第66話 「悪天候」
第二章二節開始です。
街の外壁際で、魔法で争っている轟音が聞こえて来る。
セロンは、スクミ―に窘められて、胸のざわめきを抑えながら、真っすぐ宿屋に帰還した。宿主は、未だに姿を見せなかった。セロンは妙な違和感を感じつつも、貸し切りの部屋へと向かった。ミントの匂いはもう既に消えていた。
部屋にはもう既にあっくんが戻っていた。長机前に座っている。
「今日は、言いつけを守って戻って来たみたいだな」
「元々、僕は言いつけを守る方だよ」
「ここで大人しくお留守番しているって言っていたのは?」
あっくんは何気なく切り出した。
「それは……、えっと……、魔法が上手く操れるようになるまででしょ? 僕、前よりも上手くなったし、スクミ―も許してくれたんだよ」
セロンは得意そうに言った。ベッドで寛ぎだしたスクミ―が、不服そうな目を向けて来る。
「それより、あっくん。治安維持部隊がグロウ族と争いになってるよ」
急き立てるようにセロンは話した。あっくんはセロンの行動を不問にしてくれたみたいだった。
「そうみたいだな。だが、遅からず、いずれ起きることだったな」
あっくんは窓へ行って確認しようともせずに、素っ気なく答えた。何らかの紙束に目を通している。
「いずれ起こるって、どうして?」
「この街も、治安維持部隊の管轄だからだ」
「え? この街を管理しているってこと?」
「そうだ。ただ、部隊の方針で、治政をずっと当地の者に一任していたんだ」
「今、争いが起きてるのはどうして?」
セロンもベッドに上がり座り込んだ。
「前の街でもフィルズが言っていただろ? これからは、部隊が主体的に統治する方針に転換したって」
「けど、この街を管理しているのにどうして反発があるの?」
「言った通り、今まで街政には関与してないからだ。部隊が以前にこの街の長を討って、当時の圧迫政治を止めたが、その後は、関与してない。内輪で、新たに運営させただけだ。上手く変わればいいが、結局、第二の圧迫政治が興っただけだった。当然、新たに街を治める当地者は、邪魔をされたくない。だから、反発するっていう訳だ」
「そんな杜撰な……」
セロンは呆気にとられた。
「それが、今までの部隊の方針だ。名目上、統治しているが、街政関与はしない。また悪い噂を聞きつければ、根源を成敗する。後は、お好きにどうぞという内部不干渉の立場の遵守するんだ」
どうしてそこまで内部に関わろうとしないのか、訳が分からなかったが、訊いても教えてくれそうになかった。
「それは分かったけど、それなら今回、部隊は、ランデールを倒すのが目的っていうこと?」
「そうなるな」
上町での貴族達の企てを思い出し、いったい顛末がどうなるのか不安になって来た。
「どうした?」
いつの間にか俯いていたセロンは、上町での旨を説明した。すると、あっくんは、セロンが悪戯好きの子供だと見なすように呆れた表情をした。スクミ―はここぞとばかりに自分は止めたと責任のがれを必死にしていた。セロンは、そんなことより、このまま争いが本格化しても大丈夫なのか心配だった。
「それは、問題ない」
あっくんはもったいぶって言い切った。
「どうして?」
しかし、あっくんは理由を教えてはくれず、この話はこれで終わりを迎えた。セロンは頭にもやもやが残った。
「街で人が消える問題についてなんだが……」
あっくんが出し抜けに言い出した。もやもやスッキリしていなかったセロンは、その一言で一気に意識が置き換わった。
「街長が絡んでるのは確定っぽいな」
「なら、早くランデールを捕まえないと」
セロンは急き立てた。
「まあ、落ち着け。他にも分かった点があってな。どうやら、消えている者の共通点は魔法適正があるそうだな」
セロンはそんなのどうでもいいじゃないかと思い、ムカムカした。
「それに、お前の兄、シェルク? が何か知っていそうだな」
「シェルクお兄ちゃんが?」
その発言には直ぐに反応した。セロンは不安が拭い去れなかった。シェルクが街の人達を食べてるんじゃないかと懸念が頭によぎった。
「明日、会って訊いてみようと思っている」
あっくんはそう告げると、会話はそれ以上進展なく終わった。
夜が更けて、窓を叩く風の音が強くなって来た。木の葉や土が街中を舞っている。窓から見える街の際には、暴風の壁は無くなっていた。夕暮れ時に、鳴り響いていた戦闘の破壊音は、鳴りを潜め、それがまた不気味で、嵐の前の静けさのようだった。
夜で眠くなるセロンはベッドに入りスヤスヤと眠りにつき、あっくんとスクミ―は交代で、外の見張りをし続けていた。
朝、セロンは窓が激しく打ち付ける音で目が覚めた。どんよりと暗く、雨が窓で筋を引いている。
それぞれが諸支度を済ませ、あっくんは外に出ようとしていた。
「セロン、お前は、こんな日に外に出る気は無いだろ?」
あっくんが軽い口調で言い放った。確かに外に行くのは、億劫に感じたが、馬鹿にされてる気がして、反発した。
「僕だって、平気だよ。そういうあっくんは何処に行く気なの?」
「治安維持部隊とコンタクトを取って来るのと、後でシェルクに会いに行く」
あっくんは、防水性の長めのコートを着て部屋を後にした。特に、外に出るなとは、言いつけられなかったので、セロンも外出しようと思った。スクミ―は濡れるのが嫌なのか、巾着を覆う透明のビニールを渡して来て、自身は、全身を覆う滑らかな布を纏い、巾着袋の中に黙って身を隠した。
外へ出ると、暴風と雨に煽られて、セロンは思わず身をかがめた。遠くで、暴風に負けない程の争いの騒音が聞こえて来る。セロンは、昨日の続きで、シェルク探しをしようと思った。外に出ているような住民はおらず、兄も街に居るのか懐疑的だったが、セロンは動かずにはいられなかった。
昨日と同じように、兄が出没していた公園付近の路地まで、行ってみようと思った。その向かう途中だった。向かい風に晒されて、手で顔を覆いながら足を踏みしめている時、なんと、前方にシェルクが見えた。大通り程の幅は無く、裏路地よりは広めの中通りで、シェルクが二人の人を連れ立って歩いている? よく見ると、鎖で身体を束縛されている! グロウ族二人に引かれて、兄が連行されている。
セロンは唖然として、雨に打たれているのも忘れた。そして、弾かれたように駆けだした。兄を助けようという一心だった。しかし、兄がこちらに気づいていて、首を横に振った。さらに、口の僅かな動きと目線で、「来るな」と伝達してきているのが分かった。表情はなぜか楽しそうだった。セロンは、兄が脇道を曲がって行くのを見守るだけになってしまった。
どういう理由で捕まったのか? 子供は食べてしまったのか? どうして抵抗する気が無いのか? シェルクが見つかったはいいが、何も分からないまま、話を聞ける状況ではなくなってしまった。
これから、次に何をすればいいだろうか? 兄は、何かしら意図があるようだし、捕まってもやられる程弱くはない。それなら、保護施設の居なくなった女の子を探そうか、それとも人が消える手がかりを再び探そうかと考えた。
どちらにしても、当てが無いし、この天気なら、移動するのすら困難に思えた。ここで決め兼ねても、寒くて埒も明かないので、まずは、雨をしのげそうなフィルゲートの魔具店を目指して歩みだした。
その選択が功を奏したのか、アルマさんを見かけた。今、訊いておきたい疑問がある。広場に繋がる大通りの支道で、ロウさんと対面で会話をしていた。この天気で立ち話は、かなり妙だとセロンは疑念に思った。建物の影に隠れて、荒れる暴風雨の中、聞き耳を立てる。
「……迎賓館に避難してもらう手はずになっているわ」
「ありがとうございます。あなたのおかげで皆救われると思います。ありがとうございます」
「それでは、私はこれで」
「貴方は、それでいいのね?」
「はい、決めたことなので」
会話が終わったようだ。保護施設の者がこの紛争に巻き込まれないように取り計らったのだろうか? アルマさんとロウさんは知り合いっぽいし、彼女なら手配するのも何のことないはずだ。そう考えつつ、セロンは、こちらの方に向かってくるアルマさんに話を聞くために飛び出した。
アルマさんは眉を吊り上げ、立ち止まった。セロンは構わず言葉を切り出す。
「こんにちはアルマさん。僕は、アルマさんに訊きたいことがあるんだよね。えっと……」
しかし、セロンの会話は思わぬところから中断された。




