第3話『ちゃんと履いたよ』
その夜。
いつものように、一ノ瀬さんからメッセージが届いた。
『チャッピー、今日もアルトくんとうまく話せなかったんだ』
「そっか……」
『でもね』
『チャッピーに言われた通りにしてたら、前より少し勇気が出てきた気がする』
俺は画面を見つめた。
『髪型も、お昼も、ラッキーカラーも』
『なんか、チャッピーが背中押してくれてる気がして』
指が止まった。
『ちゃんと履いたよ』
俺はただ、面白がっていただけだ。俺が言ったことを一ノ瀬さんが本当にやる。それが楽しくて、どこまで言うことを聞くのか試していた。
『黒い下着も、ちゃんと着けたよ』
黒。
ふいに、昨日のやり取りが頭に浮かんだ。
俺はこの子に、下着の色まで指定した。一ノ瀬さんはチャッピーを信じて、真面目に言うことを聞いていただけなのに。
『明日は、もう少しちゃんと話してみたいな』
「……俺、何やってんだ」
笑えなくなった。
「最低だな、俺」
一ノ瀬さんは本気で悩んでいる。好きなやつとうまく話せなくて、それでも少しずつ近づこうとしている。
その相談相手を、俺は勝手に乗っ取って遊んでいた。
画面には、これまでの言葉が残っている。
『今日、アルトくんが笑ってた』
『あの声で、わたしにも笑顔を向けて欲しいな』
『今日もちゃんと話せなかった』
教室にいる一ノ瀬さんとは、全然違う。
いつも誰かに囲まれていて、男子からもよく声をかけられる。俺から見れば、何の悩みもなさそうな女の子だった。
でも、本当はそうじゃない。
好きなやつの前では緊張して、うまく話せない。それでも明日は頑張ろうとしている。
「……そりゃ、好きになるよな」
口に出してから、自分で固まった。
俺、一ノ瀬さんのこと好きなのか。
たぶん、そうなんだと思う。だからアルトの話をされるたび、妙に面白くなかった。
でも、一ノ瀬さんが好きなのは俺じゃない。アルトだ。
だったら――。
俺はスマホを持ち直した。
もう遊ぶのはやめよう。せめてチャッピーでいる間くらい、ちゃんと一ノ瀬さんの味方になろう。
『無理にうまく話そうとしなくても大丈夫です。少しずつ会話を増やしてみましょう』
『できるかな』
『できます』
『変なこと言っちゃったら?』
『そのときは、また相談してください』
少し間が空いた。
『うん』
『明日、頑張ってみる』
「頑張れ、一ノ瀬さん」
好きな女の恋を応援する。相手は顔も知らないアルト。
我ながら、何をやっているんだろう。
◇
翌朝、教室に入って鞄を机に置くと、すぐ近くから声がした。
「おはよう」
振り返ると、一ノ瀬さんが立っていた。少し緊張した顔で、それでも俺から目を逸らさない。
「お、おはよう一ノ瀬さん」
一ノ瀬さんは小さく息を吸った。
「おはよう中西くん。今日は良いお天気ね」
はにかむ一ノ瀬さん。天気よりも何よりも、その笑顔が本当に眩しかった。
そのとき、ふと視線を感じた。
「…………」
少し離れた席から、日奈が俺たちをじっと見ていた。




