罠
「待て待て!情報量が多過ぎる!」
「これって、ダンジョンに閉じ込められたの?」
「……そうみたい、だな。ちなみに今から転移陣の制限をなしにして、全部元通りにとか……」
『………』
「できないかぁ……」
くっそ、うんともすんとも言わねぇ!
えっと、なんだっけ?
転移陣の制限を解除するためには魔力が足りなくて、その不足分を『墓所の主』とやらを封印するために使っていたところから横流ししたってことだよな?
結果、転移陣はいつでも使えるようになったけど封印が弱まって『墓所の主』が復活。しかもそいつの魔力で転移陣は起動出来なくなっている、と。
なんじゃそりゃ!注意事項はちゃんと説明しとけや!?
「悪い、エレナ。『墓所の主』を倒さないと出られないみたいだ」
「それってダンジョンボスかな?」
「どうだろうな。名前からするとそんな感じはするけど。『主』だし」
「そうだよね。……うん、だったら折角だしやっちゃおう、ダンジョン攻略。どうせ転移陣が動かないんじゃ脱出は出来ないんだから、進むしかないよ。それに他の冒険者も入って来れないんだよね。独占探索期間が伸びたって考えたらちょっとお得な気分にならない?」
「わぉ、すーぱーぽじてぃぶぅ……」
「ふふ、前向きなのはエレナさんの長所だよ」
冗談めかして笑うエレナは続ける。
「頼りにしてるぜ、相棒」
男前…っ!
◇
新ルートを探索し始めて12日。
本来であれば独占探索期間が終っているのだが、未だ『墓所の主』を討伐出来ていないためこの新ルートにいる冒険者は俺とエレナの二人だけだ。
現在地は新ルートの29層。
20層のボスを倒した時はワンチャンここが最下層かと期待したものの、全くそんなことはなく、ダンジョンは更に続いていた。
水や食料はアイテムボックス内に大量に入っているのでまだまだ探索は出来るが、これが普通の冒険者だったらとっくに飢え死にしてるぞ。いや、最終手段として魔物を食う道もあるか。新ルート11層以降の魔物は全部アンデッド系だったので、火を通せば腐肉だろうとイケると言い張るほどの信仰篤き過熱万能論者じゃないと厳しいけど。
ここで今までの階層の振り返りを少し。
11~14層はDランク中位のスケルトンウルフ。そこそこ素早く、牙や爪での攻撃は侮れない。常に群れで行動している面倒な相手だった。それに肉がないのでエレナの矢がほとんど通用しなかった。火矢なら効果的だったろうが、あれは数が限られていてポンポンと気軽に使えるものではない。一応スケルトン対策の矢もあるが、素早い相手には不向きなのでそれも使えない。
そのため魔力探知で索敵をして、少数なら俺が戦い、数が多ければ迂回を繰り返した。結果、この階層でだいぶ時間を取られた。
15~19層はCランク下位のソニックウルフゾンビとDランク上位のグレートグラスウルフゾンビ。既存ルートに出て来たソニックウルフとグレートグラスウルフがアンデッド化した魔物だ。敏捷性がやや下がり、引き換えに耐久性がやや上がっているようだった。
ランク的にはスケルトンウルフより上だが、正直スケルトンウルフの方が面倒だった。武器の相性の問題だろう。スケルトンは打撃武器があればかなり楽らしいが、俺もエレナも持っていなかったからな。
対してゾンビ系は刺突も斬撃も効くから戦いやすかった。
20層のボスはオルトロスゾンビ。こいつに関しては俺もエレナも知らない魔物だったので見た目から適当に名前を付けた。
外見どう見たって狼じゃなくて犬やんけ。蟲『狼』迷宮とは?
それはさておき、こいつは結構強かった。
体長3mほどの巨大犬。しかも頭が二つ付いてるので死角が少ない。身体能力も高く、ライトニングキングウルフ並み…若干オルトロスゾンビの方が勝っていたかもしれない。流石に属性攻撃を飛ばして来なかったけど、遠距離攻撃があったら結構厳しかったと思う。
戦闘は俺が徹底してタンク役で攻撃を引き付け、エレナの火矢で焼き殺した。オルトロスゾンビはメガローパーと違いかなりの速度で動き回っていたが、エレナの弓の才はかなりのもので、ほとんどミスることなく命中させていた。
アンデッド系の弱点が光と炎というのはRPGの基本。幸いこの世界でもその法則は通用するようで、火が燃え広がるにつれて明らかに動きが悪くなっていったオルトロスゾンビ。その首を刎ねて止めを刺してあげた。焼死って辛そうだもんな。南無。
ちなみに確定宝箱からはまた魔石と、山羊の角を生やした髑髏な不気味仮面が出ました。呪われてそうだから持っていたくないんだけど。アイテムボックスに封印だな。
21層から現在いる28層までは1~19層にいた魔物(ボス部屋に出て来た魔物以外)が出現した。魔物の強さは変わらないが、階層を経る毎にエンカウントする回数と群れの大きさが増していく。
何度も倒している魔物とは言え、ここまで多いと流石に消耗する。
26層からはセーフティゾーンを拠点として周囲を探索してはまたセーフティゾーンに戻るということを繰り返していた。
そしてようやく見つけた30層への階段。そこへ続く石畳の大広間には、これまでわんさかと訪問してきていた魔物の姿が全く見当たらなかった。
「なんか怪しいね」
「だな。柱の影とかに隠れてたり…もしないか」
部屋の左右に並ぶ柱の影にも魔物の気配はない。
が、26層を越えてからこんな感じの広間には魔物が大量に配置されていることが多かったので俺達は警戒心を高める。
「魔力探知に反応はないけど慎重に行こう」
「そうだね……あ」
「え」
エレナが抜けたような声を上げた。
その足元を見ると石畳が一段低くなっていた。まるでエレナの足で踏み込んだように。
「ごめんなさい、やっちゃったかも」
次の瞬間、床や壁からガスが噴出した。
毒ガスか!?
「エレナ、吸うなよ!」
「ごめ…、ちょっと吸っちゃったかも」
エレナはけほけほと咳をしている。即死系の毒ではなさそうだが体調が心配だ。毒ガスの噴出は収まったようだし早く30層へ移動するべきだろう。
「歩けるか?」
「う、うん。ちょっと頭くらくらするけど」
そう応えるが足取りはかなり覚束ない。顔も赤いし発汗も多い。早く薬を飲ませないと不味いかもしれない。
アイテムボックスには上等連合のスキンヘッドからもらった対状態異常薬セットがある。
それを飲ませれば――と、取り出した木箱が手から離れる。石畳に落ちた木箱からガシャンと硝子の砕ける音がする。
くそ、薬は全部割れたか?
いや、それよりも木箱は弾かれたんだ。誰に?
決まってる。
敵だ。
視線の先には2mを超える人影。筋骨隆々とした肉体は人間のそれと酷似した作りになっているが、首から上は狼の頭。全身が青白い体毛に覆われ、指先からは鋭い爪が伸びている。そして案の定、腐乱している。
「ワーウルフ…ゾンビ」
冒険者ギルドの資料室で見たことがある。
魔法は使えないが強靭な肉体と高い知能を持った魔物。昔は獣人と混同されることもあったが、ワーウルフは狂暴で、人間種に対して常に敵対的。そして体内に魔石も保有していることから魔物に分類されるようになったと。
そしてその強さは……Bランク下位。
アンデッド化して能力が変化する場合もあるが、こいつはどうだろうな。さっきの動きから見て、身体能力はオルトロスゾンビ並みにはありそうだが。
しかしなんなんだ、こいつは。
ボス部屋でもないのにこんな奴が。
「グオオオオン!!」
っ!速ッ!?
咆哮と同時にワーウルフゾンビの姿が掻き消える。
一瞬で間を詰められ、拳打、蹴撃、爪裂きの雨が降り注ぐ。
「ぐ、この!速いなクソ!」
速い。
だがいなせない程ではない。というか防御は駄目だ。力が強過ぎて防御すると骨が悲鳴を上げる。馬鹿力め。
動きが直線的でフェイントなんかはない。本能のままに攻撃してるって感じだ。だからこそ苛烈だが、裏を返せば先を読みやすい。受け流し主体ならギリギリ対処出来る―と、思っていた次の瞬間、大口を開けて噛みついてきやがった。
「うおっ!?」
予想外の動きに慌ててのけ反り、側転で距離を取る。エレナが前にやっていたやつだ。カッコ良いなと思い密かに練習したのは秘密だが、決まって良かった。回避のついでにワーウルフゾンビの鼻先を蹴り飛ばしておく。
「ギャウッ!」
鼻頭を押さえて距離を取るワーウルフゾンビ。アンデッドのくせに痛覚があるのか、あるいは生前の『急所である顔面を蹴られたら痛い』という常識に囚われた条件反射なのか。
ともあれ束の間の膠着状態。
この機を使わない手はない。
「エレナ!階段まで走れ!」
次の30層はボス部屋だ。
その手前はセーフティゾーンになっているはず。
そこまで辿り着けばエレナの安全は確保できる。即効性のある対状態異常薬は失ったが、毒全般への抵抗力を上げる抗毒剤ならアイテムボックスにある。服用してから効果が出るまで時間がかかるので使い勝手としてはイマイチだが、セーフティゾーンでなら回復を計れる。
しかしエレナは首を振った。
「私も戦う!」
「何言ってんだ!そんな状態で!」
顔は真っ赤に紅潮し、熱に浮かされたような表情。視線もどこか虚ろで焦点が定まっていない。
明らかにまともな状態じゃない。
口論している時間も惜しい。ワーウルフゾンビはまだこちらを睨みつけているが、次の瞬間にも襲いかかってくるかもしれないのだ。
口調を強めて更に言い募ろうとして、出来なかった。
エレナが矢を、自身の大腿部に突き刺したからだ。
「なにをっ」
「ぎっ!ったいな、もう!」
「何やってんだよ!?」
「私は、戦える!」
その瞳は俺を真っ直ぐに捉えていた。
痛みで意識を繋ぎとめたのかよ。無茶をする。
「……やれるんだな?」
「当然!」
「頼るぞ?」
「っ、うんっ!」
嬉しそうな顔すんなよ、もう!




