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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第2章2節 施しの植木鉢 下

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第69話 「圧倒的不利な戦い」

「魔法の練習をしたんだろ? それなら、実践で試してみてもいいんじゃないか?」


 あっくんは、静かで、単調な声だったが、冗談には聞えなかった。


「けど……」


 セロンは正直怖かった。ランデールをやっつけると意気込んで、魔法を少し練習したからって、本当に実践で使えるのか自信が無かった。それに、またあの恐ろしい魔法を前にして、太刀打ちできるのかも不安だった。


「嫌なら構わない」


 それは違うと思った。どんなに自信が無くても、戦わないという選択肢は無かった。ただ、勇気が湧いてこないので、強がりのような返事しかできなかった。


「戦うよ。僕だって意地があるんだから」


「人を殺せるか?」


「えっ?」


 セロンは言葉を失った。人を殺す……。ぼくが人を殺す……。考えたこと無かった。白竜の兄弟達なら、きっと躊躇わず出来るんだろうな……。けど、僕には出来るんだろうか……。自信がない。


「まあ、いい。戦闘になれば、いずれ、向き合う可能性があるってだけだ」


 あっくんは、あくびまじりの軽い口調だった。けれど、セロンはその言葉を深く考え込んでいた。考えずにはいられなかった。


「とにかくだ。戦うのであれば、伝えておく知識がある」


 あっくんは、立ち上がり、セロンの傍のベッドに腰かけた。セロンは思い悩んだままだった。


「おい、セロン、聞いてるか?」


「ん? うん」


 セロンは顔を向けた。取りあえず、殺人については頭の隅に追いやっておく。


「これから教える知識はこれからも重要な知識だから良く聞いておけよ」


 セロンは頷いた。


「一つ目は、さっきも話の中で言ったんだが、環境の優位性についてだ」


 あっくんは、人差し指を立てて、手首を軽く振っている。


「環境の優位性?」


 セロンはよくわからず、首を傾げた。


「魔法は、例外もあるが、それぞれの魔法と呼応する対象がなければ、発動できないんだ。だから、魔法を使える者は、常に操作対象を傍に携帯したり、あるいは、燃料など別の状態で持ってたりする。それは分かるだろう?」


 セロンは頷いた。もう既に教えて貰った話だった。


「環境の優位性とは、自ら用意しなくても、魔法で操作できる対象が辺りに存在している状態を指すんだ」


 それを聞いたセロンはビビッときた。あっくんが言おうとしている意味が分かった。


「グロウ族、ランデールは、今日の天気、強風を利用して戦えるってこと?」


 セロンは確信を持った調子で訊いた。


「そうだ。風の魔法を使える者は、風が吹き荒れていた方が、魔法をより自由に強く発動できる。さらには、魔法使用による消費する体力も少なくなる」


「それじゃあ……」


「グロウ族が敵で、今日のような嵐なら、圧倒的に敵の有利になる。もちろん、敵はグロウ族だけとは判断できないし、部隊の者にも風の魔法を使える者はいるだろう。だが、このタイミングで布告してきたとなると、やはり、この嵐を優位に利用しようとする意図が強いと感じる」


 あっくんは淡々と語っている。ほぼ、確かな事実で、セロンは、元から無い自信が砕け散るのを感じた。


「そんな……、ただでさえ、強い魔法を使えるのに、その上、相手が有利なんて、勝てないよ……」


 弱音を吐くように言った。


「ああ、まともに戦っても勝ち目はないな」


 あっくんは、何の危機も感じてないように同意する。セロンは、頭を抱え、何とか解決策を出そうとした。


「一度、撤退して、風が無い日にまた来れば……」


「敵がその対策をしてないとも思えないな。何より、敵に振り回される時間がない」


 また、時間が無い。いったいどうしてそんなに時間が無いんだろうか? あっくんはずっと言っている気がする。せっかちなのかな? セロンが理由を訊こうと思ったが、あっくんが先を続けた。


「まだもう一つ、重要な知識があるからここで言っておくぞ」


 再び、あっくんは、人差し指を出して揺らし始めた。


「何?」


「フィルズも言っていたが、人の体力は無限じゃないって話だ。それは、どんな強力な魔法を使う者でも変わらない。魔法を使うにはエネルギーが必要で、それが生物体なら、単純に体力という訳だ。故に、魔法の行使は永久じゃない」


 セロンは、腕を組んで、今聞いた内容を頭の中で整理し、紐解こうとした。


「要するに、今回のグロウ族との戦闘では、相手の体力切れを狙うってこと?」


「いや、環境的に有利な敵は、消費する体力も少なくて済む。フィルズは、人数で勝ろうとしているが、持久戦になっても、不利なのは変わらないだろう。いずれ、こちらの方が早く体力が尽きる」


「なおさら、勝ち目がないじゃん!」


 セロンは、悲壮感漂う声を上げた。


「ああ、だから最後は奥の手を使わなければならなくなるな」


「奥の手?」


 しかし、あっくんは奥の手について詳しく教えてくれず、セロンがどういう作戦をとればいいかだけを伝えた。どう見ても不利だと分かっただけで、浮かない気持ちのまま時間は過ぎて行った。



 約束の期限となり、撤退をしない治安維持部隊は、グロウ族と抗争になった。晴れていた上空は、再びどす黒い雲になり、暴風雨が吹き荒れる。街壁の付近や中側、あちこちで魔法が飛び交う激戦が繰り広げられ始めた。


 セロンは、あっくんの戦いが見える近くの屋根上に隠れていた。予定通り、あっくんは、親玉と対峙し、他の部隊の者も戦闘に加わる。親玉は、もちろん、翡翠色のローブを纏い、渦巻き模様が広がった黄金の仮面を付けたグロウ族。街長ランデールだった。


 戦況は、非常に不利な展開となっている。部隊側は、フィルズが人質を保護してからでなければ、反撃はできないので、防戦一方だった。さらに追い打ちをかけるように、状況は悪化する。なぜなら、素直に敵に従わず、平民が建物に隠れていたからだった。見境なく、繰り出される魔法で、建物が倒壊し、中に居た平民達が危険に晒される。それを保護しつつ、敵も牽制しなければいけなかったので、余裕が無く、敵のやりたい放題だった。


 下町(しもまち)の各地が、グロウ族の環境の恩恵を受けた猛撃で、破壊されていく。全ての建物を破壊しつくす勢いだった。それなのに、街の土壁は崩れる様子は無く、無傷に見え、異様な存在感を放っていた。相変わらず、風は強く、雨も酷く叩きつけて来る。


 セロンは、この圧倒的劣勢の状況で何もできず、歯がゆい思いをしていた。そんなセロンの役目は、機会を窺って、ランデールに不意の一撃を与えるもので、それまでは、見つからないように近くで隠れているだけだった。


 どうすれば、ランデールの不意を突けるのか? 様子をみているが、一向にチャンスと言える瞬間は無く、攻撃をしても、弾かれて終わるだけだと身に染みて感じ取れた。


 それに、怯えだって消えたわけじゃない。一度、あのランデールの刃物のような風の魔法に殺されそうになったんだから、そう簡単に恐怖が消ええるはずがない。ましてや、今はあの時と違って、さらに暴風という強化作用があり、魔法も強力になっている。


 あっくんが、自分の近くにいれば大丈夫だと言っていたが、正直、攻撃が飛んで来たらかわせる自信は無かった。幸運にも、セロンが居る方には一切関心が無く、ランデールは目の前の部隊に集中している。セロンは、隠れるのに専念するだけだった。


 道の真ん中に居るランデールが、広範囲な風魔法を放つ。家の石壁を破壊しながら、あっくんに向かう。けれど、あっくんに当たった気配はない。当たる手前で防いでいるようだった。奇跡的に、隠れている平民にもまだ危害が及んでいない。他の部隊の者達も耐えている。寸前の所で、持ちこたえている。


 セロンは、見ていられない程、胸が締め付けられた。こんなの、どうすれば勝ち目があるのか? ランデールは本当に一切疲れを見せないで、広範囲の風魔法を放ち続けている。一方的に、蹂躙しているようにさえ見えた。


 とても一瞬が長く感じた。早く、人質が保護されないと皆やられてしまう。いや、人質が解放されても勝ち目は本当にあるのか? セロンは、絶望していた。


 しかし、それでも転機が訪れた。とても長く感じる僅かな時間の後、あっくんに渡された、信号を受送信する小さな装置が振動をしたのである。赤の点滅と共に震えるその機器の意味は、この絶望を救うほどのものには思えなかったが、吉報を知らせるものには違いなかった。


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