黒いスライム
エレナの狙撃でヤリステン君の頭が吹っ飛んだ。
やってくれると思っていたが、一発で決めてくれるとはな。
一応左右のアームガードに同じ魔法陣を描いておいたので予備はあったが、初撃で当ててくれるならそれが最良だ。
しかし隠蔽装備+エレナのコイルアロー狙撃はシナジー最強過ぎんか?
弾数制限あるとは言え、これだけの威力で狙撃されたらBランク魔物にも通用しそうだ。
ちなみにコイルアローは俺が勝手に言ってるだけだ。中二風に言うなら電磁魔弓。
地球の知識を元に投槍を強化出来ないかと思って開発していた魔法を弓に転用したものだ。パクリ元はコイルガン。その原理を魔法で再現した。雷魔法で磁力の円環を複数生成し、発射された矢が通過する度に磁性体である矢尻を引き込んで多段的に加速させるという仕組みだ。
本当はレールガンを再現したかったんだが、あっちは威力を出すのに大量の魔力が必要だし、電流が矢尻に流れてプラズマ化してしまうし、射出した後も面倒な工程があったりと問題だらけで断念した。魔法は便利だけど万能じゃないのよね。
コイルジャベリン……コイルガンの投槍版は狙いが上手く付けられずにお蔵入りになった。コイルアローの電磁円環はアームガードと相対位置を固定しているため、弓を持つ腕を動かせば電磁円環も同期して動く。しかし投槍の場合は身体全体を動かして投擲するため電磁円環の相対位置固定が出来ない。投擲のモーションと一緒に電磁円環も動いてしまうからだ。
では絶対位置として固定すれば解決するのか。
投擲するだけならいけるが、攻撃角度が限られるし敵に回り込まれたら使い物にならくなってしまう。攻城戦なんかでは使えるかもしれないが、冒険者としては失敗作という結論に至った。
まぁ失敗は成功の母とは良く言ったもので、コイルジャベリンの失敗を糧に生まれたのがコイルアローという訳だ。
しかしぶっつけ本番で良くやってくれた。しかも見事なヘッドショット。完璧な仕事にゴルゴも拍手してくれることだろう。
「やった!」
「まだだ!」
無邪気にヘッドショットを喜んでいるところ申し訳ないが、まだ終わっていないようだ。
頭を吹っ飛ばされながらもヤリステン君は倒れない。そしてその首の付け根から、黒い粘液のような物が溢れ出した。
粘液を掻き分けて浮かび上がったのは50cmほどの漆黒の…スライム?
なんだ、こいつ。
今まで感じたことのない奇妙な魔力……。危機感を覚えるほど強くはないが、決して油断してはならないと本能が告げる。
「エレナ、第二射!」
「了解!」
即座にエレナがコイルアローの第二射を放つ。目標は言葉にしなくても伝わった。あの禍々しい瘴気を放つ黒スライムだ。
狙い過たずエレナの矢がスライムの身体を貫く。
「ギキキィィィィ!!!」
甲高い悲鳴を上げてスライムは宙に溶けた。
次の瞬間、ヤリステン君の身体は糸を切られた操り人形のように地に伏せる。
「これで終わったの?」
「ああ、多分」
ヤリステン君の身体が粒子になって消えていく。
魔石を砕かれた変異体特有の現象だ。あのスライムが魔石だったってことか?
しかし結局こいつはなんだったんだ?人間と魔物のハーフで正体を隠していたとか?
分からないけど魔素になって霧散してしまっては調べようもない。
ギルドへの報告は必須だけど、信じてもらえるかね?
「はあああ…、どっと疲れたな」
「そうだね…。まさかこんな変異体に襲われるなんて。トーカの日頃の行いかな?」
「なんだとぅ?俺のどこが――」
脳裏を過ぎるのはこれまでの己の所業。
軍での敵前逃亡、娼館通い、ごろつき冒険者の殺害と証拠隠滅、致し方ないとは言え借金塗れ、10代そこそこの見た目のエレナに割とよからぬ感情を抱きつつ、その姉も余裕でストライクゾーン。うん、普通にクソ野郎だった。
でも気にしないことにした。
「――日頃の行い悪いって?」
「冗談だよ。トーカの行いが悪いならイステリアの大半が極悪人だもん」
マジかよ。
イステリアの人達ってそんな極悪人多いの?
みんな俺の知らない裏の顔があるのか…。怖ぇー。
俺より長くイステリアに住んでるエレナが言うんだからそうなんだろう。思い返してみればギルド長とか「好きな食べ物は人間です」とか「趣味は拷問です」とか言いそうな顔してたもんな。
「それで、これからどうする?一旦ギルドに報告に戻る?」
「そうだなぁ……」
◇
イステリアの街壁の上から眼下の街を見下ろす影が一つ。
他に人がいないのをいいことにフードも被らず桜色の髪を風に靡かせているのはステラだ。
ステラは活気に溢れる街並みを見ながらニコニコと笑顔を浮かべていた。
「平和な街だねー。ずっと平和だったらいいよねぇ」
一人呟いた次の瞬間、胸元のペンダントに嵌った黒い宝石が割れた。
「え!?あのおにーさんもう負けちゃったの?もー、せっかく『欠片』貸してあげたのに、才能なさ過ぎたのかなぁ?それとも敵がすごく強かった?だったら会って…ああ!?『欠片』もうないんだった」
と、そこに巡回の衛兵が二人やってきた。
街壁の上など衛兵の他には視察のお偉方か補修工事の職人くらいしか上がる許可は得られない。そしてステラはそのいずれにも該当しそうにない見た目をしていた。
衛兵の一人が誰何する。
「おい!そこで何をしている!」
「どうしよう。お姉さまに謝りに…ううん、ぜったい怒られる!お姉さま怒ると怖いんだよねぇ。うーん、一回帰ろうかなぁ」
「無視するな!」
「ああもう!今考え中だから邪魔しないでよ!」
「ぐあっ!?」
衛兵は肩を掴もうとして逆に首を掴まれた。そのまま少女とは思えないほどの膂力で持ち上げられ、ついには足が地面から離れる。
「ぐ、がっ、く、苦し…」
「もー、静かにしてよね。あ、でも衛兵さんを殺しちゃうのは不味いかぁ。うーん、面倒だからちょっと寝ててよ」
「ガッ!?」
手刀一閃。
それだけで首を掴まれていた衛兵は意識を飛ばされ虚脱した。
「な、何者だ貴様!」
「えー、こわーい。女の子相手に大声だしちゃって、おじさんもしかしてどーてー?そんなだとモテないよー?」
「な、なんだとッ!?」
激高して襲いかかってくるかと思いきや、残った衛兵は反転して走り出した。
(子供の姿をしているが明らかに異常な強さだ。俺一人ではどうにもならん。なんとか応援を呼ばなければ!)
不意を突くことに成功したお陰でそれなりに距離を稼げた。
このまま兵舎に辿り着くことが出来れば待機している衛兵達でどうとでもなるだろう。
しかしその思惑はすぐに砕けた。耳元で囁く声が聞こえた。
「冷静だね、おじさん」
「なっ」
「にひひ、頑張ったごほーびだよ。優しく寝かしつけてあげるね」
「ば、化け物…!」
「かっちーん。てりゃ!」
ステラの膝が衛兵の鳩尾にめり込んだ。
「がっはっ!?」
衝撃で呼吸が出来ずにのたうち回る衛兵を憮然とした表情で見下ろす。
「女の子に化け物とか酷いと思うんですけどー。ちょっと聞いてるー?無視ー?ひどくなーい? …ま、いっか。うん、やっぱり一回帰ろ。っと、その前にー」
げし!と追加で股間を蹴り上げ衛兵を気絶させると懐からペンを取り出し、衛兵の額に文字を書いていく。
「『私は女の子にひどいことを言いました。はんせーしてます』…と!これでおっけー!」
満足気に頷くとステラは街壁から姿を消した。




