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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第2章2節 施しの植木鉢 下

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第73話 「必要のない少年」

「どうしました。保護施設はもうすぐですよ」


ロウは普段の、と言っても、今になっては何がどう普段なのか自信が無く混乱しているが、街に居た時の丁寧な口調で声をかけて来た。


話に熱が入って、語調が不安定になっただけだよね。セロンは、そう自分で自分を納得させ、警戒心を持ちつつ、ロウに付き従った。


 案内された入り口は、森に溶け込むように巧妙に隠されていた。草木の壁に見えたものは、草を適当に絡ませて作られた大きな覆い幕で、それを(まく)ると、大きな岩がくりぬかれた洞窟になっていた。人が一人立って歩けるくらいの大きさがある。


 洞窟の中は暗いと思ったが、ずっと先の方に小さく出口があるのが見えた。白く丸く光って見える。真っ暗よりはましだが、それでも足元を見ないと(つまず)きそうになる程薄暗いので、二人はほぼ、無言でその洞窟を抜けた。


 抜けた先は、山肌の中間部分だった。岩山で、山道が山肌に沿ってなだらかに上に続いている。山肌は、蔦や大きな葉で覆われていて、遠くから見ると、岩山には見えないのだろうと思った。森が下に見えた。風は、少し強い程度で、少し前の嵐は相変わらず何処かに消えていた。セロンは、こんな隠された秘密の場所を作ってまで、人を保護するのはどういう事態なのだろうかと、首を傾げるばかりだった。


「話の途中でしたね。続きを話しましょうか」


 ロウは、先頭に立ち、山道を歩きながら、落ち着いた声を発した。セロンはその後ろをついて行く。正直、もう話は聞きたいと思わなかった。けれど、ロウは勝手に話し始めた。


「確か、最悪の魔法使いが新たに統領になった所からですね」


「うん、無理して話さなくてもいいよ」


「いいえ、貴方には是非とも聞いて欲しいのです」


「そう? ……」


セロンは気が進まなかった。ロウは、そこまで凝らなくてもいいのに、再び、不安定な震えた声で語り始めた。


「新しく統領になった者は、最悪だった。ただでさえ、建物が増えて、畑の面積も狭くなっているのに、さらに畑を取っ払い、建物を立て始めた。初めは皆、また貴族の贅沢が度を越して始まったと思った。けれど、彼の本当の狙いは違った。見栄えの為の装飾を施す訳ではなかった。もっと、残酷で、もっと彼らにとって都合のいい仕組みを作り上げる為の下準備だった。

 表面上は、平和なものだった。狩りも無くなり、魔法を使えない者達も、街の中だけの作業になったから、楽だと思った。穏やかで素晴らしい日々だった。

 その中で、異変に気づいた一人の少年がいた。少年は質素な魔法を使えない民の一族で、兄と姉が居た。粗野では無いし、実直だった。それでいて、特に優れた特技も能力も無く凡人の中の凡人だった。

 始まりは、仲のいい同じ年くらいの子が『ユートピア』に行ったという出来事から始まった」


 セロンは聞き覚えのある言葉に反応した。また、出て来たと思った。けれど、ロウは構わず先を続けた。


「少年は、その『ユートピア』というのが気になり、その子の親に訊いてみた。しかし、帰って来るのは曖昧な答えで、詳しい話は教えてくれなかった。少年は諦めなかった。自分もその『ユートピア』というのに行ってみたいと思い、情報を探ろうとした。直接訊いても教えてくれないので、話を盗み聞くことに徹底した。けれど、それで得た情報は、耳を疑うものだった。大人達は、不出来な子だったから、『ユートピア』に行けると称して、街の為に畑の肥しになってもらった、と話していたのである。少年は、絶句し青ざめた。そして、血の気が引くような危機感を感じて、もっと詳しく知っておかなければならないと思った。少年は、口の軽い子供から、その恐ろしい話の実際の段取りを教えてもらった。彼は、兄弟がその段取りをしていた時に一緒にいたのだ。」


 ロウの語りは、静かに恨みを込めるような熱を帯び始めた。


「流れはこうだ。ある日突然通達が来る。お偉い貴族様が、街の一人の家長に内密に知らせる。それで、家長に選ばれた者は、『ユートピア』に行きなさいと伝えられ、『ユートピア』に行く前に盛大にご馳走を振る舞われる。選ばれた者は、ご馳走を食べた後、よく眠り、眠った状態で連れ出される。それっきり。二度と帰って来ない。

 その子は羨ましそうにしていた。犠牲になった子は、家では厄介者扱いされていた子で、どうしてその子が選ばれたのか、話をした子は不思議に思っていたそうだ。だが、少年には分かった。それが、家のいらない者を畑の肥しにする儀式だと。

 厄介者扱いされていた者が選ばれる。それは、つまり家の中で一番いらないとされていた者だということだ。もし、いなくなって欲しいと心の内で思っている存在なら、喜んで贄にする。そうではないとしても、貴族に選ばれたのだとしたら、誰かしら一番いらない者を差し出さなければいけない。少年は、悟った。もし、選ばれて家に通達が来たら、肥しに指名されるのは、自分だと。兄は技術が高く能力もあった。姉は、父が愛でて甘やかされていた。母はあり得ない。だとしたら、必然的に自分に白羽の矢が立つと分かり切っていた。

 運命の日は、それから、半年後だった。その日の昼時に、父に話があると呼び出された。いつもよりやけに優しく、親しみのある表情で伝えて来た。お前は『ユートピア』に行くのを許されたと。少年は、準備はしていたが、いざ言われると、動悸が激しく脈打ち、平静を装うのに苦労した。けれど、父は少年の心の動きに気づかなかった。家の中は、いつもよりせわしなく壮大な料理の支度をしている。家の者は少年が逃げるなんて夢にも思っていなかった。だから、逃げるのは容易だった。」


 セロンは息を飲んだ。ロウが語る非情な話に心打たれていた。ロウの語りは、あっさりとした響きに変わっていく。


「少年は街の外の森の中に逃げ出した。予め、いつ運命の日が来てもいいように、森で生きる術を身に着けていたからだ。けれど、森はそんなに甘くなかった。猛獣に襲われる危険と満足に食べ物が見つけられない苦境に心身共に疲弊し、大した日も経たない内に、とうとう森の奥で倒れてしまった。

 けれど、次に目が覚めたのも森の中だった。力尽きたと思ったのに、また目を覚ました少年は、頭がぼんやりとしていた。そこは森の中ではあった。だが、少年が倒れた地点とは明らかに違っていた。目の前に、岩がくりぬかれて出来た洞窟があったのだ。

 少年は回らない頭で、導かれるように洞窟の中を入って行った」


 セロンは、何処を語っているのか察しがついた。


「少年は、その先で、運よく食料と水、さらには寝床まで手に入れられた。まさに、天からの恵みだった。そこで体を癒し、少年は、食つなぐ以外にも余裕ができるようになった。

 心にも余裕が出来た。次第に、街の様子がどうなっているのか気になり始め、確かめに向かった。

 初めに見に行ったのは、自分の家だった。身を隠し、陰から様子を見ていると、不機嫌そうな父や暗い顔をした兄の姿があった。母も健在だ。どうやら、畑の肥しにされたのは姉になったようだった。少年は、鬱憤(うっぷん)が晴れるのを感じた。以前までの親しみなど無く、そのまま崩壊してしまえと思った。

 まだまだ、街の観察は続けた。そして、ついに少年は、畑の肥しにされる者を目撃した。日が落ちて、深い闇夜が世界を覆った頃、暗い羽衣に身を隠し、大きな布に包まれた何かを運び出す者達が、静かに街中で動いていた。

 その者達は、周りと何の変わりのない小さな石造りの建物の中に入って行く。しばらくすると、運んだ者達は出てきた。それ以降、何も音沙汰がない。少年は、何を運んでいたのか確認する為に、その建物を調べてみた。厚木で出来た扉は、鍵もかかっていなかった。中に入ると、ただの土床の空間が広がっているだけだった。他に何もない。建物から出した形跡もないのに、運ばれていた大きな布に包まれた何かが忽然と消えたのである。けれど、少年は、ここが何処で、何が行われているのか、すぐに理解した。壁の柱の縁に赤黒い汚れが付いていた。

 それから、少年は、同じ境遇の子供が気がかりになった。心の底で、小さな()が瞬いていた。まずは、街に紛れ込んだ。畑の肥し候補になりそうな子を探した。そして、目星をつけた子に、誰もいないタイミングを見計らい、声をかけた。結果はあっさりと誘いに乗ってくれた。人は、自分の身に迫る危険を直感で感じるものだと、この時、理解した。声をかけられた子も、殆ど、自分が近いうちに処分されるんじゃないかと不安を募らせていたんだから」


 セロンは、共感し俯いた。自分も山に居る時、まさに同じ不安を募らせていたから。


「少年は、次々と隙をついて声をかけた。大抵は誘いに乗った。誘いには乗らない者もいた。そして、大人達も流石に馬鹿じゃないので、騒ぎ立て始めた。潮時だと思った。

 誘った子供達は、少年が見つけた秘密の隠れ家に招待した。食料も水も寝床もある。場所も悪くない。ここで、皆で街を造ろうと提案した。魔法が使えず、技術を何も持たない者だけで、大人に頼らないで、楽しく暮らせる理想の街を。

 子供達は、皆、賛成してくれた。各々、担当を決めて、好きなように皆の為に、知恵を振り絞った。畑、道具、家具、衣類など生活に必要なものを不器用ながら、作った。楽しい日々の始まりだった」


 ロウの話はそこで途切れた。セロンは何となく察しがついた。複雑な感情を抱きつつ、顔を上げる。もう既に森がかなり下に見えた。風が強さを増し、冷たさも帯びて来た。


 少しの間、二人は駄々と山道を登っていた。セロンも何て言っていいか分からなかった。終点が見えてきた気がする。


「ロウさん?」


 なんも言葉がつかないが、急な沈黙に耐えかねたので、セロンは呼んだ。


「ザルス様は命の恩人! ランデール様は救世主!」


 ロウが突然狂ったように声を張り上げた。セロンは、びくりと背中をはね上げる。意味が分からない。いきなり、懲らしめたい人物の名前を叫んでいる。しかも讃えている。 


「私は、役目を与えられた! それは素晴らしい役目だ! 僅かな犠牲をもって、私の兼ねてからの願いが叶えられるのだから。私は幸せ者だ! 私はよくやった! 本望だ!」


 ロウが完全におかしくなった。高笑いを上げたり、跳ねるように踊ったり、足元を踏み外しそうだ。以前の面影なんてすっかり消え失せて、別人格が出て来たようだった。


 セロンは、後ずさりする。それじゃあ、ロウさんが……。


「どうしました? もう着きましたよ」


 突如、落ち着きを取り戻し、こちらを見て来た。ロウの指す先は、大きな神殿のような入り口だった。岩山に大きく開けられていて、端正に整えられていた。両端に、何か生き物を(かたど)った石像があったが、風化していて、何だか分からない。


 セロンは、狼狽えながら、勘付くものがあり、顔をしかめた。


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