第104話 「死の光」
内臓が痛い。手が無くなってしまった。体中が痛い。
イクセントは、腹部を押さえ、よろけて壁にぶつかりながら、長い廊下を歩いていた。
地下の入り口に入る前に、万が一の為に仕掛けて置いた、遠隔起爆魔法アイテムを起動しておいた。これで、あの白い怪物は、私を追ってこれない。上手くいけば、汚泥で埋もれさせ、仕留められると考えた。だが、あの尋常じゃない動きと力なら望みが薄い。逃げられただけでも良しとしよう。
地下の扉も閉めて、火の魔法で壁を溶かし、重ねて塞いでおいたから、汚泥が地下施設の中に入っては来ない。だが、目ざわりな連中が街に入り込んでくる、と情報があったから、そんなに猶予もないだろう。必要なものを回収して、早くこの街から脱出しなければならない。
イクセントは、地下施設に辿り着つき、自室の方へ向かった。住みやすいように改造した部屋で、応急処置の包帯を取り出し、負傷した部分に巻き付けた。さらに、顔を覆う布と、全身を隠すような旅用の暗めのマントを取り出し、部屋を後にする。
それから迷わず、階段のある方へ通路を進んだ。イクセントにとって持ち運ぶべきものは、一つの部屋にしかない。だから、他の部屋にある物には目もくれなかった。久々の傑作は、あの白い怪物が持って行ってしまった。残念だが、命あるだけ良しとしよう。
階段の前の部屋入り、棚の間を抜けて奥に行く。棚にも努力の結晶があり、できれば持って行きたいのだが、持ち運べるものには限りがある。ここを抜けた時、いずれまた、沢山の作品を増やせると考えると、取るに足らない作品達だ。イクセントは、きっぱり棚にある作品達を諦めた。
奥には、ショーケースに入った自慢の傑作達が並んでいる。イクセントは、何もない一区画の壁のくぼみを掴み、手前に開いた。すると、中から、四角いケースなど、避難時の備品が現れた。イクセントは、四角いケースを開けて、ボタンを押した。直後、風の魔法と植物由来の伸縮性のある物質の組み合わせで出来た、丸い柔らかい球体が出来た。それを使い、傑作達が傷つかないように、保護し、さらに同物質のパックに詰める。ここから抜けだす時の為に、備えておいた運搬具である。
イクセントは、片腕が無いため、苦労しながらショーケースに入った傑作達をパックに詰め込み、商人が使うような背嚢に入れた。たとえ、急いでいても、慎重にしなければならない。大事な傑作達は絶対に傷つけるわけにはいかないのだから。
やっとのことで、全て詰め込み終えたイクセントは、壁際の真ん中に独立して空になったショーケースを一瞥し、苦々しい表情をした。
「ちっ」
背嚢を背負い、体の前で縛り、落ちないようにする。イクセントは部屋を後にした。部屋を出ると直ぐに階段があるが、通り過ぎ、横にある昇降機のフェンスを開けた。中に入り込み、レバーを引く。ゴトゴトと音を立てて、昇降機は上昇し始めた。
イクセントは崩れるように、その場に座り込み、右肩口を押さえる。
「くそっ!」
イクセントは、大きな重たい金属が擦れる音に負けないような悪態をついた。
空気を溶かす不快な熱が、中央の金属柱から身体に伝わってくる。
「元々、私は戦闘なんて好きじゃないんだ。芸術家なんだ。あんな化け物となんて、戦う気は無かったんだ……」
イクセントは、何処でミスってしまったのか考えた。
「……あいつだ。ザルスだ。あいつのせいで上手く行かなかった。あいつが私の最高傑作を勝手に盗んでいきやがったから上手く行かなかった。あれがあれば、白竜なんて、大したことないのに。次会ったら、殺してやる。私の右腕を奪った罪は大きい」
イクセントは、金網のフェンスを握りしめ、溶かした。
「もっといい素材が欲しい……。美しい素材が手に入る街に行かないと」
溶かした金属を握りしめて、ガムのように練り込んだ。
昇降機は、一定速度で上に昇っていく。
「……溶かしたい。誰でもいいから、溶かしたい。右手をもいで、内臓を焼いて、頭を溶かしたい。溶かした~い!」
落ち着いて来ると、また、沸々と怒りが込み上がってきた。
「理不尽だ! 私が何をしたっていうんだ! 美しい作品を作りたいだけなんだ! 醜く悪い奴らを練習の糧にして何が悪い! 救いようのない奴等を実験に使って何が悪い! 動いているだけで、何の価値のない奴等を美しく加工して何が悪い! 不公平だ! 不公平だ! 不公平だ!」
イクセントは手を柵に打ちつけて、頭を昇降機の床に打ち付けた。ガタガタと昇降機が音を立てて揺れる。
「不公平だ! 不公平だ! 不公平だ! 不公…………」
一瞬、真っ白な景色が見えた。そして、何も感じなくなった。痛みも何も感じない。ただ、無に飲まれていった。
*
街中に光が天空から降り注いでいる。街を包む濁った煙を透過して、はっきりと確認できる減衰のない光。見た目は強い光ではないのに、一定ではっきりとしているため、異様な光だとすぐにわかる。
「また、誰か穴を空けたのか?」
あっくんが光を遠目で見て、呟いた。
「前に訪れた『安らぎを渇望する街』でも起きた、あの怖い光?」
セロンが訊いた。
「そうだ」
あっくんは、やれやれと溜息をついて、街の方へ歩き出した。
「街に被害が出ているかもしれないな。あの光を消してくる」
「僕も行くよ」
セロンは歩き出して、途中でミステールの方を振り返った。
「ミステールお姉ちゃん、またね」
「そうですね。わたくしは、崖の下に漏れ出した汚泥の確認と処理に向かいますね」
ミステールが透き通った声で答えた。
「うん。何かあったらお姉さんを頼るよ」
「是非、そうしてくださいね」
セロンは、あっくんに追いすがるように駆け寄った。後ろから、何やらやり取りが聞こえて来る。
「貴方は、わたくしに、また協力してくれるのでしょうか?」
「勿論です。私は監督に何処までもついて行きます」
「あの……、触らないでもらえますか?」
あっくんと二人で来たセロンは、街まで来て、前までとの違いにキョロキョロと見回しながら歩いた。ゴトゴトと動く金属音やドロドロとした汚泥の流れる音が全くしない。濁った煙を噴き上げていた煙突や排気口は、元気が無くなっている。街には賑わうほどの人々がいるのに、それらが止まっているだけで、やけに静かに感じる。今の街の状況は、街全体の時間が止まって、死んでいるみたいだった。
住民の困惑の声が上がっている中、二人は、光が降りている元までやって来た。光が降りている場所は、大きな怪物の卵のカラクリがあった所だった。カラクリは光によって、綺麗さっぱり消えていて、光が降りた下は、ぽっくりと穴が空いていた。もう重厚な金属音は全く聞こえて来ない。そして、汗が噴き出しても蒸発し、干からびるような熱もない。
「どうやら、ここにあった街の動力源を消滅させるのが狙いだったみたいだな」
あっくんは、光が降り注ぐ上空を確認しながら答えた。上に張り巡らされていた銅線の束は切れていて、だらり折れ曲がっている。光が注がれている空間だけが、済んだ色をしていた。
「誰がこんなことをしたんだと思う?」
セロンは周りを見渡しながら訊いた。辺りには、ぞろぞろと野次馬が集まって、光が降り注ぐ、周りの背の高い柵の前にいた。
「さあな、あの立て看板の立てた主の仕業じゃないか?」
あっくんは、柵の前の道に埋め込まれている看板を指した。銅の床を木の棒が貫通していた。
セロンは、目の前まで行ってなんて書いてあるか確認してみた。
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90日後に、恐怖の大魔王が、天誅を下す
生き残りたくば、不浄の芥を生むなかれ
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また前の街『安らぎを渇望する街』でも書かれていた大魔王だった。前は百日後だったのに、九十日になっている。大魔王は、本気で街を滅ぼす気なのだろうか?
セロンは、微かにミントの香りが漂っているのを嗅ぎ取った。この香りは、何度か嗅いだことがある。何か意味があるのだろうか?
あっくんにも意見を訊こうと思い、首を向けると、重厚な鎧を纏った巨漢が人垣を割ってあっくんに接触しようと来ていた。
「死の光が降り注ぐとは、穏やかではないな」
治安維持部隊のフィルズ・アスターである。セロンも二人の元に向かう。
「どうせ、俺が塞がなきゃならないんだから、こういう悪事は、やめて欲しいな」
あっくんが頭を掻きながらため息をついた。
「死の光?」
セロンは訊き慣れない言葉を復唱する。
「この光は、全ての物質を跡形も無く消滅させることから『死の光』って呼ばれてるんだ」
あっくんがサラリと答えた。
「へ~」
「死の光まで使って、街のコアを破壊するとは、よっぽどこの街が嫌いな輩かもしれないな」
「この街どころか、あらゆる人の住む街を気に入らない可能性はあるな。『安らぎを渇望する街』でも街の重要なオブジェが破壊されていたからな」
周りの野次馬の人々は、陰惨な表情をしていた。座り込んで、ガックリと項垂れている人もいれば、真っ青な顔で、嘆いている人もいる。街の住民達は、揃って絶望に打ちひしがれていた。
「終わりだ。もう、この街は終わったんだ」
「こんな惨い悪戯をするのは誰なの!?」
「犯人は、まだ近くにいるはずだ!」
「この札を立てた大魔王って奴が犯人だ! 探せ!」
悲壮感が漂っていた群衆達が、徐々に怒りの声を上げ始めた。
「ここは騒がしいな。一旦、場所を変えるぞ。どうせ、この場を封鎖しなくても、柵を乗り越えて、死の光に触れようとする馬鹿なんていないだろうからな」
フィルズがそう告げると、セロンとあっくんはその言葉に従った。
少し脇道に入ると、丁度人が居ない暗所があったので、そこで改めて情報を交換することになった。
「街の外の採掘労働者の広場に気を失った者達を寝かせている。もう起きている奴も居るかもしれないが、保護を頼んでいいか?」
あっくんが初めに切り出した。
「了解した。部隊の者に伝えておこう」
フィルズが即答する。
「私からの報告だが、この街の街長は、かなり前から、既に何者かの手によって殺害されていた可能性が高いな」
「根拠は?」
「街一番の高台に街長の館があるんだが、館内を調査した。部屋中が、荒されていて、衣装ダンスの中に、血痕に染まった衣装や小物が出て来た。街長の姿も見当たらない」
セロンは、フィルズの話を聞いて、一人の人物が思い当たった。
「ネイザーグ」
セロンが口を開くと、二人の視線が注がれた。
「街の地下にネイザーグっていう悪い奴がいて、人を魔法アイテムに変えてたんだよ。地下から逃げられたから追わないと!」
「街長はそいつに殺されたというわけか?」
「街長がネイザーグに殺されたのかは分からないけど、以前の街長がどうこうって話してたよ。まだ遠くに行ってないと思うから捕まえるの手伝って欲しい!」
「了解した」
フィルズは、直ぐに部下たちに指示を出し、捜索に当たらせた。
「誰だよ、電気止めたの!」
「至宝の鎖帷子を打っている最中だったんだぞ!」
「うるせぇ、こっちは、純金のビスチェを作ってたんだよ!」
民衆が暴徒化し始めた。小さなヨーティー族が地面に広がっている汚泥を掴んで投げ合っている。
「群衆達が荒れ始めて来たな。私は、鎮圧に向かうとする。死の光は、お前に任せたぞ」
フィルズはそう告げると、大きな道の方へ出て行った。
あっくんは、死の光が降り注ぐ、人だまりの方へ向かい、セロンは、ネイザーグを探す為に街中を歩き回った。しかし、臭いも追えず、それらしき人物も何処にも見当たらなかった。協力してくれた治安維持部隊にも、片腕を失って負傷している怪しい人物像を手掛かりにし、捜索してもらったが、街で捕まる者は現れなかった。依然として部隊には、捜索を続けてもらっているが、おそらく、もう街からは抜け出しているのだろうと諦念した。
無念の気持ちでセロンは、再び、死の光が降り注ぐ、街のコア広場まで戻って来た。
広場は、民衆たちが追い出されていて、道を部隊の者が塞いで、入れないようにされていた。セロンは、部隊の人々に認知されているらしく、難なく広場の中に入ると、あっくんがまだ、死の光と向き合っていた。
初めに見た時よりも、死の光の範囲が小さくなっていた。
「あっくん、そのアイテムが死の光を消す方法なの?」
「ああ、そうだ」
あっくんが手に持っているのは、ただの白い三角形の物体だった。死の光は、ほんの少しずつ細く範囲を縮めていた。どうやら、死の光を消すのには、少し時間がかかるらしかった。
セロンは、死の光の発生元だと思われる空を見上げた。
遥か、上空から光が射していて、どうやって発生しているのか全然分からなかった。自分が空を飛べれば、始まりが分かるかもしれないのにと考えた。そして、ふとリフトバルーンが思い当たり、使おうとした。しかし、あっくんに「危ないからやめろ」と咎められた。
セロンは、諦めて視線を上空から戻そうとしたとき、建物の屋根に尖った針を見つけた。他の建物には、付いてないし、見覚えがあったのでセロンは目に留まった。
あれって、『安らぎを渇望する街』でもあったアンテナかな?
細長く黒っぽいアンテナみたいなものは、一つ前に訪れた街でも、死の光の近くの建物に刺さっていた。いや刺されていた。
たしか、あの時は、誰かあのアンテナの傍にいたはずだった。
誰なのか分からない。もしかしたら恐怖の大魔王だったのかもしれない。セロンは、やけに気になり始めて、間近で見てみようと考えた。
リフトバルーンは使うと怒られるので、建物の突起をよじ登って行く。器用に壁の縁を伝い、屋根に辿り着き、近くで観察してみた。
ただの黒いアンテナだった。
しっかりと固定されて接地されているけど、何に使うのか全くよくわからない。触っても硬く頑丈な材質。錆びた銅色の屋根と比べても、後から設置されたのが明白だった。
結局、大した情報は得られず、セロンは、屋根から降りて、コア広場に戻ろうとした。
何かに見られている気がした。
セロンは、視線を感じた先を振り向くと、薄青色の大きな花があった。建物の排管に絡みついて、床の隙間に蔓が入り込んでいた。
セロンは、不気味に感じつつも睨み付けた。
しかし、街では存在が浮いている、ただの大きな花に変わりなかった。
ずっとにらめっこしていても埒が明かないので、セロンは、観察するのを止めて、あっくんの元に戻った。
まだ、死の光は、完全に消せていない。
セロンは、死の光が射していた柵の前の大きな空洞を覗いた。ここの下は地下に通じる階段があった。階段は、半分残っていて、綺麗な断面になっていた。その下には、忌々しい地下施設がある。死の光の範囲から考えても、地下施設自体は消えておらず、残っているはずである……。
セロンは、マールのことを思い出した。
もう取り返しの使い、戻らない存在。
セロンは、無意識に巾着袋に入れていた、美しい白銀の杖を取り出した。狂気の男が言うには、これがマールの身体を原料にして作ったものらしい。
じっと物憂げに短い杖を見つめた。
「……ごめんね」
セロンは、小さく許しを請うように呟いた。それしか言いようが無かった。虚しくて仕方がなかった。




