交易都市
レイバス帝国の南西には現在帝国と戦争中のアルヘイム王国が位置している。そこから北へ向かうとルカ共和国がある。議会にて七人の国民の代表『七賢人』が協議し、あらゆる政治的決定を下す合議制の国だ。
違法奴隷商から拝借した馬車に揺られること6日(御者はランドが担当したが、道中暇だったので馬の操り方を教えてもらった)、俺達はランドの拠点があるルカ共和国の交易都市、イステリアに到着した。暦は春に差し掛かっていた。
「大きな街なんですね。それに活気がすごい」
「そうでしょう?このイステリアはルカ共和国随一の交易都市ですから。商品も国内は当然として、南のアルヘイム王国や北のドラグ皇国、西のグランフォレスト王国、更にもっと遠方からも流れて来ますからね」
大通りを馬車でゆっくりと進むとランドの言葉通り、様々な商店や露店が並び、行き交う人の数も多く活気に溢れていた。しばらく進むとランドは三階建て――中規模の商店の前で馬車を止めた。看板には『万屋カーター』とある。
「ここが?」
「ええ、私の店になります。やっと帰ってきた…」
ランドがしみじみと呟く。
奴隷にされて鉱山に売られそうになったのだから、心中は察するに余りある。
「すみません、感傷的になってしまいまして。さぁトーカくん、どうぞ中へ。精一杯歓迎させてもらいますよ。なんと言っても命の恩人ですからな」
「大袈裟ですよ。それに俺一人じゃ奴隷商をどうにかできても道が分からなかったですから。ランドさんがいなかったらこの街まで辿り着けなかったはずです。だからランドさんも俺の恩人ですね」
「その程度では返しきれない恩があるのですが…」
そう呟き苦笑いを浮かべながら先導するランドについて行った。
◇
その日の夕刻。
俺はランドに勧められた宿に泊まっていた。
あまり大きくはないが小奇麗にしてある宿で、食事も美味いとランドのお墨付きだ。ランドの言葉通り、夕食は美味かった。この世界に来てすぐに軍へ入った為、『味より量!』な食事しかしてこなかった。久しぶりに人間らしい食事をした俺は食堂の隅でちょっとだけ泣いた。そこを宿の手伝いをしている少女に目撃され、何か可哀想なものを見る目で見られた気もするが、気のせいだと思いたい。
あの後、万屋カーターは混乱の坩堝と化した。
行方不明になっていた店主が突然帰還したのだから仕方ないことだ。従業員たちの喜びようもすごかったが、特に奥さんであるルシアの喜びようは見ていて胸が暖かくなった。ランドを見て呆然としたかと思うと次の瞬間には泣きながらランドの胸に飛び込み、店主不在の間にどれだけ心配したかを語り号泣。そして無事に戻ってきてくれて嬉しいとまた号泣していた。
ようやく少し落ち着いて、ランドから事の次第を聞くと顔を真っ青にしてまた号泣。
泣きながらも俺に何度も礼を言ってくれたが、これはしばらくランドと二人きりにしてあげた方が良いと思い、その場を辞することを告げるとランドとルシア両方から礼をしたいからと引き留められた。
ランドを助けたのは成り行きだし、こちらも助けられているので礼は不要だと伝えるも、それでは納得できないという二人に妥協案として後日ルシア手製の料理を振る舞ってもらうことを提案してなんとかその場を収めた。
「なんか、いいな」
ベッドの上に横になりながらぽつりと呟く。
家族の温かみ。
俺は失って、それからは――
我ながら感傷的だなと自嘲しつつ、その日は眠りについた。
◇
翌日の昼。
万屋カーターのドアには『本日臨時休業』の札がかけられ、店舗三階にある居住スペースでは店主を救った俺を主賓とした宴が催されていた。
参加者は俺とランド、妻のルシア、数人の従業員、そしてランド達の娘であるフィオナだ。フィオナはまだ一人で立てないようでルシアが抱いている。
「この度は主人を助けて頂き、本当にありがとうございました。トーカさんがいなければ主人は鉱山奴隷として売られこうして戻ってくることはなかっただろうと聞きました。こんな家庭料理でのおもてなししか出来なくて心苦しいのですが今日は沢山食べていってください」
そう言って深くお辞儀をするルシアは20代前半から半ば程。ランドが言っていた以上に美人で淑やかな人だった。
まさに美女と野獣。いや、美女とゆるキャラか。
どうやって口説いたのか今度聞いてみたい。
「私からも改めてお礼を。もし私が死んでいれば妻のルシアにフィオナ、従業員たちにも苦労をかけたでしょう。そう考えると私だけでなく私達全員の恩人ということになります。トーカくんは大したことはしていないと言うかもしれませんが、私達がとても感謝しているという事だけは覚えておいてください。そして何か困った事があればいつでも私達を頼ってください。私達はトーカくんに恩を返せる日を心待ちにしていますから」
「ルシアさん、ランドさん…」
「私達からもお礼を言わせてください。旦那様を助けて頂きありがとうございました」
「ありがとうございます、トーカさん」
従業員らも深く頭を下げる。
ランドは良い夫であり、良い雇い主だったみたいだな。
「さて、では食事を始めましょうか。折角の料理が冷めては勿体ないですから」
「そうですね。奴隷商に捕まってる時ですら自慢していたルシアさんの料理ですもんね」
「と、トーカくん?それを妻の前で言われるのはちょっと恥ずかしいのですが…」
「まぁ…」
ランドとルシアが照れ、俺と従業員たちが笑う。
テーブルには色とりどりのサラダや果物、シチューのような煮込み料理に肉と野菜の詰まったパイのような物。パンも高級で柔らかい白パンだし、ワインも香りの芳醇な上等品だ。基本的には全員でテーブルを囲み、食事と会話を楽しみ、たまにルシアと女性従業員のシュスカがキッチンに立って料理を追加。他の従業員が配膳と洗い物をしてくれた。
ルシア達の料理はどれもとても美味しく、ランドが自慢するのも納得が出来た。
「――ではトーカくんは冒険者に?」
「ええ、今更レイバス帝国には戻れませんし、軍で多少は鍛えられたので」
これはイステリアまでの道中で考えていたことだ。
断りもなく姿を消した俺は間違いなく脱走兵扱いで指名手配を受けている。軍に戻ったところで待っているのは極刑の決まった裁判だ。
だったらレイバス帝国に戻る選択肢は無い。俺だって死にたくないからな。
幸い当初の目的通り軍生活でこの世界の基本知識は粗方頭に叩き込んだし、ついでに戦力も少しは上がった。この街で危険の少ない低ランク依頼をこなしつつ金を貯めていこうと思っている。流石にまた軍属になる気はしない。人間相手の殺し合いは極力避けたいからな。
「多少…? あ、いえ、まぁトーカくんなら大丈夫でしょうね」
俺の言葉に引っ掛かるところでもあったのか一瞬妙な反応をしたが、すぐにうんうんと一人納得顔のランド。どうしたんだ?
そしてランドは「それなら!」と声を張った。
「当店の商品を使ってもらえませんか?」
「ランドさんの店では冒険者用の装備も扱ってるんですか?」
「いえ、当店は万屋なのであまり本格的な武器や防具は扱っていません。しかし、そうですね。例えば冒険者となれば依頼で野営することもあるでしょう?テントや魔物避けの香などはあります。他にも外套や調理器具、ポーションに解毒薬まで。専門店には劣りますが幅広い商品がありますので、きっとお役に立てるかと。もちろんお代は原価で構いません」
「え、いやちゃんと払いますよ!」
実は手持ちの現金はそれなりにある。
違法奴隷商達から慰謝料とばかりに頂戴してランドと山分けにしたので、ランドも俺がしばらく生活に困らない程度には金を持っていることは知っている。
それでもこういう提案をしてくるのはやはり恩を感じているという事なのだろうか。
そこまでの配慮は不用だとやんわり伝えると、ランドは商人らしくにやりと笑った。
「いえいえ、これは商売人としての先行投資ですよ」
「投資?」
「高ランク冒険者御用達の商店、と噂になったら集客効果は抜群だと思いませんか?」
「それ、俺に高ランク冒険者になれって言ってように聞こえるんですけど…?」
「ははは、なれだなんてそんなそんな。言ったでしょう?投資です。トーカくんが冒険者として活動するのなら活躍して有名になる見込みが十分にあると私は判断したんです。であれば折角縁もあるので儲けに繋がるようにしたいな、と」
商人なのでね、と付け足して笑うランド。
これから冒険者登録をしようという冒険者未満の人間に投資しても無駄になる可能性の方が高いだろうに。投資なんて言っているが、これはランドの形を変えた恩返しのつもりなのだろう。律儀なおっさんだ。
ならば無下に断るのもランドの心遣いを足蹴にするようなもの。ここは素直に厚意に甘えておこう。そしてランドの使った方便である『投資』とやらを成功させるのが、俺に出来る返礼だ。…いつになるかは分からないから気長に待ってもらう事になるけどな。




