魔族と魔王と魔神
蟲狼迷宮9層、セーフティゾーン。
「ふぅ……何だったんだあれ」
俺達は10層の転移陣を使って帰還することにした。
7層へ向かう道はほとんどが粘糸で覆われてしまったからこっちの方が早いという判断だ。
走り通しで息の上がったエレナが床にへたり込んでいるのだが、ここでのんびりしている訳にもいかない。変異体はセーフティゾーンだろうとお構いなく侵入してくる。息が整い次第移動しなければ。
と、不意にエレナが笑みを零した。
「ふふっ」
「どうした?」
「前もこんなことあったなって」
「ああ、そういえば」
グスタフ達に追われて23層にいるはずの蒼天に助けを求めたことか。
「あの時、トーカが23層に行こうって言ったの聞いて、『この人馬鹿なんだ』って思ったっけ」
「酷いな」
「仕方ないでしょ?普通Dランク冒険者が20層なんて目指さないし。10層だってソロじゃ行かないよ」
「あー、まぁ、そうかもな」
そもそも蟲狼迷宮がCランク推奨だしな。
俺の場合はエナジードレインのお陰でスキルが充実していたから良かったけど、それが無かったら絶対に潜ろうとは思わなかったはずだ。
「冷静に考えたらボスの変異体なんて絶望的な事態だけど、どうしてかトーカと一緒ならどうにかなりそうって思えるから不思議だね」
「うーん、それは楽観が過ぎるから。どうにもならない時はどうにもならないからな?」
「分かってるよ。でもパニック起こすよりマシでしょ?」
「そりゃそうだ。うん。どうにかなるから安心してくれ。でも危機感も忘れずにな」
「はいはーい」
そのふにゃっとした敬礼は何だ。軍でやったら根性注入棒でぶっ飛ばされるぞ。注入棒ってなんか卑猥だな。けしからん。
……俺もこの状況で大概楽観的か?
「ところでトーカ。私は怒っています」
「え、何を?というかその口調何?」
「お黙りください。さっきの冒険者を助けようとしたことだよ。なんであんな無茶したの?変異体は普通の魔物じゃない。即撤退が常識だよね」
あー、そう言えばそうだったな。
岩鬼洞窟に変異体が出たって騒ぎがあった時もDランク以下は出入り禁止になったし、変異体は相当ヤバいってのが共通認識なんだよな。
「けどエレナだって立ち向かっただろ」
「私は牽制だけでトーカみたいに懐に飛び込んだりしてない。あの人を助ける判断をしたのはどうして?助ける自信があったの?それとも考え無しに?」
詰問するような口調のエレナに少し気圧される。
「俺は……」
助ける自信は、あったと思う。
けど出来なかったのだから結果的に単なる過信だ。
それにあまり深くも考えていなかった。
今にして思えば普通の魔物相手にしているような感覚で飛び出したのか、俺。元の世界基準で例えるなら獰猛で空腹なライオンに喰われている人間を無謀にも助けようとしたようなもの。それも何の策もなく。
そりゃエレナも怒る。
慢心も甚だしい。これじゃあ命がいくつあっても足りない。
変異体の人面蛾やキングライトニングウルフ、Cランク冒険者のグスタフ達を倒して調子に乗っていたのかもしれない。
忘れるな。
この世界には理不尽な程強い力を持つ奴がごまんといるんだ。
彼我の能力を測るのは基本だし、俺の目はそういうのに向いている。でも感情に振り回されていたんじゃただの持ち腐れだ。
「悪い。エレナが何で怒ってるのか分かった。気を付ける」
「ううん。トーカがそういう性格だから私も姉さんも助けてもらえた。それなのにトーカが人助けで無茶をするところを見るのは辛いなんて、私には言う権利ないのは分かってる。分かってるけど、それでも自分を大切にして欲しいんだよ」
「権利ってか、心配してくれたんだろ?嬉しいよ。ありがとう」
「……ばか」
なんで罵倒されんのや。
「しかしあいつ、何だったんだろうな。ヤリステンと魔物が融合してるように見えたけど」
「ヤリステン?」
「この前エレナをナンパしてきた冒険者だよ。蜘蛛の上にくっついてたろ」
「……………ああ、あの時の」
長い沈黙だったな。気付いてなかったのか。どれほど興味がないのやら。
まぁだいぶ顔が変形してたもんな。
もう一人はどうしたんだろうな。たしかカストーニだったか。
「どうして人間と魔物が合体してるの?」
「分からない。そもそも変異体自体がイレギュラーな存在だからなぁ……。捕食した相手を取り込むとか?」
「『魔族』ってこと?あんなの御伽噺でしょ?」
「ん?」
「え?」
「魔族なんているのか?初耳なんだけど」
この世界には人間、獣人、エルフ、ドワーフ、竜人、人魚、有翼人など様々な人類がいるが魔族の話は聞いたことがなかった。
まぁRPGとかでは定番の種族だよな。魔族。
しかしエレナは首を振って否定した。
「だから御伽噺だよ。大昔には本当にいたかもしてないけど今はいないよ。勇者に倒されたんだって」
そういや魔王もいたんだっけ。魔王は文字通り魔族の王なのかね?
「ほぉん。その魔族とやらは他の生物と融合するのか」
「『併呑の魔王』の眷属はそんな感じだって聞いたけど、詳しくは知らない。姉さんならもう少し知ってるかも。結構長生きだし」
……それエレノアさんの前で言うなよ?
「魔王がいたなら魔神もいそうだな」
「いたよ。魔神」
「……マジ?」
冗談半分で言ったのだがエレナの表情は真剣そのものだ。
魔神とやらはどうやら実在したらしい。
「今はいないけどね。でも世界はずっと魔神の残した――ううん、今はいいか。それよりこれからどうするかだよ」
「あ、ああそうだな」
魔神云々も気になるがそれよりここを生きて出る方が重要だ。
まぁ魔王やら魔族やら魔神やらのことは置いておこう。とりあえずは変異体と遭遇せずにどう10層まで辿り着くかだ。
普通の魔物相手ならそう難しくはないのだが、あいつはヤリステン君と融合しているしヤリステン君の意識も残っているように見えた。俺に対しての悪感情を持っているだろうしエレナに対して欲情しているのは明らか。あっさりと見逃してくれるとは考えにくい。
問題はどの程度ヤリステン君の意識が残っているのかだ。
人間の知能があれば俺達が10層の転移陣から脱出しようとしていることは予想が付くが、そこまでの知能が残っていなければ闇雲にダンジョン内を徘徊してくれるだろう。それなら遭遇の確率はかなり下がる。
……いや、悪い方に想定しておくべきか。
ヤリステン君の知能はそのまま残っている前提で行動しよう。
それなら9層とか10層へ続く階段で待ち伏せをしているか?それとも――、
そうやっていくつか襲撃の想定をしたが無意味だった。
「見、ミ、視つケタ~!」




