エレナの過去3
森と里の境、普段は清らかな小川が流れ、春から夏にかけては様々な花が咲き乱れるそこは、激しい戦闘の余波で土が抉れ、小川は流れが変わり、木々が薙ぎ倒されていた。
イゾルデが到着した時、その場にいたのは20代半ば程の外見の女性が二人。シュラーデンの里随一の魔法使いエレノアと里長のリーリア。
満身創痍の二人が対峙しているのは4mは超えようかという巨人。鎧のような筋肉を纏う単眼の怪物。
「銀の、キュクロプス…!?」
キュクロプスは強靭な肉体と格上相手でも襲いかかる狂暴性からBランク中位に位置する魔物だ。しかしハイファテイル大森林には生息していない。そして通常のキュクロプスの肌は青色。目の前のあれは亜種か変異体ということになる。
キュクロプスが動く。
巨体とは思えないほどの敏捷性を発揮し、倒木を木の枝でも振るように叩きつける。
それをエレノア達は躱し、魔法で反撃する――かと思いきや、里長は風魔法を雪原に撃ち込み雪の煙幕を張った。その背後からエレノアが風魔法で倒木を浮かせ、射出。
確かにエレノアほどの魔力があれば数百kgの倒木を力技で撃ち出すことも出来るが、風魔法の使い方としては邪道。消費魔力は尋常ではないはずだ。
「キュルルル!」
甲高い雄叫びと共に、飛来する倒木を手に持った木で迎撃するキュクロプス。
バァン!と重い音が森に響き、双方の木が砕け散る。
「キュルルラアア!」
しかしキュクロプスの突進は止まらず、里長――リーリアに体当たり。10トントラックに撥ねられた子供のように里長の身体が宙に舞う。目を凝らして見ると風の障壁で身体を守っていたようだがあの威力だ。骨の数本は折れているだろう。
「リーリア!?」
「大丈夫よ!余所見しないで!」
「くっ!」
キュクロプスが振るう剛腕を掻い潜りながらエレノアは再度倒木を飛ばすが、乱雑に振った腕で叩き落とされてしまった。
その戦闘を見てイゾルデは違和感を覚えずにはいられなかった。
いくらBランク中位の魔物とは言え、里長とエレノアの二人を相手にしてなぜまだ生きているのか。二人はなぜ魔法を直接撃ち込まないのか。
抵抗らしい抵抗も出来ずに塵殺されたエルフ達。得意の魔法を使わない魔法使い。そして聞いた事のない色のキュクロプス。
それだけの材料があれば答えを導くことは可能だった。
「魔法が効かないのか……!」
だからあんな戦い方を強いられている。
恐らく魔法で生み出した風の刃や水の弾丸は通じず、風魔法で飛ばした倒木などの打撃は効果があるのだ。
ならば、と。イゾルデは弓に矢を番える。
イゾルデが扱うのは弓力25kg程度の弓。この世界では平均的な水準、決して強弓ではない。レベルが上がろうとエルフという種族は筋力があまり伸びないためだ。だが生を受けて70余年。魔法そのものよりも魔法によって弓の性能をどこまで引き出せるかを追及してきた変わり者がイゾルデだった。
風魔法で飛ばす倒木が有効ならば風魔法で加速させた弓矢も有効のはず。
あの分厚い筋肉を弓矢で突破するのは困難。なら狙うのは急所。目だ。
キュクロプスに気取られないよう位置取りをする。
チャンスは一度。警戒されたら成功の確率はがくっと下がる。
息を整えて弓を構える。
「『貫通強化』、『矢速向上』、『精密射撃』――」
呟くと同時に矢が光を放つ。
更に風魔法を操り、矢の進行経路の空気を押し出す。押し出された空気はすぐに戻ってしまうが、一瞬の間、そこには空気が存在しなくなる。イゾルデは経験上、この方法で威力が増大し射程距離を飛躍的に伸ばせることを知っていた。それに加えて弦の張力、風魔法での加速、その絶妙なタイミング。全てが合わさり通常ではあり得ない速度の矢は放たれた。
それは正しく狙撃。
パァン、と弾けるような音がした。
矢はキュクロプスの単眼に命中した――が、偶然か、野生の勘が働いたのか。キュクロプスは僅かに顔を背け、矢は白目、結膜の端に突き刺さっただけであった。
痛手ではあろう。だが致命傷ではない。
眼に刺さった矢をそのままに、キュクロプスがイゾルデに向かって猛進してくる。
その顔は憤怒に染まっていた。
「キュルルルアァ!」
「ちっ!」
風魔法で自身を加速させキュクロプスの側面に回り弓で攻撃するが、眼や口などの急所は防御されてしまい、硬質な皮膚には矢が刺さらない。
「イゾルデ!?エレナは!?」
「無事だよ、里にいる。こいつは?」
「分からない。突然現れたのよ。私もリーリアも気付かなかったわ。気を付けて、魔法の直接攻撃は全て跳ね返ってくるわ」
「無効化じゃなくて反射?エルフの天敵だね。勝算はある?」
「ええ。イゾルデが来てくれたからね」
「嬉しいことを言ってくれる。どうするの?」
エレノアが作戦を伝え、イゾルデが小さく頷いた。
「キュルルル!」
キュクロプスの咆哮を合図に二手に分かれる。キュクロプスの視線が追うのはイゾルデ。唯一ダメージを与えてきた相手だ。警戒するのは当然だった。
「ごめんね…」
エレノアは謝りながら風魔法で木を切断する。森の守護者としてあるまじき行為だが、背に腹は代えられない。
それを十本浮かべて続けざまに撃ち出すエレノア。
魔力の過放出で肌が裂け、血が噴き出るが意に介さずに続ける。
倒木の連打。連打。連打。
「キュ、ルルル!?」
ガード越しからでも届く衝撃。
そして徐々にキュクロプスの身体を押し込み、ついには小川に尻もちをつかせた。
「キュルアアア!?」
「リーリア!」
「ええ!」
先程キュクロプスに吹き飛ばされたリーリアは小川に両手を沈めていた。
風魔法と水魔法の応用。流れる水の温度を一気に奪い、氷結させる。
小川についていた手、脚、尻までが氷漬けになり、一瞬動きが止まる。
その隙を逃すほどイゾルデは未熟ではなかった。
「貫け…!!」
先程と同じ、いや限界以上にふり絞った風魔法で矢を加速させる。
今度こそ眼球のど真ん中を撃ち抜く。その意志と魔力を乗せた渾身の一撃。
狙いは完璧。
手足、ついでに腰まで氷漬けで防御も回避も不能。
眼を瞑ろうと瞼程度なら余裕で貫ける。
勝利を確信した。
が、
キュクロプスは眼を閉じず、
顔を逸らさず、
イゾルデを見た。
「っ!?イゾルデ!避けて!!」
最初に気付いたのはこの中で最も魔法に長じているエレノア。
その悲鳴にも似た声が届くか否かの合間に、キュクロプスの単眼が赤黒い閃光を放った。
ビーム。トーカが居たらそう思っただろう。
赤黒い光線は射線上にあったイゾルデの矢を蒸発させ、尚も直進する。不幸だったのは意図的なのか偶然なのか、収束が甘かったことだ。イゾルデの元に辿り着いた時には収束が解けて散弾のようになっていた。
威力は落ちているが、そもそも岩を貫くほどのエネルギーがある攻撃だ。多少減衰したからといってエルフの身体に命中すれば結果は同じ。それどころか広範囲にビームが散ったせいでイゾルデは回避し損ねた。
「がはッ…」
「イゾルデ!」
腹に複数の穴が空いた。
そして大量の吐血。
「貴様ァアア!」
里長が風魔法で凍てついた小川を砕き、氷の弾丸として撃ち込む。鋭利な氷塊は皮膚を削るが深手にはほど遠い。しかしそれは分かり切ったことだった。
「エレノア!私が時間を稼ぐ!イゾルデを連れて逃げなさい!」
「で、でも!」
「長としての命令よ!」
「っ…!私たちが撤退したらリーリアも逃げてくださいよ!?」
「ええ。約束するわ」
その約束が嘘だとエレノアには分かっていた。
里のエルフを守り逃がすため、そしてここでの戦闘で里長も魔力をほとんど使い果たしているはずだ。これ以上は持たない。魔力が尽きれば後は小枝でも折るように殺されるのは明白。
しかしエレナが里長の矜持を穢す訳にはいかなかった。それはリーリアが最も嫌うことだから。
「イゾルデ!」
「えれ、の…にげ、ごほっ」
「喋らないで!氷魔法で傷を塞ぐわよ!」
応急処置的に、いや、気休めと言ったほうが良いだろうか。
氷魔法で傷口を塞ごうとした時、その声が聞こえた。
「姉さん?イゾ、ルデ…?」
血塗れで倒れ伏すイゾルデにエレナが駆け寄る。
「エレナ!ここは危険なの!逃げなさい!」
「ああ、あああああっ!!!」
親しい、自分にとって家族以外では唯一と言って良い心許せる友人にしてもう一人の姉。
そんな者が死に瀕しているという現実を前にエレナは我を失っていた。
羽交い絞めにしてくるエレノアに意識を向ける余裕もない。
「あああああああ!!!」
死ぬ。死んでしまう。イゾルデが。
里長も戦っているけれど明らかに劣勢だ。長くは持たない。
その次は?
姉さんと、私。
みんな殺される。あの銀色の怪物に。
殺される前に。
殺さなきゃ。
エレナの身体が青白く発光する。
本能的に危険を察知したのかキュクロプスは里長を無視し、エレナに照準を定めた。
弓を構え――
「駄目ッ!エレナ!」
単眼から再度赤黒い光線が発射される。
同時にエレナが叫び、矢を放った。
「『創造魔法』ああああ!」
◇
エルフは風魔法か水魔法のどちらか、あるいは両方のスキルを獲得する。
そのどちらも得られなかったエレナはしかし、何も手にできなかった訳ではない。
弛まぬ研鑽と自身の才能、そしてイゾルデという最上級の師匠による指導により弓術Ⅱを獲得していた。
エルフは寿命が存在しない代わりにレベルアップやスキル獲得には他の人間種より時間が必要だ。エレナの年齢で弓術Ⅱを獲得したことは、魔法至上主義のエルフ達には受け入れられなかったが極めて優秀と言えよう。
そしてもう一つ。
エレナが生まれながらに保有していたものがある。
ギフト――『創造魔法』
悠久を生きるエレノアでさえ聞いた事のなかったギフトだが、その内容を幼少期のエレナから聞いた後、エレノアはギフトの口外と使用を厳に禁じた。
創造魔法:対価を支払い願望を顕現する
簡潔、いや説明不足と言えよう。
しかし警戒するには充分過ぎた。
願望の顕現などという大それたもののために、何を、どれだけ対価として差し出せば吊り合いが取れるのかエレノアには見当も付かなかった。
もしかすると破滅を呼ぶギフトなのではないか。過去にはそういったギフトやスキルも存在していたことをエレノアは知っていた。故に使用を禁じ、イゾルデにも、里長にさえ秘密にした。二人は良くとも、それなりに排他的な他のエルフに知られた場合追放処分を受けてしまう可能性が高かったからだ。
だがこの土壇場でエレナは手を伸ばしてしまった。
大切な者を守るために。
自分の何を代償にしても良いと思って。
結果はどうなったか。
エレナの矢はキュクロプスのビームと同じ射線上でぶつかり合い、僅かな抵抗も許さずビームを食い破った。
そのまま直進し、ガードを固めたキュクロプスの腕ごと、身体の上2/3程を消滅させ、それでも勢い止まらず背後の森を数10mに渡って破砕した。
骨を揺さぶるような衝撃波と破壊音が治まった後、キュクロプスの無残な姿を確認したエレナは自身の膝元にいるイゾルデに声をかけた。
「やった…。やったよ、イゾルデ!」
「……」
返事がない。そう言えば大怪我をしていたんだった。
早く里に戻って治療薬を…いや、それよりも氷魔法で傷を塞いでもらうのが先か。
「姉さんっ!イゾルデを!」
振り向こうとしたその時、「がらがら」と、何か硬質で重量のあるものが倒れる音が響く。音のした方を見ると両手は肘まで、両脚はふくらはぎまで石化したエレノアが雪原に倒れていた。
「ね、ねぇ、さん?」
「くっ、うぅ…!」
苦痛に呻くエレノア。
(どうして?石化なんて呪具か、高位の魔物の呪いでも受けないとならないのに。もしかして…私?)
創造魔法の効果説明が脳裏を過ぎる。
創造魔法:対価を支払い願望を顕現する
「あ、ああ…」
対価を支払うのが術者だとは、どこにも書いていない。
そんなことに、今更になって気付いたのだった。




