エレナとミリーシア(前編)
意外と長くなってしまったので前後編に分けました。
これは蟲狼迷宮の正規ルートを探索している期間。
トーカとエレナがデートに行く少し前の話。
◇
ここ数日はトーカと一緒に蟲狼迷宮を探索している。
ゴートレス商会は商会長のダルキンが捕まって裁判待ち。私の借金はトーカが肩代わりしてくれたから奴隷落ちする心配もなくなったし、トーカの厚意でセキュリティのしっかりとした宿に姉さん共々住まわせてもらっている。
当然宿代込みで借金は返すつもりでいる。
そのためにも早く強くなってもっと深い層に潜りたいのだけど、正規ルートの探索をしながらだから焦っても仕方ない。まずは出来ることから、ということでトーカに剣術と体術を教えてもらうことにした。
トーカはすごい。
剣術と体術の両方ともかなりの腕前な上、雷魔法まで使える。その気になればBランク、ううん、Aランク冒険者だって目指せそうなのにあまりランクに執着がないみたい。少しもったいない気もする。イステリアじゃ高ランクの依頼がないから冒険者ランクが上がってもしがらみが増えるだけで実利がないって言ってたけど、普通人間の冒険者って肩書とか箔とか気にする人種じゃないの?変なの。
トーカの教え方は分かりやすい。駄目なところは指摘してくれてどう直せばいいか教えてくれる。それだけでなく、『なぜこうした方がいいか』『なぜこれをしない方がいいか』ということまで教えてくれる。単にこれは良い、これは駄目というより、その理由まで詳しく解説してくれるのだから上達しない訳がない。むしろプレッシャーも感じている。ここまで丁寧に手解きされて上達出来なかったら流石に私の沽券に係わる。
借金地獄だった頃とは180°世界が違う。
今まではお金を返すためだけに戦って、食べて、戦って、少し寝て、また戦っての繰り返しだった。そこには昏く重い絶望だけが横たわっていて未来のことなんて微塵も考えられなかった。
でも今は違う。この先にはもっと良い未来があると、自分の頑張り次第で未来をもっと良く変えていけるという希望がある。そんな希望を与えてくれたトーカには本当に感謝してもしきれない。
それなのにどうしてだろう。
最近胸がもやもやする。
特にトーカが他の女の子と仲良く話しているのを見ると……。
例えば冒険者ギルドの貧乳受付嬢とか。
「Cランクに上がったと言ってもダンジョンに不慣れなことに変わりはないんですから気を付けてくださいね!」
例えばBランク冒険者の弓使いとか。
「今度ごりら流剣術教えてください。あの足運びは弓術にも応用出来ると思うんです。もちろん報酬はお支払いしますよ」
例えばいかがわしいお店の胸にラージスライムでも入れてそうな金髪の人とか。
「最近来てくれないじゃない。トーカさんが来てくれるの楽しみにしてるのよ?この間のこと、お礼も込めて精一杯サービスするから絶対また指名してね?」
例えば騎士を連れた青い髪の少女とか。
「あの、お父様が今度騎士達と親睦を兼ねて模擬戦をしませんかと申しておりました。私もトーカさんの剣技を見て勉強させて頂きたいのですが、その、ご都合の良い日取りはありますか……?」
行く先々でトーカは声をかけられる。
悪ぶって見せることはあるけど基本お人好しだから人が集まるのは理解できる。
だけどそれが美人な女の人や可愛い女の子ばっかなのはちょっと理解出来ない。
なに?綺麗な子だけに良い顔してるってこと?トーカスケコマシナンパ野郎説ある?
※実際にはランドや露天商、武器屋、ゴートレス商会の件で行動を共にした騎士などおっさん連中からも声をかけられているが、エレナの記憶は都合良く改変されています。
「どう思う?」
「いや、どうって言われても、私はそのトーカさん?を知りませんし」
「そうだよね……」
トーカとのデート(と私が勝手に思っている)を数日後に控えたとある日。
午前中はルシアとシュスカに付き合ってもらい、着せ替え人情の如く様々な服を着せられては褒められてを繰り返し、どうにか昼過ぎに勝負服が決まった。お礼にご飯をご馳走したかったけどお店の用事があるとのことでルシア達は帰っていった。とても満足そうにつやつやした感じで。
その後、宿への帰り道で買い物途中だったマリアに出会ったので荷物持ちの手伝いをしながら話を聞いてもらう事にしたのだ。
マリアは10代半ばの人間の少女で、ふわふわのアッシュグレーの髪と私の半分くらいの年齢なのにけしからん胸元が特徴だ。修道服を着ていることからも分かるとおり、教会でシスターとして働いているのだけど、私がトーカを探して街中の教会を回っていた時に、私の様子を心配して声をかけてくれたのがマリアだ。その時はほとんど会話をしなかったけど、後になって再会して、余裕がなかったにしても素っ気ない態度を取ったことを謝ったら笑って許してくれて、見ず知らずのトーカのことを心配してくれた。
それから街で顔を合わせたらちょっとお喋りするような仲になっていた。
「でもCランク冒険者ならいいんじゃないですか?稼ぎもしっかりあるでしょうし、教会としてはお金に余裕のある方が重婚することに異を唱えることはないですよ」
「まぁ、そうなんだけど……」
※大陸のほとんどの国で最大の信者数を抱える宗教――三神教は一夫多妻を是としている。これは戦争や魔物の襲撃によって男の数が比較的少なくなってしまっていることへの調整という背景があった。
複数の妻を娶っておいて貧しい思いをさせるのは世間体的にかなり風当りが強くなるが、充分な経済力を持つ男はむしろ重婚を推奨されている。
「もちろん責任も取らずに女性をとっかえひっかえとなれば話は別ですけど。トーカさんはそういう方ではないんですよね?」
「それは違うと思うけど……」
「もしかしてエルフは一夫一妻制なんですか?」
「ううん、そもそもエルフは女しかいないんだよね。だから結婚とかないんだよ。仲良い人達で一緒に住むとかはあるけど、人間で言う結婚とは違うかな」
「え、そうなんですか。エルフの男性の話とか聞いた事ありますけど。すごいイケメンエルフの冒険者がいるとか」
「中性的なエルフならいるから勘違いしたんだと思う。エルフは世界樹から生まれるから男性は必要ないんだよ」
「ほぇー、世の中は不思議なことがあるんですね」
「まぁ私たちの方が少数派だっていうのは分かってる」
マリアはそこで「?」と疑問顔になった。
「じゃあエルフなのにトーカさんを好きになったエレナさんは結構変わり者ってことですか?」
「森の外に出たエルフが他種族の男性と番うのは珍しいことじゃないの。ほとんどのエルフは里から出ないけど」
「なるほど…。夫婦という概念が縁遠いから、その先にある多人数での恋愛や婚姻には抵抗がある、という感じですか?」
「あー、別に一夫多妻制を批判してる訳じゃないんだよ?男の人が少なくて国や街を維持するために必要なことだって理解してる。けどそうじゃなくて、私のいた里は、ドラグ皇国のすぐ近くでさ。それで、鎖国みたいなことしてるけど竜人族とは細々と交易してて……」
ドラグ皇国は大陸では珍しく国教が三神教ではなく、竜の神を崇める龍神教。
そして龍神教は特殊な例を除き、基本的には一夫一妻制なのだ。そんな倫理観を持つ隣人のいる環境で育ったせいか、エルフも似たような倫理観、恋愛観を持っている者が多い。
マリアも龍神教について知っているようで私の言葉に「あー…」と納得していた。
「龍神教の方から見たらちょっと抵抗ありますよね」
「うん、まぁ…。私は龍神教の信者ってわけじゃないけど、身近だった分考えかたがそっち寄りだったり」
マリアがシスターということもあって割と真面目に相談していたのだけど、なぜかマリアは堪らないという顔でため息を吐いた。
「ごちそうさまでーす」
なにがだ。
「それって単にトーカさんが他の女の人と一緒にいるのが気に食わない……つまり嫉妬してるってことですよね?」
「違う違う!……ただ、色んな人に気を持たせるのは不誠実なんじゃないかって。そう!同じパーティメンバーとしてケネンを表明してるの!それ以外には何もないし!」
「はぁ。まぁ、エレナさんがそう言うならそうなのかもしれませんねー」
「そうなの!」
マリアが呆れたような顔で言う。
「ま、だとしたら放っておくしかないんじゃないですか。パーティメンバーといっても私生活にまで口出しはあまりしないと思いますよ」
「……そういうもの?」
「詳しくは知りませんけど」
「そう……」
「あ…。ああもぅ、この人は…。あの、友人としてなら、道を踏み外しそうな時に手助けするのは普通の事だと思いますよ」
「! そうだよね!友人なら当然のことだよね!」
マリアの言葉に天啓を得た気がした。
流石は聖職者だね。
「ありがとう。マリアに相談して良かった」
「どういたしましてー」
どうして疲れたような顔をしているんだろう。
「それにしてもまだ買うの?」
安価な小麦粉に芋、果物、調味料を買って、服飾店では布の切れ端なんかもタダでもらって来た。荷物持ちをすると言い出したのはこちらだけどそろそろ前が見えなくなりそうだ。
マリアは教会のシスターとして働きながら孤児院の子供の世話もしている。
今日はその買い出しだったらしいけどすごい量だ。
「これで最後です。申し訳ありませんが荷物を孤児院までお願いできますか?」
「あいあい、よろこんで」
「ありがとうございます」
二人で大荷物を抱えて孤児院へ向かう。
その道中でトーカと銀髪の女性が楽しそうに会話しているところに出くわした。
「あ」
青みがかった白髪の女性はトーカと連れ立って歩いている時に会って軽く挨拶したことがある。すごく綺麗な女性だけど、娼婦をしているらしい。
ドラグ皇国、というか龍神教において娼婦はあまり良い印象のない職業だ。
そういうことは愛し合った者同士でするべきであってお金を対価に誰にでもしていいものではない。そういう価値観が私の中にあった。
三神教でも気にしない派と良く思わない派がいるらしいけど、ルカ共和国は気にしない派の方が多いっぽい。
もちろんルカの人やトーカが娼婦に対してマイナスのイメージを持っていないことを否定はしない。でも自分がそう思えるかと言えば話は別だ。どうしても彼女達を不誠実なことをしてお金を稼いでいると思ってしまうし、そこに通っているトーカに対しても「どうして」という気持ちが顔を出す。
「こっち来て!」
「え?ええ?」
咄嗟に路地に隠れてしまった。
「どうしたんですか?って、あれミリーシアさんじゃないですか」
「あの人知ってるの?」
「すごく有名な娼婦の方ですよ。よく孤児院を手伝いに来てくれるんです。ミリーシアさんはルカの出身じゃないですけど孤児院で育ったらしくて。私たち見習いのシスターにも優しいし気取らない良い人ですよ」
「娼婦……」
「あー、エレナさん的に娼婦は受け入れがたいですかね?」
「どうかな……」
正直娼婦という職業に偏見を持っている自覚はある。けどそれが絶対の価値観じゃないということも知っている。ただどうしてもお金を払って身体を売るという行為がしっくりこない。それってもっと大切にしなきゃいけないことなんじゃないの?好きでもない人に触られて嫌じゃないの?私は……すごく嫌だ。
「ところでどうして隠れて…あ、もしかしてミリーシアさんと一緒にいる方がトーカさんですか?」
「……うん」
「ほぇー、仲良さそうですね。ミリーシアさんも随分気を許してる感じですし」
「え?」
トーカのだらしない顔にばかり目が行っていた私は、マリアの言葉ではっとする。
確かにミリーシアも楽しそうに笑っている。
竜人族に言わせれば娼婦がカモからお金を引っ張るための表面上の愛想笑い、ということになるんだろうけど、とてもそんな風には見えない。
有名な娼婦だから演技が上手いだけ?
でも付き合いのあるらしいマリアにも屈託のない笑顔に見えるらしい。
分からない。
「娼婦って男の人を手玉に取ってお金を巻き上げる職業じゃないの?」
「あー、龍神教の地域ではそういうイメージになりますよねぇ…。うーん、でも私もそんなに娼婦の方について詳しいわけじゃないですし、いっそのこと本人に聞いてみたらいいのでは?――ミリーシアさーん」
「え?ちょ、ちょっとマリア!?ああもうっ」
マリアが出て行ってしまったので私も隠れている訳にはいかず後に続く。
まぁそもそもなんで隠れていたのか自分でも良く分からないんだけど。
「あら、マリアさん。こんにちは。丁度これから孤児院の方へ伺おうとしていたところなんですよ」
「いつもありがとうございます。子供たちもミリーシアさんが来てくれるの楽しみにしてるんですよ。ところでこちらの――」
「ん?エレナ?」
「と、トーカ。奇遇だね」
ええい、こうなったら流れに身を任せてやる。




