姉は背中を押す
翌朝、俺は万屋カーターを訪れてランドと話していた。
「なるほど、でしたら腕の良い革職人を紹介しましょう。板は木製で良いのでしょうか?防具として使うなら軽鉄とか偽鉄も良いかと思いますが」
「なるべく軽くしたいので木で。その代わり革は魔物素材である程度頑丈なものを考えてます」
「分かりました。では紹介状を書きますので少々お待ち下さい。板は私の方で仕入れておきますね」
「すみません、いつもお世話になってしまって」
「いえいえ。こちらこそいつも贔屓にして頂いてありがとうございます。前も言いましたが高ランク冒険者との縁は商人なら是が非でも欲しいものですからなぁ。ウィンウィンですよ」
高ランクって、俺まだCなんだが。
いや、言いたいことは分かる。期待されてるんだろう。
しかしBランク以上となるとそうそう簡単には上がらないぞ?
特にイステリアでは高ランクの依頼があまりないから時間がかかる。まぁランドも諸々分かってて言ってるんだろうけど。
「プレッシャーはほどほどでお願いしますね」
「ははは、そんなことで萎縮するトーカくんではないでしょう?」
分かっているんですよ?と愉快気に笑うこの狸親父がただ者でないことはもう理解している。中規模商店の店主にしては顔が広過ぎるからな。いつか聞いてみたいという気持ちもあるが、このまま友人兼緩いビジネスパートナーで居たいと気持ちもある。それはきっと、奴隷にされかけるという同じ境遇を味わった絆みたいなものを感じているからだ。
ランドも恐らく同じで、この関係を楽しんでいる節がある。
なら必要に駆られるまではこのままでもいいかなと思っている。
「さて、それではこちらゴーシュさんからお預かりしていたものです。ご承知でしょうが危険物ですので取り扱いには充分に気を付けてください」
「ありがとうございます。すみません、受取りをお願いしちゃって」
「いえいえ、素材は当店のものを使ってもらっていますし、これくらいサービスの内ですよ」
ランドから受け取ったのは以前からお願いしていたとある品物。
それをアイテムボックスに仕舞う。
ふふふ、折角二人パーティになったんだし色々と試してみたいんだよな。
俺がほくほく顔でいると、ランドがおもむろに話を振って来た。
「そう言えば蟲狼迷宮の正規ルートを発見されたそうで。おめでとうございます。つきましては出現する魔物や罠、ボスの情報などを教えて頂けると大変嬉しいのですが。もちろん対価は勉強させて頂きますよ」
本当、ただ者じゃない。
どうして昨日ギルドに報告したばかりでまだ公表されていない情報を知っているのやら。
人の良い笑顔なんだけどたまに怖いよ。
◇
その頃、エレナはエレノアの身体を拭きながら昨夜のことを話していた。
濡れた布巾で背中を拭く度に自分にはない兵器とも言えるそれがたゆんたゆんと揺れる様に絶望と嫉妬、そして将来への希望が絶妙な配分で混合した複雑な感情を味わいながらも手は淀みなく、丁寧に動く。
「そう、トーカさんに話したのね」
「不味かったかな……?」
「いいえ、トーカさんならあの力のことを知っても悪用したりしないわよ。エレナだってそう信じてるから話したんでしょう?」
「信じてる……ううん、信じたいから話したんだと思う」
ゴートレスに騙されて以来、エレナは心の奥底で他人を信じることに怯えるようになってしまった。身寄りがいない、金も食料もない、人間の街の知識もない、姉は自分のせいで手足が石化し、その影響なのか高熱で意識が朦朧としている。そんな極限状態で差し伸べられた救いの手が、実は地獄へと突き落とす悪魔の手だったのだからさもありなんというところだが、エレノアとしてはいつまでも過去の失敗に縛られていて欲しくはなかった。
だがエレノアがどれだけ言葉を尽くしてもエレナはその呪縛を断ち切ることが出来ずにいた。
そこに現れたトーカの存在は思いがけない光となった。魔法契約で無理やりに『嘘』を排除するという力技。トーカに益などないというのに、彼はエレナの信頼を得るというそれだけのために高価な魔法契約紙を使ってくれた。
姉としてはそれだけで100点をあげたいと思う。
しかしその後もエレナをごろつき冒険者から守り、呪い付きで、縁起を気にする冒険者なら決して関わりたくないであろう自分を全く嫌な顔をせずに(これはトーカが呪い付きがどの様なものか知らなかったためでもあるが)、それどころか充分以上の気遣いを見せてくれた。あまつさえ借金を肩代わりしてくれて、どんな手を使ったのかゴートレス商会を取り潰してしがらみを断ち切ってもくれた。
200点だ。いや、ボーナス加点も含めて1000点だ。
エレノアはその長い人生経験で一方的に寄せる信用は裏切られる可能性が高いことを知っていた。それは相手の都合の良い存在に成り下がるからだ。
故に大切なのは互いに尊敬し合い、信じ合えること。
トーカはそれが出来る相手だとエレノアは思っている。
良くも悪くも欲望に忠実な面が見え隠れするものの、きちんと誠実さを併せ持っている。きっとエレナが悲しむようなことはしないだろうし、こちらが心を開けば彼は応えてくれるだろう。
恐らく妹の人間不信を癒すのに、これ以上の適任はいないとさえ思える。
「ねぇエレナ。男性は女の子から弱みや悩みを打ち明けられると「もしかして俺に気があるんじゃね?」って考える習性があるの。つまり――今がチャンスよ」
「な、なにがチャンスなのさ……」
「……エレナ、あなたまだそんなこと言ってるの?この間トーカさんとデートして気持ちを確かめたんじゃなかったの?」
「あの時は、その、余計な邪魔が入ったし」
「はぁ……。我が妹ながらここまで思い切りが悪いとは。お姉ちゃんちょっぴり悲しいわ」
「な、なに」
これ見よがしに溜め息を吐く姉に食ってかかるが、その勢いは弱い。
エレノアは窘めるように言い聞かせる。
「いい?恋愛は戦。愛は勝ち取るもの。自分の気持ちにすら蓋をしているようじゃ誰かに先を越されるわよ」
「う……」
「この国は一夫多妻制だし、多少出遅れてもどうにかなるかもしれないけれど、それでも可能性は減るわよね。トーカさんが何人の女性を迎える気なのか分からないし。まぁ覚悟がないなら耳巻いてベッドで丸まってなさいな」
「……だ、だから、別にトーカのことを好きだなんて。感謝はしてるし、人間にしては信用できるけど、でも……う、うぅうううう!」
ぽすん、とベッドに頭を埋めて唸るエレナ。
仕方ないわね…とエレノアが言葉を重ねる。
「例えば、他の女の人がトーカさんの隣にいるとどう思う?」
「……いやな感じ」
「その人がトーカさんと手を繋いだり抱き合ったり、キスしたりしていたら?」
「……殺したくなる」
「……ごめんなさい、お姉ちゃんその返答は想定外だったわ。そこまで?というかどっちを?」
恋心を自覚させて背中を押そうとしたエレノアは妹の過激な回答に若干引いたが、ここで放置すればいずれ流血沙汰になりかねないと恐る恐る踏み入った。
「そんなの両方に決まってるでしょ」
「落ち着いて?決まってないからね?」
「……だってずるい。私ばっかりこんな。ああもう! ―――どうしてよりにもよってあんな女好きの女ったらしを!」
その言葉を聞いてエレノアはふっと笑みを零した。
「トーカさんの周り、女性多いものね」
「多過ぎだよ。きっと皆抱え込んでハーレム王国を作るつもりなんだ、あのエロ大魔神。本当にいやらしい」
「ふふ、トーカさんはそんな人じゃないと思うけれど」
「そう?トーカってば女の人には見境なく良い顔するし、隙あらばえっちなお店に行こうとするし、姉さんのこといらやしい目で見てるし、人間の中でもだいぶ下衆な方だよ?」
「酷い言われようね……。でも、好きになっちゃったんでしょう?」
「……そうだよ。我ながらチョロい女だって自覚してる。でも、だって、仕方ないじゃん……」
不貞腐れたように認めたエレナを抱き締めたい衝動に駆られたが、抱き締める腕が動かないことを思い出して気落ちし、それでもその感情をおくびにも出さずにエレノアは言う。
「だったら伝えないと。お姉ちゃんとしてはとても複雑だけど、命の危険があるお仕事をしているでしょう?いつまでも悠長にしていたら気持ちが通じる前に命を落としてしまうことだってあり得るのよ。それに、トーカさんもエレナのこと意識してるわ。それはお姉ちゃんが保障する」
「………そうかな?」
「ええ。自信持ちなさい」
エレナはしばし黙り、思考に一区切りつけてから頷いた。
「……頑張ってみる」
言いながらエレノアに服を着せる。
「この後蟲狼迷宮の新しく見つけたルートを探索してくるから。もしかしたら数日かかるかもしれないけど、その間のことはクーニャにお願いしてるから」
「ええ、気を付けて行ってらっしゃい。気合い入れなさい。お姉ちゃんの妹でしょう?」
「うん、ありがとう。行ってきます」
纏めてあった装備類を抱え、部屋を出て行くエレナを見送り、エレノアはため息を吐いた。
「でしゃばり過ぎちゃった、かしら? でも心配なのよ。もっと時間があれば良かったんだけど…」
口をついたその言葉がおかしくて「ふふっ」と笑ってしまう。
「エルフの私がこんなことを思うなんてね」
ここ数日で激痛を発するようになった石と素肌の境界に視線を落とし、そう零した。




