第60話 「呪いの花」
この街でもあるんだ。
セロンは、気がついたら立ち止まっていた。思わぬ発見に、関心を寄せていた。
この花は見たことがある。大人の人の背丈程もある大きな薄青色の花。それは前の街、【恵まれぬ民の街】で至る所に生えていた謎の花である。あの時は、街のシンボルなのかと思っていた。しかし、この街にも生えているとなると、そうではないらしい。それなら、いったいこの花は何なのか? 俄然興味が湧いて来た。
近くに寄ってしげしげと観察してみる。物が当たったくらいじゃ折れそうもない太い茎、手のように左右に垂れ下がる葉っぱ。花は真っすぐ横を向いている。根元を見てみると、丁度、家と家の間、石畳が敷かれていない土壌から生えているようだ。
街中に緑なんてほぼ無いと言っていいのに、どうしてこの花は咲いているのか? 何やら不可解な気がしてきた。
「スクミ―、スクミ―」
セロンは肩から下げている巾着袋に向かって呼びかけた。絞り口からスクミーが顔を出してくる。
「……何でしゅか? 昼寝しようかと思っていたんでしゅが?」
ちょっと不機嫌そうだ。けど、僕を守るように言いつけられていたのに、寝るなんて、人のこと言えないんじゃないかとセロンは思った。
「この花って何か分かる?」
セロンは、不満を心の中に押し留め、指をさし、スクミ―に訊いた。スクミ―は見上げて、まじまじと見つめた後、あーっと声を漏らした。
「話を聞いたことありましゅわね」
「何なの?」
「これは呪いの花でしゅわ」
「呪いの花!」
セロンは突如、聞かされた俗称のような不吉な名に、目を見開き、大きな声が出た。
「そうでしゅわ。呪いの花でしゅ。他の街で小耳に挟みましゅたからね」
「何で呪いの花なの?」
「これは盗み聞いた話なんでしゅがね。
ある街の商人の男が商いをやっていたのでしゅが、それはもう、繁盛していたそうでしゅわ。構える店の場所も良く、多くの通行人の目を引き、自然と人だかりが出来ていたそうでしゅわ。
ある日の朝方、店先の端の地面から薄青色の花が生えていたそうなんでしゅよ。昨日は生えていなかったのに、以前からずっとそこに植えていたかのように、立派な花が佇んでいたそうでしゅ。
商売の邪魔だと思った、商人は、根っこからその花を引き抜こうとしたそうでしゅね。けれど、どんなに強く引っ張ってもその花は抜けない。
いら立ちを募らせた商人は、小刀を取り出して来て、その花の茎部分を切断しようとしたらしいんでしゅ。しかし、これが花とは思えない程、固く、茎を切り倒すまでに丸一日かかったそうなんでしゅわ。それでも、やっとのことで刈り取れて、商人は満足し安眠したそうでしゅわ。
翌日、商人は店を開かなかった。その次の日も、その次の日も、商人は店を開かなかったそうでしゅ。とうとう一週間が経ち、不思議に思った向かいの店の店主は、商人の住んでいるという屋敷に様子を確認しにいったそうでしゅわ。
しかし、店主がいくら玄関扉をノックしても返事がない。辺りを周っても生活している気配もない。何事かあったのだろうかと、店主は他の仲間に相談し、扉をこじ開けることにしたそうでしゅわ。
屋敷の中に侵入した店主は、商人の行方を捜し、しらみつぶしに部屋の中を見回った。そして、寝室の扉を開けた時だった。店主は、目の前の光景に、すくみ上がり、腰を抜かしてしまったそうでしゅわ。
それは、奇怪な状況だった。寝室の床の方から、板の間を破って、何処からともなく生えて来た蔓が、寝ていた商人の首に絡みつき、絞殺していたそうでしゅわ。
さらに、気がついた時には、刈り取られたはずの花は、何事もなかったかのように同じ場所に咲き誇っていたそうでしゅわ。だから、その街では、それ以降、街中に点々と生えているその花を呪いの花と呼んで、触れるのを恐れたそうでしゅわ」
話を聞いたセロンは、唖然とした。恐ろしく、総毛が逆立つのを感じた。
「そんな恐ろしいの? この花は」
セロンは、薄い青色の花を指して、取り乱した様子で訊いた。
「あくまでも、噂のはなしでしゅわ。風説の可能性が高いでしゅよ」
それでも、セロンは、不気味で仕方がなく、これ以上、花の傍にいるのを止めようと思った。
最後に、もう一度、大きな薄青い花を見上げた。すると気のせいなのか、花は、先程と異なり、こちらの方を向いている気がした。
セロンは、街の中心広場に向かおうとしていた。人が忽然と消える問題を解決するのに、ランデールから聞く前に、自分でもできる範囲で調べようと思ったからだ。路地を中心に向かって、突き進み、大きな通りに出る。そこは、広場に繋がる四つの主要通りの一つであり、広場はもうすぐ目の前だった。
立ち並ぶ店の間から白い柔らかいものが見えた。セロンには、ピンと来るものがあった。聞いておきたい疑問もあって、セロンは回り込むように、白いものが見えた所まで向かった。
再び、昨日何度か訪れた公園に入り、裏路地の方を見る。いた。兄のシェルクが子供達四人と何か話していた。子供達はスティアの保護施設で会ったあの四人だった。やっぱりそうだった。セロンは、何処かで見た事あった理由がようやく分かった。しかし、あの四人は一体、兄と何を話しているのだろうか? ん? あの四人? あれ、五人だった気がしたけど、一緒じゃないのかな。
セロンは、再び疑問を感じつつも、今度こそ兄と話をしようと思った。
「あ~、セロンくんじゃないさ」
突然、名前を呼ばれてセロンは、ドキッとし、振り向いた。
そこには魔具店のフィルゲートおばさんがいた。セロンは驚き、足を止める。
「フィルゲートおばさん、どうしてこんな所にいるの?」
「少し気になる用事があったのよ」
「気になる用事?」
「ちょっとした気がかりさ」
フィルゲートは言葉を濁して、はっきりと答えてくれなかった。セロンは、何故答えてくれないのかと小首をかしげた。
少しの間があった。セロンは、何か中断された気がして、直前に考えていた内容を思い起こした。はっと思い出し、路地裏の方を振り向く。
しかし、もう既にシェルクは、そこにはいなかった。
セロンはがっくしと項垂れ、ただただ、そこに立ち尽くした。
「ん? どうしたんだい?」
フィルゲートおばさんの質問が虚しく聞こえて来る。




