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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第2章1節 施しの植木鉢 上

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第63話 「ロックバーズ凱旋」

 高級感のある宿舎のような建物の換気口から、男女二人の密談が聞こえて来る。一人は、籠った野太い声で、もう一人は、澄んだ落ち着きのある声だった。


 セロンは、おおよそ誰なのかを悟った。


 換気口から、会話を聞き取ろうと集中し、耳をそばだてた。すると、主従関係と思える怪しい会話が聞こえて来る。


「……それなら、首尾よく進んでいるのか、えぇ?」


「はい、彼の連中とグロウ族が衝突するように仕向け、共倒れを誘う計略は順調でございます」


「どちらか残りかすが残った場合はどうするか、えぇ?」


「その場合は、残党を下級貴族達に片付けて貰います」


「それでも、しぶとく生きていたらどうするか、えぇ?」


「毒殺を試みます。手負いの場合は、容易であると見立てております。問題は、ランデールをどう始末するかです」


「もうすぐ、あの御方が街に帰って来る。ランデールはあの御方に任せればいいだろう」


「でしたら、もはや、計画に瑕疵(かし)はございません。旦那様は、安心して、今後の施策方針の協議に専念することができます」


「そうかえぇ? であるならば、任せるとしよう。如何せん、利得権が絡む話だからな。遅れは許すまい……」


 ウォォォー!


 突然、目抜き通りの方で大歓声が上がった。


 セロンは気がそがれ、意識が歓声の方に向いた。何事なのかと、関心が高くなり、様子を確認しに行った。



 目抜き通りについた時には、異様な光景にすっかり目を奪われることになった。たかが一人、人が帰って来ただけで、お祭り騒ぎなのである。紙吹雪が舞い、楽器が賑やかに騒ぎ立てている。貴族達は、道を開け、ありがたそうに歓喜の大歓声を送っている。まるで、王の帰還のように皆、崇めている。その道の真ん中を一人の男が我が物顔で歩いているのである。


 セロンは、圧倒された。相当偉い人なのだろうと思い、身を強張らせた。大勢の人がこれほど集まり、ただ一人の男に畏敬の念を向けるなんて、ただ者じゃないと思った。


 しばらくの間、祝福の歓声は鳴りやまなかった。その男が上町(かみまち)のメイン広場に着くまで続いていた。


十分身なりが分かる程近くに来たので、セロンはその者をまじまじと観察した。


 ランデール、いやそれ以上に高貴な気配を纏っていた。若く、これぞハンサムと言える男前な容姿で、重そうな黄土色のローブを羽織っている。装飾には、派手に金糸や黄色い宝石、いやこれはきっと土のマナリスだと思われるものが施してある。極めつけは、絵本に出てくるような豪快なウェーブヘヤである。セロンは何とも近寄りがたいと思った。


 その男の前に、これまた偉そうな貴族達が集まってきていた。どの人物も若く、気品あふれる身なりで、胸には【金の星バッチ】を付けていた。


 彼らは、まだざわつきのある中、会話に花を咲かせている。


「グラミリアン・ロックバーズ公爵、ご無沙汰の凱旋(がいせん)でありますな」


 貴族達がそれぞれ挨拶を始めた。


「私が居ない間に、少し街の雰囲気が変わりましたかな?」


 ロックバーズが貴族達に質問した。


「それがですね、あのグロウ族が戻って来ておりまして……」


「あのアホ鳥共が?」


 ロックバーズが明らかに気分を害した様子で言った。


「ええ、ランデールの奴が実権を握ってやりたい放題という訳でして」


「それならば、早急に手を打たねばならないではないか」


 ロックバーツは厳かに告げた。


「そのことなのですが、私に良い案がありまして……」


 手もみしながら、ふくよかな男がやって来る。つい先ほど密会をしていた一人で、セロンが会ったことのある人物だった。あの逃げる平民を追い回していた感じの悪い貴族である。


「そなたは確か……」


「名家のメネスコ・フラッシュバーグでございます」


「あー……」


 反応は薄そうだった。フラッシュバーグは構わず続ける。


「あの鳥共を纏めて排除する計画があるのでございます、えぇ」


「おい、メネスコ。その計画は、当のグロウ族の娘が立案したものではないか」


 貴族の一人が、疑わし気な目をフラッシュバーグに向けた。


「それは、差し支えございません。あの鳥娘は、飼いならしているのでね。ぐへへへっ」


 フラッシュバーグは下品な笑い声を上げた。貴族達は、引き気味である。


「おやおや、これは、ロックバーズ卿ではございませんか」


 人垣を割ってやってきたのはなんと、街長ランデールである。


 一気に辺りは緊張感に包まれた。


「私がいない間に、たいそう街を豊かにしてくださったそうで」


 ロックバーズの顔は明らかに不快の色を見せていた。


「そのことなんですがね、少々いざこざがございまして。あなたと協議する前に、一仕事しなければならないのですよ」


「なんと、自分で運営しておいて、手に負えぬ状況になっていると」


 ランデールはしたたかだった。


「いえいえ、大したことではございませんよ。ただ、ほんの少しの間、あなたには休んでもらって欲しいだけですよ」


 突如、脇辺りを叩く感触がした。セロンは、いいところを邪魔され、煩わしく思い、巾着袋に目を向けると、スクミ―が苦々しい顔をしていた。


「まずい状況になってきましゅたわ。グロウ族がこちらに集まってきていましゅわ」


 セロンは、目を細めて辺りを見回した。確かに、街中のグロウ族がこちらに向かってきているような気がした。


 まさか、小さいセロンに気がついたのか。とにかく、ここから離れなければ、まずいと思い、セロンは屋根の上を走り出した。


 慌てて、屋根から屋根を飛び越えて逃げようとする。セロンは、再び辺りを見回した。グロウ族の何人かは明らかに、セロンの方へ方向転換してきていた。


 セロンの鼓動は早鐘を打った。


「貴様、何をこそこそしている!」


 遠くから、グロウ族の怒鳴り声が聞える。


 セロンは早く、下町(しもまち)の方へ逃げようと、ためらいもなく、足場の悪い屋根を飛び越えていく。


 しかし、グロウ族は空を飛んで一直線に迫って来る。追いつかれるのは時間の問題だった。


 意を決したセロンは、屋根から下に壁伝えで降りた。建物の縁を利用し、落下を抑えながら降りていく。


 グロウ族がすぐそこまで来た。通りを歩いていた貴族も、悲鳴と驚きの声を上げている。セロンは、石畳に着地し、走り出した。


 グロウ族達も背後に降りて追いかけて来る。ダメだこのままなら追いつかれる。スクミ―が何やらウエストポーチから取り出した。それと同時に、ふわりと風に掬い上げられ、セロンは路地裏に、吹き飛ばされた。


 慌てて、態勢を立て直そうとした思った矢先、誰かに捕まってしまう。


 セロンは、動転して振りほどこうとした。


「暴れないの」


 聞き覚えのある落ち着いた声だった。


 セロンは顔を上げると、誰なの分かった。グロウ族のアルマさんだった。


「ここに入って」


 アルマさんは、肩にかけていた麻袋を開けて、小声で告げた。セロンは、考えるよりも先に、体が動き、その中に入り込んだ。


 どたどたと近づいて来る足音がする。セロンは息を詰めた。


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