第64話 「上町からの脱出」
「おい、アルマ。ここに白い小さめのソリザ―が来なかったか?」
外からグロウ族であろう者の張り詰めた声がする。
「ええ、通って行ったわ。通りの奥を左に曲がって行ったと思うけど……。追っているの?」
アルマさんが落ち着いた受け答えをした。
「許可なく勝手に上町に侵入したんだ。捕まえてランデール様に報告しなければ」
複数人の足音が離れていくのをセロンは聞き取った。ホッと一息ついて、呼吸を整える。
「このまま下町まで行くわよ」
アルマさんが小声で呟いて歩き出した。セロンは返事をする必要はないと判断した。
セロンは緊張が解けて来たので、ゆっくりと考える時間が出来た。今、セロンはアルマさんが背負っている麻袋の中で身を隠している。薄っすらと外の光が透けているが、セロンが隠れているのは外からは見えないと思う。後は、アルマさんが下町まで運んでくれるのを信じて待つしかない。
十分以上は経過したと思う。下に降りている感覚があるので、下町への階段を下っていると予想した。セロンは、麻袋の中に漂う臭いが気になった。嗅いだ記憶のある臭いで、何の臭いなのか思い出そうとしていた。しかし、思い出せず、セロンは暗い中、地面に降ろされた。
麻袋が開けられ、セロンは周りをキョロキョロと確認する。すると、見覚えのある公園が隅に見えた。ここは、下町の路地裏だと分かった。
「上町で何をしようとしていたの?」
セロンは振り返った。アルマさんが泰然とした面持ちで真っすぐセロンを見ていた。
「人が忽然と消える問題の手がかりを得ようとしたんだよ」
「人が消える問題? ……どうして君がそんなことするの?」
「苦しんでる街の人々を助けたいからだよ」
アルマさんは、眉間にしわを寄せて目を細めた。
「苦しんでいる人々って誰のことを言ってるの?」
「街の人達皆だよ。特に、平民は、貴族に難癖付けられて酷い仕打ちを……」
セロンは言い淀んだ。何故だか、アルマさんが怒っていると感じた。
「上町に手掛かりなんて何もないわ。忍び込もうだなんてもう止めなさい」
そう告げると、アルマさんは、右手の手袋を付けなおし、その場から立ち去って行った。セロンは複雑な感情をアルマさんに抱いていた。彼女のことがよく分からなくなっていた。
上町に忍び込んで、気になる出来事が沢山あった。けれど、人が消える問題の手がかりになる情報は何も得られなかった。アルマさんが上町には、そんな手掛かりなんて無いと言っていたけど、本当なのだろうか? 多くを語らない人なので、真実を隠しているのではないかと疑問に思った。
なので、セロンはもう一度上町に潜入出来ないか考えた。しかし、屋根の上に登るのは、一度見つかっているので難しいと判断した。そういう時は、と考え、セロンは巾着袋に手をやった。
「スクミ―、スクミ―」
「はいはい、なんでしゅかね?」
少々疲れ気味なスクミ―が絞り口から顔を出した。
「上町に忍び込めない?」
スクミ―は露骨に嫌そうな顔をした。もう振り回されるのは懲り懲りだというような。
「……できないことはないでしゅわ。穴を掘って、下から侵入すれば……」
「本当? それじゃあ……」
「けどでしゅね、この街は殆ど石床でしゅから、いちいち床を割らないといけないでしゅし、それに……それに何よりもここの土はあまり触りたくないのでしゅわ」
「ん? どうして?」
「なんて言うんでしゅかね……、気持ちが悪いというか、臭いのでしゅわ」
「臭い?」
セロンは鼻が良いが、知らなかった。ほぼ石畳だからなのか、風が無いからなのか、意識していないからなのか、正直にいうと感じなかった。第一そこまで気にする程なのか?
「何かが腐った腐敗臭や鉄の臭い、時々刺激臭もしましゅね。今まで地面を掘ってもここ程気味の悪い臭いはしませんでしゅたわ。それに、ある程度掘ると硬い壁にぶつかって、それ以上掘れないでしゅし、街の畑も何だか異常なんでしゅわ。ええ、非常に怪しくて、きな臭いでしゅ」
「へー、そうなんだ」
スクミーは、上町に潜入してくれそうも無かった。仕方ないので、ここは、アルマさんの言っていた話を信じて下町で再び、手掛かりを探すようにした。
しかし、屋根の上からはグロウ族が目を光らせているので、お尋ね者のセロンはより一層、上に注意して、街を歩かなければいけなくなった。




