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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第2章1節 施しの植木鉢 上

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第59話 「物質Pの操作魔法練習」

セロンは夜の貴族の上町(かみまち)の話を聞いて、様々な感情が渦巻いた。激しい憤りと、とりとめのない悲しみ、そして、際限のない(むな)しさが入り乱れた。


 あっくんから聞いた内容は本当に悲惨なものだった。


 貴族は夜も寝ずに(うたげ)や催しを開き、(きょう)に入っていた。舞踏(ぶとう)晩餐会(ばんさんかい)などの華やかなご遊戯じゃない。それは、平民を使った醜悪な見世物だった。平民は、赤い首輪を付けられ、人間以下として扱われていたと言う。動物のマネをさせられたり、馬乗りになって、競争させられたり、魔獣と戦わせたり、不適合マナリスを摂取させ、そのもがき苦しむ様子を面白おかしく眺めたりと、見るに()えない仕打ちだったそうだ。


 セロンは、目線を泳がせ、何て言ったらいいか言いよどんでいた。


「だから言っただろう? 聞いたら後悔するって」


 あっくんがコーヒーを口に含みながら、一息ついた。


 確かに、聞くだけでも(おぞ)ましい事実だった。だけど、これで、どうして平民が貴族に使用人という名目で連れ去られるのに、恐怖するのかが明確に分かった。嫌だと思わない方が難しい。やはり、魔法を使えて優位な立場の貴族は、思い上がりも(はなは)だしい。何よりも、ランデールが定めた悪制であり、ランデールのやり方なのだ。全ては、ランデールが悪い。そうに違いない。セロンは、毅然(きぜん)とした決意を固めた。


「あっくん、僕はランデールを懲らしめたい! 悪い奴が上に立っているなんておかしいよ!」


 あっくんを強い眼差しで見つめた。


「また、無謀(むぼう)に立ち向かうのか?」


 あっくんは鋭い視線を返してくる。セロンは、目線を落として、少し思い(ふけ)った後、再びあっくんの方に顔を向けた。


「……今度は、あっくんにも手伝ってほしい」


「やはりそうなるよな……だが、街全体を巻き込むことになりかねないぞ」


「それでも、このまま酷い状態が続くのなんて見過ごせないよ」


 セロンは真剣に訴えた。それを聞いたあっくんは片肘をついて、窓の方を確認する。


「……どのみち、時間の問題だな」


「何が?」


「心配しなくても潮目が変わるっていう意味だ」


 セロンはよくわからず、難しい顔をした。


「それは分かったが、人が姿を消す問題はどうするんだ?」


「ランデールを捕まえて、問いただせば分かるんじゃないの?」


「だとしたら、セロンはランデールを捕まえるまでここでお留守番でいいな?」


「何で? 僕もランデールを捕まえに行きたい」


「セロン、命が脅かされるような危険を冒そうとするな。お前に何かあったら、俺が木端(こっぱ)微塵(みじん)になるんだ」


 あっくんは右腕を振って、手首にある白い腕輪をちらつかせてきた。分かるだろう? というような表情をしている。


 つかさず、セロンはその腕輪を指さして指摘した。


「『セロンの勇気に従います』って書かれてるよ」


 あっくんは嫌な顔をした。セロンは、自分で指摘して後ろめたい気持ちになった。弱みに付け込んでいるのは分かっていた。だけど、直接戦うとかじゃなくても自分にだってできることはあると思いたかった。無能じゃないと示したかった。


 そんなセロンのはやる気持ちを察してか、あっくんは口を開いた。


「せめて、物質Pを何時(いつ)でも操れるようになってからにしろ。今のままなら、逃げ惑って(おとり)になるくらいしかできないだろう」


 悔しいけど反論の余地は無かった。あっくんは両腕をテーブルに置いて続けた。


「取りあえずだ。今日は、ここでしばらく練習をして、感覚を磨くんだ。それからでも遅くはない」


「あっくんはランデールを捕まえに行くの?」


「俺は、もう少しこの街を調べに行くつもりだ」


 その後、セロンは渋々納得した。あっくんは、支度をし、部屋の扉に手を掛けて、振り向いた。


「何かあったら、救難信号機で知らせろよ。忘れるな」


「分かった」


 セロンは答えた。


「スクミ―、極力セロンの側にいて、守ってやれよ」


「承知しましたでしゅわ」


 スクミ―は張り切って答えた。セロンは何だか不本意だった。白竜なのに守られないといけないだなんて、情けないと思った。


 あっくんが部屋を出て行った後、セロンは大人しく魔法の練習をしようと思った。次、争う機会があったら、しっかりと魔法を使いたいと考えたからだ。


 リュックから透明な物質Pの塊を取り出し、動くように念じてみる。コロコロと左右上下に転がし、回転させてみる。一応、出来た。まだまだ、遅く、とても()ぐに発動できそうにないが、動かすくらいならどうってことない。


「実戦を想定するなら、むぐむぐ……浮かせたり、飛ばせたり出来たらいいでしゅね」


 スクミ―が一言漏らした。ベットに横になりながら、ピンク色のナッツを食べている。


「そんな簡単に出来るものなの?」


「むぐむぐ……感覚的なものでしゅからね、上達には個人差がありましゅね」


「スクミ―はどれくらいで魔法を使いこなせるようになったの?」


「むぐむぐ……ミーは、優秀なので、割と一瞬でしゅたわ。むぐむぐ……ええ、ナッツを噛み砕いて飲み込むくらい一瞬でしゅ」


 本当なのかと(あや)しんだ。ベットの上で呑気に豆を(むさぼ)っている姿を見るととても才能があるようには思えなかった。


 セロンは、しばらくの間、練習に励んだ。物質Pを浮かせるというのは、かなり難しかった。まだ、存在の認識がぼんやりとしていて、持続して操り続けるというのが困難だったからである。その代わり、飛ばすというのはコツがつかめて来た。少し離れた所にあっても、瞬間的に力を加えて、制御方向に飛ばせた。何回か飛ばしているうちに、手に持って投げるくらいの強さで投げられるようになり、壁に強くぶつけてしまった。石の壁は鈍い音を立てて、少し円形に凹んでしまう。


「どうしよう。スクミ―何とか直せる?」


「ミーには無理でしゅね」


 仕方ない、出来ないならどうしようもない。壁はそのままにしておき、セロンは物質Pを巾着袋にしまった。容量はもう限界だった。見えない物質Pの頭部分が突き出てしまい、不自然に広く口が開いた巾着になってしまっている。セロンはまあいいやとそのまま肩にかけた。


「ん? 何処か行く気でしゅか? トウシちゃんに言いつけられていなかったでしゅか?」


「魔法が扱えるようになるまでだよ。もう多分、大丈夫だから」


 スクミ―は、困った問題児を(とが)めるような目を向けて来る。しかし、無理に止めるような真似はせず、溢れて飛び出しているはずのセロンの巾着の中に忍び込んで行った。たちまち、巾着は余裕があるくらいの外見となった。閉じられた巾着の口からブツブツと何かものを言っているのが聞えてくる。セロンは無視をして、部屋を飛び出し、宿の外に向かう。宿主は相変わらず留守にしていた。


 前の流れの無い偽運河の前に出るとまず視線が向いたのは、遠くの壁の外だった。また、暴風の壁が出現していた。街の中は、風一つない無風状態である。セロンは、中央の謎の銀のオブジェがある広場の方へ向かった。


 セロンが昨日とは違う道を歩こうと、(にせ)運河に架かる橋を渡り、家々が立ち並ぶ路地を選んで進んだ。


 道は、ほぼ石材の外壁や塀が立ち並び、殺風景だった。だからなのか、その細い隙間から覗いている薄青色の花に目が入ったのは。


 セロンはぼんやりと吸い寄せられるように見入った。どこかで見た花だ。人の背程ある大きな薄青色の花……。そして、傍らを通り過ぎた時、一瞬で閃いた。


この花はあの街でも咲いていた。


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