第71話 「終わらない争い」
ここは、下町の中心付近の大通り。多くの石材や煉瓦で出来た建物が崩壊して、道は瓦礫が散乱し、荒れ果てている。支道や脇道も同様だ。頬を撫でつける程度の風で、時折、雨粒が何処からか風に乗ってやって来る。争いの殺伐とした喧騒はもう聞こえて来ない。
セロンは、建物の屋根から降りて、あっくんの元まで向かった。倒れているランデールを注意深く見ながら横切り、気を失っている三人のグロウ族の傍も通る。あっくんは、コートの雨粒を払って、手足首を回していた。予想とは違って、まだ、余裕はありそうだった。
セロンは、色々と訊きたい疑問や言いたいことがあった。その中でも真っ先に、気にしているのは、ランデールの生死だった。自分が殺したのではないかと気を揉んだが、近づけなかった。セロンがランデールの方を幾度となく見ていると、あっくんは、セロンの思案を察知したように、「彼は死んでない。気を失っているだけだ」と告げた。セロンは胸を撫で下ろした。
けれど、まだ気分は晴れなかった。一応、作戦は上手くいき、戦いに勝利はした。しかし、薄氷の勝利のような気がして、素直に喜べなかった。嵐が急に収まらなければ、咄嗟に制御した物質Pが当たっていなければ、逆の結果になっていた。そう思うと、体が震えて寒気がした。
「セロン、お前はよくやったよ」
俯いているセロンにさりげなくあっくんは労った。
「……運が良かっただけだよ」
セロンは弱弱しく返した。あっくんが平然としているのが不思議で仕方なかった。
「奥の手って使ってたの?」
セロンは気になっていた。
「……どうだろうな。言えるのは、風は静まって、セロンはあいつを倒したって事実だな」
あっくんはランデールの方を見て、明確には答えなかった。
街の各地の争いは、嵐が収まったのを期に形勢が治安維持部隊に傾いた。瞬く間に鎮圧され、グロウ族は捕縛された。部隊には倒れて負傷している者がいるが、死者はいなかった。
フィルズが、広場のある方から歩いてやって来る。厳格な顔つきは一切崩れない。
「お疲れさん」
フィルズが腰に手を当て、低く深い声で二人を労った。
「そっちはどうだったんだ?」
あっくんはすぐさま訊いた。
「こっちの人質の保護は、拍子抜けする程簡単なものだった。住民達は、貴族の街への段差を上がってすぐの空き倉庫にすし詰め状態だっただけで、見張りも監視もいなかったからな」
「やはりそうか」
あっくんは腰に片手を当てて反応した。そこに、部隊の隊員の一人が擦れあう金属音を鳴らして走って来る。
「報告します。建物の損壊があり、負傷者もいるのですが、街の民は無事です。死亡者は一人もいません」
セロンは今度こそ、やっと肩の力が抜けて来た。しかし、あっくんの言葉で再び気を引き締めなおすことに。
「何か妙だな」
「ああ、そうだな」
フィルズも同意する。セロンは、何を訝しんでいるのかと考えたが、上町で訊いた怪しい会話を思い出し、単純な争いでは無いのだと考え直した。
確か、あの人は、共倒れを狙うと言っていた。けれど、実際は部隊の勝利で目論見は外れたことになる。だとしたら、次に行われる企みは……。
ランデールが目覚め、部隊の者に拘束され、起こされていた。あっくんとセロンは訊きたい話があるので、傍に寄った。
仮面が外れ、露になった顔は、アルマさんと同じ猛禽類の顔立ちで、緑を基調とした黒の曲線混じりの羽毛だった。セロン達が正面に立つと睨み付けて、不快そうな表情をする。
「我らは何も悪くない」
セロンは目を細めた。何も悪くないとは、どういう言い分なのか? 驕りが強いだけなのか。それに、唸るように答えた彼の声は、何か記憶にある声音と違っていて、妙だった。セロンは、どうもしっくり来ていなかった。すると、あっくんが出し抜けに詰問した。
「街長のランデールは何処に行った?」
セロンは、目を見開き、尻尾を吊り上げた。そうだ。やっと分かった。このグロウ族はランデールじゃない。街に入った時に一番初めに会ったグロウ族だ。
「崇高な目的の為に尽力している」
グロウ族の男は、そう一言、硬い口調で答えただけで、他には何も言わなかった。部隊の者に連れ立たれ、去って行く。
セロンは、自分が倒したのがランデールでない事実に衝撃を受けていた。あれだけ強かったのに、あれだけ必死だったのに、倒したのがランデールじゃなかったなんて……。落胆を隠せなかった。
「どうやら、この争いには何か企みがあったらしいな」
「自分達が捕まってまで?」
ランデールは影武者を使ってまで何をする気だったのか……。いや、確か、貴族はグロウ族を排除しようとしていた。そして、この争いで同士討ちさせようと計略を練っていた。それを知っていたら、わざわざ、罠に嵌るなんて思えない。わざと勝たせられた? けど、だとしたら捕まってしまうのは……。
ドンっと突然、上町と下町の境で爆発があった。
セロン達が、そちらに気を奪われていると、また一人の部隊の者が駆けつけて来た。
「報告します! 街の魔法士、貴族と呼ばれる身分の者達が、反発し、攻撃してきました!ただいま、応戦中です!」
「分かった、すぐに駆け付ける」
フィルズが即座に答えた。
「俺は、反抗する貴族共の鎮圧に向かう。先の争いのような苦戦は無いだろうが、何かあればまた頼むぞ」
フィルズはそう断りを入れると足早に駆けて行った。
セロンは、密会で盗み聞ぎした話をさらに思い起こした。もし残党が残ったら、下級貴族に片付けさせるという企み……。いま、それが始まった? ……だとしたら、まだ、何も終わってない。何も解決していない。セロンは、再び身の毛がよだつような冷たさが内から湧き上がって来た。
そうだ。まだ、ランデールすら捕まってないじゃないか。人が消える問題の糸口すら見つかってない。どうにかしないと、という衝動に駆られてきた。
「俺も、部隊の援護をしつつ、ランデールの捜索とPマナリスの確保に向かう。セロンは、事態が収まるまで、部隊の活動拠点で、大人しくしててくれ」
「どうして? ぼくもまだ疲れてないよ」
「現状、セロンができることはない。乱戦になれば、作戦も何も無いからな」
あっくんは、にべもなく答えた。セロンは、何度か抗弁を述べたが、取り合ってはくれなかった。もどかしい思いをしながら、あっくんに言われた部隊の活動拠点がある方へ向かう。
道すがら不満を感じつつ、自分にも何かできないかと頭を巡らせて、歩いていた。
争いの後の下町は、半分以上もの建物が損壊や崩壊をしていて、全体での戦いの激しさがひしひしと伝わって来た。部隊の者が被害を被った平民達の救出や治療をしている。家を壊された平民は、嘆き悲しんで、膝をついていた。
セロンは痛まれない気持ちになった。何も悪くないのに、勝手に自分達の生活区画で戦闘をおっぱじめられ、家を滅茶苦茶にされる。理不尽極まりない。けれど、セロンにはどうにかしてあげられる力も無いし、かけられる言葉も見つからなかった。そんな資格は無いと思った。
少年達が瓦礫の中を漁り、衣装箪笥を掘り起こしていた。ボロボロで汚れた服と取り替えたいらしい。けれど、箪笥も雨に晒されていたらしく、水が入り込み、中にはずぶ濡れのべっとりした服しか入っていなかった。
セロンは、スティアの保護施設の子供達が気になった。死者は出てないと言っていたので、無事だとは思うが、建物は損傷しているかもしれない。小さな子供達が多く、ロウさん一人で不安な子供達を宥められるのか心配になった。
なので、部隊の活動拠点で、ちょっとばかしの食料と毛布類を貰い、セロンは、スティアの保護施設に向かった。
保護施設は無事だった。損壊も無く、白い外壁に尖った黒い屋根と黒い板、前来て、見た時のまま、綺麗に保たれていた。
セロンが厚木の丸扉を叩くと、扉が開き、ロウさんが顔を出すのと同時に子供達が覗き込んできた。
「あっ、白いふわふわがまた来た!」
女の子の無邪気な声がして、セロンはまた揉みくちゃにされてしまった。セロンは心配して損したと思った。まるで、争いなんて街で無かったかのような振る舞いだ。
「なんか濡れてて、前よりふわふわじゃないね」
小さな男の子がガッカリしたように呟いた。誰か尻尾の毛を引っ張ってる子がいる。
「私は今忙しいのですが、今回はどういったご用件でしょうか?」
ロウは疲れ切ったような表情で、声を低くして訊いて来た。セロンは、来る時を間違えたと怯んだ。
「えっと……ちょっとした食料と毛布を届けに来ようと……」
たどたどしく、居心地が悪そうに答えた。
ロウさんは何か逡巡しているような様子だった。遠くの方を見て、腕を組み、何度か目を瞑って深い思考に入っているような。
「セロンさん、私と一緒に来てくれますか?」
長めの沈黙の後、ロウはいつもの微笑みを取り繕うように言った。
「えっ? うん、別に構わないけど……」
そう答えると、ロウは軽い支度をし、スティアの保護施設の外に出た。今まで身に着けていなかったショートソードを腰から下げている。
「子供達だけにしても問題ないの?」
「普段から子供達だけにする時間はあります。今は、セロンさんが届けてくれた食料を運びましょうか」
「少ししかないけど」
「十分です。人数も少ないので」
ロウは軽い感じで答えると街の中を先立って歩き、セロンの予想外の方向に進んだ。セロンは正直、たじろいだ。
なぜなら、ロウが向かっているのは、明らかに街の外なのだから。




