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転移先で最初の職業選択を間違えてもリカバリーは効く  作者: 葵あさ
2章

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準備

 背後でヤリステンとファイアアントの交戦音が響く。

 いかに変異体とは言えあの数を相手にして、すぐさまこちらを追ってくることは出来ないだろう。


「トーカ、これって」

「ああ」


 俺達がいるのはL字通路の壁の向こう側。

 ヤリステンが激突した際に壁面に小さな亀裂が入っていた。通常、ダンジョンの壁は人為的に破壊してもすぐに再生が始まる、破壊不能構造体だ。しかしこの壁は再生が行われなかった。こういった場合、奥には隠し部屋や隠し通路が存在することがほとんどである。

 魔力探知で探ってみたところそれなりの広さがある正方形の部屋が隠されていることが分かった。その中央に見慣れた魔力反応があることも。


「転移陣。ここが未発見の正規ルートだ」


 背後に変異体という脅威がありながら、その存在を束の間忘れた。

 未知の物を発見した喜びが胸の奥から込み上げてくる。

 これが冒険者か。


 ◇


 転移陣を使うかの判断はすぐさま下した。

 というか隠し部屋に突入する時点で決まっていた。

 上手くすれば転移陣で逃げおおせることが出来るかもしれないし、最悪転移陣が起動しないなんてことになってもヤリステンがファイアアントと戦っている内に大火力の雷魔法を準備しておけば勝機はある。

 実際は問題なく転移陣が起動したから状況は最悪ではない。

 

 転移陣起動と同時に特有のフワッとした浮遊感が訪れ、周囲の風景が切り替わる。

 無事に転移成功したみたいだ。

 俺達が転移陣から出ると今まで青白い光を発していた転移陣がその光を失う。


「光が消えた…これって一方通行とかなのか?」

「再使用までに時間のかかる転移陣もあるらしいよ。フーシャルマ砦のダンジョンとか」


 フーなんとかダンジョンは知らないけど、そんな転移陣もあるのか。

 

「どの程度で再使用出来るか分かるか?」

「さぁ?フーシャルマは数時間だったと思うけど」

「そうか……」


 魔力探知で探ると転移陣には徐々に魔力が充填されているようだった。

 これが満杯になれば再使用出来るのか、あるいはそこまで行かずとも動くものなのか。

 分からないが取り合えず半分程度までは安全圏としておこう。何となくだけど。

 このペースで魔力が溜まるなら半分溜まるまで約1時間ってところか。

 

 充分だ。


 俺はアイテムボックスから取り出したサンドイッチと果実のジュースをエレナに渡して休むように言う。

 さて、俺はお絵描きタイムだ。

 石灰で作られたチョークを取り出して転移陣の周りに図形を描いて行く。

 エレナが怪訝な顔をしてるな。


「何してるの?」

「ああ、これは――――」


 俺の説明を聞いたエレナが顔を強張らせた。


「そんなこと、出来るの?」

「大丈夫、試したら出来た」

「……本当みたいだね」


 俺が嘘を吐けばエレナには分かるもんな。

 ふふ、どうだ。俺だって成長するのだ。エレナには負けていられないからな。

 そんな風に内心どやっていると、なぜか呆れたような目線を感じた。


「これ、多分秘伝とかの類だよ?あんまり人前で見せない方が良いと思う。下手したら有名な魔法一門から技術を盗んだとか難癖付けられて狙われるかも」

「まぢ?」


 なんでやねん。


 この後の作戦を説明し、呆れられたり驚かれたりをしつつも図形をどんどん描いていく。そんな俺を見てエレナが不意に言った。


「え、あれ?左腕、折れてなかった?」


 そう言えば余剰生命力の話してなかったな。


 スキル情報の開示是非は冒険者によってスタンスが結構分かれる。

 元々スキル持ちが少ないので力の誇示やパーティを組む際のアピールとして積極的に開示する者もいれば、切り札として自身の身内にのみ開示する、あるいは一切誰にも話さない者もいる。

 ちなみに俺の場合は最低限のスキルだけ開示するというもの。冒険者ギルドに伝えているのも剣術スキルだけだ。

 エナジードレインで再構築したスキルを全て開示する訳にはいかない。絶対に面倒なことになるからな。

 と、それが俺の基本スタンスなんだが、パーティを組んでいることだしエレナにはエナジードレインのことを話しても良いかと考えていた。これから先、魔物の死骸に対してエナジードレインを使えないのはキツイし、エレナなら誰彼構わず触れ回ったりはしないだろう。律儀というか根がかなり真面目だから約束をすれば違えることはないはずだ。


 ということで話した。

 ギフト、エナジードレインのこと。余剰生命力で傷の治癒が出来ること。偶にスキルを獲得出来ること。そして生命線でもあるから他言無用であること。

 目を見開きながら聞いていたエレナは、俺の話が終わるとなぜか悲し気な、けれど縋るような顔をした。


「そんなギフトが……。どうして私に話したの、そんな大事なこと」

「これから使うこともあるだろうしな。それにエレナのことは信用してる」

「安心して。拷問されても誰にも言わないから」

「いや、拷問されそうになったら言って良いよ。そこまでして守るようなもんじゃないから」

「駄目。絶対に言わない。これは私の誓い。トーカは関係ない」


 関係ないって、俺の話ですよね?

 妙な空気になったが、それもヤリステン君迎撃の準備をしている内に普段通りに戻った。

 ふむ、しかしこうして準備万端で対応できるのは中々ない機会だ。せっかくだから色々と試させてもらおう。


 転移陣が光を放つ。

 結局魔力が満タンになるまで再使用は出来ないみたいだった。例の図形を描き終え、休憩も充分に取れた。

 さて、それじゃあ楽しい楽しい仕掛け猟の開始といこうか。



 ヤリステンは自分以外の人間のほとんどを愚か者だと思っていた。

 なぜそんな簡単な損得勘定も出来ないのか。

 なぜそんなにも要領が悪いのか。

 強者に媚びて甘い汁を啜ること、他人に責任を押し付けること、弱者を虐げ自身を強く見せること、中身のない褒め言葉を並べて女をものにすること。

 世の中はこんなにも単純で、コツさえ掴めば大抵の欲望は叶えられた。

 頭は空っぽだが腕っぷしの強いカストーニを友人という名の用心棒に仕立ててからは更に好き放題出来るようになった。単独では困難と思えたCランク冒険者にもカストーニを利用して楽に上がることが出来た。


 大抵のことは思う侭に進む。

 だからなのか、思い通りにならないことに酷く不快感を覚えるようになった。

 傍若無人に振舞う上級冒険者、陰口を叩く下級冒険者、自分に靡かない馬鹿な女。

 全てが苛つく。

 苛つきを鎮めるために様々な手を尽くした。自分を虚仮にした人間が苦しみ破滅するのを見るのは快感だった。そいつの運命を操る神のような気分に浸れた。


 その歪んだ本性は魔道具によって理性を剥がされ、魔物と融合したことでより一層濃くなった。


 しつこいくらいに湧き出てきたファイアアントを殲滅し尽くした頃、壁に僅かな亀裂があることに気付いた。そこから漂ってくる仄かな魔力。摂理に反する人と魔物の融合を果たしたせいでほとんど欠落したはずのヤリステンの記憶が、それが何かを教えてくれた。


「テて、テンイ陣、かァ!」


 背中に生えた八本の腕が壁を打つ。

 重打撃音が幾度も響き、亀裂はすぐにヤリステンが通れるほどの大きさに広がった。

 隠し部屋の中央には予想通り転移陣があり、次の使用者を待つかのように静かに発光している。


「ぐ、ふフ、アァー!える、ふ!いま、行クゾ!」

 

 自分は力を手に入れた。ターゲットになった二人は逃げ惑うことしか出来なかった雑魚だ。男の方を殺し、女は飽きるまで弄んで殺す。人間だった頃と同じ思考回路。しかしその欲望のみに支配され最低限の歯止めも利かなくなったのが今のヤリステンだった。

 故に転移陣を使うことに僅かな躊躇もない。

 昂ぶるように叫んだヤリステンの頭には、雑魚冒険者を軽く殺して絶世の美少女であるエレナを凌辱すること。ただそれだけしかないのだから。


 転移陣を踏み、覚えていた感覚のまま起動させる。

 風景が歪んで一瞬で別の部屋に移動した。

 さぁ、狩りの続きだ。

 内心で昏く笑った時、異変に気付いた。

 ヤリステンの正面、部屋の出口付近にトーカがいたのだ。逃げるでも隠れるでもなく、ひ弱で碌な抵抗も出来なかった人間が、不遜な態度でそこに。


「予想通りだけどやっぱり何の策もなく来たな」

「あァ?」

「化け物が小首傾げても可愛くないなぁ。まぁいい、始めるぞ。現世にさよならする準備は出来たか?」

「ナ二をいっ、テる?…アァ、そうか。クク、きょうフで狂っタノカ!」


 こんな雑魚に用はない。求めるているのは女だ。あの極上の女。いない。この部屋にはいない。先に逃げたのか。追わなければ。あの女はこの雑魚よりも弱そうだった。魔物に殺されて喰われているかもしれない。それは駄目だ。死体では嬲り甲斐がないじゃないか。生きている内に捕まえなければ。早く。早く。早く。

 もはや眼中にすらない目の前の冒険者をさっさと屠るべく、ヤリステンはその巨体を動かす。――動かそうとした。

 ヂリ、と足元から音が聞こえた。

 

 次の瞬間、突如としてヤリステンは高圧電流の檻の中にいた。


「がアああ亜亜ア嗚呼あああアッ!!??」


 迸る電流が蜘蛛の身体を灼く。

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