ギフトの意味
時刻は午後7時過ぎ。
新ルート第2層で見つけたセーフティゾーンで俺達は夕食を摂っていた。セーフティゾーンの魔力苔が発する光は他の場所と違いかなり淡いので事前情報無しでもすぐに分かる。こういう妙な所で親切設計なのは何か作為的なものを感じるが、そういうものだと思っておく。
メニューは緑の小竜亭で料理人も兼任している小太りで優しい風貌の女将さんが作ってくれたシチューと狼肉の香草焼き。それらをパンで挟んだり浸したりして食べる。味は一級品だし、なによりアイテムボックスに入れておいたので熱々だ。沁みるねぇ。
半日の探索で新ルート第2層への階段、更にセーフティゾーンまで見つけたのは運が良かったと言えば良かった。しかし新ルート第1層、2層ではアンデッドワームが次から次へと押し寄せてだいぶ走らされ、やむなく何度か戦闘になり10匹ほど倒した。今日は運が良いのか打撃耐性をⅡに上げられたのは収穫だったけどかなり疲れた。
ちなみに打撃耐性Ⅱの効果はこれ。
打撃耐性Ⅱ:打撃によるダメージをある程度軽減。ノックバック軽減・小
やったね。打撃ダメある程度軽減にノックバック耐性もついたよ!
ある程度、ってどの程度だろうと思い、エレナに殴ってくれと言ったら「そういう趣味はないんだけど」と引かれた。ちゃうねん。
「新ルートは魔物が多いのかな?」
「かもな。既存ルートよりは多いのは確かだ。今日は罠を見かけなかったけどたまたまの可能性もある。警戒は怠らずに行こう」
「うん」
「さて、飯も食べたしそろそろ休むか。エレナ先に寝て良いよ」
セーフティゾーンに罠は存在しないし、魔物が侵入してくることもない。
ただ変異体だけはそのルールに縛られずに襲ってくるので、例えセーフティゾーンだったとしても見張りは必要だ。
アイテムボックスから簡易毛布と布団のセットを出して渡すと、エレナは敷いた布団には入らずに傍に寄って来た。
「ちょっとだけ話、いい?」
「明日に差支えないくらいなら」
「こういう時は「なんだい?なんでも聞くよ」って言うのがモテる男の人って聞いたよ」
「誰にだよ」
「クーニャ」
何言ってんだあの猫娘。
「……なんだい?なんでも聞くよ」
「あ、でも今の状況でそれ言うのはちょっと判断ミスか。早めに寝たほうが良いし。仕事出来ないタイプの人かも」
「寝ろ」
毛布を乱暴に引っ張ってエレナの頭を覆い隠す。
なにがしたいんだこいつ。
もぞもぞと動いてエレナが顔を出して来た。いたずらを叱られた子供のような顔をしている。
「ごめんごめん、冗談」
お前それで大抵のこと許される顔面の良さに感謝しろよ?
他の奴にやられたら手が出てたかもしれんぞ。
俺の視線に冷たいものが混じったことに気付いたのかエレナは少し慌てる。
「ご、ごめんって。謝るからそんな虫でも見るような目しないでよ。あ、でも何かそんな目で見られると――う、ううん、やっぱり何でもない」
待て待て、なんだその満更でもなさそうな表情は。
その扉は開くな。業が深すぎるぞ。
「それで、話って?」
「あ、ええと。……トーカはギフトのこと、どう思う?」
ギフト?
「どう思うって、漠然とし過ぎてて答えようがないな。具体的には?」
「…ギフトって何の為にあるのかとか。どうして自分に宿ったのかとか。スキルは努力の結果でしょ?でもギフトは違う」
「そこに何か必然性があるのか。あるいは全くの偶然なのかって話?」
「そう」
ふむ。それは俺も考えてみたことがある。
ギフトは基本的に遺伝しない。
スキルは種族や血統、環境要因などで獲得難度が結構変わる。もちろん個人の才能や努力量に大きく影響を受けるが、遺伝的要素があることは否めない。庶民はそんなことないが、貴族や王族になると所有スキルで縁談が決まることもあるらしいな。
対してギフトはそういった法則がまるで当て嵌まらない。産まれた瞬間、あるいは母の胎内にいる時からギフトを持っている。そして、それは子孫へ受け継がれない。二代続けて同じギフトを所有していた例は、確認出来た資料では存在していなかった。まぁギフトについて書かれている資料自体が全然ないんだけど。
遺伝学的に考えるなら、ギフトは劣性遺伝的特徴を持つスキルの亜種。ゆえに交配では次代に受け継がれない。あるいはもっと単純にスキルが突然変異したという可能性もある。つまりウルヴァ〇ンってことだ。
それか、神によって授けられた力という線もある。ゲームや漫画ではありがちな話だけど、重大な使命を背負った主人公に与えられた強力な武器にして主人公の証明。他のありふれた能力とは一線を画す、ご都合ウェポン。
その辺りまで考えて馬鹿馬鹿しくなった。
もし神がいるならそいつの仕業かもしれない。でも今のところその存在の片鱗すら見えない。いや、俺がこの世界に来たことが神の力だと言われれば、神の存在を微粒子レベルで信じても良いけど、別にお告げを受けた訳じゃないからな。この件に関しては保留だ。
さて、神がいないと仮定した場合、ギフトはなぜ俺に宿ったのか。
答えは簡単だ。情報不足で回答不能。
いやそれ答えじゃないじゃん、と突っ込むなかれ。保留は人間に備わった素晴らしい機能のひとつだ。
1+1=という数式があれば答えを導けるが、代入する数字が伏せられたままのx+y=ではどうにもならん。考えるだけ時間の無駄だ。
仮説を立てるのは良い。どこかで代入するべきピースが見つかるかもしれないし、頭の体操にもなるからな。ただ、可能性を組み上げるだけに止め置く。答えの出るはずがない問題を延々考え続けることほど不毛な時間はない。
無理やり答えを出そうとして「俺は神の使徒で異教徒を異端審問にかけるためにこのギフトを授かったのだ!」とか都合の良いエクストリーム解釈をして罪悪感皆無の虐殺者にでもなったら目も当てられない。
そうじゃなくても神輿として祀り上げようとする奴とかいそうだよね。転生してすぐ可愛くて巨乳の王女様とかに「勇者様、魔王を倒してください!あなたの力は邪悪な魔王を倒すために神から与えられたものなんです!」とか吹き込まれたら信じちゃうよな。思春期真っ盛りなら「魔王を倒したら私(王女)含む世界中の美女でハーレム作ってラブラブちゅっちゅしましょう!」の追撃で完全に堕ちる。これで権力者に都合の良い人間兵器の出来上がりだ。
「エクストリーム虐殺者…」
「エクストリーム解釈な。虐殺者は既にエクストリームだから」
強そうだな、エクストリーム虐殺者。
「ギフトを授かった理由なんてない、ってこと?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。今は分からないから気にしないでおこうってこと。でも分からないからって他人の言う耳障りの良い言葉を鵜呑みにするなよって話でもある。他人から押し付けられる『意味』って大体が『義務』とセットだからな。都合良くコキ使われたいなら別に良いけど」
俺は嫌だけどな。
少しの沈黙。
そしてエレナがか細い声で言葉を紡ぐ。
「私は、意味が在って欲しいと思ってた。私が他の魔法を使えないのも、姉さんを石化させてしまったのも、何か意味があったのなら許せるかもしれないし、許してもらえるかもしれないって。でも何の意味もない、ただ運が悪く私に宿っただけで、ただ私の考え無しな行いのしっぺ返しだっていうなら…あはは、ちょっと辛いね」
誤魔化すように笑う顔が痛々しい。
エレナは結構根性あるし肝も据わっている。
しかし心が鋼で出来ている訳ではなく、普通に傷付いたり後悔もしている。
エレノアは決してエレナを責めはしないのだろうけど、どこかで罰を欲しているエレナにはそれが尚更痛いんだろう。
「さっきの話だけどさ」
「え?」
「『意味』を他人に任せにするなって。逆に言えば自分で付けてやればいいんだよ」
「自分で、『意味』を……」
「ま、ゆっくり探したらいいさ」
何年でも何十年でも自分の納得出来る答えを探したらいい。それでもエルフにとっては少し寄り道した程度の時間だろう。
「そうだね…探してみようかな。ねぇ、もしお願いしたら手伝ってくれる?」
「まぁ、俺に何が出来るかは分かんないけど、それでもいいなら」
「……ありがとう」
「おう」
「トーカのギフトは?」
「俺の?」
「何か意味があると思う?」
そう言われてもな……。
俺は俺はこのギフトに使命やら役割があるとは思っていない。
それがあるなら俺がこの世界に呼び出されたあの日にそう伝えられていたはずだ。もし俺を何らかの目的のために召喚したのなら、力だけ与えて目的を示さないなんて中途半端が過ぎる。
だが同時に、異世界転移なんて特級のファンタジーを体験した俺にギフトが宿ったことには作為的なものを感じないでもない。
正直、どっちが正解なのかは分からない。
ただもし、何かの意思が働いてギフトが与えられたのなら。
「俺はギフトが俺に宿ったことに意味はないと思ってる。でももし、意味があるのなら、それは俺が生き残るためだと思う」
「生き残る?」
「俺は弱いからな。すぐに死なないように神様がプレゼントしてくれた可能性はあるんじゃないかな」
その神様が味方かどうかは分からないけど。
根拠が無い割にちょっと説得力のある説が出てきたな。実はこれが正解か?
しかしエレナは微妙な顔をした。「何言ってんのこいつ?」という心の声まで聞こえそうだ。
「謙遜も行き過ぎると嫌味だよ?」
「随分と高く評価してくれるな。そりゃ今はエナジードレインで色んなスキルを獲得したからそこそこ強くなったと思うけど、元々は貧弱だったんだぞ」
何回も死にかけたし。ルーン平原の黒ドレスとかトラウマ物だよ。エナジードレインがなかったら確実に死んでたわ。今ならワンチャン勝てる――わけないな。うん、無理だ。
「まぁ、理由があるならこんなとこじゃないか?適当なこじつけだけどな」
「そう…」
俺の回答にどう思ったのかは分からないが、エレナの力が抜けたように見えた。
「そろそろ寝るよ」
「おう……って、なんで布団こっちに寄せてくんの?」
「傍に居たい気分なの。だめ?」
「ぐぬ」
トップアイドル並みの顔面で上目遣いはヤバい。今まではある程度の好意を示しつつも一線を引いていた印象があったが、何か心境の変化でもあったのか今日に限ってはその線を大股で踏み越えてきている感じがする。
お陰で元々薄い俺の理性がゴリゴリ削られていく。流石にダンジョン内で何かする訳もないが、これが宿屋だったらあれをああしてそれをこうして大変なことになってますよ。
「そこんとこ分かってるのか!?」
「…えっと、分からないや。何の話?」
分っかんないかー。




