小さな最大の可能性
「ぐっ!」
「トーカ!」
突然現れた変異体に横薙ぎにされ壁に激突する。
咄嗟に腕で庇ったお陰で深刻なダメージはないけど、左腕、これ折れてるな。
「大丈夫だ!それより逃げるぞ!」
「う、うん!」
相手は変異体だ。
ダンジョンのルールが適応されないイレギュラー。セーフティゾーン内に侵入出来ることは分かっていた。だがなぜ場所がバレた?上手く撒けたと思っていたのに…。
逃げ走っている最中、魔力苔の燐光に照らされて細い線が煌めいて見えた。
「これか!」
いつの間にかエレナの腕に絡みついていた極細の糸。恐らく粘糸を飛ばしてきた時にこっそりと付けられていたのだろう。狡猾……いや、狩りを楽しむためにわざわざやったんだろう。狡猾というより性悪だ。
解体用ナイフで糸を切る。エレナもその動作で気付いたようだった。
「ごめん、気付かなかった!」
「俺もだ。反省は後でしよう。それよりも今はどうやって逃げ切るかだ」
「あハぁー!き、気ヅ、イちゃった?ジャあ、お、お、ヲアソビはオわり、だなァ!?」
背後から魔力探知に反応。かなりの高速で近付いてくる。
狙いは…エレナか!
「右に飛べ!」
「ッ!」
俺の指示を受け一瞬の躊躇いもなく回避行動を取るエレナ。信頼が嬉しいね。
その直後、今までエレナの身体があった場所を粘糸が通過する。これまでの粘糸が手を抜いていたと分かるほどに鋭く速い。ヤリステン君の言葉通り遊びは終わりのようだ。
「と、トーカぁ!ジャます、スルなよォ!?え、るフノ女、き、キ木、キモチよくシテヤルから、こ、ココ、こっち二来いヨぉ!」
やはりヤリステン君の意識が結構色濃く残っているみたいだ。
エレナに対する執着が強い。その執着、ちょっと利用できるか?
「ヤリステン、君なんで魔物と融合してるんだ?喰われたの?」
「く、クわレタ?違う、チ、チガウ!血がうチガウ!お、お、オレはチカラヲ手にイレタ!ヲマエをコロ、ころ死て、おんナを犯ス、チカラダ!」
喰われた訳ではない。
なら自分から望んで魔物と融合したのか?
そういう方法があると?
分からないことが多過ぎる。ヤリステンも理性的な会話は難しそうだし、これ以上情報を引き出すのは無理かな。
「そんなにエレナのことが抱きたいのか。分かるよ、ヤリステン。エレナは美人だもんな」
「な、なんだよ突然…」
戸惑うエレナの腰を抱き、赤くなった耳を甘く噛む。
それは誰の物か分かるように証を付ける行為。
「ひゃ!?」
「けど悪いな、エレナは俺のなんだ。ちょっかい出さないでくれ。お前の相手はほら、この層に沢山いるデビルスパイダーとかお似合いだよ。お互い蜘蛛だし。人間だった時から蜘蛛っぽいなって思ってたんだ。もちろん褒め言葉だぞ?大して強くもないくせにせせこましく罠やら搦め手を使ってきそうな陰湿な雰囲気が滲み出てて本当に吐き気を…じゃなくて素晴らしいな、と。だから分不相応な女は諦めて虫は虫同士好きなだけ子孫繁栄しててくれよ。もちろんそんなの視界に入れたくもないからひっそりと頼むよ?万が一にもそんな光景見てしまったらしばらく食事が出来なくなりそうだ」
おえー、と舌を出す。
ヤリステンの表情が呆然から憤怒に変わるのはあっという間だった。
歪んだ顔を更に歪めて吠える。
「ぶ、ぶっコロす!!」
激高したヤリステンは凄まじい速度で突撃してくる。
粘糸は吐かない。人間の精神が前面に出て、尚且つ余裕のない怒りに支配された状態であるのなら本来備わっているはずのない機構に頼ることはしないだろうという目算だったが、見事に当たったようだ。広範囲に粘糸を吐かれたら面倒だ。だが直情的に突っ込んで来てくれるのなら対処は容易くなる。
高さ3m、幅3.5m、体重も200kgは超えていそうな巨大蜘蛛の全力突進だ。まともに受ければ背後の壁に打ち付けられ、内臓が口から「こんにちは」するくらいの破壊力はある。
だがヤリステンは俺の身体能力を見誤っている。時間制限付きだが上級冒険者並みの出力を剛力スキルによって引き出せる。エレナに目もくれず俺だけを狙ってくれたことも僥倖だった。煽り散らかした甲斐があるってものだ。
ヤリステンと接触する直前、残り少ない余剰生命力を燃やして剛力スキルを発動。
姿勢を可能な限り低くして腹の下を潜りぬけて後方へ回避。突然目標を見失ったヤリステンは急制動をかける間もなく壁に激突した。
呻くヤリステンに向けて掌を向ける。
正規ルートの探索中に鍛錬をしていたのはエレナだけではない。
俺も魔法について色々と試していた。その中で分かったことがいくつか。
魔法の威力や精度はイメージによって増減するが、そこに科学的な知識を上乗せすることで魔法の効果は安定化する。そして魔法のイメージを分類、テンプレート化することで発動速度の大幅な短縮が可能。とは言っても大火力の魔法は発動までにかなり時間を要するのでバンバン撃てるわけではないが。
イメージするのは雷の矢。
発動速度が比較的速く、威力もCランク魔物くらいなら一撃で仕留められる程度。隙だらけの背中だ。魔力マシマシで威力の底上げもしておく。
「雷閃」
魔法名を口に出すのは中二病だからではなく(多少患ってはいることは認めるが)テンプレート化したイメージを一瞬で想起することが出来るからだ。おまけに必要な魔力制御も紐づけているので発動速度はかなり速い。
暴れ出す魔力を制御して一定に保つ。掌に魔力を集積。イメージを固定。
「穿て」
射出される雷の矢。
その速度は時速300km程。雷にしてはかなり遅いが投擲物としては破格の速度だ。
振り返ろうとしていたヤリステンの肩に雷閃が命中。一瞬で体内を電流が駆け巡る。
「ギ、アアああああ!?ぐ、がぁ、ナ、ナにヲシタああああ!?」
バチバチと電気を爆ぜさせながらもこちらを振り向くヤリステン。ダメージはあるようだが致命傷にはほど遠い。
「結構強めに撃ったんだけどな……」
「み、耳……」
「あ、ごめん」
エレナは甘噛みされた耳を庇うようにこちらから距離を取っていた。
「い、いいよ。緊急事態だし、挑発のためでしょ? ふ、不問にしてあげる。……それで、後どれだけ撃てそう?」
「10発はいけるけど雷閃じゃあんまりダメージ与えられないみたいだからなぁ。大技は隙だらけになるから使いづらいし、麻痺ってる今のうちに逃げるか――あ?」
「どうしたの?」
「不味い、後方からファイアアントの大群だ」
魔力探知で捉えたのは約50匹のファイアアント。場所によって異なるが蟲狼迷宮の上層では5~10匹、下層でも20匹で行動するのが精々なので50匹は大群と称して差支えないだろう。
ファイアアントは遠距離から火魔法を撃ってくるの厄介な魔物だ。これまでも遭遇した場合は逃げに徹していたし、50匹もの大群となれば交戦など考えられない。
どうしてこんな大群が…ジャイアントデビルスパイダーの変異体が現れたことで縄張りを荒らされるとでも思ったのか?
理由はどうあれ後方には下がれない。
ここはL字通路だ。曲がり角には麻痺から回復しつつあるヤリステン。進行方向には先程ヤリステンが吐いた粘糸が絨毯状になっている。
――どうする?
このまま進めば粘糸に足を取られながらの逃走になる。それでヤリステンの俊足から逃げ切れるか?……不可能だろう。
かと言って方向転換してファイアアントの大群に突っ込むのは論外。
Dランク上位とはいえあの大群に突っ込むのは単なる自殺行為だ。俺はそこまで魔物を甘く見ていないし自分を過大評価もしていない。ファイアアントの群れを強行突破しようとすれば無数の火魔法を叩きつけられて大火傷を負い、動きが鈍ったところを端から喰われていく未来しか見えない。火耐性がⅢになった俺はともかく、エレナは確実に無理だ。
――考えろ。
我が敬愛すべき(しているとは言っていない)鬼ゴリラことレイバス帝国軍バリウス・ドルトン教官は過酷な訓練課程で常々口にしていた。『手を抜いた奴、諦めた奴から殴り飛ばしていく。骨が折れたまま訓練したくなかったら死ぬ気でやれ』と。
戦場では一瞬の気の緩みが死神を呼び寄せ、諦めた者は確実にその命を刈取られる。それを訓練で痛感させてくれる有難い教えだ。
ちなみに同期入隊のエロ餓鬼ヒュースは持ち前の怠惰を抑え切れずに何度か腕を圧し折られていた。それでも訓練を継続させるのだからゴリラ教官はイカレてるとしか思えない。
まぁ唯一の骨折訓練経験者のヒュースもあれはあれで異常者だった。仕返しとばかりに野外訓練場から採取してきた多種多様な虫を搾ったフレッシュジュースを薬湯と偽って教官に差し入れたりする辺りがマジ狂ってるなと。一瞬でバレてボコられた挙句、裸で宿舎のエントランスに吊るされてたのを見た時は流石に死んでいるかと思い、同期有志で火葬による供養をしてやったものだ。奇跡が起きて途中で甦ったが。なぜかヒュースは激怒していたな。理由が未だに分からん。
話が逸れた。
そう、大切なのは決して諦めないこと。どんな些細な可能性であれ、全力で模索し、思考を止めず、行動に移す。陳腐だがそれを徹底出来るか否かで生存率は大きく変わる。
俺は思考を巡らせる。
この場を乗り切るための最善手を見つけろ。
目を動かせ。
どんな些細な情報も取り逃すな。
そして見つけた。
突破口とも言えない小さな可能性。
だが、現状では生き残るための最大の可能性。
「エレナ!!」
「ッ!うん!」
視線だけで俺の言いたいことを察してくれるとはありがたい。
俺達は既に態勢を立て直したヤリステンに向かって駆け出した。
一瞬呆然とするヤリステン。しかしすぐに口元を歪ませる。
「ク、ク、くるっタのカ?ま法二ハおど、オドロイたが、二度ハくらわねェ。手ヲ見れば、カワスノハ、か、か、カンタンだ。お。お。オマエは、ヲわりダ!」
ヤリステンの言う通り、現状手をかざして狙いをつけなければ雷魔法は使えない。というか明後日の方向へ撃ってしまう。これは習熟度の問題だろう。だがそれも使える。
ヤリステンに再度掌を向ける。
「バかめ!」
巨体を驚くほどの俊敏さで操り、壁へ、天井へと動くヤリステン。
やはり致命傷には遠くとももう一撃雷魔法を受けるのは嫌なようだな。
――道が出来た。
煙幕玉を使い目暗まし。
そのまま走る。
「おなじコトヲ!」
網状に出した糸を人間の手で、されど人外の膂力で振るい風を起こす。
煙幕はたちどころに消え、そこには俺とエレナの姿が……なかった。
「ナにィ?」
煙と共に消えてしまった獲物を探して辺りを見回すがどこにも見当たらない。
そうしている内に背後から迫っていたファイアアントの群れが攻撃範囲内に入った。
火魔法の雨が縄張りを侵した異形の蜘蛛を襲う。
「グ、ぐ、ジャマするナ!雑魚どもガああああ!」




