革工房と錬金工房
別行動を取っていたエレナと合流し、ランドに紹介してもらった革職人を訪ねる。
職人街の外れにその工房はあった。
突き出し看板には『ミルテクト革工房・ミルテクト錬金工房』の文字。
「錬金……!?」
「錬金?それがどうかしたの?」
もちろん知ってる。
真理を見たら手を合わせるだけで色々出来ちゃうアレだろ?
そう言えばランドとの話に出てきたことがあったけど、あの時は砂漠熱のことで余裕がなくて深く聞かなかったんだった。というかエレナは知らないのか。もしかしてマイナーなのだろうか。
いや、マイナーだろうがドマイナーだろうが関係ない。早く見たいぞ!
錬金工房って何があるんだろ?建物の入口は一つだから兼業してんのかね?
「よし、じゃあ行こうか…なんで子を見守る母の顔してんの?」
「そんな顔してた?」
頬をぺたぺたと触るエレナ。
すごいしてたぞ。
「トーカって普段冷静なのにたまにすっごく子供っぽくなるじゃない。今みたいに。それがなんかかわ――滑稽で」
「こっ……そうか……」
「あ、いや、違うの。そうじゃなくて……!」
「だが効かん!」
なにせ目の前には心躍る浪漫の店があるのだから。
「さぁ行くぞ!」
「あ、待ってよ」
ミルテクト革工房・錬金工房の中は見本なのか革製品がちらほらと並んでいた。
バッグや財布などの日用品も多少はあるが防具関係が多い。店の奥にはカウンターがあり、その奥に部屋がある。開きっぱなしのドアから覗くと、奥が革工房になっているようだ。
錬金工房らしき設備は見当たらない。まぁ錬金に何が必要なのか知らないけど。
この建物は二階建てだったから上が錬金工房なのかな?
「こんにちはー」
「お邪魔します」
「はいはい、いらっしゃ……い」
カウンターで革に彫刻を入れていた20代半ばくらいの女性が目を瞬かせてエレナを見る。
この反応は割と良くある。非常に目を引く顔立ちのせいで大抵何処へ行っても初対面の相手はこんな感じだ。珍しい反応ではない…と思いきや。
「ぎゃああ!?ちょ、かわ!?かわわ!」
革?
「可愛過ぎるんですけどー!!」
いきなり叫んだかと思うとその女性はこちらに、というかエレナに向かって飛んで来てガシッと手を取った。
「なになに!?何しに来たの!?お茶飲む?お菓子食べる?あ、ここじゃなんだから私の部屋に行こう!そうしよう!?そこでゆっくり親睦深めて仲良くなって行くとこまで行っちゃおう!?」
なんだこの超ハイテンション女。
藍色の髪をぼさぼさに伸ばし、よれた作業着を着崩している。露出した肌着は……おいちょっとでけぇな、じゃなくて。塗料なのか汗なのか分からないが黄ばんでいる。
目の下にはくっきりとした隈。一見陰気に見える風貌……ランドから聞いた特徴は一致してるけど、これが腕利きの革職人なのか?
俺達が呆気に取られていると奥の工房から私服にエプロンを着け、ハイテンション女を少し幼くして、陰を陽に、汚を清に、巨を貧に反転させたような感じのおさげ少女がつかつかと歩いてきて、そのままハイテンション女の頭に拳骨を落とした。
「ぎゃんっ!」
「お客さん相手に恥ずかしいからやめてくださいっていつも言ってるでしょう、姉さん!?」
「ご、ごめんよぅ!でも一番はシャルだから!」
浮気現場を見つかった駄目亭主か。
シャルと呼ばれた少女は元々赤かった顔が羞恥で更に赤くなる。
「それが一番恥ずかしいんです!」
でしょうねぇ。
◇
妹、シャーロット・ミルテクトに叱られて萎れているのがランドが紹介してくれた腕利き革職人のカルラ・ミルテクト。
紹介状を渡したところ「紹介状なんてなくてもエレナちゃんのためならなんでも作るよぉ。でゅふふ……」と不気味な笑みを浮かべてまたシャーロットに怒られていた。エレナは「ひっ」と小さく悲鳴を上げて俺の背後に隠れている。こんなんで大丈夫なのか?
俺の内心が分かったのだろう、シャーロットが申し訳なさそうに弁明する。
「すみません、頭はあれですけど腕は確かですから。頭はあれですけど」
二回言った。これが身内なら苦労も大概だろうな。
シャーロットには優しくしよう。
カルラがわざとらしく咳払いをして話を変えようとする。
「んんっ、それで何をご希望なのかな?も、もしかしてブラ?それかショーツ?ぐへへ、採寸するから、ここ、こっちおいで?」
セクハラ大魔神かよ。
革製の下着なんてないだろうに。
「わ、私革以外も服飾系は一通りイケるから!女性もの限定だけど!ぐへへへ……」
鼻の下を伸ばしたカルラにエレナは怯えてより身を隠す。
そしてシャーロットにパコーンと頭を叩かれる変態姉。
「トーカ、他のお店の方が良いんじゃないかな。ううん、他のお店が良いよ。ね?だから行こう?どうして何も言ってくれないの。もしかしてさっきのこと怒ってる?だったら謝るから。謝るから早く移動しよう?」
「落ち着け。ランドさんの紹介なんだから取り合えず話を聞いてからだ」
小声で、しかし早口で捲し立てるエレナを宥める。
すると向こうは妹が説教をしていた。
「もう、真面目にしてください!ランドさんの紹介なんですよ!」
「うぅ、だけどねシャル。エレナちゃんが可愛すぎて口が勝手に動いちゃうんだよ。この口がいけない!シャル、塞いで!シャルの可愛いお口d――モガモガ!」
「はーい、ご希望通り手で塞いでおいてあげますねー。しばらく黙っていましょうねー」
「モガモガ!モガ……?ンフー、ンフー……っ」
カルラは一瞬抵抗したがすぐにこれはこれで悪くないという顔になった。
生粋の変態だな。
だがこのままではまたエレナが店を出たがってしまうかもしれない。というかすごく嫌そうな顔をしている。これは出たくてたまらない感じだ。
仕方ないから少しだけ口を出すか。
「エレナに対して好意を抱くのは結構だが、見ての通りエレナはエルフで森育ちだ。あまり人と関わった経験がないから急に距離を詰められると怖いんだ。そうだよな?」
目線で頷くよう伝えると、エレナはその意図を汲んでくれた。
「う、うん。そうだね。近寄られると怖い。すごく怖い」
よし、いいぞ。
ガチトーンの本音が出たようだが何も問題ない。
「俺はパーティメンバーとして、友人として、もっと交友関係が広がった方が良いと思ってる。けどこの容姿だ。寄ってくるのが良い奴ばかりじゃないだろ」
「そうだね!許せない!有象無象がエレナちゃんに下劣な視線を向けること…いいや!同じ空気を吸うことすら許しがたいね!」
シャーロットの手を振りほどいて下劣の塊が謎の熱弁を振るう。
お前エレナの何なんだよ。という突っ込みは一旦置いておいて。
「だよな? そこで、俺としては同性であるカルラやシャーロットに友人になってもらえると嬉しいんだが、エレナはこの通り人見知りだ。あまり急激に距離を詰めすぎると多分エレナは苦手意識を感じて二度とここに来れなくなってしまうと思うんだ。それは嫌だよな?」
その問いにカルラは首が千切れるんじゃないかという程首を縦に振る。
もちろんエレナが俺の後ろに隠れてるのは人見知りが原因ではない。確かにエレナは初対面相手には――特に人間の男相手には警戒心高いが人見知りで話せないということはない。
「どどど」
どっどどどどうど?
「どうすれば良いのかな!?」
「なに、最初は近所に住んでる知らない人程度の距離感で接してやれば大丈夫だ」
シャーロットが「それって他人っていうんじゃ…」と呟くが興奮気味の姉には聞こえていない。
「距離を詰められそうになったら俺が教えるからゆっくりと距離を詰めるんだ。仲良くなれば一緒に買い物したり食事したり」
「ごくり…。一緒に買い物…食事…っ」
「お泊りとかもするかもしれないな。友達なら」
「ウォ、ウォ、ウォトマリ!?」
「だがくれぐれも気を付けろ。エレナは野生動物のように警戒心が強い。勝手な判断で距離を詰めようとしたら確実に逃げられる。そして一生仲良くはなれない。だからエレナ研究の第一人者である俺がゴーサインを出すまでは決して先走るな。約束出来るか?」
「イエッサー!!」
「良い返事だ」
「他に気を付けることはありますか、教官殿!」
「そうだな、まずは鼻血を拭け」
お泊りの話が出た時点で盛大に吹き出してたからな。
ぐしぐしとシャーロットがハンカチで鼻血を拭く。どっちが姉なのか。
「良いか、仕事に真摯に向き合う様は男女問わず尊敬を集める」
「おお!」
「つまり雑念を捨て、エレナの装備を作るんだ」
「分かったよ! それで、何が欲しいんだい?」
「――アームガードだ」




