武の理
傷だらけの和風デュラハンが膝をついている。
鎧は所々へこみ、関節の隙間などからは黒い血が流れている。右腕も肩から先がなかった。
力尽きたその姿はどこか満ち足りたような印象があった。
対して俺は服がズタボロ、強化攻撃を何度も受けた黒柘榴鋼の長剣も刃毀れが酷い。ただ身体はほぼ無傷。というか余剰生命力で治癒した。
眼の使いすぎで脳を酷使したせいか鼻血が出ているのが怖いけど。後遺症とかないよな?
なんとなく恐怖を感じつつも乱暴に拭って自分を誤魔化す。
余剰生命力でダメージを受けた端から回復する俺と、高位アンデッド故にダメージを受けながらも部位欠損がなければ戦闘力が微塵も落ちない和風デュラハン。性質は違えど限界を迎えるまで全力で動けるのは同じ。
しかしながら実力は確実にこちらが劣っていた。勝てたのは運の要素がかなり強い。
「トーカ」
壁際で戦闘の余波を凌いでいたエレナが近付いてきた。
身体強化と敏捷強化、そして剛力を全開にした俺と、戦闘狂の体現とも言える和風デュラハンが周囲の迷惑をお構いなしにやり合った結果、ボス部屋は酷い有り様になっていた。
地面は踏み込みや斬撃の余波で割れ、牽制のために棺をぶん投げまくった奴がいたせいで(誰だろうね)無事な棺は片手で足りるくらいだ。
そんな激戦地だというのに安全地帯を見極めて傷一つ負っていないのは流石エレナさんと言ったところか。
「デュラハンがダンジョンボスにしろ階層ボスにしろ、ここから進むためには倒すしかなかったんだよ」
「大丈夫、分かってるよ」
「そう?」
「こいつも全力で戦えて思い残すことは……うーん、もっと戦いたいとか思ってそうだけど、まぁそこそこ満足したんじゃないか?」
ほんの少し、和風デュラハンを仲間にする方法があればと思ったが、ボスのテイムなど高レベルのテイムスキル持ちですら不可能なはずだ。そんなことを考えるくらいにはどういう訳か和風デュラハンのことを気に入っていた。
それをエレナに見抜かれてフォローまでされたのだからちょっと気恥ずかしいな。
「よし、こいつも連れて行ってやろう」
ドレインして。それなら俺と一緒にまだまだ戦えるしな。
元々ドレインはするつもりだったけど理由が増えた。
「トーカがあんな戦闘狂みたいになるの嫌なんだけど」
「いや、だからドレインでそんな影響受けないから……」
エレナに突っ込みを返しながら和風デュラハンにエナジードレインを使う。
名前:トーカ・フジクラ
レベル:31→33
ギフト:エナジードレイン
戦闘スキル:剣術Ⅱ→Ⅲ、体術Ⅱ、身体強化Ⅲ、敏捷強化Ⅱ、剛力Ⅱ→Ⅲ
魔法スキル:雷魔法Ⅱ
耐性スキル:電撃吸収Ⅰ、毒耐性Ⅲ、麻痺耐性Ⅱ、火耐性Ⅲ、打撃耐性Ⅱ、斬撃耐性Ⅰ
特殊スキル:アイテムボックスⅡ、遠見Ⅰ、暗視Ⅰ、危機感知Ⅰ、並列思考Ⅱ
武術アビリティ
剣術-鋭刃
余剰生命力:1210→348→591
スキルポイント:3→0
所持金:30万2200リラ
貸金:1350万リラ
<収奪した構成要素からスキル「死兵召喚Ⅱ」を再構築しました。スキル「死兵召喚Ⅱ」を獲得しますか?Y/N>
<収奪した構成要素からギフト「武の理」を再構築しました。ギフト「武の理」を獲得しますか?Y/N>
「え゜」
「どうしたの、芋掘りしてたら間違ってマンドレイク抜いちゃったみたいな顔して」
どんな顔だよ。
いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
「そ、そのぉ……ギフト、手に入れちゃった」
「………………はぁ?」
そういう反応になるよなぁ。
まさか和風デュラハンがギフト持ちだったとは。
そしてエナジードレインでギフトの再構築まで出来るとは。
流石に予想外過ぎて呆けるしかないわ。
効果は……
死兵召喚Ⅱ:下位アンデッドを5体まで、中位アンデッドを2体まで召喚し使役することが出来る。
武の理:保有する武術系スキルの効果を一段階強化する。この効果は武術系スキルのレベルが上限に達していても適応される。
うぇい、しっかりぶっ壊れだぁね。
死兵召喚で召喚できるアンデッドがどの程度の強さか分からないけど、中位アンデッドはそこそこの強さなんじゃないか?Cランクくらいのアンデッドを召喚出来たらかなり心強い。
そして武の理。こっちは確定でヤバい。
武術系スキルとは剣術や体術などの戦闘技術が向上するタイプのパッシブスキルだ。
それを無条件で一段階レベルアップする。しかも数に制限がなさそうなので、武術系スキル全てが対象と考えて良いだろう。
一度獲得してしまえば武術系スキルは最低でもレベルⅡからのスタートになる。スキルの獲得とレベルアップに長い時間がかかるこの世界ではもの凄いアドバンテージだ。
しかも「効果は武術系スキルのレベルが上限に達していても適応される」とかヤバすぎる。スキルの最大レベルがⅤである世界で、武の理を持つものだけがレベルⅥに到達することが出来る。当然レベルⅤまでは自力で上げる訳だから尋常ではない努力が必要になるので持っているだけで即ぶっ壊れというものではないが、その辺りを考慮しても充分トンデモ能力と言える。
和風デュラハンの剣術は恐らくⅢ。そして武の理でⅣまで上がっていたのだろう。
土壇場で剣術と剛力を上げられなかったら勝ち目はなかったと再確認して今更ながら肝が冷える。
そしてもう一つ。
ステータスに武術アビリティなるものが追加されていた。
ステータスウィンドのログを遡ると剣術スキルがⅢに上がった時点で追加されたようだ。
一瞬を争う状況だったので読んでいなかった。
説明によると武術系スキルが一定レベルに達すると使えるようになる必殺技とか特殊技のようなものらしい。
鋭刃の効果は「斬撃による切断力を上昇させる」というもの。
和風デュラハンがたまに使ってきた強化攻撃はこれだろう。たまに回避や防御の際に身体能力が上がっていたのも別のアビリティかもしれない。
スキルの再構築を終えた後のステータスがこちら。
名前:トーカ・フジクラ
レベル:33
ギフト:エナジードレイン、武の理
戦闘スキル:剣術Ⅲ(Ⅳ)、体術Ⅱ(Ⅲ)、身体強化Ⅲ、敏捷強化Ⅱ、剛力Ⅲ
魔法スキル:雷魔法Ⅱ
耐性スキル:電撃吸収Ⅰ、毒耐性Ⅲ、麻痺耐性Ⅱ、火耐性Ⅲ、打撃耐性Ⅱ、斬撃耐性Ⅰ
特殊スキル:アイテムボックスⅡ、遠見Ⅰ、暗視Ⅰ、危機感知Ⅰ、並列思考Ⅱ、死兵召喚Ⅱ
武術アビリティ
剣術-鋭刃
余剰生命力:591
スキルポイント:0
所持金:30万2200リラ
貸金:1350万リラ
剣術と体術の横の括弧内が武の理の上昇分を反映した数値か。
うーむ、改めて見るとスキルがかなり増えてきたな。この世界ではスキルを3つ持っていれば多い方だから俺はかなり多い部類に入るんじゃないか?
まぁレベルとか戦闘技術とか、スキルだけで強さは測れないとは思うけど多いに越したことはない。コレクション的な楽しみもあるし。
「ギフトまで自分のものに出来るんだ。分かってると思うけどぜったい他の人に言ったら駄目だよ?」
「ですよねぇ」
「トラブルの予感しかしない。あ、それともトラブルなんて力づくで捻じ伏せるとこまで強くなるつもりとか?「俺に手を出したってことは死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」みたいな」
「ないない。どこの覇王だよ」
「よかった。そんなのトーカには似合わないし」
今は冗談だと笑っていられるが、俺もエレナもステータスを他人に知られると不味いのは同じだ。レアだが鑑定スキルなんてものもある以上、なにかしらの対策を立てた方がいいだろう。
だが、まずはダンジョンからの脱出が先だ。
和風デュラハンを倒したことで奥に続く扉が……開いていないな。
というかボスを倒したというのに宝箱が現れていない。初回討伐は宝箱確定のはずなのに。
「エレナ、警戒。まだ終わってないみたいだ」
「う、うん」
和風デュラハンですらギリギリの勝利だった。
これ以上強い奴が出て来たら勝ち目は――――ゾクッ!
瞬間、全身が粟立った。
これまでに感じたことのない殺気。いや、違う。俺達に向けられたものではない。ただただ死の気配が充満しているだけだ。触れた瞬間身体の端から腐り落ちそうな石油のように粘度の高い濃密な死。それが部屋を満たしていた。
その『死』の発生源に目を向ける。
和風デュラハンが最初に立っていた場所だ。そこにはいつの間にか朽ちた玉座が出現しており、夜を織り込んだような真っ黒のフードを纏った骸骨が膝を揃えて座っていた。
ただそこにいるだけ。それだけなのに本能的に理解出来た。
これには勝てない。
今の俺がどう足掻いても傷一つ付けられない。
いや、レイバス帝国のゴリラ教官でも、俺を殺しかけた黒ドレスの女騎士でも無理だ。
それどころかこいつの前ではAランク上位のボルケーノトータスでさえ羽虫のように殺されるだろう。
それほどまでに隔絶した力を感じる。
「トーカ?どうしたの?」
エレナが戸惑いながら声をかけてくる。
アレを見てよく冷静でいられるな。鋼鉄の心臓かよ。
いや、そうじゃない。気付いていないのか?
「エレナ、念の為に聞くけどあれ何に見える?」
「え?ワイト……?気付かなかった。いつからいたの?」
ワイト……?
アレがDランク下位のアンデッドに見えるのか?
いや、認識阻害みたいな魔法か魔道具を使ってるのか。ならどうして俺には…考えても無駄か。
警戒――は止めた。
アレがその気になったら視線だけで殺されそうだ。そうなっていないということは、その気がないということ。なら必要以上に怖がるだけ損だ。
そういう感じの屁理屈で自分を騙して平静を取り戻す。
……れーせーれーせー。あいあむくーるまん。
うし、自己暗示完了。
「あいつには絶対手を出すな。武器構えるな。敵意も向けるな」
「……分かった」
俺の真剣さが伝わったのだろう。エレナは「どうして?」とは聞かなかった。
『こちらに敵意はありません。と言ってもこの外見ですので信じられないかもしれませんが。よろしければ少しお時間いただけませんか?』
しゃ、喋った!?
そして声帯のない骸骨が喋ったことより、その可憐な声に驚いた。
女だったのかこいつ。骨だけじゃ分からんし。
「いいですけど――」
『まぁ!それではご案内しますね!』
どこに?
そう尋ねる前に骸骨さんが軽く手を合わせると周囲の風景が一瞬で切り替わった。
シックな感じの家具が揃った中世風のリビング、とでも言えば良いのか。
ふかふかのソファ。本棚。テーブルの上には紅茶といちじくの乗ったパイまである。
窓の外には長閑な麦畑が広がる。ここダンジョンの中だよな?
「ここは…」
『よかったらお菓子と紅茶もどうぞ』
「わ、美味しそうだね」
「怖いもの知らずだなお前……」




