第63話 「ロックバーズ凱旋」
高級感のある宿舎のような建物の換気口から、男女二人の密談が聞こえて来る。一人は、籠った野太い声で、もう一人は、澄んだ落ち着きのある声だった。
セロンは、おおよそ誰なのかを悟った。
換気口から、会話を聞き取ろうと集中し、耳をそばだてた。すると、主従関係と思える怪しい会話が聞こえて来る。
「……それなら、首尾よく進んでいるのか、えぇ?」
「はい、彼の連中とグロウ族が衝突するように仕向け、共倒れを誘う計略は順調でございます」
「どちらか残りかすが残った場合はどうするか、えぇ?」
「その場合は、残党を下級貴族達に片付けて貰います」
「それでも、しぶとく生きていたらどうするか、えぇ?」
「毒殺を試みます。手負いの場合は、容易であると見立てております。問題は、ランデールをどう始末するかです」
「もうすぐ、あの御方が街に帰って来る。ランデールはあの御方に任せればいいだろう」
「でしたら、もはや、計画に瑕疵はございません。旦那様は、安心して、今後の施策方針の協議に専念することができます」
「そうかえぇ? であるならば、任せるとしよう。如何せん、利得権が絡む話だからな。遅れは許すまい……」
ウォォォー!
突然、目抜き通りの方で大歓声が上がった。
セロンは気がそがれ、意識が歓声の方に向いた。何事なのかと、関心が高くなり、様子を確認しに行った。
目抜き通りについた時には、異様な光景にすっかり目を奪われることになった。たかが一人、人が帰って来ただけで、お祭り騒ぎなのである。紙吹雪が舞い、楽器が賑やかに騒ぎ立てている。貴族達は、道を開け、ありがたそうに歓喜の大歓声を送っている。まるで、王の帰還のように皆、崇めている。その道の真ん中を一人の男が我が物顔で歩いているのである。
セロンは、圧倒された。相当偉い人なのだろうと思い、身を強張らせた。大勢の人がこれほど集まり、ただ一人の男に畏敬の念を向けるなんて、ただ者じゃないと思った。
しばらくの間、祝福の歓声は鳴りやまなかった。その男が上町のメイン広場に着くまで続いていた。
十分身なりが分かる程近くに来たので、セロンはその者をまじまじと観察した。
ランデール、いやそれ以上に高貴な気配を纏っていた。若く、これぞハンサムと言える男前な容姿で、重そうな黄土色のローブを羽織っている。装飾には、派手に金糸や黄色い宝石、いやこれはきっと土のマナリスだと思われるものが施してある。極めつけは、絵本に出てくるような豪快なウェーブヘヤである。セロンは何とも近寄りがたいと思った。
その男の前に、これまた偉そうな貴族達が集まってきていた。どの人物も若く、気品あふれる身なりで、胸には【金の星バッチ】を付けていた。
彼らは、まだざわつきのある中、会話に花を咲かせている。
「グラミリアン・ロックバーズ公爵、ご無沙汰の凱旋でありますな」
貴族達がそれぞれ挨拶を始めた。
「私が居ない間に、少し街の雰囲気が変わりましたかな?」
ロックバーズが貴族達に質問した。
「それがですね、あのグロウ族が戻って来ておりまして……」
「あのアホ鳥共が?」
ロックバーズが明らかに気分を害した様子で言った。
「ええ、ランデールの奴が実権を握ってやりたい放題という訳でして」
「それならば、早急に手を打たねばならないではないか」
ロックバーツは厳かに告げた。
「そのことなのですが、私に良い案がありまして……」
手もみしながら、ふくよかな男がやって来る。つい先ほど密会をしていた一人で、セロンが会ったことのある人物だった。あの逃げる平民を追い回していた感じの悪い貴族である。
「そなたは確か……」
「名家のメネスコ・フラッシュバーグでございます」
「あー……」
反応は薄そうだった。フラッシュバーグは構わず続ける。
「あの鳥共を纏めて排除する計画があるのでございます、えぇ」
「おい、メネスコ。その計画は、当のグロウ族の娘が立案したものではないか」
貴族の一人が、疑わし気な目をフラッシュバーグに向けた。
「それは、差し支えございません。あの鳥娘は、飼いならしているのでね。ぐへへへっ」
フラッシュバーグは下品な笑い声を上げた。貴族達は、引き気味である。
「おやおや、これは、ロックバーズ卿ではございませんか」
人垣を割ってやってきたのはなんと、街長ランデールである。
一気に辺りは緊張感に包まれた。
「私がいない間に、たいそう街を豊かにしてくださったそうで」
ロックバーズの顔は明らかに不快の色を見せていた。
「そのことなんですがね、少々いざこざがございまして。あなたと協議する前に、一仕事しなければならないのですよ」
「なんと、自分で運営しておいて、手に負えぬ状況になっていると」
ランデールはしたたかだった。
「いえいえ、大したことではございませんよ。ただ、ほんの少しの間、あなたには休んでもらって欲しいだけですよ」
突如、脇辺りを叩く感触がした。セロンは、いいところを邪魔され、煩わしく思い、巾着袋に目を向けると、スクミ―が苦々しい顔をしていた。
「まずい状況になってきましゅたわ。グロウ族がこちらに集まってきていましゅわ」
セロンは、目を細めて辺りを見回した。確かに、街中のグロウ族がこちらに向かってきているような気がした。
まさか、小さいセロンに気がついたのか。とにかく、ここから離れなければ、まずいと思い、セロンは屋根の上を走り出した。
慌てて、屋根から屋根を飛び越えて逃げようとする。セロンは、再び辺りを見回した。グロウ族の何人かは明らかに、セロンの方へ方向転換してきていた。
セロンの鼓動は早鐘を打った。
「貴様、何をこそこそしている!」
遠くから、グロウ族の怒鳴り声が聞える。
セロンは早く、下町の方へ逃げようと、ためらいもなく、足場の悪い屋根を飛び越えていく。
しかし、グロウ族は空を飛んで一直線に迫って来る。追いつかれるのは時間の問題だった。
意を決したセロンは、屋根から下に壁伝えで降りた。建物の縁を利用し、落下を抑えながら降りていく。
グロウ族がすぐそこまで来た。通りを歩いていた貴族も、悲鳴と驚きの声を上げている。セロンは、石畳に着地し、走り出した。
グロウ族達も背後に降りて追いかけて来る。ダメだこのままなら追いつかれる。スクミ―が何やらウエストポーチから取り出した。それと同時に、ふわりと風に掬い上げられ、セロンは路地裏に、吹き飛ばされた。
慌てて、態勢を立て直そうとした思った矢先、誰かに捕まってしまう。
セロンは、動転して振りほどこうとした。
「暴れないの」
聞き覚えのある落ち着いた声だった。
セロンは顔を上げると、誰なの分かった。グロウ族のアルマさんだった。
「ここに入って」
アルマさんは、肩にかけていた麻袋を開けて、小声で告げた。セロンは、考えるよりも先に、体が動き、その中に入り込んだ。
どたどたと近づいて来る足音がする。セロンは息を詰めた。




