第65話 「良く育つ畑」
セロンは、下町の端側の区域を訪れてみた。すると、この街としては少し大きめな畑が、柵に囲われて広がっていた。
セロンは、スクミーが話していた内容も気になるので、調べてみることにした。
畑は、大きいと言っても家四つ分程度の大きさだった。畑内には、まだ芽が出たばかりの作物が乱雑に植えられていて、雑草の様だった。二人ほどの大人の女性が躍るように何かを蒔いている。酷くいい加減で、今生えている作物の上に飛び散らかっていた。
セロンは柵を乗り越えて、話を聞いてみた。
「何を蒔いてるの?」
女性は、一瞬驚き、警戒する素振りを見せたが、害がないと分かったのか、答えてくれた。泥で汚れたチュニックを着ている。
「トリタ―ニップの種よ」
セロンの知識にはない作物だった。しかし、今は、それよりも気になる点がある。
「何も見ないで適当に蒔いていいの?」
セロンだって、家で作物を育てた経験があるので、強い違和感があった。
「適当に蒔いても生えてくるのよ。ここの畑は」
「水撒きはするの?」
「水も近くに水池があるから撒かなくてもいいのよ」
確かに近くに水が溜まった池があった。けど、あるだけだった。
「この畑は、お姉さん達のものなの?」
「いや、貴人への貢ぎ物を育てるだけの畑よ」
「え? 僕が見た中で一番大きい畑なのに? 下町の人々の分は足りてるの?」
「皆、個人でこじんまりとした畑を持っているのよ。この街の作物は、他の土地の十倍は早く良く育つから、自分達で賄う分があればいいのよ」
「十倍も早く育つの!?」
セロンは驚きを隠せなかった。
「そうよ。この土地は恵まれているのだからね」
畑仕事の女性は、それなりに答えてはくれたが、どうして作物の育ちが頗る良いのか、しっくりは来なかった。また、人が消える問題とは関係なさそうだったので、次第に興味は薄れていった。
その場を後にし、セロンは、店が立ち並ぶ比較的大きな通りを歩いていた。すると今度は、スティアの保護施設を管理しているロウさんが、荷車で山盛りの荷物を運んでいるのに遭遇する。かなり重そうである。しかし、セロンは小さいので手伝える要素は無かった。
「ロウさん、何運んでいるの?」
セロンはもどかしく思いつつも、ロウの横を歩きながら質問した。
「保護した人達の為の食料を運んでいるんですよ」
ロウは愛想よく答えてくれた。
「こんなに沢山あれば、十分だね」
セロンは、ロウが食料が不足していると嘆いていたので、調達できたのだと思った。
「いいえ、残念ながらこれだけではもう足りないんですよ。毎月、ひと月分として、このように持ち運ぶのですが、これだけでは、もう月の後半は持たないんです」
セロンは、一気に気落ちした。それでもすぐに先程訪れた畑を思い出した。十倍速く育つ畑だ。
「ロウさんは畑を持ってないの?」
「保護施設の敷地をいくつか削って造ったのですが、微々たるもので、補える程のものではありません」
やはり、早急に現状を打破しないといけないと理解した。
「それに……」
ロウさんが冴えない表情で唐突に呟いた。セロンは反応する。
「それに?」
「それに、保護施設の一人の子供、ティールが行方不明になったんです」
「えっ!?」
セロンはびっくり仰天した。ティールは、確か勝手に外出する手のかかる子供達の一人だった。そして、その子供達を最後に見たのは、兄のシェルクと話している時だった。しかも、あの時は、もう既に四人だった。一人いなかった。まさか、もしかして、兄が食べちゃったんじゃないだろうか。そう考えるとセロンは動揺を隠せず、汗が噴き出してきた。
「どうしたんですか?」
ロウがセロンの動揺を察して聞いて来た。
「……えっと、いつから居なくなっていたの?」
気が動転しているのを隠し切れないまま聞いた。
「あの子達は、人目を忍んで施設を抜け出しているので、私が気づいたのは、正午になってからでしょうか」
僕も昼近くに見た時には、もうティールという女の子はいなかった。その前に兄が食べてしまったのだろうか? そう逡巡していると、居ても経ってもいられなくなってきた。
「ロウさん、僕がその子を探してみるよ」
「本当ですか?」
「うん」
「それは非常に助かります。ありがとうございます」
セロンは、足早にシェルクを探しに走り出した。かといって、グロウ族に捕まる訳にもいかないので、慎重さも伴った行動だった。
シェルクの匂いは、無風のせいか分からなかった。だから、取りあえず、シェルクを目撃した公園近くの路地に向かってみた。
けれど、シェルクの姿は見当たらなかった。いったい、兄は何処で何をしているのだろうか? セロンは落胆していると、公園に昨日会ったお爺さんが、また空を見上げているのを発見する。
探し人にはもう会えたのだろうか?
セロンは、シェルクを探す焦る気持ちを抑えて、お爺さんに訊いてみることにした。
「あの~、友達とはもう会えたんですか?」
セロンは自然と丁寧語になる。しかし、前回と同じく、無反応で、答えはすぐに返ってこない。セロンは、答えが聞けるまで待った。
少しして、ようやく答えが返って来る。
「……嫌われているから、来てくれぬかもしれぬ」
お爺さんは、遠くを見るように答えた。
「だとしたら、思い切って会いに行こうよ。来てくれないなら、自分から行かないと」
自分で言っていて、何だかお節介で偉そうだと思った。けど、ずっとこのままここで待っていても何も変わらないんじゃないかと考えた。
「……嫌われているんじゃ」
お爺さんはとてもゆっくりしゃがれた声で答えた。セロンは思い切って背中を押してみようと思った。
「嫌われていたとしても、会ってみないと何も進展しないんじゃない? ずっとここに居るの?」
セロンは、今の今まで、消極的になって、ずっと山に籠って、何もしなかったのを後悔していた。もう少し、どうにか出来たのではないかと思った。そうすれば、ミリアも救えたんじゃないかと思った……。
しかし、お爺さんは何も答えなかった。セロンには、もうどうすることも出来ないので、お爺さんに別れを告げ、再びシェルク探しを始めた。
出来る限りいそうな場所を当ても無く探し回った。けれど、シェルクは見つからなかった。
同時に、人が消える問題の手がかりを得るために、街の人々の内緒話を立ち聞きした。しかし、これも、有用な情報は得られなかった。竜の生贄の再来や貴族の智謀だという既知情報が殆どだった。スクミ―が仕入れた死神の噂話をしている人もいた。けれど、噂程度で、信憑性に欠けるものだった。少し気になったのは、ユートピアに行った可能性を噂している人がいたことだ。だが、恐らく眉唾物だと考えられた。
時間だけが浪費し、夕暮れ時に差し掛かる。
「もう宿屋に戻った方がいいと思いましゅわ」
スクミ―が、再び巾着から顔を出して、諭してきた。
「うん、分かってるよ」
セロンは今まさに、宿屋に向かって歩いている途中だったので、煩わしそうに答えた。
「急に何か見つけても、気を取られてはダメでしゅからね」
スクミ―は念を押すように言い聞かせてくる。
「もう早まった行動はしないから大丈夫だよ」
そうスクミ―に返して、大きな通りに差し掛かった時だった。
ドーン!
大きな破裂音が街の入り口の方から聞こえた。さらに立て続けに大きな破壊音が口火を切ったように、耳に響いて来る。
通りの先を窺うと、街の際で、魔法が弾けているのを目撃する。セロンは、口を開けて驚いた。
戦闘が行われている。グロウ族と治安維持部隊が本格的に衝突し始めていた。




