報告とエレナの過去1
降り始めた雨の中、結局俺達は一度ギルドへ報告に向かった。
変異体の出現を伝えるとリディアは顔色を悪くした。
「変異体が!?すぐに蟲狼迷宮を封鎖しないと!」
「あ、いや。もう倒したんですよ」
「……え?変異体ですよね?それも出現報告のないジャイアントデビルスパイダーの変異体って言ってましたよね?それを倒した?お二人で?揶揄ってます?」
「いや、本当なんですって。な?」
「ね」
「はぁ!?」
呆れたような怒ったような声を出すリディアに経緯を説明する。
ここが会議室で良かった。受付だったらだいぶ目立っただろうな。
話を聞き終えたリディアは深く嘆息した。
「つまり、こういうことですか?正規ルート捜索中にジャイアントデビルスパイダーの変異体に遭遇したけれど、どうにかお二人で討伐に成功した。魔石を砕いて倒したから証明は出来ない。その上変異体は人間と融合して人語を解した、と?そういうことですか?」
「魔石じゃなくてスライムですね。スライム型の魔石だったのかもしれませんけど」
「――ちょっと意味が分かりません」
奇遇ですね、俺達もです。とか言ったら流石に激怒されそうだから黙っておこう。
「……この件はギルド長に報告させて頂きます。トーカさんのことですから嘘なんてことはないと思いますけど、もし報告に虚偽が混じっていれば私では庇い切れませんよ?」
「トーカを疑ってるの?」
「トーカさんのことは信用してます」
「含みがあるね」
「いえ別に。ですが全ての報告を鵜呑みにする訳にはいかないんです。仕事ですから」
「ふぅん?」
「……なんですか、その勝ち誇った顔は?」
「別に。仕事だけの付き合いの人には関係ないよ」
「なっ」
「ほら、ギルマスに報告に行かなくていいの?仕事でしょ」
「~~~っ!」
君達ほんと相性悪そうだね。
さっきから険悪ムードでチクチク刺し合ってておじさんぽんぽん痛いんだけど。
「トーカ!」「トーカさん!」
「どっちの味方なの!?」「どっちの味方なんですか!?」
こっちに振るなよ。
しかしこの二人、一周回って仲良いのか?見事にシンクロしてるし。
「あー、どっちの味方かは置いておいて、取り合えずギルド長に報告お願いします。一応変異体のことなんで」
そう。変異体の出現は冒険者にとって非常に脅威なのだ。馬鹿強いしダンジョンのルールを無視してくるしクソ強いしバグかよってほど強いから。変異体のせいで数十人規模の人命が失われることだって珍しくはない。変異体の出現は可能性があるというだけでもギルド長案件。即時報告が冒険者の義務。決していがみ合う二人に挟まれて針のむしろキッツ。さっさと逃げたいわー。とかそういうことではないのである。
人面蛾の時は俺が蟲狼迷宮に潜っていることを知られたくなかったというのもあり、ランドを挟んでギルドに報告してもらっていた。すでに討伐したという報告であったことと、当時砂漠熱の流行で混乱があったことも重なって大して調査も行われなかったみたいだけど。
「……確かにそうですね。私としたことが、失礼しました。ではギルド長に報告に行ってきます。もしかしたら追加で詳細を聞きたいということになるかも…というか十中八九なると思うのでこちらでお待ちいただけますか?」
「早く帰りたいんだけむぐっ」
「分かりました。待ってますね」
話が拗れそうだったのでエレナの口を塞いで止める。
それを見たリディアの視線の温度が10℃くらい下がったような気がしたが、気のせいだろうか。気のせいじゃないな。
「では、失礼します」
リディアが会議室を出ようとしたところで報告漏れに気付いた。
良かった、思い出して。
「あ、そう言えば正規ルートも発見したんでした。いや、厳密には新ルートか。最後まで探索してないし。ついでにギルド長にお伝え願います」
「あ、はい。分かりましたー」
そう言ってドアを閉め、ギルド長に報告に行くのかと思いきやなぜかすぐにドアが開いた。
「そ、れ、を!早く言えー!!」
受付嬢にしておくには勿体ないほど綺麗なフォームの上段回し蹴り。
リディア、君、冒険者としてやっていけるんじゃないか?
彼女は一般人だ。流石に躱せない速度ではない。だが躱す訳にはいかない。男として。その矜持があるのなら。
「ごっふぁっ」
青だ。
◇
「なんか、疲れたな……」
「そうだね……」
緑の小竜亭、自室。
俺とエレナはあの後案の定と言うべきかギルド長室にお呼ばれして詳細を説明することになった。正直面倒だったのでリディアにあらましを話して済むものならその方が良かったのだが、あの1ミリも笑っていない笑顔を向けられてバックレる勇気はなかった。何かといがみ合ってるエレナも大人しく付いて来たしな。
蟲狼迷宮正規ルートの発見。
その報を聞いたガンドルフは異様に不機嫌だった。
どうやら俺達が口から出任せを言っているのだと思ったらしい。
ただ、威圧しても脅しても言葉を撤回しない俺を見て、そこに嘘がないと判断してからは打って変わって上機嫌になった。しかし厳つい顔のままで歯を剥き出しにして笑うの止めて欲しい。マフィアのドンか餌を前にした大型の野犬みたいだった。怖ぇよ。あと背中バンバン叩かれて痛い。加減しろ。
つか最初から疑ってかかるなよ。威圧もすんな。チビッたらどうしてくれの?誰が掃除すんだよ。リディアか。変な性癖目覚めたら責任取ってリディアくれんのかよ?ああん?
言っとくけど俺はあの騎士長ローレンツさんとマブなんだかんな。俺がローレンツさんに一声かけたらお前なんか一発でコレもんよ。そこんとこ分かってんのか?ああん?
とか言いたかったけどギルド長と騎士長って結構長い付き合いっぽいからこの手は使えないんだよな。愛想笑いしか出来なかったよ。木っ端冒険者なんてこの程度よ。ああん…。
俺の報告を受け入れてくれた後の流れは早かった。
現場の確認と他の冒険者が入らないよう、すぐに動けるCランク冒険者パーティを派遣。
新ルート(ダンジョンボスを確認するまでは正規ルートとは確定しない)の発見を公表する準備に独占探索期間の周知、新ルートへの通行規制など必要な手続きなど冒険者ギルドはにわかに騒然となった。
数時間後、新ルートへの入口を確認した冒険者がギルドに帰還して俺達はようやく解放された。今回発見された新ルートが正規ルートだという確証はまだないが、約40年間も秘されていたルートを発見したということで、ギルド長が求めていた『他所の冒険者を誘致するための起爆剤』としては充分と判断され、報酬の支払いも即金でしてもらった。金貨で500枚だ。うぅ、ありがてぇ……。
報酬は折半にしたかったが、それではエレナが納得しなかったので俺が6、エレナが4という取り分だ。そこからエレナは半分を借金の返済に充てているので、今回の実入りは俺が金貨400枚、エレナが金貨100枚となる。
で、それを加えると現在の財務状況はこう。
名前:トーカ・フジクラ
レベル:27→29
ギフト:エナジードレイン
戦闘スキル:剣術Ⅱ、体術Ⅱ、身体強化Ⅱ、敏捷強化Ⅱ、剛力Ⅱ
魔法スキル:雷魔法Ⅱ
耐性スキル:電撃吸収Ⅰ、毒耐性Ⅲ、麻痺耐性Ⅱ、火耐性Ⅲ
特殊スキル:アイテムボックスⅡ、遠見Ⅰ、暗視Ⅰ、危機感知Ⅰ
余剰生命力:8→1410
スキルポイント:0
所持金:460万7500リラ
借金:420万リラ
貸金:1350万リラ
ひゃっはー!やったね!借金完済できるぜ!
元々持っていた700万リラに砂漠熱の感染経路特定の報奨金200万リラ。それにアイテムボックス内にあった各種素材やアイテムを売却したら合計で1000万リラほどになった。
で、残りの借金が420万リラ、つまり金貨420枚だった訳だ。今回の報酬がなければもうしばらく借金生活だったからな。新ルートを見つけるきっかけになってくれたヤリステン君に感謝だ。ありがとうヤリステン君。君のお陰で借金も返せるし、またエンジェルリップにも通えるよ。レベルも少しだけ上がったしね。
さて、忙しない一日がようやく終わり、そろそろ寝ようかと思っていた矢先、エレナの訪問を受けたのだった。
「良かったらどうぞ」
「ありがとう……」
話があるということだったが、一向に口を開かない。
表情から言い辛いことなのは予想がついたのでせっつかず、万屋カーターで購入した紅茶にミルクを入れて勧める。
エレナはチビチビとミルクティーを舐めながら語り始めた。
それはエレナ自身のこと。
そしてエレノアが石化するに至った経緯だ。




