106話 「謎の洞穴の向こう側」
気分がスッキリ晴れやかというわけではないけど、自分が出来るせめてもの償いが明確になって、前を向けるようになった。心に余裕が出来てくると、休業していた店の期間限定特別コースがどんなものなのか気になり始めた。
今回、たまたま開いていた店の、提供してもらった料理も悪くは無かった……。美味しくなくはなかった。残り物みたいだし、街のエネルギーが無くなってから提供されたものだし、店主の人も努力してくれたんだと思うけど……うん……問題ない平時の期間限定が正直、良かった。
今日のところは、時間も遅くなり、日も沈んできたので、部屋に戻って眠るだけだった。街は、夜になると前の日と比べ物にならない程、暗黒の街になり、まるで魔獣の根城のような奇妙な雰囲気が立ち込めていた。当然、部屋の灯りはつかないので、部屋の中もモグラの家である。換気が機能しなくなったからか、粘っこい空気が体に絡みついてきた。
それでも、あっくんが風の魔法アイテム(携帯式の自動風発生装置らしい)を使って直ぐに換気したので、多少マシになった。
ユートピアにマールの仲間達を連れて行ってあげるのがセロンの役目だと決まったけど、実際にユートピアがあるのか分からない。あったとしても何処にあるのかも分からない。だから、セロンは、初めにユートピアというものを見つけることにした。
小さな竜のような銀細工は、スクミ―が「これは大切に保管するのでミーに任せるでしゅ」と言ったので、彼女に任せた。
日が沈むとともに眠るしか、やれることのない街で、セロンは横になっただけで直ぐに眠りにつけた。元々、陽が陰って来ると、眠たくなって来るセロンには大した問題では無かった。それなのに、あっくんは、小さな豆電球を手元につけて、何か作業をしていた。
次の日になると、部屋を引き払い、旅立ちの支度を始めた。部屋の鍵を返した後、あっくんが「行かなければならない部屋がある」とすぐに言った。
「今、部屋を出たばかりなのに?」
「何のためにこの街に来たと思ってる?」
あっくんは、せかせかと歩き出すので、セロンは、従うままについて行った。
ただの居住区の汚れた階段を上がり、ギシギシと悲鳴を上げ、沈み込む銅の橋を渡った。何処まで行くのか疑問に思っていると、次は、斜めに傾いて、途中でねじれて手すりが足場になっている螺旋階段を上がった。誰が括り付けたのか分からない年季の入った綱を登り、足場が杭を打ちつけただけのような階段とは言えないアスレチックを上がっていく。すると、潰れた饅頭型の部屋に辿り着いた。
「この中にある」
あっくんは、部屋の扉についた鍵を外していた。全くのぞき窓がない部屋だった。あっくんが部屋の扉を開けて、中の様子が露になった時、セロンは息を飲んだ。
「部屋を一つ一つ調べて回らなきゃいけなくなって、骨が折れたんだからな」
あっくんは、苦労を大袈裟に主張した。
部屋の中はこじんまりしたものだった。誰がこの部屋に集めたのか分からない。だけど、この街に高価な宝石が眠っているという噂が立てられていたら、ここがその場所だと確信が持てた。
部屋の殆どを占領する金で出来た容器が三つ、中央を向くように並んでいた。その中は、納まりきらない大きさの宝石、Pマナリスが入っていた。さらに脇に大きさが不均等のPマナリスの塊が散らばっていて、床にもpマナリスのカケラがこぼれていた。
「これ、盗っちゃってもいいの?」
セロンは盗むのは憚られる気がした。
「こんな量、貯めれるのは、街長くらいだろう? けど、街長はもう死んでる。だから、このPマナリスは、今、街の誰にも存在を認知されていないと言っていい。盗ったって誰も文句は言わないだろ? それに、たとえ誰かの所有物であったとしても、盗るには変わりないんだから、問題ない」
「悪いことじゃない?」
「全く善良だ」
「本当に?」
「もし住民の所有物だったとしても、そいつが困るだけだ。問題ない」
「いや、大問題でしょ!」
あっくんが「早く取り込め」と急かすので、セロンは、腑に落ちないままに、中にあるPマナリスを片っ端から摂取した。取り込んでしまえば、もう吐き出すこともできない。セロンは、何処かの誰かに「御免なさい」と謝りながら全部平らげた。
背がまた少し伸びた気がした。手で身長の目安を測ってみると、あっくんの膝を丁度越える背丈である。
「これで、責任は、食べた張本人であるセロンにあるな。何処かの誰かが泣いてもセロンが犯人だって伝えておく」
あっくんは、さらりと裏切って来る。
「ちょっと、それはあんまりだよ! 道連れだよ、道連れ!」
セロンは、あっくんに抗議をした。しかし、そんな抗議は虚しく無視され、下に降りると、「まだ旅立ちの準備が残っている」という理由で、何処かに逃げて行った。
呆気に取られていたセロンは、出来るだけあっくんを困らせる為に、街の外へ行こうと決心した。街中を探しても見つからないようにするための嫌がらせである。
実際のところは、あっくんへの当てつけだけではなく、様子が気になったので足を運ぼうと考えていた。
長い橋を渡り、固められた沼がある荒れ地を抜ける。採掘者の滞在する広場を訪れると、宴の時のような賑わいが広がっていた。
セロンは、目立つのもまどろっこしくなるし、ちょっと様子が見れればいいので、スクミ―から借りている魔法の布を被り、隠れて忍び込んだ。
治安維持部隊の隊員が先導して、採掘者達を動かしていた。監視員の女達は、今までが嘘のようにへりくだっていて、部隊の者に指示を受けていた。セロンが無力化し、あっくんが広場まで運び出した被害者達は、無事に目が覚め、手当を受けていた。
セロンは、探し人を見つける為に広場の中を見渡した。首を振って歩き回った。そして、端の方で集まっているのを目撃した。
「これから俺達どうなるんだろうな?」
オールバックくせ毛の男の子が呟いた。
「悪いようにはされないと思うけど」
どんぐり頭の男の子が答えた。
「あ~……貯めておいた資産が……ただの棒切れに……」
もっさり傘頭の女の子が地面に膝をついて嘆いていた。
「元気出せって、カッサー。俺達だってユートピアに行けば、ここで貰った棒切れなんて忘れるくらい贅沢できるって」
「そういえば、マールは、街に行った後、直ぐにユートピアに特別処置として招待されたらしいよ」
「まじで!?」
「うん、リュカから聞いた話だから間違いないよ」
傘頭の女の子は、使い物にならなくなった棒を怨念を込めて折り始めている。
「流石マールじゃん。俺達も早くユートピアに行きてー!!」
「マールが待ってるんだから、うかうかしてられないよね」
子供達は、マールを思い出している様子だった。ただセロンはもう長居は遠慮しておこうと思った。ツンツン頭の男の子の姿が見えないのは、気がかりだけど、子供達は元気にしているみたいなので、満足だった。
こっそりと誰にも見つからないようにセロンは、採掘場の方へと下りた。坑道前の広場には、誰もおらず、坑道内も物音一つ聞こえて来なかった。さらに、下深くに向かうと、汚泥で埋もれた崖の底が見えて来た。遺跡がまるまる埋もれていて、汚泥の湖になっていた。
「わたくしの下部達。しっかりと耳を傾けて下さいね」
ミステールの済んだ声が聞えた。もう少し下りてみると、丁度広めになった足場にミステールの姿があった。多数の作業員が、汚泥の上に板を敷いて立っている。
「いいですか? 貴方達がわたくしについて来てくれるのであれば、わたくしが貴方達を守るのを約束します。わたくしに力を貸していただけますか?」
相変わらず、全身を汚さないために厚い布を着こんでいるけど、物腰が軽く、何か前よりも穏やかになったような気がした。
「協力していただけなければ、汚泥の沼に沈めますよ」
やっぱり撤回。ミステールお姉さんは、ミステールお姉さんだった。
「俺達みんな、監督について行きやす!」
「私達をどうぞお気に召すようにお使い下さい」
どうやら姉に対して心酔するほど信頼を置いている人達がいるみたいだ。
「お前らもそうだろう?」
「「「うぇーい!!!」」」
なんだかんだでミステールお姉ちゃんは、作業員達に慕われるようになったみたいだ。
セロンは、自分のことのように誇らしげに思った。そして、壁に開いた小さな洞窟の中へ入った。この崖の層は一定以上、下に行くと、暗い層があり、非常に硬く掘るのも一苦労だと子供達が言っていた。なので、坑道や無駄な穴は存在しないのだけれど、二か所だけ洞穴があった。そのうち、底の方は汚泥で完全に埋まってしまったので、入れないけど、上に開いた小さめの穴は、まだ埋まっていなかった。どちらも同じ方向に開いているので、繋がってそうだった。
この洞窟は、以前に一度入ったことがあるけど、その時は、ランタンを忘れてしまったので、微かな灯りを頼りに進むしかなかった。それに、何かしら不穏な気配を察知して、奥までは行けなかった。だから、今回は、ランタンを持って来て、好奇心がくすぐられるままに奥まで進んでみようと思った。
奥に進むにつれて、陰鬱な空気がのしかかって来る感じがした。悲しみと寂しさ、苦しみが伝わって来る。そして、通路を抜けた先の大きな空間に出た時、セロンは尻尾をピンと張り、息を飲んだ。
大きな広間一帯に並んでいたのは、骸だった。広間を取り囲むように屍が列を作っていた。大きい頭蓋から小さい頭蓋まで、綺麗な形を保った骨だった。目立つような傷は無い。いつ白骨化したのかは分からない。綺麗に骨だけが残っている状態であり、綺麗に並べられている。それに何より、中央付近には、綺麗に整えられた碑が置かれていた。
通路から広間の中央までは、道が開けられているため、セロンは、中央まで進んでみようと思った。荒らしてはいけないと感じ、恐る恐る足を伸ばして行くと、碑には、細かく文字が刻まれていた。間近で覗くと、意味のある文字列では無かった。
「ラモア・ヴェティグリフ、イザエラ・サンタ―ルク、エレナ・フォーエル…………」
この碑には、ここに並べられている死んだ人々の名前が書かれているのかもしれない。
「だとしたら……ここは……!?」
唐突に右の方で風を切る音を聞いた。
シュッ! ドス!
セロンは、反射的に振り向いた。すぐ隣、名前が刻まれた碑に布切れが結びつけられた矢が刺さっていた。
「誰!!?」
セロンは、矢が飛んできた方に視線を移した。誰かが入口の方に居た気配があったが、すぐに煙のように消えてしまった。
動揺を隠せないまま、セロンは、周囲を警戒したが、誰もいなかった。セロンに気付かれずに、矢を射ったのにも関わらず、碑に命中していて、矢柄にも布が結ばれている状況から、セロンを攻撃したわけではないのは分かる。しかし、それでは何の目的で矢を射ったのか。
セロンは、矢柄に結ばれた布を取り外し、開いてみた。
〈墓碑に囲まれる床に敷かれた石板の下を見よ〉
布には、短くそう書かれていた。




