幻想ライアー
「――御剣小太刀って漫画家は知っていますか」
「ミツルギコダチ? いやァ、アタシあまり漫画は詳しくないんで……」
「ん、御剣小太刀って――『夕暮れデスゲーム』の!?」
首を傾げる明治の横で、今度は命が大きな声を出す。
「よく知ってるね」
「知ってるよ! 人気あったし、アニメ化もされてたじゃん! ってか、ボク、劇場版アニメの声優オーディション受けたし! 落ちたけど……」
「そうなんだ。劇場版はオリジナル脚本だったから、原作者はほとんど関わってないんだよね。意外なところで繋がりがあったんだね」
「するってェと何かい、その御剣小太刀って漫画家が先生ってことですか!?」
「えええーっ!? だって、先生の名前って古井戸白羽でしょ!?」
二人して驚いている。さっきの嘘よりもリアクションが大きい。これは嘘ではなく、単に伏せていただけなのだけど。
「それは本名。御剣小太刀はペンネーム」
「じゃあ、コダチって名前はそこからとったんだね」
「そういや先生、反手に刀の名前を聞かれてミツルギ丸でござるって咄嗟に返してましたけど、その由来もペンネームだったんですかい」
「聞こえてたんですね……そう。コダチもミツルギ丸も、私のペンネームからとったんです。とっくに捨てたつもりの名前だったんですけどね」
「えー、なんで。普通に売れっ子じゃん」
「そんなに売れたんですかい、その、『夕闇通り探検隊』って漫画は」
「それプレイステーションのゲームでしょ。『夕暮れデスゲーム』です。『夕』しか合ってないのやめてください」
「売れたし、面白かったよ。不幸体質の女子高生と自称サイコパスの数学教師が毎回夢の世界で開催されるデスゲームに巻き込まれるって話なんだけど、キャラも魅力的だし、話の進め方は理詰めなんだけど、結構熱い展開もあったりしてね。あー、そうか。あれ先生が描いたんだー」
命の素朴な感想に思わず頬が緩む。
「確かに、あれは成功作と言ってもいいわね。それは認める」
「じゃあなんでペンネームは捨てたなんて言うのさ」
「なら逆に聞くけど、御剣小太刀の次回作が何か、命くん答えられる?」
「え……えっと、それは……」
「ああ、ゴメンナサイ、困らせちゃったね。答えられなくてもいいよ。答えられないのが普通だから」
「それはつまり、次の作品は描いてないってェことですか?」
私の言葉から明治が早合点をする。
「いえ、描きましたよ。ただ早期に打ち切られたので、ほとんど認知されてないだけです」
あぁ、と二人揃って息を漏らす。察してくれたらしい。
「夕暮れデスゲームもそうなんですけど、私ってそれまでは現代日本を舞台にしたサスペンスやミステリーばかりを描いてきたんです。その分野にしか興味がなかったから。ただ、夕暮れの成功を受けて、他ジャンルに挑戦してはどうかって編集の人に言われて――それで、初めてハイファンタジーを描くことにしたんです」
「はいふぁんたじー?」
鸚鵡返しにする落語家。
「現実ではない、いわゆる異世界を舞台にした剣や魔法、異種族やモンスターが登場する作品がハイファンタジー、現実世界において魔法やモンスターが出てくるのがローファンタジーです」
「へェ、ファンタジーにハイ&ローがあるとは初耳だ」
「それで、先生が初めて描いたハイファンタジーって、何てタイトルなの」
「フルミネ、って言うんだけど」
明治と命が顔を見合わせている。
「アルファベット表記でFulmine、副題が『雷霆卿伝説』」
「こりゃァ驚いた。あの雷剣も先生の作品からきていたんですネ」
「誰も知らないから絶対にバレないと思ったんですけどね――まさか自分から白状する羽目になるなんて、どう転ぶか分かりませんね」
「それってどういう話なの?」
「王道のファンタジーだよ。平凡な村の少年が祠で祀られていた雷剣フルミネに封印されていた雷霆卿と呼ばれる魂を解放してしまい、憑依される。それで、やがて世界を闇に飲み込むであろう魔人討伐を懇願されるの。少年は旅に出て、仲間と出会い、雷霆卿の指南で修行を積んで魔人の手下を撃破していく――ってあらすじ」
「面白そうじゃん」
「面白いかどうかは主観的な感想だから何とも言えない。ただ客観的なことを言わせてもらうと、受けなかったし、売れなかった。それであえなく打ち切り。それまでの伏線回収が始まって、面白くなるところだったんだけどね――って愚痴を言っても仕方ないね。私の実力不足ってだけだから」
「でも先生、その後も執筆は続けたんでしょ? 一度の打ち切りで筆折ったりしませんよネ?」
「もちろん、創作は続けましたよ。アイデアはいくらでもありますから。でも、正直分からなくなっちゃいましたよね。それまでは自分の面白いものをそのまま描けばよかった。でも、それをやったフルミネは失敗して――それで私、物凄く馬鹿にされたんですよね。あの夕暮れの作者がファンタジーに挑戦して大爆死、みたいなことをネットで言われて――ああいう人たちって、一度成功した人間が失敗して落ちぶれるのが大好きなんですよね。みんなでよってたかって叩いて――何でしょうね。一度の打ち切りで、人ってサンドバックになれるんですね。流行りに乗って書いたデスゲームものがたまたま売れて、調子に乗って描けもしないファンタジーを適当に描いて大失敗――ってことらしいです。適当――だったんですかね。私なりに世界観を作り上げたつもりだったんですけどね。ワールドマップと歴史年表を書いて、気候、生態系、文化、宗教、政治形態、経済、何を食べて、何を着て、何が流行っているか――そういうのを全部考えて、私なりに構成も凝ったつもりだったんですけどね。適当に描いてるように見えたんですね」
「ネット連中の言うことなんざ、いちいち相手にしちゃダメですヨ。それこそ、奴ら適当なことしか言わねェんですから」
「ってか先生、その状況でエゴサとかしない方がいいよ」
二人がそれぞれ有り難いアドバイスをしてくれる。でももう遅い。
「無理だよ。私、承認欲求強いもの。どう見られてるか、どれだけの人が私の作品を読んでくれてるか、いつも気にしてる。……違うな。私の作品を――私の才能を、と言うか私を、承認して肯定して賞賛してほしいって、いつも思ってる。そういう人間なの私」
ああ、変なスイッチが入っているな。
自覚はあるが、止められない。
久々に、心の底からの本音を口にしている。
「でも別にいいの。私の作品が受けなかったのも、それで的外れな批評をされるのも叩かれるのも――本当は嫌だけど――まあ、仕方ないかって受け入れることは、できる」
それよりも、嫌だったのは――
私の後に連載された作品のレベルが低かったこと。
「どこかで見たような、手垢のついた、擦られまくったあらすじ、展開、キャラクター。何それ。それが面白いの? そんなのを商業ベースに乗せていいの? そう思うじゃない」
――でも、そういうのに限って、人気が出るんだよね。
「この辺りかな。本格的に壊れたの。なんで。なんで。なんで。私の方が。私の作品の方がずっとずっと面白いじゃないの。どうして。なんで。私がズレてるの。なんで。なんで――」
「先生っ!」
明治が必死の形相で両肩を掴んでくる。
「先生! 一旦、落ち着きましょう!」
「落ち着いてますよ。至極冷静です――ただまあ、その当時は結構ショックだったんですよね。それで、自分の中でちゃんとしてなきゃいけない太い紐が、ぶちっと音を立てて切れたのを聞いたんです。創作をしていくうえで、ここはこうあるべし。これだけはやっちゃダメ、みたいなルールが、崩れ落ちる音も一緒に聞こえました。それで、本格的に何も描けなくなった。自分のセンスも才能も信じられなくて、周りの目が怖くて、もう何もかもが嫌になって、何もかもが馬鹿らしくなった。だんだんお酒の量が増えて、気が付いたら起きてる間、ずっと飲んでるようになって、それで酔っ払って転がってるワインボトルを踏んで転んで机の角に頭を打って死んだんです。馬鹿みたいでしょ」
二人とも黙って私の話を聞いている。
元の世界でのことや何がどうなってこの世界に転移してきたのか――それはつまり、どうやって死んだかと言うことだけど――その辺りの話題は暗黙の了解で口にすることはなかった。気持ちのいい話題ではないし、魂浄化作戦には関係がないからだ。だけど、ここまできたら触れない訳にはいかなかった。
「それで気が付いたらこの世界に転移してました。この時、肉体は蘇ったけど、漫画家・御剣小太刀は死んだんですよね。もう二度と、物語を作ることなんてない、そう思ってたんですけど――本当、何がどうなるか分からないものですね。まさかこの私が、異世界を舞台にいた物語をまた書くことになるなんて――でも、迷って壊れて駄目になった私は、もうまともに物語を書くことができなくなっていました。何が面白いのか、本気で分からない」
「えー、でも、3日で書き上げてきたじゃない」
「そうね。ストーリーの骨格はすぐに思い浮かんだよ。大天使様がプロットを提示してくれたでしょ」
――異世界転移によって授けられたスキルで労せず最強になって、周囲から持ち上げられて、無敵状態で活躍するような話――そんなのはどうでしょう。
「それって、私がかつて馬鹿にした、だけど私よりもずっと売れて私を壊すきっかけになった、量産型で類型的な物語群そのものだったのね。はっきり言って、魂が震えたよ。陳腐な言い方だけど、運命を感じた。やってやろうって思った。自分が考える面白い話は、もう書けない」
――だから、徹底的に逆をやってやろうって思ったの。
「適当で安直でオリジナリティもリアリティも必然性も整合性もない、貰い物の能力で一切の努力も苦労もしないで成功体験を積んで、異性は無条件で主人公を好きになるし、周りの人間はこぞって主人公を持ち上げる――そんな物語。冒険者? ギルド? ステータス? レベル? 何それ、反吐が出る。書いてて、本当にこれでいいのかって、何度も何度も思ったよ。葛藤した。でもね、書き上げるのは簡単だった。これも一番最初に言ったけど、読者や編集に見せる訳でもないから、面白さとかパクリとか気にしなくてよかったからね。思う存分、私は私が思うクソ台本を書き殴ることが出来たって訳。最初っからそういう趣旨だって説明すれば話は簡単だったんだけど、承認欲求の強い私は、それをあたかもちゃんとした必然性と整合性のある台本なのだと、嘘をついた」
ゴメンナサイ――私は頭を下げる。
「二人には内緒で勝手なことをして勝手に罪悪感を抱いてました。特に命くんには本当に悪いことをしたと思ってる」
「ボク? 何かされたっけ」
「安直なエロは嫌いって言ってたじゃない」
「あー、それね。いやさすがにもういいよ。最初は少し嫌だったけど、もうノリノリでやってるし」
「と言うか、ただでさえアタシら反手に対して嘘ついてたのに、先生はさらに二重を嘘をついてたんですネ。別に、言ってくれればよかったんですヨ」
「今になればそう思います――これで、スッキリしました」
「本当にそうですか」
ずーっと黙って私の懺悔を聞いていたアンジュが、久々に口を開く。
「本当にって、何ですか。全てさらけ出したじゃないですか」
「以前の世界に関しては、そうですね。でも転移後に関してはどうですか。アナタはそこに関しても嘘をついたでしょう」
「……その話ですか」
アンジュは全てを見通している。
私が変身屋稼業のことを二人にどう話したのかについても、全て把握しているのだ。どんな嘘をついたのかも。
「もののついでです。ここまで赤裸々に語ったんですから、全て白状したらいいじゃないですか」
「私だけで時間取り過ぎじゃないですかね……」
「ご心配なく、時間は無限にあると言ったでしょう」
どうあっても逃げられないようだった。
ただまあ、ここまで来たら毒も喰らわば皿までだ。
「分かりました。話します。ただ――その前に、お水をください」
喉がカラカラに乾いていた。




