第105話 「弔いと望みのレストラン」
街の中心地に降り注ぐ死の光を塞ぐのは、もう少しかかるとあっくんがセロンに告げた。何も手伝えないセロンは、ブラブラと街の中を何の目的も無く歩き出した。
街中の人々は、街が機能停止して、困惑を募らせていた。外から来た者達は、居ても無駄な為、街からは姿を消していた。街の住民達は、情緒が安定せず、慌てふためている。
鍛冶屋は、炉が冷めて、金属素材を溶かせない。茶屋は、お茶を沸かす手段がない。換気をする機能が失ってしまったのか、街の中は、熱が立ち込めている。住民達は、部屋から出て、階段や宙にある回廊で項垂れている者が多い。部屋の照明は消えていて、街灯も大人しく休んでいた。
この街が稼働させていたのは、中心地にある大きなコアで、それから、街全体のエネルギーを賄っていたのである。街のあらゆるものが、魔法由来の仕組みで出て来ていて、エネルギーが無ければ、動かすことが出来ない。街にとって、コアが消滅させられたのは、心臓を止められたのと同義である。
治安維持部隊が混乱を収めるべく、街を奔走していた。セロンは、自分に二度も押し売りしてきた迷惑おじさんを見つけた。治安維持部隊の二人に膝をついて、救いを求めていた。
「お願いします。私に慈悲を下さい。あなた達、部隊は、惻隠の心をお持ちなんでしょう?」
「分かったから、立って、街の門の方へ行け! そこに補給班がいるから」
「はい、行かせてもらいます。ありがたき恩寵。救いの使徒よ」
迷惑おじいさんは、汚泥のついた手で、部隊の人の手を握り、それから立ち上がり、汚泥を飛び散らせながら、走って行った。
セロンがさらに当ても無く街を進んでいると、今度は、黒塗りにしてくるヨーティー族の店主が、部隊に捕まっていた。
「早く歩け! お前がどうして、俺達の備品に悪戯したのか吐いてもらうぞ」
街の中に持ち込まれていた部隊の備品が道の端にまとめられていたが、全て真っ黒に塗りつぶされていた。
「貴様らは、何も分かっていない! 目立つ色は、疎外されるんだ! だから、ワシは、黒く染めてやってるんだ! ワシの慈善活動を否定するな!」
黒い液の付いた刷毛を取り上げられて、黒塗りの店主は、暴れている。
「馬鹿げたことを言うな。お前の店も洗いざらい検分してやるよ」
「ワシの基地に手出しは許さんぞ!」
「おい、変な液まき散らすな。うぉ? くっせー!!」
黒塗りの店主は、引きずられながら連れて行かれた。今まで捕まらなかったのがおかしいほど、迷惑な人だったので、捕まって良かったとセロンは思った。……あまりにも独善とした我意を通すのは、人に危害が及ぶ可能性がある。わがままを通したい時は、都度あるけど、時には自重しないといけないとセロンは学んだ。
住民街では、ゴミを収集していた作業員が、溢れたゴミを道の脇に寄せていた。
「もう街の発電装置も無いんだし、ゴミを捨てる場所もないよな」
「街の外に持っていくのも大変だし、道の空いている所に集めておくしかないな」
「山積みになったらどうする?」
「屋根があるだろ? その上に乗せていけばいいんだよ」
「なるほど。そうだな。お前、頭いいな」
「そうだろ?」
この街がゴミの街になるのも、そう遠くないのかもしれない。そんなやり取りだった。
セロンが裏路地の方を歩いていると、前の方から桃色のネズミが駆けつけて来た。
「ここに居たんでしゅねセロンちゃん。探しましゅたよ。ふぁあ~……」
久々にスクミ―と会った気がする。何だか眠そうだけど、酔いは醒めたみたい。
「やぁ、スクミ―……。もう酔いは醒めたの?」
「バッチリでしゅよ! もう一度飲み直したいくらいでしゅから………… ?? あー! もう~!! 嫌なこと思い出した~!!!」
スクミ―が突然、頭を抱えて首を振り始めた。
「……何があったの?」
「大負けしたんでしゅ~!!」
スクミ―は手足をばたつかせて嘆いている。
「大負け? 何か勝負でもしてたの?」
「バカラでしゅ。あのチビじじいめ~! 許せないでしゅ。絶対イカサマやっているでしゅ」
スクミ―は布を取り出して噛んで引っ張っていた。さらにナッツを取り出し、不貞腐れた顔で食べ始めた。
「……うん。お気の毒に」
セロンはスクミ―の横を通り過ぎて行こうとした。
「あっ、ちょっと待って」
スクミ―が呼び止めて来る。気の進まないセロンは怠そうに振り向いた。
「セロンちゃんに渡したいものがあるんでしゅよ」
スクミ―はマルチポーチを探り始めた。
「マールちゃんは探してもいませんでしゅたけど、道端に面白いものが落ちていましゅたよ」
そう言って、スクミ―が取り出したのは、小さな竜のような銀細工だった。セロンは絶句して、言葉を失った。
「セロンちゃんみたいじゃないでしゅか? 誰が落としたか知らないでしゅが、道に落ちていても踏まれて潰れちゃいそうなので、もらっちゃっていいんじゃないでしゅか?」
スクミ―は、ウフフと微笑んでいた。
セロンは、ゆっくりとした足取りで、スクミ―の元まで向かい、手にぶら下げている銀細工を両手で乗せるように受け取った。
セロンは、虚しさと悲しさで胸の奥がぽっかりと空いていた。微かに感じられる匂いが、彼女に買ってあげたものだと分かった。
「どうしたんでしゅか?」
スクミ―の疑問に直ぐには答えられなかった。スクミ―は首を傾げている。
「何か心当たりあるんでしゅか?」
「……これは、肝心な時に傍に居てあげられない竜だよ」
セロンは呟くように答えた。スクミ―はピンっときていない。
「力になってあげたいと思いながら、結局何もしてあげられてない白竜なんだ」
セロンは、ため息をつくように答えた。
「それって……」
「ここに居たか」
路地の先からあっくんが姿を見せた。
「救難信号機が使い物にならないから、探すのに手間取ったぞ」
セロンは反応が薄く、じっと小さな竜の銀細工を見つめていた。
「ほら、行くぞ」
あっくんは、セロンをかかえるように持ち上げた。セロンは無抵抗に持ち上げられる。
「何処に行くんでしゅか?」
「とっておきの場所」
あっくんは、一言告げる。
「とっておきの場所?」
スクミ―は全然話が見えてこない様子である。
「死の光は消したの?」
セロンは考えなく、口を突いて出た。
「ああ、穴は埋めた」
会話が続かない。質問に意図がないから、特に返答に対しても何とも思わなかった。
あっくんが何処に向かっているのか見当もつかない。セロンは、精神的にも歩けない状態ではないけど、そのまま、あっくんに脇で挟むように抱えられるままでいた。
坂道を少し登った。街には、少ししかない街長の館まで続く、盛り上がった丘のようなエリアだった。
やっと立ち止まって、一つの建物の前に立っていた。
「…………」
沈黙が続いた。
「……本日休業」
スクミ―がそう呟く。目の前には店があった。この銅で出来た街では、珍しいこじゃれた装飾を施された店だった。しかし、入口の扉には、〈本日休業〉の看板が吊るされていて、中は暗くなっていた。
「期間限定、特別な一皿。幻の素材を使ったフルコースをご堪能あれ……」
店頭の掲示板には、派手に装飾されて、食欲と好奇心のそそる宣伝文句が書かれていた。
「俺が見かけた時は、やっていたんだがな。仕方がない。別の場所にするか」
「散々もったいぶって、お預けなんでしゅか!? ミーの舌はもう、この店に入ってるんでしゅけど!」
スクミ―の文句は、当然、どうにもならず、あっくんは、淡々と歩き始めた。
それほど、歩かず、丁度丘の反対側くらいで、別のレストランを見つけた。
「入るぞ」
「ここもやっているのか怪しいでしゅよ」
店は、灯りが付いておらず、薄暗いが、店は開かれていた。しかし、店の中で、椅子とテーブルを片付けている店員がいた。
「いらっしゃい」
陽気なヨーティー族のおじさんっぽい人が、愛想良く挨拶した。
「何か、料理を作ってくれるか?」
あっくんは、泰然自若に訊いた。
「種類は選べなくてもいいですかな?」
「構わない」
「それなら、丁度、残していても腐らせてしまう食材があるので、それを使いましょう。お好きな所にお座り下さい」
銀のクラゲのような帽子を被った店員は、快く店の奥に向かった。セロン達は、まだ片付けられていない、テーブルに椅子を持って来て、腰を掛けた。セロンにはヨーティー族用の椅子が丁度良く、スクミ―は、お手製の腰掛に座っていた。
また、誰もしゃべらない時間が生まれた。スクミ―は、ナッツをポーチから取り出して、パリパリと嚙み始めた。
「お前はどうしたいんだ?」
あっくんが言葉を切り出した。セロンに向けたものだと分かるけど、何のことだか分からない。いや、お見通しなのかもしれない。
「……助けたい」
「それは不可能だな。魔法は、奇跡を起こすものではないからな」
率直に口から出た言葉だったから、そんなのは無理な話だって分かっていた。けど、ならどうすればいいのだろうか?
「どうすれば、マールは許してくれるかな?」
スクミ―は、ナッツをポロポロとこぼしながら、「ん?」と疑問を漏らしていた。奥から店員が、銀色のカップを持ってやってきた。中は、橙に濁った未知の液体だった。
「カンジュースです」
テーブルには人数分の銀のカップが置かれた。スクミ―にも同じのが置かれたけど、そんなに飲めなさそうだと思った。
「ストロー頂戴でしゅ」
スクミ―が店員に告げると「畏まりました」と答えた。ストローは、本で見た便利アイテムの中に書いてあったものだとセロンは、思った。
「許されないような失態を犯したのか?」
セロンの問に対して、あっくんは、そう問返してきた。
「……もう少し一緒に居てあげれば助けられたかもしれない」
ずっとマールの部屋の前に居て、用心棒のような役割をしていたら助けられたかもしれない。
「この街の地下で蔓延していた悪行は知らなかったんだろう?」
「それは……うん」
たしかに、採掘場でネイザーグが宴の祝辞を述べた時に、彼と初めて会ったけど、彼が地下で、残虐で悪趣味な行為をしているなんて知る余地も無かった。
「だけど、いつ危険が巡って来てもいいように予期して、備えて置かないとダメでしょ?」
セロンは悔やむように視線を落とした。店員が、奥から飾りつけの花をつけた茎ストローを持って来て、スクミ―に手渡した。スクミ―は、「どうも」と言って、何の躊躇いも無く、口一杯にストローを含み、カンジュースを飲み始めた。
「セロン。大事なことから細事なことまで、全てに気を配るのは不可能だ。だから、全ての危機に対処は出来ない。対処できるのは、予め予期していた、些細な予想だけだ」
あっくんは、言い聞かせるように話した。
店の奥では、バンバンバンバンっと強く親の仇のように叩く音が聞こえて来る。スクミ―は、いったい、体の何処に入るんだろうかという量のカンジュースを飲み干していた。
「だから、起きた事後のことはどうしようもない。今回味わった苦渋を先の困難に生かすしかないんだ」
「……」
店の奥の方から、容器がタップダンスしているのではないかという激しいカサカサ音が聞こえて来た。
「もう一度問うぞ、セロン。お前は、今どうしたい? どうするべきだと思う?」
あっくんは、じっと真剣な面持ちでセロンを見据えた。
「どうしたい……」
特に何も思い浮かばなかった。
店の奥の方から、薬草を焼いた匂いと骨と油を焦がしたような臭いが漂って来た。
「マールは何を望んでいた?」
「マールが望んでいたこと?」
「そうだ」
「……」
セロンは、記憶を思い起こした。
マールは、四人の子供達と一緒の班で、採掘作業をしていた。他の四人は、まだ街に上がれるようなポイントを持っていなかったけど、マールは、もう少しで街に上がれるポイントを稼いでいた。だから、あと少し採掘を頑張るだけで良かった。なのに、マールは、みんなと一緒に街に上がりたいからという理由で、減点の危険を犯してまで、一人で採掘作業をしようとした。
仲間思いの優しい子だったし、頑張り屋だと思った。
だから、マールが望んだのは、皆と街に上がることだった。だけど、マールはもういないし、街が機能停止状態の今、採掘場も機能しているか分からないし、その望みは叶わない。
他にマールの望みなんてあっただろうか?
──あの~……ユートピアに行くには、どうしたらいいですか?
セロンは、マールが街に上がった時にふくよかな案内人にそう訊いていたのを思い出した。
「マールは、ユートピアに行こうとしていたよ。だけど、本人が居ないといけないし、ユートピアなんてないでしょ?」
セロンは、今まで、ユートピアと言う噂は、甘い蜜につられる人を騙すための餌でしかなかったのを知っている。
「無いとは限らないだろ?」
平然とした態度であっくんは答えた。
「実際に見たことも無いし、行っている人とも出会ってないんだよ?」
「まだ、手掛かりがないだけかもしれない」
あっくんは、頑なに希望を示した。
「……だとしても、マールはもう居ないんだし、望みは叶えられないよ……」
セロンは、現実を受け入れていた。
「マールの望みはそれだけか?」
あっくんは、さらに問いただしてくる。何が言いたいのかセロンには分からなかった。
「他にあったとしても、マールが居ないんだから、どうにもならないでしょ!?」
セロンはムキになった。
「今からでも叶えられる望みは、本当にないか?」
セロンは黙った。
「本人がいなくても叶えられる望みは本当にないのか?」
あっくんは言いなおして強調してきた。
本人が居なくても叶えられる望み? セロンは、そんなものはあるのだろうかと考えた。
マールのやりたいこと? 好きなもの? 好きな食べ物? 好きな服? 至福の時? しなきゃいけないこと? 使命? 望み……したい夢……。
──うん、それに、みんなのこと放って置けないからね。
セロンは、浮かび上がるようにマールの声が聞えて来た。マールは、宴の時にそう話していた。
皆のことを…………。
セロンは、ハッとした。
──そうだね。僕たちの目標はユートピアに行くことだからね。
頭にピンっと答えが思い浮かぶ。
「そうだ! マールは、皆と一緒に居たり、行くのに拘ってた! それに、マールの仲間の子供達もユートピアに行くのを目標にしていたよ!」
「それならどうする?」
あっくんは、促すように訊いた。
セロンは俯いて考えた。
「マールと親しかった仲間、子供達をユートピアに導いてあげればいいんだ!」
セロンははっきりと明確な答えを出した。
「そうだ。それが生きている者が出来る情けだ」
あっくんは満足そうだった。
店の奥の方から、店員がやってきて、緑色のドロッとしたソースがかかった、干からびた肉の皿を三人の前に提供した。緑と天然の素材の匂いがする。驚くべきことにスクミ―は、もう既にカンジュースを飲み干していた。
沈んでいた気分が、回復したセロンは、急にお腹が空いていたのを思い出したので、出された皿の肉を器用にホークとナイフを使って、頬張った。
味はまずまずだった。




