第107話 「今できる最大限の答え」
書き付けを読んだセロンがランタンで足元を照らすと、確かに周りの碑に囲まれるように平たく丸い石が敷かれていた。
書かれた通りに従って、石板の端を掴み持ち上げてみた。中々に大きな石板であったため、一般人が持ち上げるにはかなり一苦労するものだが、セロンには、容易に持ち上げられた。片手で持ち上げた石板を支えて、ランタンを持って照らして見ると、石板の裏には、さらに布が隠されていた。布の状態は良く、矢柄に結びつけられた布と同じものであるため、同一犯の仕業だと分かる。
セロンは、ランタンを傍に置いて、布を拾って広げてみた。
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セロン様 貴方はどちらを選びますか?
干渉者スティア 寄る辺なき者に、居場所を造る。宿舎を設立。
博愛の使徒レオス 無限の苦役に苛む者に、安息の死を与える。
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また、この二択だった。一つ前に訪れた街でもセロンの前に置かれていた紙と同じような文。いったい、セロンに何を選ばせたいのだろうか?
どちらも会ったことのない知らない人。選ぶも何も、お知り合いになるところから始めるのが一般的ではないのだろうかと思った。
セロンは、布を巾着袋にしまい、石板を元に戻そうとした。しかし、ふと石板の裏に文字が書かれているのを見つける。
「なんだろう?」
セロンは、再びランタンを持って、石板の裏を確認した。
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ある時世界が白く包まれた。
その白は、私達には優しくなかった。
逃げるしかなかった。
私も皆も必死に逃げた。
爪が、腕が、ボロボロになった。
白から逃げられたのかは分からなかった。
けど、私はまだ生きていた。
それでも日に日に恐怖が募って来る。
私はさらに奥に、遠くに逃げた。
逃げるのに疲れた。少し休む。
あれから長い時間が経った気がする。もう数年も経っている体感だった。
腹が満たさなくても、あと数年は耐えられる。けど、数年で白が去ってくれるはずもない。
常に迫って来る白に恐怖し、いずれ朽ちる運命に絶望した。
常に暗く、何も聞こえない。常に息苦しく、冷たい。
永い眠りについて楽になろうか。
そうすれば、寂しい思いもしない。そう瞼を閉じた時、下の方から微かに声が聞えた。
一気に眠気が醒めた私は、声の聞こえた方に向かった。聞き間違いではなかった。
そこには人間がいた。人間達が街を造り、暮らしていた。私は胸が躍った。
小さい穴から人間達の街を眺めていた。誰も私の存在に気付かないが、眺めるだけでも、気分が安らぎ、興が尽きなかった。
それでも、時が経つと、人間達のご馳走に舌鼓を打ち、賑やかに語り合っているのに羨望の眼差しを向けた。
ついに決心し、人間達の前に姿を晒した時、覚悟していたが、人間達は受け入れてくれた。
今まで、人間には興味が無かったが、戯れる日々は、充足したものだった。
人間とは、愉快なものだった。律儀に毎日、私の元へ足を運んでくれたのだから。
それから、長い年月が経って、人間達は、私を街へ招いてくれた。
私は、人間達の良き友となった。
この暮らしは、永遠に続くと信じていた。
しかし、恵みと幸運は長くは続かなかった。
人間達は、力尽きていった。
私が元凶では無いのかと問うが、人間は、首を振った。元々、初めから完全な街では無かったと答えた。いずれ、滅びる運命だったと告げた。
そして、私は、一人になった。
寂しかった。恐ろしかった。
体が自由に動かなくなった。もう私も朽ちてしまうのだろう。
だから、今のうちに、ここに私たちが生きた証を記しておく。
日の目を浴びることはないだろう。
空を見ることは、ないだろう。
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セロンは、この碑文が何を示すのか、心当たりがあった。
白が何なのかは不明だけど、街に怪物なんていなかった。ネイザーグが言っていた話は嘘だった。少なくともここはそうだった。
セロンは、洞窟を出て、ミステールを一瞥した。すると、ミステールもセロンの方を一度振り向いたが、作業者達の対応に追われていた。ミステールに聞きたい話もあったけど、作業者達に指導して忙しそうだから止めておいた。
セロンは、坂道を上がり、採掘場を通り過ぎ、崖の上まで登った。採掘者の広場では、変わらず賑わいに溢れていた。
魔法の布を被って、通り過ぎ、道のある方へ戻って行くと、途中、待ち伏せしていたかのようにあっくんが待っていた。
「用は済んだのか?」
あっくんは、気遣うように訊いた。
「うーん……うん、済んだよ……」
セロンは曖昧な返事をした。本当は、姉にも訊きたい話があったし、ツンツン頭の男の子にも一度会っておきたかった。けど、わがままは言っていられない。
「……そうか。それなら、出発するか」
あっくんは、踵を返して、荷物を背負ったしょぼしょぼ目の地鳥の元に向かった。
セロンもあっくんの元へ着いて行こうとした。
「待ちなさい、貴方達」
上空からミステールの声がした。ミステールは、セロンの前に優雅に着地し、自分の着ている装いの塵を払った。
「貴方も、無視しないで待ちなさい」
ミステールは、あっくんの方を向いて呼んだ。
「ミステールお姉ちゃん。どうしたの?」
セロンは、静かに訊いた。
「わたくしは貸して欲しいものがあって、来ました」
「貸して欲しいもの?」
ミステールは、怠そうに来るあっくんの方を見た。
「あの汚れを落とす魔具をわたくしに貸してください」
ミステールは、あっくんが持っていた霧で汚れを落とす魔法アイテムをご所望だった。
「お前に貸すアイテムなんてない」
あっくんは、きっぱり言った。
「わたくしをお前と呼ぶのは止めて下さい。『ミステール様』とまでは、望みませんが、『ミステールさん』と呼ぶくらいは、敬意を示してください」
ミステールは強い拘りを持っている様子だった。
「そうか、ミステール。お前も、俺のことを『青葉様』とか、『青葉殿』とか崇敬するなら、構わないぞ」
あっくんは、笑みを含んだ表情で答えた。
「それでは、トウシ。貴方は、わたくしに、便利な水の魔具を献上しなさい。腕に付けられた腕輪爆発しますよ?」
あっくんとミステールは、罵り合いを始めた。セロンは、姉に会議の話を聞きたいと考えていた。もしものことがあったら、セロンを助けてくれると言っていたから、大丈夫だと思った。
「ミステールお姉ちゃん」
「はい? 何ですか?」
ミステールは、あっさりとあっくんとの話を切り上げて、セロンの方を向いた。やはり、いざ訊こうとするとセロンは、息を詰めた。
「……あの、少し前に白竜の山で僕をどうするかっていう会議があったと思うんだけど……」
ミステールは、無言でセロンに視線を向けていた。セロンは息を飲んで続けた。尻尾を落ち着きが無いように動かした。
「僕をどうするかで兄弟で話し合って、五つくらいの中から選んでいて、それで、『セロン自身に決めてもらう』とか、『小さな街で暮らす』とか『何もしない』とか……」
突如、ミステールに遮られた。
「『多くの犠牲を引き換えにする』です」
「え?」
セロンは、突然の答えに訊き返した。
「兄弟を犠牲にするくらいなら、この世界の無能な生き物たちが犠牲になった方がいいに決まってるじゃないですか。元々、わたくしは、この街の人間達を滅ぼしてもいいと考えていたんですよ」
ミステールは、何の悪気も無く答えた。
「滅ぼす……」
「無論、今は、その私案は断念して、こうして人間達に慈悲を与えているのですよ」
ミステールは、さっぱりしていた。
「どうして、そんなことするの?」
セロンは、兄弟達が何を考えているのかさっぱり分からなかった。
「それは、答えられません。まだ、その時ではないのですよ」
「その時ではない?」
セロンは首を傾げた。
「セロン。安心してください。わたくしは、貴方が泥沼に落ちようと、助け出してあげます。焦らず、じっくりと考えるのです」
ミステールは微笑んだ。セロンは、はぐらかされている気がした。けど、ミステールが今言った言葉は、何か懐かしさを感じた。前に聞いた気がした。
セロンは、目を瞑って、頭を巡らせていると、ピンっと来るものがあった。山でのやり取りを思い出した。
***
セロンは、ミステールお姉ちゃんと二人っきりで会話する機会があった。
山の森の中だったけど、ミステールお姉ちゃんは、変わらず潔癖症だった。
「いいですか、もし泥だらけになったら、その清められた美しい川で洗うんですよ」
ミステールは、目の前に流れる上流の澄んだ川を指して言った。特に何の変哲もない綺麗な川だけど、ミステールお姉ちゃんは、気に入っている川だった。
セロンは、バチャンっと川に入って、体に付いた泥を洗い流した。遊びで汚れてしまっていたのである。
「これでいい?」
「よろしいです」
ミステールは頷いた。
「何か物を落とした時もそうです。その川で清めればいいのですよ」
ミステールは少し離れたところから得意そうに言っていた。
「うん、分かったよ」
セロンは、素直に頷いた。
「出来るだけ、身の周りの物や身体は、汚れないように振る舞うんですよ。白竜として、綺麗に清潔に保つのは、当たり前の所作なんですから」
森の中を歩いている時も、ミステールは白竜としての振る舞いを説いていた。セロンも立派な白竜になりたいので、親身になって聞いていた。
しばらく歩いていると、泥沼を目撃した。
セロンは、泥沼は目で見えているよりもずっと底が深いことがあると聞いていた。だから、ふと頭に浮かんだ思い付きを訊いてみた。
「ねえ、ミステールお姉ちゃん。もし、あの泥沼にものを落としてしまったら、どうすればいいの?」
ミステールは、泥沼を見ると露骨に不快そうな顔をした。
「仕方ないから、泥に入って探せばいい?」
セロンは、純粋な気持ちで訊いた。
「いいえ、決してみだらに身体を汚してはなりません」
ミステールは、真剣な表情だった。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「プヨルやシェルクに頼んで、取って貰えばいいのですよ」
ミステールは、まさに最もな解決手段だという風に答えた。
「それじゃあ、お兄ちゃん達が汚れない?」
「あの二人はいいんですよ。気にしてないみたいですし。いつも汚れるようなことやってますし……」
ミステールは、目をそらして、都合のいい言葉を並べていた。
「へ~……」
セロンは、取りあえず納得しておいた。
「なら、もし、僕がこの沼に嵌って直ぐに助けないと沈んでしまいそうな時は、ミステールお姉ちゃんは助けてくれる?」
これまた思い付きだった。
「──……その時は、諦めるしかないです。悲しみながら、別れを告げます」
「助けてくれないの!!?」
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──それから、セロン。安心してください。貴方にもしものことがあったら、わたくしが助けてあげますからね。たとえ、泥沼の中でも、飛び込んで助けてあげますよ。
昨日、ミステールが言った時は、理解していなかった。だけど、今は分かる。ミステールお姉ちゃんは、この過去の話を言っていたんだと。
ミステールお姉ちゃんは、ずっとこの話を気にしていてくれたのだろうか? 流石にそこまで考えてはいないと思うけど、前は諦めると言っていたのを、今は助けると伝えてくれるのに、セロンは感悦だった。大きな親しみだった。
「セロン?」
ミステールは、思い詰めているセロンを呼んだ。
「ミステールお姉ちゃん、大好き」
セロンは、ミステールに抱き着こうとした。ミステールは、一瞬体をのけ反らせ、拒絶したが、避けずにセロンを優しく抱きしめた。
ミステールお姉ちゃんの体は温かかった。
それから結局、あっくんは、水の魔法アイテムをミステールに貸してあげた。
セロンは、あっくんが用意した二匹の地鳥のうち、片方に乗って、日記帳と竜の爪型のペンを取り出した。忘れないうちに日記をつけておこう思う一つの心持だった。
遠くから、幼い声が聞えた。他の道行く人々の声に混じっているけど聞いた覚えのある声だった。
既視感を覚える状況にセロンは、瞼を瞬いて街の方を見た。
ツンツンの男の子が走って来ている。採掘場に居なかったのは、街に居たからだったのだと腑に落ちた。部隊が街を占拠してから、採掘者でも街に行っても咎められなくなったようだ。
ツンツンの少年は走って息を切らしている。
「──おいっ、お前に聞きたいことがある」
前の既視感とは、少し違うみたいだ。
「何が訊きたいの? いくら白竜でも、そんなに博識じゃないから、知ってる知識は少ないよ」
セロンは、地鳥から降りて訊いた。
「ユートピアって本当にあるのかよ?」
セロンは、固まった。これは、わからない。ユートピアがあるのかどうか、それは僕も知りたい。ユートピアが見つかったら教えてあげたいと思っているんだから。
あっくんの方を見た。しかし、あっくんはまるで関心を示さないで、何かしらの紙を広げている。元々、あっくんが無いとは限らないって言うから、ユートピアを探すのを目的にしたのに、無関心は無責任だと思った。
「なんで何も答えないんだよ」
ツンツン頭の男の子は、催促する。
セロンは、どうしようかと悩んだ。ツンツン頭の男の子は、マールの死を知っている。子供達の中で唯一、マールが何処にもいないのを知っている。なら、だとしたら……。
「僕の名前はセロンだよ。白竜のセロン」
「は?」
ツンツン頭の男の子は、苛立っている。
「名前はなんて言うの?」
セロンは落ち着いていた。
「……リュカだ」
ツンツン頭の男の子は、渋々答えた。
「なら、リュカくん……」
セロンは、巾着袋に手を入れて、探った。
「何が望みでしゅか?」
巾着袋の中から、スクミ―が小声で聞いて来た。
「銀色の杖だよ」
セロンは、小声で返す。
「何なんだよ」
リュカはセロンとスクミ―の変なやり取りを見て、痺れを切らしている。
セロンは、スクミ―から白銀の短い杖を受け取った。
「これ。君が持っていた方がいいと思うんだ。その方がマールも気が休まるだろうし。何より、仲間たちと一緒に居たいだろうから」
セロンは、リュカに白銀の杖を渡した。リュカは、戸惑いながら受け取る。
「どういうことだ?」
「君にとっても大事なものだよ」
セロンの言葉にリュカは、瞠目していた。
「これって……」
セロンは、微笑んだ。セロンの意図が察したのか、リュカは白銀の杖を大事そうに抱えた。
「ユートピアはあるよ」
それが今できる最大限の答えだった。




