第67話 「何一つ満足に出来ない体たらく」
強風で雨が降りしきる中、立聞きをしていたセロンは、会話を終えて立ち去ろうとするアルマさんに訊きたい話があった。それは昨日会った時、追われる身で落ち着いて聞けなかった話だった。けれど、今なら悪天候で、視界が悪い上、治安維持部隊の方に矛先が向けられているから、グロウ族に狙われる心配は少ないと見立てていた。
アルマさんもグロウ族だけど、他の者と違い、平民の子供を助けて、追われるセロンも助けてくれた。いい人のはずなのだけど、不穏な企てや謎も多いと感じる。だから、思い切って、今、一気に訊いてみようとした。
しかし、その目論見は遮られてしまう。
「あのアルマさん……」
セロンが飛び出し、アルマを呼んだ。彼女は、驚き、当惑した表情をした。セロンが訳を説明しようとしたところ、横から声をかけられる。
「あ、セロンさん、こんな所でお会いするなんて、偶然ですね」
ロウさんが親しみのある口調で、間に割って入って来る。雨を凌ぐ為に厚めの布を被っていた。
「あっ? うん、こんにちはロウさん。……それで、アルマさん、訊きたい話が……」
「セロンさんにお力添えをいただきたいと思っている話があるんですよ。いいですか」
ロウが目の前にしゃがんで、愛想よく頼み込んでくる。邪魔で、アルマと会話ができない。アルマは、セロンを無視して歩き去ろうとしている。酷い。
「アルマさん! 待って!」
セロンは追いかけようとした。しかし、ロウに捕まり、とうとう話は出来なかった。アルマの身に着けている手袋が最後に目に入り、虚しく建物の影で見えなくなる。
「セロンさん? 私の頼みを聞いてくれますか?」
セロンは渋々、アルマを諦め、目の前に居るロウの要望を聞いてみることにした。
「私がセロンさんにお願いしたいのは、不足分の食料です。セロンさんは、治安維持部隊ってご存じですか?」
セロンは頷いた。
「それなら話は早くて助かります。えっとですね、いま、この街に治安維持部隊が来訪していて、どうやら、平民側についてくれているそうなんです。それで、セロンさんには治安維持部隊の方々から、食料を分けてくれないか頼みに行って欲しいんです。私は、争いの中割って行ける程、俊敏ではないですし、迫る戦闘への対策や、やらなきゃいけない勤めがあるので、どうかお願いできませんか?」
聞いている途中、セロンは、保護施設の子、ティールが行方不明になって、探すと宣言したのに、手掛かりすらも見つかっていないという体たらくに気まずさを感じていた。伝えづらい報告をしなきゃいけない、という思いに駆られていた。
そして、ロウの話が途切れたタイミングで重い口を開いた。
「……ロウさん、行方不明になった子、ティールがまだ見つけられてないよ……」
セロンは心苦しい気持ちだった。
「それは…………いえ、探してくれただけでもありがたいですよ。後は、私が引き続き捜索するので、セロンさんが気を揉む必要はないです」
ロウは心配かけまいと微笑んで答えた。その言葉にセロンは、ほっとした。兄と話が出来ない以上、手掛かりも無いので、お言葉に甘えるしかなかった。
「それで……食料の方の話は受けてくれますか?」
「ん? ……うん、いいよ。やるよ」
セロンは気を取り直して了承する。ロウは、感謝を述べ、立ち上がり、道の奥に去ろうとした。セロンは、あることを思い出し、慌てて、呼び止める。一つだけ、ロウにも訊いておきたい質問があった。
「ロウさん、一つ訊いてもいい?」
「はい、何でもどうぞ」
ロウはニコリと笑った。セロンは、話し始める。
「これは、小耳に挟んだ話なんだけど……、スティアの保護施設で保護されたら、他の住民は手出し出来ないって本当なの?」
意外な質問に不意を突かれたのか、ロウは目を剝いていた。
「……はい、そうですね」
「どうしてなの?」
ロウは答えるのを躊躇い、迷っているようだった。しかし、程なくして口を開いた。
「それは、救世主の…………アルマさんのおかげで、平民や貴族問わず、他の住民が手出しできないようになったからなんです。それに、貴族も施設に保護された者は、使い物にならないと疎遠しているのもあると思います。何かしらの欠点を抱えているので……」
言い終わる時は、ロウは口惜し気な表情をしていた。
「へー、そうだったんだ」
セロンは気づかわし気に答えた。内容には納得していた。
ロウと別れると、セロンは、すぐさまアルマを探そうと走り出す。しかし、強風に煽られ、雨に視界も遮られ、鼻も利かない。結局、見つけられなかった。何だか、何一つ上手くいってない気がした。気落ちしながら、重い足取りで歩き始める。
新たな目的も得たので、雨宿りするのは止めにした。何か一つでも成し遂げたいと思い、頼まれた食料調達に向かったのである。セロンは、部隊がいると予測する方へ進みながら、他にも何かやれることは無いかと考え込んでいた。すると、一つ思い立った。誰の目の付かない裏路地に入り込み、巾着袋を手に取り呼びかけた。
「スクミ―、スクミ―。君に頼みたい用があるんだ」
もじもじとしばらく巾着袋が蠢き、いつもより出て来るのが遅い。やっと顔を覗かせた時は、スクミ―は、目を細めて、嫌そうな顔をしていた。ハート形の耳が風にあおられて、激しく靡いている。
「今日は極力、外には出たくないでしゅわ。お休みにしたいでしゅ」
風の音と雨がビニールを叩く音でほぼ声がかき消されている。それでも、セロンは聞き取った。
「そこは何とかお願いだよ。スクミ―だけが頼りなんだよ」
セロンは両手を合わせて懇願した。しばらく、スクミ―は苦悶の表情で押し黙っていた。
「……別料金で金貨支払ってくれましゅかね?」
スクミ―はふてぶてしい表情に変わった。
「いいよ。支払うから。お願いできる?」
セロンは、快諾し、スクミ―にやって欲しいお願いをした。スクミ―は、難儀そうに項垂れていたが、やがて覚悟を決めたようだった。顔をしかめて、地面に飛び降り、怪訝そうに口を開く。
「いいでしゅか? 頼まれたからって今、あの部隊の争いの中に入って行く危険は冒さないこと。もし、巻き込まれても身の保証は出来ないでしゅし、ミーも責任負えないでしゅからね」
「心配ないよ。食料調達っていっても、すぐにとは言われてないし、安全に話せる機会がある時にするよ」
セロンがもっともらしい受け答えをすると、スクミ―は小さく頷いた。それから、スクミ―は、風に飛ばされないように、雨にも極力当たらないように、家の壁に身を寄せて、地面を踏みしめて行った。
セロンはこれからどうするべきか悩んだ。何か自分にできることをしたい。けれど、食料調達は、冷静に考えてみると、昨日、ロウさんも食料を運んでいたし、早く達成してもあまり意味もない。それなら、無茶をして、兄に話を聞きに行こうか? それとも、グロウ族が手薄なので、上町に再び潜入してみようか? 少し頭を巡らせて、どちらも確実性はなく、危険性も高めなので、あっくんやスクミ―が許してくれ無さそうだと思った。
そうこう決め兼ねていると、急に空が明るくなった気がした。
見上げてみると、曇天の雲が辺り一帯から消え、隙間から青空が覗いていた。雨が小雨にかわり、やがて落ちて来なくなる。風もそよ風のようになってきた。
何事かとキョロキョロ周りを確認していると、何処からともなく風に乗って、声が聞えて来る。まるで、すぐ近くに発声者がいるような、はっきりとした声が風に乗って不思議と流れ、耳に入って来る。
けれど、その旨は、穏やかとはかけ離れた、恐るべき知らせだった。




