終章
「はい、どうも――お疲れ様です」
消えた光を見送る私たちの前に、アンジュがのっそりと現れる。
「これはこれは大天使様、さっきぶりでございますね」
「ねえねえ、どうだった――ッスか!? 浄化、うまくいったでしょ!?」
ミコの姿のまま、ピョコピョコと飛び跳ねる命。仕草がキャラに引っ張られている。
「さっきの光の玉って、反手の魂ってことですよね。だいぶ輝いていたように見えましたけど……」
「そうですね。結論から言うと、浄化は大成功と言って差し支えないでしょうね。何もかも嫌になって自ら死を選んだ反手楽太郎は、幸福に包まれて救済されました。あれだけ綺麗な魂であれば、転生後も相応の存在になれることは間違いないでしょう」
「やりましたネ!」
「いえ~っ!」
パチン、とハイタッチを決める明治と命。
無二の親友か。
もちろん、その後で私もハイタッチをする。
正直、さっきの醜態の後なので少し気まずいのだけど。
「するってェとアレですネ、アタシらも転生させてもらえるんですよネ! 帰れるんですネ! 元の世界に!」
「あー帰ったら何しよ。役者活動、再開できるかな」
「坊ちゃん、勘違いしちゃいけませんぜ。『転移』じゃなく『転生』ですからネ、また赤ん坊からやり直しだ。希望通りの道を歩めるか、何やかんやで周りの環境は大切ですぜ」
「分かってるよ。そうだねー、まずは親ガチャからかー」
「何ですかい、それは。プラスティックの丸いケースに詰められて出てくるんですか。親御さんが。だとしたらこれ、随分と巨大なガチャガチャになりますねェ」
「……オジサン、比喩表現って、分からない?」
随分と盛り上がってる。
どういう環境下に生まれるかも大事だけど、私は別のことを確認しておきたい。
「あの、記憶の引継ぎってどうなるんですか。転生したら、今までのことって忘れちゃうんでしょうか」
忘れたい気持ちも、忘れたくない気持ちもある。
この世界に来てから苦しんだのは、前の世界での記憶があったからだ。だけど、ここで色々あって、きっと人間的に成長できた、ような気もする。私だって、あそこまでキラキラではないけれど、少しぐらいは浄化された筈なのだ。その一切合切が全てリセットされるのは勿体ない気もする。
「えーでもさ、スキル付与が廃止されたうえでの転生でしょ。記憶引継ぎってさ、それだけでスキル持ってるのと変わらないくらいのアドバンテージがあるんじゃないの。人生2周目ってことでしょ。ぼくらの場合は3周目か」
「どうでしょうねェ。どれだけ経験を積んだところで、結局同じ過ちを繰り返すもんですヨ、人間ってのは。転生しても、酒や女では失敗するでしょうねェ」
「それオジサンだけでしょ。全人類にまで分母を広げないでよ」
作戦が成功した達成感と開放感からか、打ち上げのような雰囲気でワイワイとやりとりを交わす一同。
一方で、肝心のアンジュは無言を貫いている。
……だんだん、嫌な予感がしてくる。
「あの――アンジュ様、聞いてます?」
「聞こえているし、アナタ方の思考も逐一把握しています。転生先がどこになるか、その際に記憶が引き継がれるかどうかは現在《上》と調整中です。決まり次第追って報告します」
――ですから、アナタ方は次の案件に集中してください。
さらりと言われて、思わず私たちはその言葉をスルーしそうになる。
「次の案件? 次? え、次って言った?」
すかさず反応したのは命だ。
「ちょっと待ってくださいヨ。作戦って、反手だけじゃないんですかい」
「そんな訳ないでしょう。たった一人ですよ。アナタ方、ゴミで散乱した海岸を清掃しましょうと言われて、空き缶一つだけを拾って帰るつもりですか? 不浄の魂は無数にあります。その全てとは言いませんが、ある程度の数をこなしてもらわないと、転生なんて認められませんよ。何を言ってるんですか」
アンジュの言葉を聞くと、それが当たり前のことのように思えてくる。だけど。だけれど。
「約束が違うでしょうがッ! 魂が無事浄化できたら全員元の世界に転生させてもらえるって――」
「だから、そう《上》に打診するだけだって、何度言わせるんです。第一、仮にこの一回の評価で決まるとしても、はっきり言って私の手を借りた時点で失格ですからね。完走するまでは、何があろうと我々の干渉は受けない、というのがルールだった筈です。しかしあのままでは確実にアナタ方は全滅していた。だから見かねて手を出したのですが、その時点で評価の基準からは外れています。どのみち、転生は無理だったということです」
「そんなぁ……」
愕然とする命。
だけど、私はもう少し前向きだ。
「えっと、それってつまり、ある程度の数の魂を救済すれば、転生はさせてもらえるってことですよね。それって、どれだけの数なんですか」
「それも調整中です。こちらはゴタゴタしている中で見切り発車的にプロジェクトをスタートしたもので、細かい部分が詰められてないのですよ。ただでさえギチギチに仕事が詰まっていると言うのに……おかげで私はもう三日も帰れていません」
どういう形態で働いているのかは不明だが、天使業は相当な激務らしい。
「いいじゃないですか。アナタ方、プロジェクトの間はダイナーで寝泊りして、ほぼ衣食住は確約されてるんだし、好待遇です。忘れているようですが、アナタ方は罪人なんですからね。本来なら罰を与えられても文句は言えない立場のところを、こんな厚遇で仕事させてもらえているんですから、感謝してもらいたいくらいですよ」
「それを言われるとアタシたちも弱いんですけどネェ」
「次の案件内容、及び時期に関しては追って知らせます。それまではダイナーの宿泊施設で待機していてください」
結局、穴蔵生活に逆戻りという訳だ。衣食住の心配はいらない、とは言うがそれはよく言えばの話で、要するに軟禁状態ということだ。
だけれども、罪人の私たちに拒否権はなく、アンジュの言うことに従うしかない。
「まァ、こうなったらやるしかないでしょうネ。何せアタシらは、一蓮托生ですから」
「ボクはいいけどね。お芝居は楽しいし。地方の権力者のオッサンのセクハラと戦うよりよっぽどいいよ」
二人は乗り気だ。
まあ、やるしかないのだろうな。
次の魂が送られてきたら、また新しく芝居の台本を考えなければならない。
私たちの能力とスキルを駆使して、騙して騙って謀って、化かして謀って偽るのだ。
まだ、ウソツキはやめられそうにない。




