エレナとミリーシア(後編)
孤児院の雑巾がけ。
大量の洗濯。
食事の準備。
子供たちの遊び相手。
昼過ぎから始まった手伝いはあっという間に夕方になってしまった。
そして気付く。
――あれ、私なんで孤児院の手伝いしてるんだろ?
「そうだ。マリアのせいだ」
相手を知るには本人を直接見て、話したら良いとか言って私を孤児院に引っ張って来た。
そのまま体良く手伝いをさせるとは、なんという策士。
というか目の回る忙しさで肝心のミリーシアとは話が全然出来ていない。
そもそもミリーシアに興味があるわけじゃない。いや、トーカを騙してる悪い女なら見逃せないけど。
トーカは用事があるとかで最初から来ていないし。
まぁ里じゃ私より年下なんていなかったから子供の相手をするのは楽しかったけど。
魔王が勇者の攻撃を全て回避するという勇者ごっこをしていると仕事が一段落したらしいミリーシアが顔を出した。
「あ、エレナさんここにいらしたんですね。良かったら一緒にお茶でも如何ですか?」
ちょうど勇者共を蹂躙し尽くして(体力切れで撃沈しただけ)手が空いていた私はその誘いに乗った。というかそっちが目的だったのに本当にどうしてこうなったのか。じゃあね、勇者共。気が向いたらまた遊んでやろう。
給仕室の横にある小さなテーブルに座ると、ミリーシアが慣れた手つきで紅茶を淹れてくれた。
「あ、これ」
「ふふ、トーカ様から頂いた茶葉を使ってみたんです。良い香りですよね」
「うん。私も好き」
「エレナさんはトーカ様と一緒に冒険者をしているんですよね?昔からのお知り合いなんですか?」
「ううん。トーカとは少し前にこの街で出会ったの。お互いにソロだったんだけど―――――」
はっ!?
いつの間にか私が話をさせられていた。
恐ろしい。これが娼婦の話術なの?
しかしこちらが警戒レベルを上げているのに対してミリーシアは安心したように微笑んだ。
「……どうしたの?」
「いえ、その、エレナさんには避けられているような気がしていたので、こうしてお話出来て嬉しいなって」
「うぐっ……」
そうだよ。ちょっと避けてた。
でもそんな裏のない笑顔されたら私の方が悪いみたいじゃん。
一方的に疑ってるんだから悪いのかもしれないけど。でも……。
自分でも自分の気持ちが分からない。
ミリーシアは竜人族の言う穢れた職業に就く、堕落の象徴にはとても思えない。
掃除は丁寧だし料理の手際も私より各段に良い。子供たちにも優しく、間違ったことをしていたらきちんと叱って正すことの出来る人だ。
その人を知りたければ直接見て、話せば良いと言ったマリアは正しい。
ミリーシアの為人を見れば私の中にあった娼婦の印象がいかに偏見に満ちていたのか思い知らされる。
自分の気持ちが分からない?
嘘だ。
これは嫌悪感と罪悪感。
勝手な偏見で蔑んで忌み嫌った、里のエルフが私に向けたような目を、私が向けていたことに対する嫌悪感と罪悪感。
「ごめん」
「……何に対する謝罪でしょうか」
「私、ミリーシアのこと苦手だった。というか娼婦、が」
「まぁ、そうだったんですね」
そう言うミリーシアの表情に怒りや悲しみはない。
なぜか嬉しそうにすら見える。
「怒らないの?」
「怒るなんて。誰にでも苦手な相手はいます。娼婦に対する考え方も色々あるでしょう。それに、苦手だった、ということは今は違うのですよね?」
「うん。私は一夫一妻が普通だって思ってたし、奥さんや恋人以外とそういう関係になる娼婦の人に正直あんまり良いイメージなかった。でも今日一緒にいて、ミリーシアは良い人だって思った。娼婦は、まだよく分からないけど」
「エレナさんはとても素直なんですね。ふふふ、お仕事の方は、ゆっくりとでも知って頂けたら嬉しいです。マリアさんから聞いたのですけどエレナさんの故郷は龍神教との繋がりが深かったとか。もしかしたら理解し難い部分があるかもしれませんが、私たちがどういう気構えでお仕事に望んでいるか。それを知って頂けたらもっと仲良くなれると思うんです」
「そうだね。聞かせてほしい。出来るだけ偏見なしで聞くから」
「では私は娼婦について、エレナさんはトーカ様についてお話するということで」
決まりですね!とでも言うように手を合わせるミリーシア。
ん?え?そんな話してた?
「え、な、なんでトーカのこと?」
「お慕いする方のことを知りたいというのは自然のことでは?」
「ん゛っ!?うぇ!?」
あまりにも自然にとんでもないことを言うから紅茶が変なとこに入った。
「げほっごほっ」
「あらあら、大丈夫ですか」
「あ、ありがとう。大丈夫…じゃなくて!娼婦って恋人作らないんじゃないの?その、お客さんが恋人、みたいな」
「一部ではそういう売り込み方をしている娼館もありますけど、基本的に恋愛は自由ですよ。恋人や想い人がいることで売上が落ちるならその程度の接客しか出来ていないというだけですので」
「そ、そうなんだ……」
嘘は、吐いてないように見える。
「……どうしてトーカを好きになったの?」
「救って頂きました。私も、私の大切な人達も」
「そう……」
トーカは本当に、目を離すとすぐにこれだ。
他に何人似たような女の人がいるのやら…。
でもなんか、本当に聞いてた話と違うのかも。
ミリーシアの穏やかな笑顔に確固たる自信みたいなものを垣間見た気がした。
というかこの人トーカ狙いなのか。そうなんだ…。
ミリーシアを観察する。
青みがかった白髪は朝露に濡れているように艶やかで、肌はエルフの私でもうっとりするくらいにきめ細かい。細身の割に出るとこは出ている。そして全身から溢れ出る色香。
しかも内面も優しくて謙虚で申し分ない。
女の私でも気を抜けばその魅力に惹かれてしまいそうだ。
むむむ…とミリーシアの大きさがあって形も良い胸を見ていると彼女はまた意表を突くことを言い出した。
「ええ。なのでエレナさんとは同志ですね」
「そうだね…、って、え?なんで?」
「エレナさんもトーカ様のことをお慕いしているのですよね?」
「なな、なっ、んで…そんなこと」
「あら、違いましたか?」
違うというか、まだ自分の中でも気持ちが定まっていないというのが本心だ。
人間の中では信用出来る。恩がある。感謝もしている。ただ感じている好意が恋愛感情から来るものなのか、それとも人として好感を持っているだけなのかが分からない。
「なるほど、恋なのか親愛なのか判断がついていないのですね」
「私、何も言ってないけど」
「直感には少々自信がありまして。当たっていますよね?」
「ま、まぁ」
「では同じ殿方をお慕いする同志ですね!仲良くしてくださると嬉しいです」
「ちょ、どうしてそうなるのさ。まだ分からないって言ってるでしょ?」
「私も申し上げましたよ。直感には自信があると」
にこにこと微笑みを向けてくるミリーシアに毒気が抜かれたような気分になった。
それから少しの間世間話をしたけど話をするほどにミリーシアは魅力的な人柄だった。
穏やかな物腰で決して踏み込んで欲しくないところには踏み込まず、だからと言って表面的な会話をする訳でもない。接していてどんどん惹かれていく不思議な魅力があった。
彼女に入れ込む男の人が多いのも納得出来る。
だからかもしれない。
ミリーシアのことがもっと知りたいと思って私は踏み込み過ぎた。
「娼婦の仕事って、具体的にはどんなことをするの?」
単に身体を売るのではなく、心を通わせることが肝要だとミリーシアは語った。
相手の望むことを考え、観察し、ひと時の癒しと未来への活力を分け与える仕事だと。
なるほど。ミリーシアの立ち振る舞いを見ていれば納得できる話だ。
そこまでは良かった。
しかしその後だ。
「まぁ!興味を持ってくださったのですね!エレナさんさえ宜しければ体験してみますか?ええ、それがいいです!エレナさんのような美しい方が娼婦の手技を駆使すればどんな殿方も夢中になること間違いないです。そうなればトーカさんが複数の妻を持ったとしても正妻の地位を確実にできます!」
「せ、正妻?」
いつの間にかトーカが何人も奥さんを迎えることになってる?
いや、変態えろ魔神トーカのことだから多分そうなるんだろうけど……。
「ミリーシアは、その、いいの?正妻じゃなくても」
「もちろんです。私はトーカさんのお傍に居られるならメイドでも構いません」
ミリーシアのメイド姿を想像して、すぐにトーカが鼻の下を伸ばしている姿が浮かんだ。むしろメイドは良くない気がする。
「それに私はエレナさんのことが好きになっちゃいました。ここは協力してトーカさんを虜にしていきましょう!」
確かにトーカはえっちだ。
よく胸元とか脚に視線を感じる。
その道のプロであるミリーシアの教えを乞えるならこれほど心強いことはない。
「~~~~~~、よろしくお願いします…」
長い葛藤の末、そう言って手を差し伸べるとミリーシアは花が咲くような笑顔で私の手を握った。
「良かった!この後のご予定はどうですか?」
「特に予定ないけど…え?あれ?これからするの?」
「残りの奉仕が終わり次第にしましょう。あとはお夕飯の下拵えだけなのですぐ済ませてしまいますね!」
「え、あの、えー…?」
え、待って。まだ心の準備が…。
すごい手早さで孤児院での手伝いを終わらせたミリーシアに連れられて来たのはいつだったか早朝にトーカが出てくる場面に出くわしたあの大きな娼館。
覚悟が決まらないままどうやって前言を撤回するか悩んでいる内に、私はミリーシア専用だというとても広くて上品な部屋に通されてしまった。
「今日はお休みの日でしたのでじっくりと私たちのお仕事についてご説明致しますね。それと、拙いながら奉仕の仕方も」
「う、うん…。けどその、そうだ!言葉で説明してくれたらいいから!まだ私には早いし――」
「ふふ、好ましく想っている殿方がいるのですから早いなんてことはないですよ」
「なんで服脱いでるの!?そしていつのまに私の服を!?」
目にも止まらぬ早業で下着姿に剥かれてベッドに転がされてしまった。私、これでも冒険者なのに!?
え?え?
待って、ミリーシア、一体何をするつもり?
「さぁ、エレナ様。私に身を委ねてください……」
◇
その夜、顔を茹で蛸のように真っ赤にしたエレナがミリーシアに寄り添われて宿に戻って来た。
昼に一緒に孤児院へ行ったはずだけど体調でも崩したんだろうか。
「おかえり。…どうした?大丈夫か?」
「う、うん。あのさ…」
妙に艶めいた呼吸をしながらエレナが言う。
「娼婦って、すごい職業なんだね……」
その言葉を最後にくたっと身体から力が抜けて倒れ込んでしまった。
「何があったんですか?」
慌ててエレナを受け止めて事情を知っていそうなミリーシアに訊ねると、彼女は悪戯っぽく笑って唇に人差し指を当てた。
「内緒です♪」




