金の渦巻が装飾された、特に用途もなさそうなオブジェが吊るされている。享楽でしか考えられないような建築物にトウシは、やれやれと思いつつも感心もしていた。
遠くでは、まだ、争いの破裂音や怒声が籠った音となって聞こえて来るが、激しくはない。嵐の不利条件でグロウ族と戦うのと比べると、大人と子供ほどの差がある。部隊が低位貴族を鎮圧するのは時間の問題となっていた。
少しばかり、戦闘に参加した時は、拍子抜けにも程があった。貴族達は、自信満々に魔法を放つが、部隊を殺傷できる威力は無く、精度も低い。宴の余興のようなへんてこりんな魔法だった。恐らく、実践どころか対人訓練すら経験が無いのだろう。
援護する必要はないと判断したトウシは、怯えて腰が引けている貴族の横を通り過ぎた。混乱に乗じて、Pマナリスを回収するのに専念したのである。街長のランデールを探そうとも思ったが、そう簡単に見つからないので、後回しにした。
そして、今塔に居る。柱が三本、オブジェを囲うように立っている内側である。透明な宝石みたいなPマナリスが、鐘か灯台の灯りのごとく我が物顔で居座っているが、正直何の役にも立っていない。上の付け根の留め具を外して、とっとと失敬してしまおうと思った。トウシの方が有効活用できるのだから。
螺旋状の外階段の下から誰かが登って来る足音が聞えた。トウシは、こんな場所に、このタイミングで何者かと、警戒心を高めて階段の方を見た。黒いフードで顔を隠した人物だった。
黒いフード? トウシは、さらに警戒心を高めて、様子を窺った。
けれど、黒フードの者は、トウシには目もくれず、足場の縁を歩き、街の中の方を静かに眺め始めた。
「作業しているとこ悪いね。ここが特等席なもので」
黒フードは、目線を街に向けたまま、低い声で世間話をするように話しかけて来た。
「死神か?」
トウシは、彼に最も心当たりのある質問を投げた。見た目と声から男性だと判断した。
「そんな大そうな存在じゃないよ。僕はただ、祝いの宴を見物に来ただけだ」
「そんな呑気な状況ではないと思うが?」
「……まあ、そのうち分かるよ」
黒フードは呟くように答えた。言葉の真意は分からないが、トウシは、関わる必要は無いと思い、最後の留め具を外して、オブジェを足場に落とした。
それと同時だった。
ドーンと空気が張り裂けるような爆発が起きた。耳をつんざくような轟音が一瞬で街をかけ巡る。トウシは、何事かと、爆音の方を覗く。少し離れた、上町の中央付近。その近くの黒い塔が爆発によって消し飛んでいた。荒々しい地響きを鳴らして、棟が崩れ落ちていく。甲高い悲鳴が雪崩のように聞こえて来る。
部隊がやったにしては見境ないと思った。
「お前が仕組んだのか?」
そう訊いて、黒フードのいた方を振り向いたが、そこにはもう誰もいなかった。
また問題事かと、落としたオブジェに寄りかかりつつ、騒動の先を見ていた。下の方でも人々がざわざわと道に飛び出してきている。辺りを囲う柱の一つが細く抉れ、ひびが入っていた。爆発前は無かったような気がした。爆破で飛んできたのだとしたら、その威力に驚かされる。
トウシは、事態の把握に向かうことにした。大きくてがさばるので、Pマナリスのオブジェはそのまま、螺旋の塔の上に置いておいた。
爆発があった近くの広場まで、来ると、騒然とした空気が辺りに満たされていた。顔を手で覆う者、膝をつく者、腕を負傷したのか、苦悶の表情を浮かべる者、唖然と立ち尽くす者、混乱している者、何が起きたか分かってない者など、貴族には相当応えるものがあったらしい。
爆破された棟は、見るも無残に大破していた。周辺の建物にも、爆破による瓦礫が直撃し、被害を受けていた。基本は石造りだからなのか、火災は起きていない。
瓦礫の中からフィルズが潰れた遺体を運び出している。トウシは何があったのか訊きに行くと、フィルズは険しい顔をして、首を傾げた。
「私達も今対処にあたったばかりで、爆破が起こった原因は、分かっていない。今分かっているのは、かなりの貴族が死亡したということだ。『金の星バッチ』を付けた貴族が七名、『銀の星バッチ』を付けた貴族が三名、ズタズタに形も維持できぬ状態で発見された。恐らく、あの爆破した黒い棟の中に居た者達だろう。それと、その真下付近にあった迎賓館と呼ばれる建物も大きく潰れ、かなりの被害が出ている。中には、多くの者がパーティーに参加していたらしく、相当数が瓦礫の下敷きになっていた」
フィルズは、チラリと黒こげの瓦礫の山を見て、訝しんだ。
「納得いってないような顔だな」
「まだ、調査中だが、腑に落ちない点があるんだ」
フィルズは腕を組んで難しい顔になった。
「というと?」
「『金の星バッチ』を付けているのは実力のある魔法士だそうだが、建物が爆発しただけで呆気なく死ぬというのは、不自然じゃないか? 熟達した魔法士なら、全員とはいかないまでも身を守ることはできるはずだ」
「熟達しているならな。だが、ここの街の魔法士は魔法の扱いが未熟だ」
下位貴族のお粗末さを見て、トウシは、同等なら何の対処も出来ないと思った。
「だとしても、体がミンチになっているのは不可解だ」
「誰かが特殊な爆弾を仕掛けたと?」
「それは分からない。いずれにしても調査中だ。だがな、私は、大きな力が働いている気がしてならないんだ」
トウシは、フィルズがここまで真面目に懸念するのは、珍しいなと思った。何時も人任せで大した気にしないんだから。
「お前ら侵略者は、何処まで非道なんだ!」
突然、広場の端側に居た貴族の男が憤然と叫んだ。その声を皮切りに、周りにいた貴族達も同調し、非難の声が広がり始める。完全に治安維持部隊が爆破したのだと思い込んでいる。
「まったく、言いがかりもいいとこだ」
フィルズは貴族達を一瞥して、ため息をついた。
「とにかく、事態の収拾にかかる。お前も何かあったら報告してくれ」
トウシは軽く頷き、フィルズは、のろのろと立ち去った。部隊の者に指示を出し始めている。
一人になったトウシは、ふと目の前にキラリと光る土色の石を見つけた。黒焦げになった残骸の中にある。
黒い皮の手袋でそれを手に掴んでみると、土のマナリスだと分かった。綺麗に形が加工されて装飾品のようだ。きっと、持ち主は贅沢を貪っていたのだろうとトウシは呆れ返って、そのマナリスを元の場所に捨てた。




