第74話 「竜の祭壇」
「さあ、保護施設はこの中ですよ。中に入りましょう」
ロウは陽気に両手を明一杯の広げながら、微笑んでくる。
セロンは、なるべく息を止めていたかった。信じたくなかった。裏切られた気持ちになり、じっと立ってロウの方を見ていた。
「ロウさん、本当にこの先に保護されてる人がいるの?」
セロンは、悲しい気持ちで静かに訊いた。
「入って見てみれば分かりますよ」
ロウは笑顔を崩さない。軽快な足取りで、大きな岩穴の入り口に入って行った。けれど、セロンには分かった。感じ取れた。ロウが緊張を包み隠しているのを。
セロンも真実を知りたくて、ロウに続き中に入った。
岩の洞窟の向こうは、大きく不気味な空間が広がっていた。保護施設なんてものじゃない。
「さあ、どう? この場所は? 僕たちが街を造るのに恩恵を受けた場所なんだ」
ロウが、中央の先にある祭壇らしきものの前に我が物顔で立った。後ろに大きな竜と思われる石像が見る者を威圧している。天井の一部は、大きく開いていて、薄曇りの空が見えていた。辺りは、淀んだ空気が漂っている。
「保護された人は何処?」
セロンは冷たく問いただした。
「どうして、僕を邪険にするんですか? 取りあえず、落ち着いて話し合いましょうよ」
「ランデールに加担していたんでしょ?」
「落ち着いてください」
「どうして? 嘘ついていたでしょ?」
「大事な時だったんですよ」
「僕に嘘をつく必要はあったの?」
「いいですか? 良く聞いてください。確かに私は嘘をつきました。認めましょう。しかし、ランデール様は、悪くないんです。悪いのは、貴族達なんです。ランデール様は、苦しむ皆の為に、心を鬼にして、街長としての振る舞いを見せていただけなのです。その先に崇高な目的があるんです」
「怯える人を殺してまで?」
セロンは顔をしかめて、冷淡に訊いた。
「大きな目的の為には、多少の犠牲はつきものです。それに、セロンさんなら分かってくれますよね? あれだけ施設の為に何とかしようとしてくれたセロンさんなら。白竜の貴方なら。図に乗った悪は成敗されるべきなのを。分かってくれますよね? 皆が仲良く暮らせる街になれば、どんなに素晴らしいかを」
「……何が言いたいの?」
「理解してほしいのです。私達の信条を。そして、共に目指して欲しいのです。平和で平等な世界を。心優しい者が安心して生きられる社会を」
ロウは、熱い眼差しで、セロンに手を伸ばし、握手を求めて来る。セロンは近づかない。まだ聞いてないことがある。
「女の子は? 行方不明になった女の子、ティールは何処にやったの?」
「はい、正直に言いましょう。あの子は処分しました」
「処分した?」
セロンは唖然とした。
「はい、貴方も知っているじゃないですか。あの子達は、問題児なんですよ。その中でもティールは魔法の適性があるんです。処分しないと。大人になったら、調子に乗って、貴族と同じように善良な平民を虐げるに決まってるじゃないですか?」
ロウは、当然かのように熱弁した。
「人が忽然と消える問題の犯人はロウさんだったんだね……」
セロンは、喉を詰まらせつつ呟いた。
「はい、そうですよ。私がその素晴らしい任務を務めさせていただきました。忌々しい魔法使いを処分したんです。すばらしい任務じゃないですか?」
「ランデールも魔法使いでしょ!」
セロンは小さく息継ぎをしつつ強く反論した。
「ランデールさんは特別です。信頼のおける魔法使いです」
「……言ってることが無茶苦茶だよ。訳が分からない……」
セロンは、視線を落とし、絞り出すような声を出した。
「理由を知りたいなら教えてあげますよ。左手の奥の部屋に行ってみて下さい。私は、よく考えました。私は、よく努力しました。私は、決めました。そうです、これは使命なんです」
そうロウは告げると、後ろを向き、竜の像を感慨深そうに眺めていた。セロンは、左の部屋に向かってゆっくりと重い足取りで歩き出した。もう、察しはついていた。なるべく、息を吸わないようにする。
左の部屋に行くには、細くなった岩橋を渡らなければいけなかった。その下は崖になっていて、底が暗くて見えない程深い。どういう意図で掘られたのか分からないが、中央の広間を取り囲むように掘られているのである。右側の部屋も同じで、特に、竜の石像の後ろは、奈落の底が大きく広がっていた。
セロンは落ちないように慎重に、岩橋を渡り、部屋の入口まで来た。入り口は、岩がくりぬかれて作られており、汚れた厚布が覆い被さっている。
セロンはその幕をよく見た。そして、俯いた。ため息をついた。分かり切っていた。だけど、確認しないといけないと思った。
ゆっくりと深く息を吸って、静かに幕を捲った。
殆ど、光は入って来ていない。けれど、セロンにはよく見えた。
静かな闇の中、立ち込める臭気、どれくらいの人がここで寝ていたのだろうか。
どれくらいの人がここで暮らしていたのだろうか。
そこは、多くの人が住める居住空間になっていて、粗末な椅子や机などが投げ出されていた。壁にもたれるように、小さな影が見える。仰向けになった影も。小さく身をかがめている影も。どれも、動かず、音もしない。形もとどめていない。真っ黒だった。
悲しい気持ち、虚しい気持ち、苦しい気持ちが込み上げてくる。
セロンは手を合わせて、祈った。安らかに眠れるように。
それから、吐き気を催し、そこから出ようとした。出入り口の幕に手を掛けて、横に捲るように押す。柔らかい陽の光さえも、眩しく感じ、目を細めた。
ドーン!!!!
突然空気を切り裂くような爆発音が聞こえた。少し遠くからだ。セロンは目を見開き、爆音がした方を見た。けれど、この場所からでは、岩壁で見えない。
何があったのかと、急いで橋を渡った。ふとロウさんを気にかけ、視線を向けた。
セロンは、驚愕した。
信じられないものを見た。自分の目を疑った。




