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ウソツキ・ファンタジー  作者: たもつ
39/40

幸運を!

 最悪だ。

 今までも充分最悪だったけど、事ここに至って違うベクトルの最悪に行き当たるなんて。

 知らなかった。

 あのバケモノの名がサンドワームで、それはもう2週間も前に自分が食していたなんて。

 最悪だ。

 直前に飲んだ聖水が、私を経て、大地に還る。

 まさか聖水もこんな扱いを受けるとは思ってなかっただろうに。

 

 ダイナーの裏手にある砂地に棲息する、サンドワーム。


 アンジュはサンドワームのチャンプルーは固定ファンが多いと言っていた。その人たちは、食材が何なのか分かって口にしているのだろうか。ダイナーで提供されるサンドワームは、この砂地で狩られたモノだろう。私たちは一切手が出なかったけど、それ専用のハンターがでも雇われているのかもしれない。


 顔を上げると、セイジとミコが反手と話している。

 マズい。

 下らないことを考えている場合ではなかった。もうエンディングが始まっているではないか。私は口元を拭って立ち上がる。

 さあ、仕上げの始まりだ。


 私が駆けつけると、反手は自分が転移者であることを話しているところだった。

 自分がこことは違う世界から転移してきて、その時の付録としてスキル《豪運》を与えられたこと、今までの奇跡はそのスキルによるもので、自分の実力ではないこと――。


 へえ、自分から言うんだ。


 少し意外だった。

 想定していなかった訳ではない。いくつものシミュレーションの一つではあった。だけど、別に全部自分の手柄にしてもよかったのに。

 全部、正直に言っちゃうなんて。

 

 嘘にまみれて、嘘に押し潰された私とは大違いだ。


 私は今の今まで、明確に、反手を下に見ていた。

 前の世界で何をやってもうまくいかず、何者にもなれず、落ちるところまで落ちて自ら命を絶った彼のことを、哀れな人間だと思っていた。馬鹿にしていた。

 だから、皆でよってたかって持ち上げて甘やかして全肯定すれば、それで救われるだろうと軽く考えていた。


 だけど、実際はどうだ?


 サンドワームに睨まれた時、私は逃げて、反手は立ち向かった。


 いくら《豪運》があると思い込んでいたとしても、だ。


 あの時、反手の後ろ姿にドン・キホーテを重ねた。


 だけどそれを棒立ちで見ていた私は、何だ?


 漫画家時代、夕暮れデスゲームの成功を受けて初めてのハイファンタジーという乾坤一擲の挑戦――それを失敗で終えた私を指差して冷笑する連中を、私は憎んだ。


 だけど、彼らと私で、何が違う? 


 私は卑怯で、臆病で、高慢だ。


 何もかも嫌になって、何もかも馬鹿らしくなって、拗ねていじけて倦み疲れて、嘘八百という殻に閉じこもった私より――


 ――今の反手の方が、よっぽど上じゃないのか?


 不意に、引っ込んでいた涙がまた込み上げてきた。


 後から後から、涙が溢れてくる。


 情けなくて恥ずかしくて、反手に申し訳なくて。


 私は何を勘違いしていたんだろう。

 神の使いにでもなったつもりでいたのか。

 確かに、大天使の依頼で魂浄化作戦をしてきたけど、それだけのことだ。

 実態は自己愛の肥大した罪人にすぎない。

 反手を騙し、創作したストーリーの中で彼の自己肯定感を高める――そのやり方自体は間違っているとは思ってない。

 ただ、別に私は偉くも何ともないし、反手より人間として優れている訳ではない。


 逆だ。


 本当に浄化が必要なのには、私の方だった。


 嘘で覆われ、嘘に溺れたこの私。


 人間としても漫画家としても教祖としても脚本家としても役者としても侍としても――私は偽物で。


 そんな紛い物でしかない私が、本音を吐き真実を口にしたことで、ようやく本当に近づけたのかもしれない。


 ヨロヨロと立ち上がり、反手に近付いていく。


 ただ、かける言葉がない。

 本当なら、合わせる顔もない。

 でも、何か言わないと、伝えないと。

 これが、最後になるのだから。


「面目次第もござらぬ……」


 いくらかの逡巡の後、ようやくそれだけ口にする。口にした後で、また涙が溢れてくる。

「拙者は、自分で自分が情けない……こんな、嘘ばかりで……」

 反手からは見えない角度で、命が私の袖を引く。芝居をしろと言うことだろう。わかっている。分かっているから、かろうじて侍言葉を保っているのだ。


 事の真実を打ち明けてしまおうかと、瞬間的に思う。


 駄目だ。

 今まで騙されていたことが分かったら、ここまで積み上げてきた信頼も好感度も幸福度も自己肯定感も、全て崩れてしまう。


 嘘は、突き通してこそ。

 

 そしてその嘘はもうすぐ、終わる。


 皆に囲まれていた反手が、不意に光の玉に包まれ、浮く。


 それはだんだんと小さくなっていく。


『さすがはラクだな』


『ご主人様、大好きです』


『全て、ラク殿のおかげでござる』


 誰も何も喋ってないのに、彼を全肯定する台詞が視覚化され帯となって光の玉を巻き、瞬時に同化する。

 

 刹那――眩い光を放ち、光の玉は極限まで透き通る。


 気が付いた時には、消えていた。


 浄化は、成功したらしい。


 もうちょっと話したかったなと、今になって思う。

 

 もう遅いのだけど。

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