第5話 彼女のAIの中の人
夜。
風呂から上がった俺は、ベッドに寝転がってChatGPTを開いた。
しばらく画面を眺めていると、見覚えのある文章が流れてきた。
ピコン。
『チャッピー、聞いてくれる?』
来た。
一ノ瀬さんだ。
『今日、アルトくんと目が合ったの』
「……え?」
思わず身体を起こした。
目が合った。
今日、授業中に一ノ瀬さんと目が合った。
それだけじゃない。
歌が上手い。
綺麗な声。
昨日から引っかかっていた条件が、どうしても俺に重なる。
「……やっぱり俺なのか?」
いや、待て。
まだ決まったわけじゃない。
学校中を探せば歌の上手いやつなんて他にもいるだろうし、そもそも俺はアルトなんて名前じゃない。
そう自分に言い聞かせていると、次の文章が流れてきた。
『でも、アルトくんには好きな人がいるのかもしれない』
「は?」
『今日、その子と楽しそうに話してたから』
好きな人。
今日、俺が女子と話した相手を思い返す。日奈くらいしかいない。
「……あいつは論外だろ」
幼馴染だ。小さい頃から一緒にいるだけで、今さらそういう相手じゃない。
ということは――。
「やっぱり俺じゃないか。そうだよな、さすがに都合よく考えすぎた」
俺はベッドに身体を倒した。
「…………」
なんだろう。ちょっと残念だ。
「なんで俺ががっかりしてるんだよ」
また画面が光る。
『どうしたら、もっと自然に話せるのかな』
一ノ瀬さんの書き込みだ。
「ていうか、普通に話しかければいいのに」
画面の向こうの一ノ瀬さんに言っても、もちろん聞こえるはずがない。
俺はふと思った。ChatGPTのスレッドを切り替えてAIに質問する。
「なあ、AI」
『はい。なんでしょうか?』
「これって、こっちから返事できる?」
『はい、できません』
「できないのか」
『現在表示されている文章は、ネットワーク上の不具合によって受信されたデータです。通常の会話とは異なり、送信権限は付与されていません』
「まあ、そりゃそうか」
勝手に人のAIへ返事までできたら、それこそ大問題だ。
俺は入力欄を眺める。本当に送れないのだろうか。
試しに一ノ瀬さんスレッドに切り替えて、文字を打ってみた。
『まずは自分から話しかけてみてはいかがでしょうか』
「返事するとしたら、こんな感じかな」
……ていうか、何やってんだ俺。
削除しようとタップした途端、誤って送信ボタンに指が触れてしまった。
「あ」
スレッドに文章が表示された。
「ま……まさか……」
ピコン。
『でも……自分から話しかけたら、迷惑じゃないかな?』
俺はあわててスレッドを切り替え、AIに抗議した。
「おい、できるじゃないか!」
『はい、できます』
「さっきできないって言ったよな!?」
『はい』
「はい、じゃない!」
『先ほどの回答時点では、送信機能が利用可能であることを確認できる情報がありませんでした』
「でも送れたじゃん」
『はい。今回の送信によって、送信機能が利用可能であることが新たに確認されました』
「じゃあ、さっきの『できません』は間違いだろ?」
『いいえ。その時点で確認可能な情報に基づいた回答としては適切です』
「適切じゃねえよ。できてるんだから」
『現在はできます』
「だから、さっきからそれを言ってるんだよ!」
なんなんだ、このAI。
俺が頭を抱えている間にも、一ノ瀬さんから新しい文章が届いた。
『急に話しかけて、変に思われないかな』
「俺に聞かれてもな……」
返事を待っている。
いや、正確には俺じゃない。一ノ瀬さんはチャッピーの返事を待っている。
勝手に返事をするのは、さすがにまずい気もする。でも、一回返してしまったしなぁ……。
「…………」
俺は少し考えて、入力した。
『大丈夫だと思います。まずは朝、自分から挨拶してみてはいかがでしょうか』
送信。
少しして返事が来た。
ピコン。
『うん。やってみる』
さらにもう一つ。
『ありがとう、チャッピー』
「……それ、俺なんだけどな」
もちろん、一ノ瀬さんには分からない。
◇
翌朝。
教室に入って自分の席へ向かう。
一ノ瀬さんはもう来ていた。
俺に気づいた一ノ瀬さんが、ちらりとこちらを見る。なぜか少し緊張した顔をしている。
俺が席に着こうとすると、一ノ瀬さんが小さく息を吸った。
「お、おはよう、中西くん」
「おはよう」
挨拶を返す。
一ノ瀬さんは少しだけ嬉しそうに笑って、また前を向いた。
◇
その日の夜。
「あれ、なんだったんだろう」
一ノ瀬さんからの挨拶。あれはアルトへの予行練習のつもりだったのだろうか。それとも――。
ただ、ひとつはっきり進展したことがある。
ChatGPTを開く。
しばらくすると、また一ノ瀬さんの文章が流れてきた。
『チャッピー、聞いてくれる?』
俺は画面を見つめる。
昨日までは、ただ流れてくる相談を読んでいるだけだった。でも今は違う。俺が返せば、一ノ瀬さんに届く。
俺は返信欄を開いた。
『はい、なんでしょう』
こうして俺は、一ノ瀬さんのAIの中の人として、彼女の恋愛アドバイスをすることになった。
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